Fate/next hollow 衛宮家の人々   作:powder snow

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第二十八話 エクストラな番外編八

「はい! これで完成です!」

 

 休日ののどかな昼下がり。台所からタマモの意気揚々とした声が響いてくる。それもそのはずで、彼女は現在衛宮家の昼食を作るべく一人奮闘中なのだ。

 今のセリフからすると、それも大詰めを迎えていることだろう。そう思った矢先、台所からお盆を抱えたタマモが現れた。

 

「お待たせしましたご主人様! ――とその他一名。タマモが腕によりをかけて作った昼餉を、どうぞご堪能あれっ!」

 

 表情はにこやかに。動作はメイドのように軽やかに。タマモが手際よくテーブルの上に料理を並べていく。

 

「はい、ご主人様」 

 

 テーブルについている俺の前に差し出される一皿。まず一品目は鶏肉と野菜の煮物のようだ。アスパラとにんじんを鶏肉で巻いて、形を崩さないように煮付けてある。

 見た目も綺麗でうまそうだ。

  

「こちらもどうぞ」 

 

 次に並べられたのは卵を使った一品。オムレツ風に焼き上げたふんわり卵に和風だしのあんをかけてある。とても香りが良く、食べる前から食欲をそそってくる。

 

「まだありますからね」 

 

 そして添えられるように出されたのがふろふき大根だ。じっくりと煮込んだのだろう。黄金色に染まっただいこんに、これまた黄金色の味噌ダレがかかっている。煮崩れもおこしてないし、アクセントの白ゴマも良い感じだ。

 他にもなすの浅漬けやミニハンバーグなんかもあってボリュームは満点。

 

「ふふっ。忘れてはならない油揚げのお味噌汁です。ええ、これはある意味で料理の主役。かかせません!」

 

 最後に各自の前にごはんと味噌汁が並べられ、こうしてタマモ作の昼食が完成した。

 

「ちょっと豪華さに欠けるかもしれませんが、そこは追々腕を振るっていきますのでご容赦を。これからは本格的に洋食なんかも覚えていきたいですねぇ」

 

 もちろん、ご主人様の為にですよ! なんて言いながら拳をぐっと握り込むタマモ。

 和食には自信ありのタマモだが、どうやら洋食関係の知識には疎いらしい。しかし基本的な料理技術は俺以上かもしれないので、少し勉強するだけでマスターしてしまうことだろう。

 これは俺もうかうかしていられないな。

 

「さあさ、冷めないうちに召し上がれ」

 

 彼女に促されるまでもなく、さっきから腹の虫が鳴っている。

 俺は料理を味わうべく箸に手を伸ばして……そこでじーっとテーブルを注視しているセイバーに気がついた。

 

「あれ? どうしたんだセイバー? 和食って苦手じゃなかったよな?」

「……無論だ。食に関して好き嫌いはあまりない」

「なら良かった。折角タマモが腕を振るったんだ。食べられないってんじゃ味気ないし」

 

 食卓はにぎやかな方が良い。

 

「ウム。誰が作ったにせよ食材は無駄にはすまい。料理に罪はないからな」

 

 表情を軟化させてセイバーも箸を手に取る。

 それを受けてタマモも席に着いた。

 

「ええ。安心して食べてくださいセイバー。別にあなたの皿にだけ“毒”を盛る、なんてことはしてませんから」

「ふむ。もし毒物が混入されていたらきっと夕食は狐鍋になるな。ときに奏者よ、鍋物は好きか? まあ腹黒狐がネタなので味は保障できないがな」

「なんですとこのアマァ!」

 

 むううっと食卓を挟んで睨みあう二人の女の子。まさに今にも掴みかからんばかりの二人だったが、本格的なケンカに発展することはないだろう。

 色々と言い合っているが本質的には仲が良いんだ。だって争う理由がないからな。

 

「なにを動揺しているのだ? まあ本当に入っていたほうが余は楽しめるかもしれぬが」

「……ぐぬぬ。これなら本当に毒を入れてやれば良かった。……のた打ち回りながら悶死するような呪いを込めてやったのにぃ~!」

「何か言ったか? 余への賛辞なら声を大きくして言うがよい。いかな日陰者でも言葉の一つくらい知っていよう」

「な、なな、なんて不遜な輩でしょう!? ご主人様っ! こんな赤いだけで役に立たない女は粗大ゴミの日にポイしちゃってください!」  

 

 うーん。本質的には仲が良いんだ。だってケンカするほど仲が良いって言うじゃないか。

 だからタマモとセイバーは仲良しのハズ。

 

「――良く言った駄狐。よもや余と粗大ゴミを同列に扱うとは。生皮を剥がれる覚悟はあるようだな」

 

 何故かすっくと立ち上がって剣を抜くセイバー。

 

「覚悟ですと? ええ、もちろんありますとも。ご主人様の為なら“一線”を越えるのになんら躊躇いはありません。相手が赤い女ともなれば尚更です」

「なんとこれは面白い言い分よな。それではまるで余に勝てると言っている風に聞こえるが?」

「そう言ったんですよ。耳が悪いだけじゃなく、理解力もないんですかね、剣の英霊っていうのは」

 

 そう啖呵を切ったタマモが、立ち上がりながら呪を唱えるべく構えを取った。

 ……フフフ。二人ともじゃれあって、実に微笑ましい光景じゃないか。

 本当に仲がよろしい。

 俺はそんな二人を前にしながら、各自の前にお茶を用意することにした。ちなみに現実逃避している訳じゃないし、見ないふりをしている訳でもないぞ。

 

「その挑戦、しかと受け止めた。だがここで殺りあえば奏者の迷惑となろう。キャスターよ、表へ出るがよい」

「望むところです。ちゃっちゃと消し炭にしちゃいますから、祈りは済ませておいてくださいね」

 

 バチバチと視線に火花散らしながら庭へ出ようとする二人。

 流石に外にまで被害を及ぼす訳にはいかないから、今日はこの辺りが潮時か。

 

「待てセイバー! 待てタマモ! これからメシを食おうって時にケンカは止めろ! 止めないなら二人とも放り出すぞ!」

「……う。ご主人様に放り出されたら、タマモには行くところがありません……」 

 

 しゅんと項垂れるタマモ。まるで怒られた飼い犬みたいである。だがセイバーは納得がいかないと首を振った。

 

「……先に喧嘩を吹っかけてきたのは奴だ。余は悪くない」

「喧嘩に先も後もない。それに衛宮家において食卓は神聖なものなんだ」

「……」

「抑えてくれないか、セイバー」 

「……むう。奏者にそう言われては……ええーい、確かに余も少し大人げがなかったようにも思う。それに食事前にする行為では無かったかもしれぬな」

 

 真摯に伝えれば話は通じる。それを証拠にセイバーも怒りを収めてくれたようだ。

 こうして何とか場も収まり、二人とも改めて席に着いてくれた。

 

「じゃあ、食べようか」 

 

 やれやれ。これでやっとメシにありつける。

 そう思いながら俺は箸を手に取った。 

 

 

「ふぅ~。満腹だ。美味しかったよタマモ」

「本当ですかご主人様っ! そう言って貰えると、タマモも頑張って作った甲斐があるってものです!」 

 

 嬉しそう目を細めながら、タマモが皿を集めたりと料理の後片付けを始めていく。

 マジでお世辞を抜きにして料理はうまかったし、なんのかんの言いながらセイバーも完食しているあたり彼女にも好評のようだ。

 

「ああ。特に煮物系は絶品だったよ。何か隠し味でも入れたのか? 良かったら今度作り方を教えてくれ」

 

 料理人を自負する身として負けていられない。だがこの申し出はタマモの違うところに火を点けたみたいだ。

 

「これは予想外に嬉しい申し出っ! 勿論ご主人様にならいつでも何処ででも教えちゃいます! 台所で二人きり。手取り足取り腰とって。ぬふふふふ。楽しい時間になりそうですねぇ」

「いや……普通に教えてくれるだけで良いんだが」

「なにを仰る。タマモは至って普通ですよ? それより片しちゃいますから、そちらのお皿取ってくださいます?」

「あ、ああ」 

  

 ひょいっと目の前の皿を手に取ってタマモに渡す。彼女はそれを受け取ってから、布巾を使ってテーブルの上を綺麗にしていく。そんな光景を眺めながらお茶を啜っていると、突然セイバーが立ち上がった。

 

「どうしたセイバー?」

 

 彼女は何かを決意したような瞳でテーブル上を見据えてから、次にタマモへと視線を移す。

 そして一言。

 

「決めたぞ。夕食は余が作ろう」

 

 なんてことを言い出した。

 

「え? セイバー? メシ作れるのか?」

「む。その台詞には些か遺憾を覚えるが……案ずるな奏者よ。そなたも驚く宮廷料理をご馳走しよう」

「宮廷料理?」

「ウム!」

 

 確かにセイバーには豪華な宮廷料理とかが似合いそうだけど、彼女が作る姿というのはちょっと想像出来ない。どちらかというと作るよりも食べる側の人間に見える。

 

「フフフ。夕食を楽しみにしておれ」

 

 けれど彼女には料理に対する自信があるのか、俺達を見据えながら不敵に笑うのだった。

 

 ★☆★☆★☆

 

 ――ところ変わって衛宮家の台所。

 既に昼食から数時間が経過しているが、現在の台所はセイバーの占領下にある。

 

「そなたの驚く顔が見たいのでな。途中経過は秘密にしようと思う。夕食が出きる頃合まで散策でもしておれ」

 

 そう士郎に告げてから、セイバーは戦闘を開始した。その成果がずらりとテーブルの上に並んでいる。

 

「ウム。我ながら上出来だ。奏者の喜ぶ顔が目に浮かぶ」

 

 満足げに頷くセイバー。それを裏付けるように所狭しと並ぶ料理の数々。それらは彼女の宣言したとおり、宮廷料理と見紛うばかりの豪華料理だった。

 品数も豊富で見た目にも色鮮やか。高級料理店で出されたとしても違和感はないだろう。

 皇帝特権を使ってのフルコース。

 ――しかしそれに意を唱える者が現れた。

 

「なんと! 本当に超豪華料理の数々ですねえ。この短時間によくも作ったと褒めてあげましょう」

 

 何時の間に現れたのか、タマモがお箸を手に台所に現れていた。

 

「……敵情視察かキャスター? それとも余の料理の邪魔をしにきたのか。だが見ての通りたった今絶品料理が完成したところだ。少し遅かったな」

「邪魔なんてしませんよ。する必要もないですし。私はあなたを審査しに来ただけです」

「審査だと?」 

 

 訝しむセイバーを尻目に、タマモが料理を味見していく。

  

「ふむ。ふむ。味はしっかりしているし、見た目も問題なし。確かに見栄を切るだけのことはありますが、残念ながら不合格です。正直言っちゃうと私の敵じゃありませんでしたね」

 

 一口、一口。タマモがじっくりと味わいながらセイバーの作った料理を吟味していく。

 そして彼女が出した答えは不合格。だがこれにはセイバーも納得がいかないと気色ばんだ。

 

「ふ、不合格だと!? 余の料理がまずい……失敗作だとでもいうつもりか!?」

「失敗だなんて言ってません。不合格だと言ったのです」

「……言ってる意味が分からないぞキャスター」

 

 タマモが箸を置いて、セイバーに向き直った。

 

「はっきり言って美味しいです。お店で出されたとしても誰も文句は挟まないでしょう。料理として及第点はクリアしてますね」

「ならばどうして不合格だと? 単なる負け惜しみにしか聞こえないぞ」

「そうですか。負け惜しみに聞こえちゃいましたか」

 

 一旦視線を切ってから、タマモが再びセイバーを見据える。

 その瞳に落胆の色を滲ませながら。

 

「……この料理を“あなた”が作ったのだとしたら、負け惜しみになったのかもしれません。けれど借り物の力で作った料理は本物には敵わないんです。言うならば料理人を呼びつけて作らせたものと同じですから」

「なん……」

「端的に言ってしまえば、あなたの心が篭っていないんですね」

 

 セイバーは皇帝だ。いわば人々の上に君臨する者。だがタマモは仕える者だ。だからこそこの料理というものの本質が分かっている。

 

「セイバー。あなたがどう思っているかは知りませんけれど、料理は作る事よりも相手を想う事が目的の半分なんですよ? 下手だっていい。失敗したって構わない。全力を尽くせば、それはきっと相手に伝わるものなんです」

「想い……」

「そこを履き違えているようでは、私の敵じゃありませんね」

 

 諭すような声音。それだけを残してタマモが台所を後にする。

 

「料理が借り物……だと?」

 

 じっと自ら作った料理を見つめ、セイバーが拳を握り込む。

 

「……余の、想い……」

 

 唇を噛み締め、悔しさを滲ませてから、セイバーは冷蔵庫に手をかけた。

 

 ★☆★☆★☆

 

 土蔵で魔術の鍛錬をしていたら、セイバーが夕食の準備が終わったからと俺を呼びにきた。

 彼女の表情は実に朗らかで、一仕事終えた生気に満ち溢れている。そんなセイバーを見たら否が応にも期待が膨らむというものだ。

 彼女のことだから、前菜から始まってデザートで締めるフルコースだろうか。それとも満干全席のような超豪華料理かもしれない。だがそんな予想に反して、用意されていた料理は実に質素なものだった。

 

「あれ? これで全部なのかセイバー?」

 

 テーブルの上に用意されていたのは、おにぎりと味噌汁。それとスクランブルエッグだけ。その光景を見たタマモも目を点にして驚いている。

 

「セイバー、あなた――」

「ふ、ふんっ。何とでも言うがよい。だがまずは余の作った料理を味わってからに……」

 

 なにやらタマモに対してごにょごにょと言葉を濁らせる彼女。タマモも何故か言葉を詰まらせている。それもあるが、テーブルに用意された分量に違和感を覚えた。 

 

「なあセイバー。料理だけど二人分しかなくないか? これって俺とタマモの分だよな? セイバーのは?」

 

 この質問に対して、少し困ったように頬を掻く彼女。

 

「……実は作る過程で味見しすぎてお腹が膨れてしまったのだ。余のことは気にせず……その、味わって欲しい」

「そうか」

「……余が茶でも淹れよう」

 

 目を逸らしながらも、セイバーがお茶を用意してくれた。少し彼女の顔が赤くなって見えるのは食べ過ぎたせいだろうか。

  

「ご主人様。彼女もああ言っていることだし二人で頂いちゃいましょう」 

「そういうことなら遠慮なく。では、いただきます」

 

 手のひらを合わせてから箸を取る。

 そして真っ先にスクランブルエッグに箸を伸ばした。

 その一連の動作を注視するようにセイバーが見つめてくる。きっと俺の反応が気になるんだろう。俺も料理を作る側だからその気持ちは分かった。

 

「…………うん。うまい」

 

 だから率直な感想を口にした。

 

「ほ、本当かっ、奏者!?」

 

 身を乗り出さんばかりに突っ込んくるセイバー。 

 

「ああ。卵はクリーミー状で口当たりがいいし味付けも悪くない。美味しいよ、セイバー」

 

 俺の言葉を受けてセイバーの表情が輝いた。

 ほっとしながらも、身体の内から嬉しさが込み上げてくる。そんな感じだった。

 

「……」 

 

 そんなやり取りを見届けてから、タマモも箸を伸ばしスクランブルエッグを口に入れた。

 

「……」

「――」

「今度は……」

「――ふん。やればできるじゃないですか。これならギリギリ合格としましょう」

「っ!?」 

「けれど目玉焼きを作ったつもりがスクランブルエッグになっちゃった、とかいうオチじゃないでしょうね?」

「ば、馬鹿を言うな! そんなことは……ないぞ」

 

 セイバーがそっぽを向きながら口を尖らせる。その仕草は年相応の少女のようで愛らしく感じられた。

  

「あらら。もしかして照れちゃってます? ふふっ。案外可愛いところもあるんですねぇ」 

 

 そんな風にセイバーをからかいながらもタマモが箸を進めていく。

 楽しい、本当に楽しい夕食の風景。

 

「照れてなどいない! しかし……そうだな。今回ばかりは礼を述べておこうと思う……」

「あらら?」

「……………………」

「あれれー? 私にお礼の言葉が頂けるんじゃなかったんです?」

「……やっぱりやめた。その嬉しそうな表情を見ていたら言う気がなくなってしまった」

「なんですとー!?」

「あはは。本当に仲が良いな二人とも」

「なっ……よ、良くないぞ、奏者!」

「良くなんてありませんから、ご主人様!」 

 

 いつものやり取りに美味しい食事。

 今日は彼女達に素晴らしいものを届けられたんだから、今度は俺が届ける番になるな。

 そう思いながら夕食を進めていった。

 

  

 

 


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