Fate/next hollow 衛宮家の人々 作:powder snow
住宅街が茜色に染まる頃合、この時間帯はいわゆる夕飯時であり、衛宮家でもちょうど夕食が開始されようとしていた。
今日のメニューは魚やてんぷらを中心とした“和”を重視した作りになっている。
良質の豆腐が手に入ったこともあり、彼女の好みに合わせて油揚げを使った味噌汁を作りたいと思ったからだ。もちろん栄養バランスも十分に考えてあるし、副菜も気合を入れて作った。その甲斐あって、テーブルの上にはとてもうまそうな料理が所狭しと並んでいる。
「よしっと」
準備を完了してからテーブルにつく。
うまい料理は家族団欒の中心であり、食事時の話を彩る脇役だ。新しい同居人を歓迎する意味でのご馳走……はちょっと言いすぎかもしれないが、俺的には会心の出来であるといっても良い夕飯。これだけの料理を揃えたのだから、きっと“二人”とも喜んでくれる。そう思っていたのに、どうしてだろうか。セイバーの様子がおかしいのだ。
ありていに言ってしまえば不機嫌なのである。
彼女は唇を真一文字に結んだまま、テーブルの端に陣取り料理をじーと睨んでいた。
「えっと、セイバー? もしかして体調でも悪いのか?」
と、心配して声をかけてみるが
「……悪くない。むしろ良い」
と言ってそっぽを向いてしまうのだ。
まあ昼食の買出しに出て夕方まで待たせてしまったのだから、セイバーが怒るのも無理はない。きっと腹が減って気が立っているんだろう。だから飯を食えば彼女の機嫌も直るはずだ。
そう思って場の主役である“新たな同居人”を紹介することにした。
「セイバー。今日からここで暮らすことになったタマモ……さんだ。ひょんなことから知り合ったんだが、聞けば色々と困っているようなんで、一人で生活できる目処が立つまでは面倒を見ようと思ってる」
「……」
「仲良くしてやってくれ」
そう言ってタマモさんに目線を向けた。
ピンク色の髪に青色が特徴的な和装姿。商店街で出会った彼女は部屋の隅で猫みたいにちょこんと座っていた。その彼女をテーブルまで連れてきて座らせる。位置的には俺の隣で、セイバーの対面になる。
だけどその際に彼女は
「もう、ご主人様ったら。タマモさんだなんて他人行儀な。どうぞタマモと呼び捨ててくださいな。その方が私も嬉しいですし!」
なんて黄色い声で懐かれてしまった。
俺も他人を“さん付け”で呼ぶのには慣れてないから、呼び捨てで構わないというのは正直助かった。ただ俺に対しての呼称はどうにかならないものか。
「じゃあタマモ」
「はい! ご主人様!」
何が嬉しいのか、彼女は目を子供のようにキラキラさせて顔をずいっと近づけてきた。なんと言うか、俺に命令されるのを待っているかのような姿勢……タマモって従属属性でもあるのだろうか。
「……あのさ、そのご主人様っての何とかならないか?」
「何とかとは、一体どのような意味でですか?」
「だから、他の呼び方に出来ないかってことだよ。俺はご主人様って呼ばれるような大層な人間じゃないし、衛宮士郎って名前もある」
「そんな! あなたは間違いなく私のご主人様ですよ。何より私がそう呼びたいのです。だからそう呼ぶんです。もう決めちゃいました」
えへ! なんて笑顔を振りまきながら、うんうんと頷くタマモ。
「ご主人様はタマモの命の恩人です。ですから一生お使えすると心に決めたのです! もう決定事項ですから、ご主人様といえどこの件に関しての変更は受け付けません」
そう言いながらそっと腕を伸ばしてくる。
「タマモ……?」
「まったくの他人である私を拾ってくださった優しいご主人様。その内なる魂の色はとても輝いて見えます」
しなだれかかるというか、擦り寄ってくるというか。タマモが近づくにつれて彼女の甘い香りが、その吐息が、はっきりと感じ取れるようになっていく。
その所為なのかわからないが、俺の心拍数も少しづつ増してくる。
「ご主人様。私は――」
タマモの腕が俺の首筋を通り抜け、ゆっくりと背中に廻されてくる。そして彼女が俺を抱きしめようとした瞬間、ふっとタマモの存在が目の前から消えた。
「ふぎゃっ!」
尻尾を踏まれた猫のような声は頭上から。
どうしたんだろうと良く見れば、セイバーがタマモの首根っこを掴み上げたまま持ち上げていた。
「ななっ、何をするんですかあなたは! いきなり人を掴み上げるなんて!! 失礼極まりないです!」
喚くタマモも何のその。セイバーはタマモを掴んだまま俺を見下ろして――そのあまりにも冷たい視線に、一瞬にして心臓が凍り付いたのは言うまでもない。
「――奏者よ。前口上はそれくらいにしてそろそろ食事を始めよう。余の我慢にも限界というものがある。そう、限界がな」
「……あ、ああ。悪い。そうだよな。腹減ってるよなセイバー。……うん。すぐに用意を終わらせるからさ、もうちょっとだけ待ってくれ…」
今のセイバーに逆らうのは命に関わる。何故だか確信にも似た直感が俺の身体を突き動かした。
そこからの俺の行動は迅速だった。一切の無駄なく行動し、ランサーもかくやという神速でご飯をよそってはテーブルに並べ、各自の前にお茶と味噌汁を用意する。
その間のセイバーはといえば、タマモを自身の隣に叩きつけるように戻してから(これで俺の対面に二人が座る格好になった)拗ねたように唇を尖らせつつも、俺の行動を監視して下さっていた。
かなりご立腹の様子なので、俺は上官に睨まれた兵士よろしく、一切の文句も言わず働くしかなかったものである。
こうして三人で卓を囲んでの食事が始まった。
セイバーにもタマモにも料理の受けは上々で、そのおかげか若干セイバーの機嫌も和らいだ気がする。タマモはタマモで料理の味に感激して飛び跳ねそうな勢いだ。
和食ということで箸が使えるのか心配だったが(ピンクの髪だし日本人じゃない可能性が高い)問題なく使えているようだ。セイバーも器用なのだろう。箸の扱いは俺より上手いくらいである。
さて、この間にタマモが家に来ることになった経緯を簡単に説明しよう。
商店街で“がんも”を購入し、彼女の話を聞きがてら食べようかと近くの公園に立ち寄った。
「実はですね……」
よくよく聞けば彼女に身寄りはなくて、頼る人もいないとか。かといってなにか重大な目的があって行動しているわけでもないらしい。このまま放っておいたら行き倒れ確実だろう。
少女の身で寒空は堪える。
幸いというか、衛宮の家は無駄に広いので空いている部屋には事欠かない。一人分の食費程度なら幾らでもやり繰りできるし、倹約は得意分野だ。
まあようするに、俺には彼女を助けることが出来たのだ。
だから俺は
「そっか。良かったら、しばらく家に来ないか?」
そう彼女に伝えたんだ。
それを聞いた彼女は、何か不思議なものを見つけたような瞳で俺を見つめながら、しばらくぽか~んとしていた。
はっきり言って可愛い女の子だ。だからこそ俺の誘いの言葉に裏がないかと考え、身の危険を考慮していたのかもしれない。俺としても見ず知らずの他人を世話するのにリスクがないわけじゃない。
「……」
彼女の話を聞いただけじゃ、それが真実かは分からない。嘘を吐いているのかもしれないし、良い娘に見えるのよう演技しているのかもしれない。
それに彼女を助けて俺に何の得がある?
そう自問もした。
けど損得じゃないんだ。かつて誰かに拾われたおかげで、命を助けられた男がいた。放っておけばそのまま消え去るだけの人間を、救ってくれた人がいたんだ。
だから俺は彼女に手を差し伸べる。
理由はいらない。ただ困っている奴は放っておけないから。
それだけが彼女を助けた動機だった。
「……様っ!!」
ふと気付いてみれば、食事の手が止まっていた。
「……主人様っ!!」
考え事をしていると、周りの情景が入ってこなくなることがあるのが悪い癖だ。
「ご主人様っ! もう。食事中にぼーとして、どうなさったんですか?」
今もタマモに呼ばれていたようだったけど、気付かなかったようで……って、あれ? 何故だろう。いつの間にかタマモが俺の真横に座り込んでいる。
確かセイバーに摘まれて彼女の隣に移動していたはずなんだが。
「ああ、悪い。ちょっと考え事をしててさ。それよりタマモ。何で俺の横に座ってるんだ?」
「え? 何故ってここが私の定位置ですから」
何を当たり前のことをと首をかしげるタマモ。
そっか。この場所がタマモの定位置だとは知らなかった。
仕方ないので少し座る位置をずらす。すると何故だかタマモが付いてくる。またちょっと移動するとタマモも付いてくる。
――なんでさ?
「もう! 定位置ってそういう意味じゃないですから。私の定位置はご主人様の隣です。そんなことよりも――」
ニコニコと表情を緩めながら、タマモがてんぷらを箸を使って一口大の大きさ切っている。そして切ったてんぷらを箸で掴むと、ゆっくりと俺の目の前まで持ってきた。
「はい、あ~んしてくださいね、ご主人様」
「……………………は?」
「は? じゃないです。ささ、お口を開いて。私が食べさせてあげますから」
彼女の理解不能な行動を受けて、一瞬思考が停止してしまった。
「あ~んなんて男の夢……じゃなくてっ! 飯くらい一人で食えるからっ!」
「ご遠慮なさらずに。私達の間に“遠慮”なんて文字は不必要ですよ」
「いや必要だろっ!?」
ちょっと迷ったが即答する。
「照れてるんですか? もう可愛い! そんなご主人様もステキです。けどここはバーンと私に任せちゃってください。万事全てよろしく運んであげますから」
「て、照れてないし遠慮もしてない! タマモに任せる気もない……ぞ!!」
言葉ではそう言ったが、実際は恥ずかしいし照れてしまう。
だから逃げた。
けど逃げても逃げても、てんぷら――もとい、タマモが迫ってくる。落ちないようにてんぷらに手を添えて、俺に「あーん」させる為に迫ってくるのだ。
「さあさ、観念してくださいね、ご主人様」
壁際まで追い詰められた俺に、容赦なく覆いかぶさるタマモ。
その手にはてんぷら。背後は壁。
逃げ場はない。
「はい、あ~ん!」
もはやここまでか。そう観念して口を開きかけたその時、俺とタマモを別つように白刃が煌いた。
「ぎゃ!!」
「…………なっ!?」
瞬間、はらはらと舞い落ちるピンク色の髪。そして壁に突き刺さった包丁が一本。
もう少しタマモが俺に近づいていたら串刺しだった。
「えっと……セ、セイバー?」
恐る恐る振り返れば、絶対零度の視線を叩きつけながら、セイバーさんが仁王立っているではないか。
「今のって……」
「ああ。すまない。手が滑った」
はい? 手が滑った?
どうしたら手が滑った程度で包丁が飛んでくるのでしょう? というかいつの間に包丁を?
タマモも疑問に思ったのか、セイバーに詰め寄って行く。
「ちょっとそこの赤いあなた! さっきから何で私とご主人様の邪魔をするんですか!? もう少しで串刺しになるところだったじゃないですかっ!」
「うむ。実に惜しかった」
「はぁ!?」
「いや、だから手が滑ったと言っている。誰しも間違いはあろう」
「間違いで包丁は飛んできません! っていうか故意以外で包丁が飛んでくるものか!」
「サーベルを投げなかっただけありがたいと思え、駄狐」
「駄狐ですってぇぇッッ!? 開き直りやがったな、この女ぁ」
ピリピリとした緊張感が部屋を包み込む。
……えっと、何でこんなことになったんだろう?
俺はただみんなで仲良く飯を食いたかっただけなのに。
「――!!!」
今やセイバーとタマモは一触触発の態勢で睨み合っている。間に割って入ろうかとも思ったが、矛先が一斉にこっちに向いてくる光景が見えたので止めて置いた。
でも放っておいたら大惨事になる予感もする。
さて、どうする衛宮士郎?
放置するべきか、自己犠牲を強いるべきか。
ある意味究極の選択である。
「……くっ!」
心の中でもう一度自問を開始した時「ピンポーン」と来訪者を継げる鐘の音が居間に鳴り響いた。
ここに現れたのは救世主か、それとも地獄の使者か。
どちらにせよこの状況を打開するきっかけにはなるだろう。
救世主であってくれ。
そう願いながら俺は玄関に向かって走り出した。