Fate/next hollow 衛宮家の人々 作:powder snow
「よう衛宮。約束通り遊びに来たぜ」
玄関先に立っていたのは、同級生で友人でもある慎二だった。完全に予想外……という人物でもないが、どうして尋ねてきたのかはわからない。仕方ないので訪れてきた理由を聞いてみることにした。
「慎二? こんな時間にどうしたんだ? 何か用か?」
「用かって、あのな衛宮。お前が折を見て遊びに来いって言うから態々来てやったんだ。ありがたく思っても罰は当たらないぜ」
「そうだったか?」
「ああ」
間髪いれずに慎二が断言してくる。こう言われてみれば、学校でそんなことを話していたような気もする。しかし今は慎二と暢気に遊んでいる暇はない。というか、そんな場合じゃないだろう。
「……」
チラっと目線を廊下の奥へと向ける。その先には居間があり、耳を澄ませて状況の確認に勤めてみた。幸いというか“まだ”大事は起きていない様子だ。けれどいつまでもあの二人をあのまま放って置くわけにもいかないだろう。
一触即発、大喧嘩に発展する危機なのだ。
そんなことを考えていたら、慎二が盛大に溜息を吐いた。
「……衛宮。僕だって暇じゃないんだ。そんな中でお前の為を思ってこうやって足を運んでやったのに、その態度はどうかと思うね」
そこんとこ分かってるかい? と慎二が両手を大仰に広げてみせる。斜に構えるという言葉が当て嵌まる格好。そんな慎二の後ろから長身の女性が突然現れて、あいつの肩をバンバンと勢い良く叩きだした。
「アッハッハ! 何を言ってるんだいマスター? 取っておきのアイテムを手に入れたから早く衛宮に見せに行こうって、アタシをはやし立てたのは誰だったっけ?」
「なっ!」
「あいつの喜ぶ顔が目に浮かぶってニコニコだったじゃないか」
「ば、馬鹿! そんな訳ないだろう! 僕はただ……そう! お前が手に入れたアイテムの効果を一刻も早く確かめたかっただけで、衛宮と遊びたいとか、そんな他意はないんだ」
「へえ?」
「そこんとこ勘違いするなよ」
「ふうん。まったく素直じゃないねぇこの子は。まあこの場はそういうことにしといてやるさ、シンジ」
くつくつと笑いながら、彼女が慎二の頭にぽんぽんと手を置いている。
「あのな! しといてやるじゃなくって、そういうことなの。っておい! 僕の頭を気軽に撫でるんじゃない! 恥ずかしいじゃないかっ!」
「アッハッハッハ!」
豪快な笑い声が玄関に響き渡る。その声の主は、赤みがかった長めの髪に抜群のプロポーションを持つ大人の女性だった。ぱっと見モデルのようにも見えるが、その顔には大きな傷跡が一つ残されている。
「ん? なんだい少年?」
「い、いや」
額から頬にかけて走る大きな傷跡。だがそれでも女性としての魅力はまったく損なわれてはいない。それに着込んでいる服の胸元が大きくはだけていて、何と言うか目のやり場に困る人でもあった。
その女性を押し退けるようにして、慎二が前に出てくる。
「という訳でさ、悪いけど上がらせてもらうぜ衛宮」
「あ、ああ。それは構わないけど……シンジ、この人って誰だ?」
俺の当然の質問に、何故か目を丸くする二人。
「誰って、僕のサーヴァント・ライダーじゃないか」
「ライダー?」
「ああ。フランシス・ドレイクってお前も知ってるだろ?」
「ドレイク……? えっとライダーってもっとこう髪が長くなかったか?」
「少年。アタシの髪は長くないかい?」
そう言って毛先のカールした赤髪をアピールする彼女。滑らかで触り心地が良さそうに見えて……って、そうじゃなくて!
「いや長いんだけど……違うんだ慎二。なんていうか。こう女性らしい凄いプロポーションしてたりさ」
「ん? アタシのスタイルは好みじゃないのかい少年」
ぐっと胸の谷間を強調するライダー。好みじゃないかと聞かれれば、もちろん好みです……って、そうじゃなくってっ!!
「だから、顔に特徴のある女性で一目で分かる感じの――」
「確かにこの傷痕は見てて気持ちの良いもんじゃないだろうけど、いきなりそこに突っ込むとは良い度胸してるじゃないか! 普通は話題を避けるもんだけど気に入ったよ!」
何故かぐしゃぐしゃと頭を撫でられてしまった。
「まあアタシのことはライダーでも、ドレイクでも好きなように呼ぶといいさ。それとも――」
若干声音を落とし、俺の耳元まで唇を持ってくるライダー。
「ベッドの中で囁いてくれるかい? 勿論二人きりでさ」
「な――んっ!?」
アルトで瀟洒な囁きが脳に木霊する。こういう雰囲気に慣れていないからか、思考が一瞬にしてスパークして考えが纏まらない。でも俺のそんな反応など予想済みだったかのように、彼女は豪快に笑い上げながら背中をバンッと一回叩いてきた。
「冗談、冗談さ。そうマジになるもんじゃないよ。――まあ、アンタが良い男になったら考えないでもないけどね」
含むように笑う彼女は、どうやら俺よりも何枚も上手のようだった。
そんなこんなで慎二とライダー(これからはドレイク、又は姐さんと呼ぶ)を連れて居間まで戻って来た。するとそこには、当然の如く修羅場が待っていた。
「ほう。これはこれは」
実に愉しそうに目を細めて、ニヤニヤと場の推移を観察する姐さん。そんな彼女の視線の先では、セイバーとタマモがテーブルを挟んで激しく睨みあっている最中だった。
二人とも腕をガッチリ組んで、怒れる大魔神のようなポーズ。
まさに仁王立ちである。
「……あのさ、セイバー?」
「戻ったか奏者よ。だが私は今とっても忙しいのだ。用はあるなら後で声をかけてくれるか」
タマモからは目を離さず、怒気を漲らせるセイバー。だがその後で少し嬉しそうな声音でこう付け加えた。
「ああそうだ。その時には狐皮のコートでも進呈してやろうと思う。ピンク色の毛並みになるが、楽しみに待っておくがよい」
「……」
次いでタマモに視線を移す。するとこちらもかなりご立腹の様子だった。
「何ですかご主人様? 残念ですが私は今とても忙しいのです」
「……タマモ」
「御用があるのでしたら後ほど伺いますね。ですから暫しだけお待ちください。え~と、生きたまま苦しんで苦しんで、苦しみぬいた末に呪い殺す印の結び方は……」
指を組み合わせて怪しげな印を組もうとするタマモ。誰に掛けるのかわからないが、この家で呪いの類は勘弁願いたい。
そんな俺たちのやり取りを見ていたドレイクが
「果報者だねぇ少年。夫婦喧嘩は犬も喰わないって言うけど、美女二人に囲まれるなんて墨に置けないじゃないか」
「いやいや、滅茶苦茶困ってるんだけど」
「アッハッハ。焼き餅。嫉妬。ジェラシー。言葉は違えどどれも男の勲章さ。嘆くもんじゃいよ少年。むしろ誇ったらどうだい?」
「他人事だと思って……」
「実際他人事だしねぇ」
「おいライダー。関心してないでこれを何とかしろよ。このままじゃゲームを始められないじゃないか」
ゲームという慎二の言葉を受けて、ドレイクの目が輝く。
「ああ、そうだったねシンジ。ゲームだよ。アタシ達はアレを試しに来たんじゃないか」
「だからさっきからそう言ってるだろ。これだからお前はガサツだって言うんだ」
「あいあい。愚痴なら後でいくらでも聞いたげるよ。というかアレがあればもっと面白い……じゃなかった。何とかこの場を穏便に収めることができるかもしれないよ」
そう言って、ドレイクが胸元から五枚のカードを取り出した。
「……カード?」
「そう、カードだ。ま、この場はアタシに任せときなって少年。悪いようにはしないからさ。はーい注目!」
そう言ってドレイクがパンパンと手を叩く。その音を聞いてセイバーとタマモも視線を向けてきた。
「えっと、どちら様ですかその二人は? 敵ですか? 呪っちゃってもいいですか?」
「駄目だ」
とりあえずタマモには即答しておいて、二人に慎二達の事を説明する。それからドレイクの主導で場をテーブル上に移すことにした。
「今から何が始まるのだ、奏者よ」
「それが俺にもよくわかんなくって。ただゲームだとしか……」
テーブルを囲むようにして全員が席についていた。並びを説明すると、俺を基点に時計回りにセイバー、ドレイク、慎二、タマモの順番になっている。
みんなの視線はテーブル上。そこに並べられているのは五枚の妖しげなカードだった。そのどれもが例外なく漆黒に塗り固められていた。
「……」
神妙な面持ちをしていたタマモが、すっと手を伸ばしてカードを手に取る。そしてやっぱりという風に頷いた。
「ご主人様、これって呪いのアイテムですよ」
「呪いのアイテム? なんか特別な力でも込められてるのか?」
「はい。それもかなり強力なやつです。尻尾がぴーんと反応しちゃいました」
タマモが眺めているカードを盗み見たら、裏面は白紙だった。
「へえ。良く気付いたね狐さん。アンタの言うとおりこのカードには一種の呪い、ギアスが込められている。それもそこいらにある紛い物じゃなく、本物のね」
「ギアスっていうと制約ですか」
「その通り」
「ふむ。ならばこのゲームに参加した者は否応なく制約による拘束を受けることになる。ということで間違いはないか、海賊娘?」
タマモの後を受けたセイバーの物言いに、ドレイクが頷いた。
「それがこのゲームの面白いところさ。まあ説明するより身体で慣れろってね。まずは一回やってみようか」
そう宣言したドレイクが、並べられたカードから一枚を手に取った。
「狐さんは手に持ってるカードで良いとして、残りは三枚。さあアンタ達もカードを選びな」
「選ぶって、テーブルに残ってるやつからか?」
「ああ。なあに呪いのアイテムって言ってもちょっとした余興さ。死ぬことはないよ」
「……」
「それとも怖いのかい? 大の男が情けない――」
「別に怖くなんかないぞ」
挑発に乗せられたわけじゃないけど、俺はドレイクの言葉を遮るようにして勢いよくカードを手に取った。その後で慎二が手に取り、最後にセイバーがカードに手を伸ばす。
「よし。全員選んだね? さあ楽しいゲームの始まりだ!」
ドレイクが宣言した瞬間、それぞれの手にあるカードが淡い光を放ちだした。
「なっ!?」
「大人しく、待ってな!」
淡く光るカード。そんな五枚のカードの中から、選ばれたかのようにドレイクの持つカードだけが黄金色の輝きを纏っていく。
「おや、アタシが“王様”のようだ」
黒色から金色へと変化する一枚のカード。その一面は無地だったはずだが、魔術のように王様を模した刻印が浮かびあがっていく。そのカードを頭上に掲げ、ドレイクが華麗に宣下した。
「――王の名において命ずる! 1を持つ者は4を持つものに“全力で拳を打ち当てろ”!!」
『ッ!?』
王の宣下を受けたカードが妖しい輝きを放つ。それぞれ無地の面に番号が浮かび上がり――
――1番を持っていたのはセイバー。
――そして4番を持っていたのは慎二。
「……余の身体が勝手に!?」
「え? 全力で打ち込まれるって、じょ、冗談だ…………ぐああっぁぁ!!」
ドレイクの言葉通り、セイバーの腰の入ったコークスクリューブローが慎二の顔面を捉えた。彼女の拳を受けた慎二は障子を突き破り、縁側を越えて、庭の片隅まで吹っ飛んで行く。
ああ……アレは痛い。
というか色々ヤバイ。
「……」
そんな光景を眺めながら、タマモが改めてカードに目線を落とす。
「ご覧の通りさ。王の命令は“絶対”だ。参加者に拒否権は発生しない」
「なるほどなるほど。五枚のカードのうち当たりを引いた者が王となる仕組みですか。確かに面白そうなアイテムですね」
「飲み込みが早いね狐さんは。一種の王様ゲームと思ってもらって構わない。ちょっとしたスリリングだろ?」
「ポジションが皇帝ではなく王だというのが不満だが、気にはすまい。余は受けてたつぞ」
何故かノリノリのセイバーさん。
「ところでドレイクとやら。その制約だが、どの程度の強制力があるのだ? 余の意思を無視して拳を放たせる力は流石だが」
「さすがに令呪ほどの強制力はないから、命や魂に関わる命令は出来ない。逆に言えばそれ以外だったら大抵のことは可能さ」
「ほう。それは良いことを聞いた」
ニヤリと魂が凍えるほど冷たい笑みを浮かべたセイバーは、そのままの視線をタマモに叩きつける。
「良い機会を得た。このゲームを使ってあの駄狐に思い知らせてやるとしよう。誰に対して喧嘩を売ったのか身をもって知るがよい」
「なんとまあ。本人を前にして言ってくれるじゃないですか。けれど呪いと言えば私、私と言えば呪いですからね。もうバリバリ呪うぞーってなもんです」
豪快な啖呵を切るセイバーに対し、タマモがふふふと不敵な笑みを浮かべている。またもや一触即発の事態発生か。そう思った時、庭に吹っ飛ばされた慎二が、泥だらけになりながら生還してきた。
「おいライダー! お前、僕を実験代に使ったな!」
「さあて、役者も揃ったことだしゲームを再開しようか! 制約はカードの枚数分働く。残りは四回、死ぬ気でかかってきなっ!」
「ちょ、マスターの言うこと無視するわけ!?」
己がマスターの言葉をスルーして、ドレイクが話を進める。
果たして、この地獄のようなゲームを俺は生きて終えることができるのだろうか?
期待と不安が入り混じる中で次のゲームが開始されてしまった。