Fate/next hollow 衛宮家の人々   作:powder snow

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第二十七話 エクストラな番外編七

「ご苦労様ぁ、エミヤん。いやぁ本当助かったわ」

 

 軽やかに響く女性の声。しかしその他の音は一切聞こえず、居酒屋コペンハーゲンの店内は閑散としていた。それもそのはずで、店は既に営業時間を終えているのだ。現在店内に残っているのは俺とマスター、そしてマスターの娘さんである蛍塚音子、通称ネコさんの三人だけである。

 ネコさんは見た目がおっとりとした細目の美人だが、こう見えて藤ねえの同級生であり、俺にとっては穂群原学園の先輩に当たる人だ。学生の頃は色々と無茶もしたらしいが、今は立派にコペンハーゲンの看板娘として店を切り盛りしていた。そのネコさんが、カウンターに背中を預けていた俺に向かって、手にしていたポカリを手渡してくれた。

 

「あ、どうも」

「ふふっ。急な棚卸しだったけどみんなサボるんだもの。本当エミヤんが居なかったらどうなってたことか」

「……家で暇してたから、俺も手伝えて良かったですよ」 

「そういうのエミやんの良いところだよね。感謝してる」

 

 そう言いながら、ネコさんが俺の隣にすっと腰を下ろした。その流れの中で、俺の目の前に真っ白い封筒を差し出してくる。

 

「ほい、エミヤんの分」

「え?」

「開けてみ?」

 

 ネコさんに言われて封筒を開いてみると、そこには一万円札が一枚入っている。

 

「えっと、これって……?」

「頑張ってくれたお礼。ああ、正規のバイト料はきちんと振り込んどくから心配しないで」

「そういうことじゃなくって」

「ん?」

「……嬉しいけど、特別なことをした訳じゃないし、これは受け取れない」

 

 中身を戻してネコさんに返す。けど、すぐに突っ返された。

 

「そう言うと思った。けどね、エミヤんに感謝してるのは本当だよ。今日だけのことじゃなくてね。だからあたしがお礼したいのよ」

「だけど……」

「いいから受け取りなさいって。それで美味しい物でも食べて、元気つけて、またバリバリ働いて。ね?」

 

 朗らかな笑顔を浮かべながら、ネコさんが俺のズボンのポケットに封筒を捻じ込んだ。その光景の向こうでマスターも頷いている。

 

「……」

 

 ここまでされて断ったら角が立つ。それに正直助かるのも事実だ。

 

「ありがたく頂戴します」

 

 そう言ってネコさんとマスターに頭を下げる。それを見て彼女も満足そうに頷いてくれた。

 

「うんうん。若いうちは素直が一番。さあ! 後片付けは私がやっとくからエミヤんはもう帰んな」 

「……はい。じゃあお言葉に甘えて。最近食い扶持も増えたんで、コレでお土産でも買って帰ることにします」

「それが良いね」

 

 もう一度頭を下げてから、俺はコペンハーゲンを後にした。

 

 

 さて、お土産を買って帰ろうと思ったものの、もうかなり遅い時間帯だしほとんどの店が閉まっている。開いている店といったらコンビニくらいのものか。

 俺の帰りを待っているだろう二人――セイバーとタマモのことを思い浮かべる。

 

「相性は悪そうだけど……」 

 

 二人の趣味趣向は違うだろう。しかしそこはやはり女の子。お土産を買うなら甘いものが鉄板になる。

 最近のコンビニはデザートにも力を入れているし、品質の良い品もあるはずだ。そう思って、記憶を頼りにコンビニを目指して歩き出した。

 新都と深山を繋ぐ大橋を越えて目的地を目指す。なるべく家に近い店で買いたかったので深山の店を選んだんだけど、深夜ともなるとあたりに一切の人気が無くなってくる。

 夜道を一人で歩くというのは不安なものだ。外灯は疎らで遠くまで見通せないし、犬の遠吠えなんかが不気味な雰囲気を醸し出すのに一役買っていたりする。

 俺だったら暴漢に襲われたって対処できるが、こういう雰囲気の中にいると家に残した二人が心配になってくる。仲良く留守番しているだろうか。

 邪な人物が尋ねて来てはいないだろうかと。

 そう考えたら自然と早足になっていた。そんな時である。前方の暗がりに何やら不審な人物を発見したのは。

 

「……あれ? 誰だろ? 女の子……?」 

 

 青みがかった長い髪と華奢な体躯から、その人物は女の子に見えた。眼鏡をかけているように見えるが、肌の色が褐色なので日本人じゃないのかもしれない。

 その子は外灯の下に陣取りながら、路上に机と椅子を用意して、誰かが通りかかるのを待っている風に見えた。

 

「こんな時間に何やってんだ?」

 

 不審に思ったが、わざわざ声をかけようとは思わない。だって本能が彼女に関わるなと告げているからだ。ここは知らないふりして通り過ぎるのが無難だろう。そう結論付けた俺は、なるべく彼女から離れて道の端っこを歩くことにした。

 

「そこな御仁。お待ちください」

 

 さて。お土産はどんなデザートが良いだろうか。セイバーは洋菓子の方が似合ってるし、タマモはやっぱり和菓子だろう。

 

「ちょっとそこの人。聞こえていますか?」

 

 けど敢えて逆の取り合わせも面白いかもしれない。セイバーには和の素晴らしさを伝えてあげて、タマモには洋菓子の良さを知ってもらう。

  

「あのー! そこの赤毛の人!? 待ってください!」

 

 和菓子といえば栗饅頭に桜餅。おしるこやドラ焼きなんかも良いだろう。もちろん洋菓子のプリンやケーキ、シュークリームにワッフルなんかも忘れてはいけない。

 コンビニのスイーツと言っても侮れないし、二人の笑顔を想像しながら選ぶ楽しみもある。幸いネコさんから貰った潤沢な資金もあることだし、考えるだけで心が踊ってきた。

 

「………………」

 

 よし! そうと決まればダッシュで向かうだけ。

 俺は一気にその場を走り去ろうと足に力を込めて……

 

『コード・キャスト――call……』 

 

 突然激しい殺気を背後から受けて、俺は否応なく振り返らされることになった。

 

 

「ようこそ、ラニの占星術屋さんへ!」

 

 視線に先にはニッコリと微笑む褐色肌の女の子。何と言うか、無理して笑ってる感120%の営業スマイルである。

 

「せ、占星術だって……?」

「はい。ここで私達が出会ったのも何かの運命。アトラス院が誇る秘奥の占星術で私が貴方の運勢を占って差し上げましょう。――ええ。格安で」

「悪い、間に合ってるっ!」

 

 怪しげな占い師とは関わるなって爺ちゃんも言ってた。俺は切嗣の遺言を守るべく全力でその場から駆け出すが……突然暗闇の中に現れた大きな壁にぶつかって盛大に尻餅を付いてしまう。

 

「いってぇっ……」

 

 痛みを堪えて見上げてみれば、大きな壁だと思ったものは筋骨隆々の大男だった。

 なんと表現すればいいのか、全身大仰な鎧を纏っていて古代中国の武将のようないでたちをしている。また頭から大きな触覚風の飾りが二本垂れていて暗闇の中で不気味に揺れていた。

 その謎の中国武将は“誰も通さないぞ”との意思を全身から漲らせた状態で、無言のまま俺を見下ろしている。

 

「……えっと」 

 

 頭上から威圧するように見据える偉丈夫。身長差もあるし正直かなり怖い。しかも一向に退いてくれそうにないので、仕方なく俺は彼の横をすり抜けることにした。

 

「えっ!?」

 

 だが俺が右からすり抜けようとした瞬間、偉丈夫が身体を水平に移動させて俺の進路を塞いだのだ。

 その行為は明らかに通せんぼ!

 

「なんでさッ!?」

 

 悪態を吐きながらも今度は左へ移動する。しかし偉丈夫に阻まれた。

 

「馬鹿な!? 何で邪魔を……!?」 

 

 俺にも魔術師としての意地がある。

 邪魔をする偉丈夫を抜こうと数多のフェイントを行使し、魔力を限界まで編み上げ速力を上げた。自身の持てる技術の全てを結集して何とか武将を抜こうと試みる。

 しかし、それら全ての技が奴の体躯に阻まれたのだ。

 そんな攻防がどれくらい続いただろうか。結局根負けしたのは俺で(体力の限界まで抜こうとしたが無理だった)その場に倒れ込んでしまう。

 

「……はあ、はあ、はあ。アイツ化け物かよ……?」 

 

 大の字になって寝そべる俺。そこに少女の落ち着いた声が降り注いできた。 

 

「ようこそ、ラニの占星術屋さんへ!」

 

 首だけ動かして見れば、女の子が机の前の椅子を指差しながらニッコリと微笑んでいた。

 

 

「自由意志で席に着いたのですから、最初に見料として五千円頂きます」

「……誰の自由意志ですか?」

「見料は五千円ですっ!」

 

 差し出した手は引っ込めず、営業スマイルで微笑む少女。ラニの占い屋さんという名前から想像して、これから彼女のことはラニと呼ぶことにする。

 そのラニは目鼻立ちのスッキリした美少女ではあるが、やはり占い師という肩書きから胡散臭い感じは拭えない。こういう場で出会わなければもっと違った感情を抱けたのだろうが……。

 

「聞こえませんか? 五千円」

 

 待てど暮らせど彼女の手は引っ込まない。仕方ないので頂いた一万円を渡してお釣りを貰う。お土産を買っても余るだろうから、後日セイバーとタマモ、そして俺の三人でメシでも食いに行こうと思っていたのに、そのプランはたった今潰えてしまった。 

 

「ありがとうございます。では、占いますね」

 

 ぐすんと涙ぐむ俺を尻目に、ラニが机に乗っかった水晶玉に手をかざす。すると不思議なことに水晶玉が淡い輝きを放ちだした。

 

「――見えます」

 

 瞳を閉じて意識を集中するラニ。ちなみにさっきの偉丈夫はラニの隣で俺を威圧するように佇んでいる。ご褒美なのか彼女から肉まんを貰ったりしていたが……もしかしたら彼女に餌付けでもされているのかもしれない。

 

「これは……!?」

 

 水晶が一際明るく輝いていく。 

 

「……貴方の周りにいる複数の女の子。赤いドレスの少女と、これは和服でしょうか。ピンクの髪の女の子。他にも黒髪ツインテールやら何やらいますが……」

 

 ラニが占う表情は真剣そのもので、ある種の迫力さえ感じられた。どうせ適当なことを言われて終わるのだろうと思っていたが、彼女の額には玉の汗が浮かんでいる。

 アトラス院の秘奥と言ってたが、まんざら嘘じゃないのかもしれない。その後もしばらく水晶玉と睨めっこしていたラニだったが、やおらふうっと溜息を吐くと、改めて俺に向き直ってきた。

 そして開口一番

 

「みなさん怒っていますね。有体に言えば貴方には酷い女難の相が出ています」 

「じ、女難の相だって!?」

「はい。それもかなり危険な――」

「……危険」

「ええ。剣で切り刻まれたり呪われたり。はたまた美少女に足蹴にされちゃったり。最後には黒いタコさんに噛まれちゃうかもしれません」

 

 それって危険というより致死なんじゃ?

 

「そんなこと言われても一切身に覚えがないんだが……というより、その未来が本当ならどうしたら回避できるんだ!? 俺はまだ死にたくない!」

「あくまでこれは占いです。私が見たのは貴方に起こりえる未来の一つ。可能性にすぎません。ですが――」

「な、なにさ……?」

 

 脅かすように声音を落としながら、ラニが人差し指でクイっと眼鏡をあげる。

 

「かなり可能性の高い未来だといえます。最初に伝えた通りこれはアトラス院に伝わる秘奥ですから回避は困難でしょう」

「冗談だろ!?」

 

 赤いのってセイバーだろ。

 うん。彼女を怒らせるようなことはしてないぞ。

 和服の少女って……タマモか。

 これも大丈夫だ。タマモに恨まれるようなことはしてない。

 黒髪ツインテールは遠坂だな。

 あいつは怒りっぽいけど根は良い奴だ。俺が死ぬような真似はしないと断言できる。

 他にもよく分からない例えがあったが、殺されるくらい相手を怒らせた覚えはない。……って、待てよ。これって未来の話だから俺がこれから何かするのか?

 いやいや。行動に十分注意すれば大丈夫のはずだ。けど、万一の場合は……。

 

「ぐぬぬ……」 

 

 うんうんと唸りながら色々と考えるが、様々な思考が頭の中を巡るだけで一向に纏まる気配がない。そんな俺の様子を見かねたのか、ラニが大丈夫です! と太鼓判を押してくれた。

 そして取り出される一つの……つぼ!?

 

「そんな貴方にアトラス院印の開運のつぼをオススメしましょう。これを買えばたちまち運気が開眼して暗い未来も何のその! 本来ならかなり高価な品ですが、ここまで関わったのも何かの縁です。特別に五千円でお譲りしましょう」

 

 やっぱり営業スマイル120%の笑顔。

 途端に胡散臭くなってきた。

 

「五千円ですよ! 五千円! きゃーお買い得! 具体的に言って今夜の寝床が確保できるくらいのお買い得です! さあ買っちゃいましょう! 今すぐ買いましょう!」

 

 ぐぐっと身を乗り出すラニ。たぶん本来の彼女はこんなキャラじゃないのだろうが、切羽詰った状況が彼女をこうさせているのだろう。それほど張り詰めた緊張感が彼女にはあった。

 

「さあさ、ご決断を!」

「――断る!」

 

 そこから脱兎の如く駆け出した。

 だってもう所持金は残り少ない。俺にはデザートを買って帰るという使命があるのだ。

 

「チッ! 逃がさないわ。バーサーカー!! 彼を捕まえて!」 

「な――ん!?」 

 

 しかし、やはりというか何と言うか。俺の逃亡は巨漢の壁に阻まれて、結局強引にラニの前まで引き戻された。

 そして意思とは関係なしに行われる金銭授受。

 

「はい。確かに五千円頂きました。ではこの“つぼ”を差し上げましょう。きっと貴方の未来を明るく照らしてくれるはずです」

 

 どうぞと五千円の代わりに手渡されるアトラス院印のつぼ。正直言って両手にあまるほど大きなつぼなんて要らないし、かなり邪魔である。

 

「それではまた“縁”がありましたらお会いしましょう。行きますよ、バーサーカー」

 

 偉丈夫と共に暗闇へと消えていく一人の少女。

 後には所持金を奪われた俺と、あまりにも大きなつぼだけが残されていた。

 後悔先に立たずとはまさにこのこと。新都でコンビニに寄っていれば、この道を通らなかったのにと悔やまずにはいられない。

 ちなみに余談だが、予定していたデザートは一個たりとも買えなかったと報告しておこう。

 ……ガク。

 

 

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