Fate/next hollow 衛宮家の人々   作:powder snow

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第三話

 ふとした拍子に目が覚めた。

 半ばまどろみの中で感じたのは薄暗い空間だ。しかし身体の感覚が朝が訪れたんだと俺に告げている。

 俺は布団から身体を起こすと、念の為に時刻を確認するべく首を巡らせた。視線は壁掛けの時計へ。

 時刻は朝の六時を差していた。

 

「……ちょっと早かったか」

 

 今日はセイバーとライダーとプールに行くという重大案件がある。それに向けての期待感と僅かな不安。それらが混ざって俺をいつもより早い時間帯に目覚めさせたのだろう。

 冷静に考えてみれば、セイバーとライダーの二人とプールに出かけるというのはとんでもない事だと思う。だってさ、プールに行くんだから当然二人は水着に着替えるわけで……。

 華奢だけど可憐なセイバー。グラマーで大人っぽいライダー。

 

「…………」 

 

 脳裏に浮かぶ二人の裸身。それを想像してしまった俺は思わず生唾を飲み込んでしまった。

 いやいや、落ち着け。何の事はない。ただ市内のプールに遊びに行くだけだ。今日は三人で仲良く遊ぶだけ。

 

「ふう」

 

 手を胸に当てて大きく深呼吸し、ざわついた心を落ち着かせる。

 よし! 

 とりあえず顔を洗ってから台所に向かうか。この時間帯だとまだ誰も起きてないだろうし、パっとみんな朝食を用意してしまおう。その後でお昼に食べる弁当でも作ってしまえばいい。料理に没頭すれば心も平静を取り戻すさ。

 

「運動するし、ちょっと多めに作ればいいかな」 

 

 俺はメニューをあれこれ考えながら、ゆっくりと台所へと向かって歩き出した。

 

「……なっ!?」

 

 そうやって台所に着いた俺は、そこで信じられない光景を見てしまう。

 この家で料理をするのは基本的に俺か桜と決まっている。後は時々遊びに来た遠坂が作るくらいで、他の人物が台所に立つことはあまりない。なのに今朝の台所にはセイバーとライダーが並んで立っていたのだ。

 珍妙な光景の前にしばし呆然と佇んでしまう。そんな俺の気配に気付いたのか、二人が同時に振り返ってきた。

 

「おはようございます、シロウ」

「士郎、おはようございます。今朝も早いのですね」 

「あ……ああ。おはよう、セイバー。ライダー」

 

 挨拶を返しながら二人に近づき、俺はそっと二人の手元に視線を落とした。

 セイバーは必死の表情を浮かべながら、ぎゅっぎゅっとおにぎりを握っている最中だ。お世辞にも形はよくないけど、一生懸命に作っているのが伝わってくる。

 対するライダーはというと、フライパンで卵焼きを焼いていた。桜に料理を習っているみたいだけど、動作が何処かぎこちない。それでも形を崩さないように丁寧に卵を巻いている。

 

「二人とも何してるんだ? それ朝ごはんか?」

「いえ、本日のお弁当にと思いまして」

「弁当?」

「はい」

 

 セイバーがおにぎりからは視線を逸らさないままで答えた。

 

「私とセイバーで一品ずつ作りますので、士郎は残りをお願いしてもよろしいですか?」

 

 これまたライダーが卵焼きから視線を外さずに言った。

 そんな二人の言葉を聞いて、何だか嬉しいような気持ちが胸の奥から込み上げてきた。もちろん、残りを作るなんてお安い御用だ。

 

「分かった。どーんと俺に任せてくれ。ついでに朝食も作ってしまうから、二人は自分の料理に専念してくれていいぞ」

 

 ありがとうと二人が頷く。

 なんだ。仲良く並んで料理を作るなんて、そんなに二人の仲を心配することはなかったかもしれないな。これなら今日のプールも平穏無事に過ごせるかもしれない。

 そんな風に胸を撫で下ろしていたんだが……。

 

「セイバー、おにぎりは三角ですよ三角。ああっ!? それでは三角というより菱形ではないですか。もう少し真剣に握ってはどうなのです?」

「話しかけないでくださいライダー。気が散ります。それよりも、よそ見をして卵焼きを焦がさないように。焦げると苦くなってしまいますから」

「そんな心配は無用です。貴方とは違いますからね」

「何やらひっかかる言い方ですが……今は料理に専念するとしましょう。ふん。命拾いしましたね、ライダー」 

  

 ……何と言うか微妙にギスギスしているのは俺の気のせいだろうか。

 いや、ここは気のせいということにしておこう。深く突っ込んで墓穴を掘るのは賢くない。それよりも今は、二人を唸らせる弁当を作ることを優先するべきだ。

 俺はなるべく二人の邪魔をしないように注意しながら、そっと包丁を取り出した。

 

 

 そうして迎える運命の瞬間。

 俺の目の前には“わくわくざぶーん”がドドーンとそびえ立っていて、隣に立つライダーとセイバーと一緒に建物を見上げていた。その中でライダーが感嘆したように一言呟いた。

 

「これは大きい建物ですね」

「なんてたってレジャー施設が丸ごとこの中に入ってるからな。そりゃ大きいさ」

「風情は違いますが、何処となく故郷のキャメロットを思いだします」 

 

 セイバーが懐かしむように目を細めて小さく頷いた。

 そんな二人は、普段とは違ってカジュアルな服装に身を包んでいた。

 いつもと服装が違う。ただそれだけで“女の子”として強く意識してしまう。しかもこの後プールでは水着になってしまうのだ。正直言ってそれを目の当たりにした時に平静でいられる自信がない。

 だってセイバーもライダーも可愛いんだ。自分を見失わないようにしないと大変なことになる。

 

「……」

「どうしたのですか、シロウ?」

「いや、別に……」 

「こうして突っ立っていても仕方ありませんし、そろそろ中へ入りませんか、士郎?」

 

 自制心を呼び起こしていたらライダーに先を促された。確かに彼女の言う通り、このままここに居ても仕方がない。

 

「そうだな。それじゃ入ろうか」

 

 期待と興奮に胸を躍らせながら、俺は運命の扉を開けた。

 

 

「おお!? これは」

 

 降りそそぐ夏の陽射し。見渡す限りは人工の砂浜で、波打ち際には大勢の人の姿が見える。ここざぶーんは休日ということもあり大変盛況だった。

 ちなみにセイバー達とは更衣室で別れている。男の着替えに比べれば女性の着替えは時間がかかるから、当然のように俺が先に着替えて浜に出て来たというわけだ。

 そんな手持ち無沙汰を紛らわせるために、近くにある案内板に目をやった。

 流れるプールに波のプール。特大のウォータースライダーに飛び込み台。競泳用プールもあるようだ。他にも各種アトラクションがあって一日中遊んでいても退屈しない仕様になっている。

 

「来て正解だったかもな」 

 

 辺りを見回しながら二人を待つ。その時、視界の端にチラっと見覚えのある人物が映った気がした。

 それは褐色の太い腕。

 ……いやいや、まさかな。アイツがこんな所に居るはずがない。

 ちらりと白髪も見えた気がしたが、俺は不吉な予感を追い出せすべく強く頭を振った。考えていたら現実になってしまうかもしれないからな。

 そうこうしているうちに、浜辺の女神が俺の元へと参上した。

 

「シロウ、頭を振って何をしているのですか?」

 

 それを一言で表現するならば太陽の眩しさか。

 

「セイ……バー」 

 

 驚きのあまり声がうまく出ない。

 彼女らしさを象徴するような白の水着。それは俺の予想に反してビキニタイプだった。その水着は彼女の肌の美しさをこれでもかと強く見せつけてくる。

 

「……」 

 

 ここで何か言うべきなのは分かっているのだが、それに思考が追いついてこない。女の子とプールに来るなんて経験もなかったので、なおさら言葉が続かない。

 そうやって黙り込んだ俺を、不安そうに瞳を揺らせながらセイバーが見つめてくる。

 

「あの、シロウ。やはり何処かおかしいのでしょうか……」

 

 もじもじ恥ずかしながら、そっと上目使い。

 そういう仕草は反則だと思う……。

 

「に、似合ってる。全然おかしくないぞセイバー」

「シロウ?」

「あー、その、綺麗……だ」

 

 これが今の俺に言える精一杯。それでも相手には十分伝わったのか、セイバーが輝く笑顔を向けてくれる。

 

「……良かった。シロウにそう言って貰えただけで来た甲斐があります」

 

 彼女はほっとしたように胸を撫で下ろしていた。

 それを見て俺も平静を取り戻す。いつまでも慌てていては格好が付かないからな。

 だがそこへ第二の女神が現れてしまう。

 

「お待たせしました、士郎」

 

 それはセイバーとは対極の艶姿。

 ライダーらしい黒色の水着はやはりビキニタイプ。だが大人の女性として完成されたプロポーションとは裏腹に、そのデザインはシンプルだった。でもそれが逆に、彼女の妖艶な色気を際立たせる格好になっていた。

 

「ッ!?」

 

 セイバーの時とは違った意味で、またもや思考がストップしてしまう。

 

「……似合っていませんか……?」

 

 まさかライダーまでが不安そうに俺を見つめてくるとは思わなかった。だがセイバーの後なので言葉を口にする余裕くらいはあった。

 

「い、いやいや! 似合ってるぞライダー。完璧! パーフェクト!」

「そ、そうですか。素直に嬉しいです」

 

 不安げだった顔が綻び、ライダーにも笑顔が浮かぶ。その表情が眩しくて思わず見惚れてしまった。

 

「あ……」 

 

 自然と目と目が合う俺とライダー。そうやって見つめ合う俺達を、どこか拗ねたような表情のままセイバーが眺めている。彼女は俺たちの間に割って入ろうと足を動かすが――目に飛び込んで来たライダーの肢体に圧倒されたように動きを止めた。   

 セイバーの視線がライダーのボディラインをなぞっていき、最後にはふっと地面に目を伏せてしまう。

 

「悔しいですがライダー。ここは素直に敗北を認めましょう。その、正直羨ましいです……」

 

 多くを語らずとも、口調が雄弁に内容を語っていた。

 だが対するライダーも

 

「……言いたくはありませんが、敗北感に打ちのめされているのは私の方ですよセイバー。貴方は自分の素晴らしさを何も分かっていない」 

 

 と語り、何故かライダーも目を伏せてしまった。

 小柄なセイバーと大柄……もとい、グラマーなライダー。二人とも自分の体型にコンプレックスでも抱いているのだろうか?

 

「セイバーもライダーも何を落ち込んでいるんだ? 二人ともすっごく似合ってるし、き、綺麗だぞ。そのさ……折角プールに来たんだ。明るくいこうっ!」

 

 場を和ませようと必要以上に大声で話し掛ける。そんな俺の言葉を受けて二人が顔を見合わせた。その後で一度だけ強く頷くと、柔和な笑顔へと変身する。

 

「そうですね。シロウが喜んでくれるだけで私は満足です」

「私も――士郎、貴方が誉めてくれただけで嬉しいです」

 

 美少女二人に囲まれて、輝く笑顔を向けられる。

 正に両手に花の状態。

 きっと今の俺は、照れて顔を真っ赤に染め上げていることだろう。こんな場面、絶対に藤ねえや遠坂には見られたくない。だけど二人が元気になったなら勇気を出して褒めた甲斐があるというものだ。

 休日は始まったばかりだし、何事も初めが肝心だ。

 

「……それじゃ早速だけど泳ごうか? それとも一通りアトラクションを見て回るか?」

「そうですね」 

「なんだったら先に――」

「おいおい坊主! 男ならもっとちゃんと誉めてやらないといけねえ。折角美人が二人も水着になってくれてんだ。興醒めするだろうが」

「その意見には同意する。まったく、これでは先が思いやられるというものだぞ衛宮士郎」

「なっ!?」 

 

 何ということか!?

 セイバーとライダーを促そうとしたまさにその時、第三と第四の珍入者が現れてしまったのだ。

 

 

 信じられない。

 この幸せカップルか家族連れ以外存在を許さぬという“わくわくざぶーん”において、何故この二人がここに居るっ!?

 

「よぉっ坊主! 元気にしてたか?」

 

 現れたのは青いのことランサーと、赤いのことアーチャーだった。

 

「な……何でお前達がここにいるんだよっ!?」

「何を驚いている衛宮士郎。ここは公共の場だぞ? 私達が波打ち際で遊んでいたとしても何の不思議もあるまい」

 

 ……いや、すっげえ不思議だ。

 お淑やかな遠坂、黒くない桜くらい不思議だぞ。しかしそんな俺の気も知らず、二人は堂々と俺――いや、水着姿のセイバーとライダーににじり寄って行く。

 

「いやぁ、こりゃいいね~! やっぱりプールはこうでなくっちゃなぁ!」

「……ほう。ほう。ふむ。これは中々」

 

 青いのは豪快に。赤いのは若干控えめに。それぞれ二人を惜しげもなく凝視している。セイバーとライダーを取り巻くように回りながら感嘆の声を上げる闖入者。

 その中から最初に感想を洩らしたのはランサーだった。

 

「流石にライダーは色っぽいねぇ。正しく大人の女って感じだ。それに比べてよセイバーは……。いいかセイバー、もっとしゃんと食べないと、ライダーみたいに胸とか大きくなれん――」

 

 打撃音の後で、一瞬にしてランサーが俺の視界から消えた。続いて響いてくる激しい水音。

 あぁ人間って結構簡単に飛ぶんだな。

 そんな光景を目の当たりにした赤いのは

 

「……コホン。私はコメントを控えさせて頂く」

 

 と視線を逸らした。

 

「はあ……はあ……はあ。セ、セイバー!? ちっとは加減しろ。マジで死ぬかと思ったぜ」

 

 流石はサーヴァント随一の俊敏さと生命力を誇るランサー。

 もう、復活して戻ってきていた。

 

「それは因果応報、自業自得と言うのだランサー。何ならもう一度空を飛んでみるか?」 

 

 ニヤリと“可愛い”笑みを浮かべるセイバーさん。その笑みに気圧されたようにランサーは半歩後ずさった。

 セイバーとランサー。そしてアーチャー。

 なんというか、この組み合わせは危険なのかもしれない。

 そう強く俺の直感がシグナルを発令している。だけど折角遊びに来たんだし、どうにか仲良くして欲しいものである。じゃないと俺への被害が……じゃない、周りに被害が及ぶかもしれない。

 問題はどうやって仲良くさせるかなんだけど……

 そんな俺の苦悩などお構いなしに、セイバーがランサーの間合いへと入って――いざ事を起こそうという瞬間、ライダーが彼女の腕を取った。

 

「何をするのですか、ライダー!?」 

「良いから、こちらへ来てください。セイバー」 

 

 半ば無理やりにライダーがセイバーを、近場にあった観葉植物の裏まで引っ張って行く。

 

(良いですか、セイバー。あんまり騒動を起こしては士郎に迷惑がかかります。ここは、穏便にいきましょう)

(しかしライダー。あなたは平気だというのですか? 士郎の為にも私達の為にも、ここは邪魔者である二人を排除するのが……)

(勘違いしないでくださいセイバー。“穏便”にあの二人を亡き者にするのです。人目のあるところでは士郎に迷惑がかかる。人目のない場所でこっそりと殺るのですよ)

(こっそりですか。それは良い案ですライダー!)

(でしょう?)

(ええ。めずらしく意見が合いましたね。ここはじっくりとチャンスを待つことにしましょうか)

 

 どうやら内緒話は終わったようで、ニコニコとした笑顔を浮かべながら、セイバーとライダーが観葉植物の裏から出てきた。

 

「二人とも、ここは公共の場だ。あまり争っていては他人に迷惑がかかる。穏便に仲良く遊ぶとしましょう」

「セイバーの言う通りです。穏便にしないといけません。何と言っても公共の場ですから」 

 

 あの短い間にどういう心境の変化か。セイバーがランサーに手を差し伸べているではないか。ライダーはというと、何だが似合わない邪悪な笑みをアーチャーに向けていた。

 まあいい。若干の不安が残るが今日の目的はみんな仲良くだ。ここは俺が音頭を取ることにしよう。

 

「それじゃとりあえず水に入ろうか。ランサーもアーチャーもあんまり二人をからかわないでくれよ?」

「分かってるって。俺ももう空は飛びたくないしな。それでまず何処に行くんだ坊主? もう決めてあるのか?」

「いや、それをどうするかって話してたところだ」

「――フ、そうか。まあ、まだ時間はあるからな。なあみんな。別に今日中にアトラクションを泳ぎ尽くしてもかまわんのだろう?」

 

 赤いのが楽しそうにフフフと笑っている。

 泳ぎ尽くしても構わないかだって? ああ一向にかまわん。っていうかずっと一人で泳いでろ。 

 そんなアーチャーの背中をドンと一発叩いたランサーが、一同を見回しながら宣言した。

 

「それじゃあ人数も居ることだし、まずはビーチバレーで勝負ってことでどうだ?」

 

 

「シロウ。どうぞこちらのチームへ」

「いえ、士郎。こちらのチームへどうぞ」

 

 チーム分けといってもサーヴァントX4名と一般人X1名である。

 当然の如く、俺は戦力外通告を受けていた。

 チームはセイバー&アーチャーチームとライダー&ランサーチームに別れている。戦力外な俺は好きな方を選んで良いとのことだった。

 

「シロウ。貴方は私のマスターです。ここは当然一緒にチームを組むべきです」

「士郎。こちらのチームはサーヴァント最速チームですよ。勝ちを目指すならこちら間違いありません」

 

 セイバーとライダーがそれぞれ俺に手を差し伸べてくれている。

 

「勝ちを目指すなら尚更私のチームに来るべきです。セイバーの名に懸けて勝利を約束します!」

「ランサーとは個人的な含みはありますが、単純にペアとして見れば相性の良いチームになります。セイバーアーチャー組には負けません。是非こちらを選んでください」

「むっ!?」

 

 横槍を入れるなとばかりに、セイバーがライダーを睨み付けている。その視線を悠然と受け止めたライダーが、これまた睨み返す。バチバチと二人の視線が火花を散らしている様子が手に取るように分かった。

  

「ライダー。何でしたらこちらのアーチャーをプレゼントしましょうか? 必然的に私は一人になりますから、余ったシロウと私でペアを組むことにします」

「貴女がそう言うのならこちらもランサーを“のし”を付けて贈らせてもらいます。結果、三対二となりますが、士郎と私がペアを組めば勝機はあるはずです」

「……ライダー。シロウは私のマスターだ。あまりでしゃばらないで欲しい」

「このチーム戦にマスター云々は関係ないでしょう。それとも選ばれる自信がないのですか?」

「選ばれる自信がないとは言っていませんっ! シロウは私を選んでくれます!」

「なら選択権を士郎に預けても問題ありませんね」 

「むむむ……!」

  

 売り言葉に買い言葉。会話を交わしながら二人は段々とヒートアップしていっている。

 チラっとランサー達に視線を走らせるが、赤青のコンビはどっちでも良いから早く決めてくれとばかりに傍観を決め込んでいた。その様を見るにどうにも助けてくれそうな気配はない。

 セイバーでもライダーでも、どちらを選んでも角が立つ。

 俺はいつの間にか究極の選択を迫られていた。

 これならいっそ男三人で組んだほうがマシかもしれない。そう思っても時すでに遅し。彼女たちが眼前へと迫っていた。

 

「「さあっ、シロウ(士郎)! どちらを選ぶのですか!?」」

 

 俺は……俺が選んだのは――

 

 

「ポイント、セイバーチーム」

 

 右手を上げて宣言する。

 そう、俺が選んだのは審判だった。どっちを選んでも後が怖い。ならば選べるのは中立な立場の審判しかなかったのだ。

 君子危うきに近寄らずと昔の偉い人も言ったもんだ。

 

「ポイント、セイバー」

 

 再び右手を上げる。

 予想に反してライダー&ランサーチームは苦戦していた。

 二人はそのスピードを活かして縦横無尽に走り回るのだが、セイバー&アーチャーがそれを上回る攻撃を見せていた。後で聞いたところによると、セイバーもアーチャーもその時々の最適な行動を感知できるらしい。事前に攻撃が読まれていては、さしもの俊足コンビも歯が立たないということか。

 結局ライダーチームは善戦したものの、勝負はセイバーチームの勝利に終わった。

 ……あの得意げなセイバーの顔が忘れられない。ライダーは良く我慢したと思う。

 その後はこの五人で遊び倒した。

 ウォータースライダーや飛び込み台に行ったり、きのこの滑り台に行ったりとそれぞれみんな結構楽しんでいた。

 しかしアーサー王やアイルランドの光の御子、そして伝説のメデューサさんと波うち際でちゃぷちゃぷ遊んでいるのって、きっと俺くらいのものだろう。

 うん。馴れてきてたけど、これは結構凄いことだぞ。まあ楽しいもんは楽しいので一緒になってはしゃぎ回ったのだが、ふと気付けば、いつの間にかお昼時になっていた。

 

 

 ざぶーん全貌を見渡せるテラスの一席に、五人の人間が顔を付き合わせていた。

 

「何でお前等までここにいるんだ?」

 

 ロッカーからお弁当用重箱を取って戻ったら、ちゃっかりランサーとアーチャーも同席していたのだ。

 

「ケチケチするなよ坊主。飯は大勢で食ったほうが美味いんだぜ?」

「そうだな。別れて食すよりも効率的と言えるだろう。それに、その大量の弁当を消費するのは、三人では少しばかり骨が折れるのではないか衛宮士郎?」

 

 アーチャーの視線が重箱に注がれている。確かにアイツの言うようにちょっと作りすぎた感はあった。ライダーはそれほど食べる人じゃないし俺もそんなに食うほうじゃない。

 それなら残してしまうよりは食べて貰ったほうが嬉しいか。

 

「……了解だ。けど食べすぎるなよ。元々は三人分なんだ」

 

 釘を刺してから重箱を開ける。

 色とりどりの多彩なおかず。おにぎりに太巻きにいなり寿司。ポットを持って来ていたのでインスタントの味噌汁も用意してあった。勿論味にも自信あり。

 そうして頂きますの挨拶の後、早速遠慮も何もなしにランサーが箸を伸ばす。

 

「お! いっぱしに旨えじゃねえか。うん、こりゃあいけるぜ」

 

 ひょいひょいと食べるランサー。

 そしてアーチャーは、アスパラベーコンやから揚げといったおかずを一通り食べてから

 

「…………まあ、70点といったところか。弁当という事を考えれば、もう少し風味にこだわった方がいいな」

 

 と点数を付けてくれた上で、しっかり文句も付けてくれた。

 まあいい。俺も腹は減っている。水遊びって結構体力を使うのだ。

 割り箸を取って……そこではっと気づく。さっきから食べているのはランサー達ばかりで、セイバーもライダーも手を付けていないのだ。彼女達は弁当を見ては、俺へと視線を向けてくる。それの意味するところを悟り、俺は重箱からおにぎりと卵焼きを取った。

 

「頂きます」 

 

 まず俺はセイバーが作ったおにぎりにかぶりついた。

 ……うん。普通のおにぎりだ。形は良くないけど味は悪くない。まあおにぎりを不味く作るのは中々難しいと思う。

 続いてはライダーの卵焼き。それを一切れ、口に放り込んだ。

 ……これも十分いける。ちょっと砂糖の入れすぎで甘いけど普通に食べれる。

 

「うん、うまいよセイバー、ライダー」

 

 ぱっと二人の表情に笑顔が浮かんだ。

 俺の言葉で緊張が解けたのだろう。二人は一瞬顔を見合わせてから、やっと箸を動かし始めた。

 しかし――

 

「何だぁ、このおにぎりは? 変わった形してんなぁ。菱形ぁ? わざわざこんな変な形に握ったのか坊主? もしかしてこれは受け狙いか?」

「――む。この卵焼きは甘すぎるな。食べれないことはないが……残念ながら、これでは他のおかずの味を殺してしまう。点数にして30点も付かないぞ」

 

 カランっと箸を落とす。

 あぁ……神様。今すぐこの二人の口を止めてください。しかし俺の祈りも空しく二人の批評は続いていく。

 

「あぁ、確かに黒んぼの言う通りこの卵焼きは甘すぎだ。お子様じゃねえんだから、もうちっと考えて作れよ」

「面白いな、このおにぎりは。もはやおにぎりという原型すら止めていない。握る時に力を入れすぎたのだろうが……20点というところか」

 

 バキッっと箸の折れる音がした。

 うん。ちょうど二つ分。

 

「……セイバー。ちょうどお昼時ということで他の人の数も随分減りましたね」

「ええ。そうですねライダー。そろそろ実行に移しても良い頃合でしょう」

 

 すっくとセイバーとライダーが立ち上がった。

 そんな二人を実に不思議そうな表情で青赤のコンビが見上げた。

 

「ん? 何だお前ら、食わないのか?」

「きっちり食べないと午後がきついぞ。まだまだ泳ぐ予定なのだ。おにぎりと卵焼き以外は十分食べれるレベルだ」

 

 心の中で合掌する。

 我が事ながらもう少し空気を呼んでほしい……。

 

「アーチャー。そのおにぎりは私が握った物です。そして、そちらの卵焼きはライダーが作りました」

 

 あ、二人も箸を落とした。サッと二人の顔色がブルーに変わる。

 ここに至って、やっと事態が自分達にとって悪い方向へ進んでいるのに気付いたらしい。

 

「ランサー、アーチャー。ちょっとこちらへ来て頂けますか? 少しだけお話しすることがあります」

 

 ライダーが極上の笑みを浮かべたまま、更衣室の裏辺りを指差してている。

 

「……いや、悪かった。誤解があったんだ。話せば分かると思う」

「ええ。だから話しましょうアーチャー。ここでは他の人の迷惑になりますから、どうぞこちらへ」

 

 セイバーも極上の笑みを浮かべている。

 二人はどうか知らないが俺はあの笑みの正体を知っている。

 

「ま、待て待て! 今日はみんなで楽しく遊ぼうって話しになったろっ? だからさ……」

「何を怯えているのですかランサー? 少しお話するだけですよ?」

「フフフ、アーチャー。貴方には特にきつく言い含めておかないと気がすみません。ええ、気がすみません! 男二人に女が二人、楽しい話になりそうですねぇ?」

「や、やめろセイバー!?」 

 

 ズルズルと青赤コンビがセイバー達に引きずられて行く。まるで泣き叫ぶ子供を引きずる母親のような光景だ。

 だけどな逆鱗に触れたお前等が悪いんだぞ?

 しばらくして、黄金と白色の閃光を見たような気がするけど、気のせいだと思うようにした。

 十分後。戻って来たのはセイバーとライダーの二人だけだった。あのコンビの末路は何となく想像がつくけど、一応聞いてみることにしよう。

 

「……あのさ、ランサーとアーチャーの二人は……どうしたんだ?」

「あの二人なら他の場所で泳ぐと言っていました。きっと気を利かせてくれたのでしょう」

 

 ライダーが髪をかきあげながら穏やかな口調でそう口にした。。

 

「きっと今頃は、まるで夢の中を漂うかのように泳いでいることでしょうね」

 

 うんうんと満足そうに頷くセイバー。

 その時更衣室付近から係員の大声が響いてきた。

 

「お、おいっ! 大丈夫かっ? って駄目だ、完全に白目を剥いている」

「主任、この人達……生きてるんですか……?」

「まだ微かに息はある。おい、タンカ……いや、救急車を呼べっ! しかしどうやったらこんな目に遭うんだ……?」

 

 ……聞かなかったことにしよう。俺も命は惜しい。

 

「では昼食を続けましょう。そうだシロウ! このライダーの卵焼きは中々美味です。どうぞ食べてあげてください」

「士郎。おかずだけではお腹も満たされないでしょう。このセイバーが作ったおにぎりもどうぞ」

 

 二人がそれぞれの品を“あ~ん”とばかりに俺に差し出してくれる。

 どうやら共通の敵を見出したことにより結束が固まったようだ。それはそれでとても嬉しいんだけど……。

 

「どうぞっ!」

 

 ずいっと突き出されるおにぎりと卵焼き。

 俺には黙々と食べ続ける道しか残されていなかった。

 

 

 

「今日は楽しかったですね。士郎、ありがとうございます」

 

 夕日を背にライダーが振り返る。

 

「そうですね、充実した一日を過ごせました。感謝しますシロウ」

 

 隣を歩くセイバーも柔和に微笑んでいる。

 昼食後は、もう目一杯ざぶーんを楽しんだ。

 飛び込み台では、最上段から中々飛びこめない俺を二人で突き落とそうとしたり、ウォータースライダーでは年相応の少女のように歓声を上げたりもしていた。

 ライダーもセイバーも普段よりはしゃいでいたと思う。俺も楽しかったし、色々あったけど来て正解だった。誘って良かったと素直に思えた。

 夕日に向かって三人で歩く帰り道。心地よい風が肌を撫でていく。

 

「士郎。今日の夕食ですがキャンセルしませんか?」

 

 突然ライダーがそんなことを言い出した。

 

「え? なんでさ?」

「先日給料日だったのです。今から三人で飲みにでも行きませんか? 奢りますよ」

 

 意外な申し出だった。でもセイバーとライダーと飲みに行くっていうのは魅力的な提案だと思う。もう少しこの楽しかった余韻を引っ張っていきたい。

 そんな気分だったから。

 

「良いですねライダー。私もお酒は嫌いではありません」

 

 セイバーも乗り気だった。

 衛宮の家ではあんまり酒を飲んだりしないけど、たまにはいいだろう。

 

「じゃあ、ライダーにご馳走になろうかな。二人が飲んでるところを見てるのも悪くない」

「酔っ払った士郎と言うのも見てみたいですけどね」

 

 フフっとライダーが笑う。

 まだ休日は終わっていない。あと少しだけ二人の我がままに付き合うことにしよう。

         

 

 

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