Fate/next hollow 衛宮家の人々 作:powder snow
衛宮士郎がランサーや謎の少女と戯れている頃、同じ商店街にある喫茶店にて“闇の世界”に属する一つの会合が行われていた。
出席者は全員で四名。
彼等は店内の一番奥まった場所にあるテーブルに腰掛け、二人ずつ対面になるようにして顔を合わせていた。
瀟洒な雰囲気の漂う落ち着いた店内は、シックな感じに統一されていて、優しいBGMとコーヒーの鮮やかな香りが訪れるものをリラックスさせてくれる。また表通りには面していないため、周囲の雑音も遠く話をするには最適な場所に思えた。
人には訊かせられない“秘密の話”をするにはうってつけの場所といえよう。
「はい。これで結構よ。後はこちらの用紙にサインを頂ければ手続きは終わり。冬木の管理者としてあなた達の滞在を許可するわ」
そう言って微笑んでいるのは、黒髪が似合う一人の少女。
彼女は優雅な仕草で自身の前に置いてあった紙片を手に取ると、ペンと一緒に対面にいる人物に手渡している。少女はこの場にいる人物の中では一番若いが、彼女が中心となって話が進められているようだ。
能動的で明朗快活。赤を基調とした服を纏い、艶やかな黒髪を頭の横でツインテールに纏めている。
彼女の名前は遠坂凛。
この冬木市における裏の世界の管理者である。
「これで万一の事態にもこちらで対処、バックアップが可能となります。問題を起こしてもらわないのが一番ですが……最近は正規の手続きを踏まない輩も多くて、困っていたところなの」
「物騒な世の中ですからな。保険をかけておくに越したことはない」
「あら? それはお互いの安全の為と受け取ってもいいのかしら、ダン・ブラックモアさん?」
凛がブラックモアと呼んだ人物は初老の男性だった。
例えるなら樹齢千年を超える大木だろうか。
年齢――年輪を重ね大きく成長した樹木のように揺ぎ無い意思がその風貌から見受けられる。対面から凛を見据える視線には、年齢による気力の衰えは見えなかった。
老境に達した孤高の戦士。それがダン・ブラックモアという人物に対しての凛の感想だった。
そんな二人の隣には、それぞれ主を守る“護衛”が腰を落ち着けている。
言い換えるならば騎士。
「……」
凛の隣にいるのは赤い外套を纏った白髪の青年。
長身ながら無駄なく鍛えられた身体は精強で、褐色の肌と相まって見る者に精悍さを感じさせる。また短く刈り込まれた白髪も若さを損なうものでは無い。
「…………」
ダンの隣にいるのは金髪の青年である。
整った顔立ちに長身痩躯と、多くの女性に好まれそうな風貌をしている。彼は緑を基調とした服を着ているが、その上から羽織っているマントも緑色なので、何処か森の狩人を連想させてくれた。
彼らは共に“アーチャー”と呼ばれる者達なので、便宜上ここでは赤いのをアーチャー、緑色のをロビンと呼称することにする。
「しかし日本は良いですな。実に平和だ」
ダンが窓の外の風景を眺めながら、自身の前にあるカップを手に取った。彼とロビンの前には緑茶を湛えたカップと大きめの苺大福が置いてあり、その取り合わせが実に和を思わせる。
「道行く人にも笑顔が溢れている」
対する凛とアーチャーの前には紅茶とショートケーキが置かれていた。
その光景だけ見れば、どちらが日本人か分からないくらいである。
「本当に旦那の言う通りだと思うぜ。日本は良い。特に“緑茶”がうまい。ある意味でお茶の究極かもしれない」
ロビンもダンに習いカップを手に取る。
しかしその行為を目にした対面のアーチャーが、彼の物言いに難癖をつけてきた。
「やれやれ。緑茶が究極だと? 何もわかっていないのだな君は」
「あん? 何だとテメエ? 俺の趣向に文句でもあるってのか?」
「フッ。文句をつけるつもりはないがね。あまりにも事実とかけ離れた物言いに呆れてしまっただけだ」
嘆息しながらアーチャーが肩を竦める。
「良いかロビンとやら。世界で流通する茶のほとんどが紅茶なのだ。これが意味するものが何か? もっとも人々に親しまれているということだ」
「親しまれてるだと?」
「その通り。――香りが良く種類も豊富。また飲み方ひとつ取っても砂糖にミルク、レモンにジャムなどをプラスすることによりその味わいが増す。これの何処に緑茶が勝る要素があると言うのかな? 言うなれば至高のお茶。それが紅茶だ」
「……」
「何より、赤いしな」
「ハハッ! 紅茶が至高? それこそお笑い種だ。茶の歴史を知ってて言ってるのかテメエは?」
ロビンがカップの中身を煽り、挑戦的な目でアーチャーを睨みつける。
「馬鹿なテメエにも分かるように説明してやるから、耳のあなかっぽじってよーく聞きやがれ」
「ほう。無駄なことだと思うが、聞かせてもらおう」
「いいか、茶の歴史は古く紀元前まで遡る。だがテメエの言う紅茶が広く普及したのは18世紀中頃だ。歴史が違うんだよ歴史が」
「歴史だと? そんなものがなんの足しになるというのだ。積み重ねたものの偉大さは理解するが――そんな論法では私を納得させることは出来ないぞ」
「ふっざけんな。緑茶が不発酵茶だと知っているな? だから熱を加えない紅茶より栄養分を多く含んでいる。カロチンに至っては紅茶の七倍だ七倍! 更にビタミンCを多く含んでいるから身体に良い。紅茶なんて殆どビタミンCは失われているんだぜ」
「何だ? 身体に良いから美味しいとでも言うつもりか。それこそ馬鹿な話だ。身体に良いと主張するだけなら薬にでも分類するのだな」
「なんだとッ!? もう一片言ってみやがれッ!」
テーブルを挟んで睨みあう二人のアーチャー。どちらも自分の主張を曲げず今にも掴みかからん勢いだ。しかしそんな二人をそれぞれのマスターが諌める。
「いい加減にしろアーチャー。緑茶がうまいのには同意するが、場を弁えろ」
「アナタもよアーチャー。紅茶が至高なのに異論はないけれど、場を弁えてね」
一瞬だけダンと凛の間にも火花が散ったが、そこはマスターたる者。ダンは老練に、凛は優雅に矛を収める。マスターが収めたのだから従者もそれに従った。
お互い、渋々ではあるが。
「コホン」
咳払い一つ。
凛が場を落ち着かせる。それから改めてダンに微笑み(営業スマイル)を向けた。
「……それで、ダン卿。今回の訪問の目的を教えてもらえるかしら? わざわざ冬木まで何をしにきたの?」
「書類に明記した通り観光だよ。儂もいささか年だ。激務に疲れてね、休暇を平和な日本で過ごしたいと思っただけだ」
「本当に? 失礼ながらアナタのことは調べたわ。ダン・ブラックモアといえば“その筋”じゃ有名よね。ただのお爺さんみたいに暢気に観光するなんて思えないのよ」
「さすがに五大元素使い――アベレージ・ワンのお嬢さんだ。実に聡い。けれど本当に観光に来ただけだよ。心配は無用だ」
「……すっとぼける気?」
「そんなつもりは毛頭ないが、今の段階ではどうにも出来ぬだろう。云わば押し問答になるだけだ。違うかな、お嬢さん?」
「ふ~ん。お互いの立場を良く理解してるわね。こりゃ食えない爺さんだわ……」
はぁと凛が溜息を吐く。
無用な争いを避けたいのはもちろんだが、押し問答してそれが火種になっても困る。冬木の管理者として彼女にはこの土地を守る義務があるのだ。
「……仕方ないか」
手続きが正式なものなら無視はできない。なら後は禍根を残さず別れるだけだろう。そう思った凛が場を纏めようとした時、隣の“アーチャーズ”が再びヒートアップし始めていた。
二人は密かに“お茶”談義を重ねていたようである。
「おいおいおいおい、アンタ日本人だろう? 何で緑茶を否定するんだ? 緑色なんて最高じゃないか」
「馬鹿か君は。いつ私が緑茶を否定した? 私はただ紅茶の方がより優れていると言っただけだ」
困ったものだとアーチャーが肩を竦める。
それからロビンを見やり
「そういう君こそ英国人だろう」
「だから?」
「イギリスこそ紅茶の本場。茶葉の栽培から始まり、萎凋、揉捻、玉解、篩分、揉捻、発酵、乾燥、抽出と工程を八節に分けて作り出される至高の赤。物事の本質を理解出きるのなら自ずと悟れそうなものだが」
「テメエこそ理解してねえぜ。確かに紅茶も素晴らしい飲み物だ。それは認める。だがな緑茶は単純に呑むだけじゃなく茶道に通じる“様式”と“芸道”が和を感じさせる一品なんだ。いわば“心”だよ」
「心だと?」
「ああ。例えば――」
そう言うなりロビンは、目の前にあった苺大福を手で掴み取ると、大きな口で頬張り始めた。そしてすぐに緑茶を喉の奥に流し込む。
「あぁ! うめえ! 和菓子に緑茶。まさしく最高だろうが!」
「ぬ……。しかし紅茶とて洋菓子との相性は抜群。お茶請けとしてその存在は負けてはいない」
アーチャーも対抗するべく目の前のシュートケーキにかぶりつくと、後から紅茶をゴクゴクと飲み干していく。
「フッ。うまい。ケーキと紅茶こそティータイムを彩る正しい風景だな」
「このわからずやめ……!」
テーブルを挟んで睨みあう二人の弓兵。
互いが相手を射抜くべく、視線に力を込める。
これは引けない戦いだ。
何故なら、お互いの魂の尊厳がかかっているから。
「ここまで言ってわからねえとは。相当な頑固者だ。……だから赤色は嫌いなんだ」
「そういう君こそ引くことを知らないな。弓兵は引き際が肝心だぞ」
「……俺に弓兵の道を説くとは良い度胸だ。よし決めたぞ。テメエには何が何でも緑茶の素晴らしさを叩き込んでやる!」
「ほう。実力行使か。面白い。君程度の力で私を納得させられるはずもないが、出きるならば見せてもらおう」
「その言葉、後悔させてやる! 和の究極、よく味わいやがれ――ッッ!!」
何を思ったのか、ロビンは隣にあった“ダンの苺大福”をいきなり鷲掴むと、祈りの弓と呼ばれる自身の宝具に乗せて撃ち放ったのだ。
「ぬう――!?」
自身の前から忽然と姿を消した苺大福。その行為を呆然と眺めるダン・ブラックモア。
「甘いッ!」
奇襲とも取れるロビンの襲撃。だがアーチャーとて錬鉄の英霊。
弓兵のサーヴァントである。
彼はロビンが苺大福を投げるのに合わせて、自身の宝具である絶対的な防壁を構築していた。
『――“熾天覆う七つの円環”――!!』
アーチャーが生み出したもの、それはかのトロイア戦争において使用された英雄アイアスの盾。“投擲”に対しては無敵を誇る最強の守りである。
結果として、祈りの弓によって放たれた苺大福をアイアスが受け止めた。その背後に隠れていた第二の矢である緑茶のカップでさえも。
宝具の衝突に合わせて、店内に激しい轟音と爆風が吹き荒れた。
その後に残されたのは、散々に打ち砕かれた店内だけ。
「……馬鹿な。俺の二連撃を防いだ……だと?」
呆然と佇むロビンの口から苦々しい呟きが漏れる。足元のテーブルの残骸を踏み潰し、苛立ちを紛らわせようとするがうまくいかない。彼としては絶対の自信があった攻撃だったから。
そんな彼の肩に手を置く者がいた。
「旦那……?」
彼のマスターたるダン・ブラックモアである。
「すまねえ旦那。ついカっとなっちまった。惨状の責任は取る。それにもう一度やりゃあんな奴――」
「苺大福……」
「……は?」
ロビンを口上を遮るようにして、ダンの重々しい言葉がこの場に満ちた。
「儂の苺大福……。最後まで楽しみに取っておいた……儂の……」
ロビンの肩に置かれているダンの手に力が篭り、万力のようにロビンを締めつけていく。
「痛っ! 痛えですって旦那! 暴れたのは謝りますから、手を離して……く……れ…!」
「そんな瑣末事で怒る儂ではない!」
バンッ! とロビンを突き飛ばし、ダンが右手を突き出す。
「潰れた家屋は修理すれば直る。テーブルも椅子もだ。しかし至高の苺大福には二度と会えぬやもしれぬ!」
怒り心頭。
ダン・ブラックモアはもう止まらない。
「アーチャーよ。お前にはほとほと愛想が尽きた。やはりお前には令呪による縛りが必要なようだな」
「は? よしてくれ旦那! 令呪なんて……冗談だろ?」
じりじりと後ずさるロビン。
そんな彼にマスターの非常なる宣言が突き刺さる。
「儂は冗談は嫌いだ」
その言葉を受けて脱兎のごとく走り去るロビン。だが彼が店を出るよりも早くダンの令呪が炸裂した。
「聖杯の盟約に従いアーチャーのマスターが命じる。アーチャーよ。これより先、生ある限り儂の許しなく甘味を食べること禁ずるっ!!」
『ぎゃああああああああああああああっっっ!!!』
令呪の裁きがロビンを討つ。
サーヴァントは令呪には逆らえない。
哀れロビンフッドは、ダン・ブラックモアの許しなしに甘味を取ることが出来なくなってしまった。
「え~と……」
そんな一連の光景を眺めながら凛は思った。
もしかしたらこの爺ぃ、本当に観光に来ただけなのかもしれないと。