Fate/next hollow 衛宮家の人々   作:powder snow

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第二十二話 エクストラな番外編二

「奏者よ、余はお腹が減ったぞ」

「え? もうそんな時間か?」

「うむ。お昼時というやつだな」

 

 セイバーに言われて壁掛けの時計を確認してみる。すると彼女の言った通りもうすぐお昼という時間帯だった。少し寝坊したのに加えて朝から色々あったし、二人とも朝食を食べるタイミングを逃していた。

 そりゃ腹も減るか。

 

「よし、なら何かぱっと作っちまうか!」

 

 そうと決まれば後は行動するのみ。俺は居間から台所へと歩みを進め、昼飯を作るべく冷蔵庫を開けた。

 しかし……。

 

「……あれ? おかしいな。空っぽじゃないか」 

  

 冷蔵庫の中は大宴会を開いた後のように空っぽで、料理を作れるような状態じゃなかった。衛宮家ではインスタント系の食品はあまり置かないことにしているから、買い物に行かないと飯が作れないことになる。

 

「うーん、困ったな」 

 

 買い物に行くのはやぶさかではないが、朝食抜きのセイバーをこれ以上待たせるのは忍びない。

 何せ原因は俺の寝坊にあるのだ。

 

「……」 

 

 ポケットから財布を取り出して中身を確認する。

 アルバイトが主な収入源の俺にとって無駄遣いはなるべく避けたい事態だ。貯金というか、切嗣が残してくれた遺産もあるが、アレの管理は藤村組……もとい、雷画爺さんに頼んである。

 

「……」 

 

 お札の枚数を数えてから、視線を居間にいるセイバーに向ける。すると彼女が“でん”と両手をテーブルの上に乗せて、王様よろしく出来上がる料理を待っている様子が見えた。

 心なしか、ちょっと楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

「まあ、たまには良いだろう」

 

 無駄遣いは避けたいが、まったく余裕が無いわけじゃない。

 俺は居間まで戻ると、セイバーにご飯が作れなくなった経緯を話し、なにか出前でも取ろうと持ちかけることにした。

 

「悪い、セイバー。ちょっと冷蔵庫が空っぽでさ。出前でも取ろうと思うんだけど」

「出前?」

「うん。寿司とかピザとか、他にも色々あるけど、選んでくれるか?」

 

 確か電話の近くにメニューが纏めて置いてあったはず。そう思って取りに行こうとすると、彼女から待ったがかけられた。

 

「奏者よ。材料が無いなら買ってくるがよい。そなたが買い物から戻ってくる時間くらいならば余も我慢しよう」

「けど良いのか? たぶん結構時間がかかると思うぞ」

 

 商店街で買い物して戻って来るだけだが、なにせ冷蔵庫が空っぽなのだ。買い物そのものに時間がかかるし、戻ってから調理する時間も必要だ。

 その旨をセイバーに伝えるが、彼女はやんわりと首を振った。

 

「よい。そなたが戻ってくるまで道場で思索でもしておこうと思う。あの場所は静かなので余の芸術家魂が騒ぐのだ」

「芸術家魂?」

「うむ。素晴らしいアイデアが浮かぶやもしれぬ。だから気にせず出掛けるがよい」

 

 そう言って微笑む彼女は、まるで薔薇を纏う皇帝のように煌びやかで荘厳だった。

 

「……わかった。なるべく早く戻って来るよ。っとそうだ。セイバーは何か食いたい物とかあるか?」

 

 せめて彼女の食べたいものを作ってやろう。

 そう思って聞いたら

 

「あるぞ。――そなたの作る手料理だ」

 

 なんて、冗談みたいな答えを返してきやがった。

 

 

 ――マウント深山商店街。

 衛宮家から坂道を十分ほど下ると、深山の台所事情を担う商店街に出ることができる。

 最近では新都のデパートに客を取られたりもしているが、まだまだ商店街は盛況で、夕方なんか学校帰りの学生たちが立ち寄って賑やかなくらいである。かくいう俺も、もっぱら買い物はここを利用しているし、遠坂や桜なんかもちょくちょく使っているみたいだ。

 品揃えも豊富で買い物するには事欠かない、良い商店街。

 ――だが、ここで一つの問題が発生してしまう。

 何を隠そう、商店街に入ったあたりから何者かの鋭い視線を感じているのだ。

 

「……」 

 

 視線の主は俺の後方から、付かず離れず一定の距離を保ったままついて来ている気がする。

 足音を立てず、獲物に狙いを定める狼のような気配。

 

「ッ!!」

 

 思い切って後ろを振り返って見た。――っとその瞬間、誰かが慌てた様子で電柱の後ろに隠れるのが目に入った。

 

「…………えー」 

 

 確かにその人物は身を隠した。隠したのだけれど、着ている衣服の袖らしきものが電柱からはみ出ている。

 和服ぽいそれと、明るい桃色の髪の毛(かなり長い)も見え隠れしているので、そこにいるのは女の子なのかもしれない。

 

「……」 

 

 さてさて、ここはどうするべきか。

 近づいて声をかけるべきか、それとも無視するべきか。

 俺をつけていたのは十中八九彼女?だろう。常識的に考えればそんな怪しい人物は無視してしかるべきだなのが、もしかしたらなにか特別な用件があるのかもしれない。

 

「あのさ……」 

 

 しばし逡巡するが、結局声をかけることにした。だって気になるじゃないか。だが電柱の影から返ってきたのは「こーん!」なんて狐みたいな鳴き声。

 

「……え!?」 

「……………………(しまった!!)」

 

 一瞬にしてあたりが静寂に包まれる。

 誤魔化すにしてもこういう場合は猫真似(にゃあ)と相場が決まっている。

 なのに狐……。

 妖しさが百万倍された瞬間だった。

 

「えっと、そこの狐さん?」

 

 電柱を注視していると、なんとなく“失敗したなぁ”という雰囲気が柱の影から伝わってくる。けれど俺にも突っ込む程の心の余裕がない。

 

「……」 

 

 眺めている間も延々と電柱の影に隠れ続ける彼女。もう見つかっているのだから隠れている意味はないと思うんだけど、飛びだしてくる気配もない。

 ここで一種の閉鎖空間が形成されてしまった。よくある“先に動いた方が負け”というアレである。

 

「……にゃあ」

「遅いって」 

 

 もしかして俺が声をかけない限りずっとこのままなのだろうか。これがゲームなら、画面中央になにか選択肢が表示されているのだろうが……。

 そんな間抜けなことを考えていたら、商店街に並ぶ店の一つから威勢の良い掛け声が響いてきた。

 

「よう! 坊主! 往来のど真ん中で立ち止まってなにしてんだ?」

「ラ、ランサー!?」

「もしかして買い物の途中か? なら何か買ってけ」

 

 声をかけてきたのは、豆腐屋の前で元気良く水を撒いている長身の男――ランサーだった。

 彼はいつもの青い槍兵スタイルではなく、手には柄杓、そして長靴に白エプロンという姿で仁王立っている。たぶん仕事着なのだろうが実に似合っていない。

  

「なんだその格好……。もしかしてカレンから罰ゲームでも言い渡されたのか?」

「馬鹿言うな。見ての通りバイトだよ、バイト!」

 

 ピッっと手にした柄杓を構えるランサー。

 どうやら決めポーズのようである。

 

「バイトって、確か喫茶店で働いてなかったか?」

「……ああ。ありゃ首になった。誰かさんの所為でな……」

 

 決めポーズから一転、哀愁漂う背中を隠そうともせず遠くを見つめるランサー。確か以前にそんなことを言っていたような気もするが……ここは深く問うまい。

 誰しも触れられたくない過去というものがあるものだ。

 

「コホン」 

 

 俺は一つだけ咳払いして、改めて店構えを見た。

 

「で、今は豆腐屋でバイトしてるってわけか」

「まあな。けど働いてみりゃここも案外悪くねえ。朝は早いし仕事はキツイが、飯がうまいしな」

 

 ニヤリと笑って店にある商品を指差すランサー。

 俺も良く利用しているから知っているが、確かにここの豆腐は絶品だ。

 

「ほれ、特に今日の厚揚げは最高の出来だし、こっちの油揚げなんかも――」

『あ……油揚げですと――っっっ!!!!』

 

 ランサーの声を拾ったのか、先程の電柱の影から素っ頓狂な女性の叫びが響いてきた。

 

「……なんだ。アレは坊主の知り合いか?」

「いや……」 

 

 俺とランサーが並んで見つめる電柱。そこから身を乗り出した姿勢のまま“しまった”という風に顔をしかめている女の子が一人。

 ――そう、女の子なのである。

 青色を基調とした奇抜な和服。けれど髪の色が綺麗なピンクなので、遠目にも日本人には見えない。もちろん俺の知り合いにあんな女の子はいない。頭に動物の耳を模したカチューシャを付けている辺り、もしかしたら噂のコスプレというやつなのかもしれない。

 

「……えへへ~」

 

 罰が悪そうに頭をかきながら、ぴょこぴょこと歩いてくる女の子。それに合わせて耳の飾りも動いていた。

 実に不思議な仕組みである。

 

「本当はもっと劇的な出会いを演出したかったんですけど……はぁ、仕方ないですねぇ」

 

 鈴を転がすような可愛い声と軽快な喋り方。

 案外見た目よりも若いのかもしれない。

 そんな彼女の前に、ランサーが進み出た。

 

「何だァ? 服装からもっと年寄りかと思ったんだが意外に若いじゃねえか。まあ女は若いに限るんだが――」

 

 目を細めて女の子を凝視するランサー。 

  

「テメエ、もしかして狐の化……」

  

 ――ガンッ!!

 瞬間、激しい衝撃音が鳴り響き、続いてランサーが大地に突っ伏していた。

 

「……」 

 

 何処から取り出したのか、女の子の周りを重厚な鏡が回っていた。鏡と言っても、よく歴史の教科書なんかで見る重そうな銅鏡に似ている。アレでガツンと殴られたのだとしたら相当に痛いだろう。

 最悪死ぬかもしれない。

 もちろん自分で確かめようとは思わないので、ここは大人しく黙っておくことにした。

 

「……痛ぇなおい。テメエいきなり何しやがる!?」

「乙女に向かって年寄りとは失礼極まります。自業自得です。天罰です」

 

 さすがはランサー。常人なら即死してもおかしくない一撃を受けながら即座に復活するあたり、光の御子の名は伊達じゃないらしい。けれど殴った女の子は、ランサーからの威圧感などすず風とばかり軽くいなしていた。

 ある意味凄い胆力である。

 その彼女が、ランサーをぐいっと押し退けて俺の前まで歩いてきた。

  

「な、何か俺に用があるの……か?」

「ん~、用件があるといいますか、主様の魂の色に惹かれたといいますか、要はアレです。運命の出会いというやつなのです!」

「運命の出会いだって?」

「はい!」

 

 笑顔で即答する彼女。だが初対面で運命とか言ってくる相手は高確率で詐欺師だと爺さんからも聞かされている。なんか壷とか買わされるらしいし。

 

「……悪いけど、間に合ってるから」

「私、全然妖しくないですから!」 

 

 慌てた様子で縋りついてくる和服の女の子。そんな彼女から、突然くるる~という可愛い音が鳴り響いてきた。

 

「え……と、えへへ~。お腹鳴っちゃいましたね」

 

 少し顔を赤らめながら舌を出す彼女。

 

「もしかして腹が減ってるのか?」

「……ええ。実はここ数日何も食べていないものでして。ですから私としたことが“油揚げ”という単語に反応してしまって。……えっと、別に食いしん坊とかそういう訳でじゃないですからね!」

「お金も持ってなかったり?」 

「まだ“ここ”のものは手に入れてなくって。……ああ、いえいえ、別に私は家出少女という訳ではないのですよ。ですから本当に怪しい者じゃなくってですね……」

「俺、無宗教だから」

「宗教の勧誘でもないですっ!」 

 

 身振り手振りで自分は怪しい者じゃないと説明する女の子。

 正直言って見た目は凄く怪しい。可愛いのは間違いないが、裏がありそうな気配を感じる。けど俺には“悪い子”には見えなかった。

 なによりお腹を空かしている。

 

「…………なあランサー。これでこの子に……」

「何か食べさせてやれってんだろ?」

 

 財布から札を取り出したのを見て、ランサーが“分かってるって”と言わんばかりに親指を立てていた。

 

「ちょうどがんもが揚がる頃合だ。とりあえず食う分にはソレで十分だろ?」

「が……が・ん・も・ど・きっ!」

 

 がんもと聞いて目を輝かせる女の子。

 喜びを表現するように頭の耳飾りがピクピクと動いている。しかし小躍りしていた動きを止めると、上目遣いに俺を見つめてくる。

 

「あのー、良いんですか?」

「なにが?」

「ですから私のような見ず知らずの子を助けてしまって。ただのたかりかもしれませんよ?」

「ああ。なんていうか、困ってる奴は放っておけない性分なんだ」

 

 それに関わってしまった。

 俺が意図したことじゃないけど、こうやって言葉を交わしてしまったのなら、せめて相手の説明くらいは聞いてやるべきだろう。その結果、俺に出きることがあるなら力になってやりたい。

 だって、なにより俺が、誰かに助けられた結果としてここにいるのだから。

 そう決心した俺は、ランサーにがんもの代金を手渡していた。

 

 

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