Fate/next hollow 衛宮家の人々 作:powder snow
「ほう。そこに居るのは、セイバーのメシ使いではないか」
晴れ渡る青空の下、暖かい太陽の光を浴びながら川沿いにある公園を歩く。周りを見渡せば、園内を散策するカップルや、ボール遊びに興じる子供達の姿が見えた。
ジョギングしている人やベンチに腰掛けて読書する人。和やかな休日らしい長閑な風景である。
「おい雑種。何処へ行く?」
さて。俺が何をしているかといえば、さっきまで新都に買い物に出ていたので、今はその帰り道という訳である。行き道は新都へ通じるバスを利用したんだが、あまりにも良い天気だったので、帰りは散歩がてら歩いて戻ることにしたのだ。
右手にはヴェルデと刻印された紙袋を、そして左手にはフルールで買ってきた限定ケーキを下げている。
限定ケーキ――ああ、セイバーの喜ぶ顔が頭に目に浮かぶようだ。
彼女は、一ヶ月も前からこのケーキを楽しみにしていたのである。
「そこの雑種。……聞こえていないのか?」
名店フルールは期間ごとにその時期にじか手に入らない特別なケーキを販売している。
今期は贅を凝らした限定フルーツケーキだった。このケーキに合わせようと、ちょっと奮発して高級な紅茶も用意してある。
実は俺も、食べるのが結構楽しみだったりするのだ。
「…………………」
さて、あんまりセイバーを待たせるのも忍びない。
余計な邪魔が入らないうちに、さっさと帰るとしよう。
『――“王の財宝”――』
「何だ英雄王。俺に何か用か?」
「雑種、あんまり我の手を煩わせるな」
物騒な言葉を聞いて振り返ってみれば、黄金のサーヴァントことギルガメッシュが踏ん反り返っていた。トレードマークの黄金鎧は着てなくて、ラフな服装を着こなしている。その為に傍目には好青年に映ってしまうが、俺的には関りたくない人物ベスト3に入ること間違いなしの迷惑人である。
ちなみに、さっきまでは意図的に無視していた訳じゃない。頭で存在を認識していたが、心が関ることを拒否していたのだ。
「で、何で俺を呼び止めたんだ?」
「別に用などない。王ゆえの”気まぐれ”というやつだ」
「気まぐれだって? あのなぁ英雄王。みんなお前みたいに暇じゃないんだ。……用がないなら俺は行くぞ」
「まあ、待て雑種。ところで、その手に持っている物だが」
英雄王の視線が左手にあるケーキの入った箱に注がれていた。
なんと言うか、注視していると言ってもいい。
待て待て。とても悪い予感がするんだが……俺はその直感に従い、慌てて背中にケーキの箱を隠した。
だが――
「ふむ。よい。献上を許す」
それは如何なる技か。
背中に隠し握り締めていたはずのケーキの箱が、気づいたら英雄王の手の中にあった。
「おい、ギルガメッシュ! それは――」
「ほう、菓子か。フルーツを散りばめたケーキだな。ちょうど小腹が空いていたところだ。どれ、早速頂くとするか」
傍若無人ここに極まれり。
俺の制止の声もお構いなしに、英雄王は箱を開けてケーキをひとつ手に取った。
「待て、食べるなっ!」
「貴様如き雑種の指図は受けん」
その行為が当然だとばかりのドヤ顔で、奴がケーキにかぶりつく。
「ふむ、雑種が作ったにしては中々の美味。愚民共にはもったいないな」
食べる、食べる。英雄王がケーキを食べる。
あぁ……何てことを……してくれたんだ。
「た、頼むから返してくれ、英雄王! ……って、言ってる傍から食べるんじゃないっ!」
「何を慌てている雑種。献上された物をどう扱おうと我の勝手ではないか」
民の声は王には届かない。
奴は最後のケーキを手に取ると、それを口へと運んでいき――
「…………それ、セイバーのだ」
ピタリと、英雄王の手が止まった。
「……待て。今、何と言った雑種?」
「それ、セイバーがずっと前から楽しみにしていたケーキなんだ。……限定販売で、もう手に入らないかもしれない」
若干、英雄王の目が泳いでいる気がした。奴は食べかけのケーキをそっと箱に戻すと、それを俺の手の中に返した。
「うむ、中々の味であった。褒めてやるぞ、雑種」
「ギルガメッシュ、お前……」
「我は急用を思い出した。王とはいつの時代でも忙しいものよ。……時に雑種。くれぐれもセイバーに告げ口などするなよ」
そう言い残すと、傍若無人な王はそのまま去って行った。
悔しいが、今ここであいつを呼び止めてもまたトラブルを呼び込むだけだ。俺は手に残ったケーキ箱に視線を落とす。そこには、食べかけのケーキがたった一つ残っているだけだった。
とりあえず前向きに考えるとしよう。
まだ店は開いているはずだ。セイバーを待たせてしまうことになるが、新都まで行ってケーキを買ってくるくらいの時間の余裕はある。
ただ人気商品だから売り切れていないとも限らない。
結論。ここは一刻も早く戻らなければならない!
俺は踵を返し、駆け足で来た道を戻っていく。だが、その時だった。突然俺の右足に、何か布のような物が巻きついたのは。
「うわっ!?」
「……ゲット」
俺の抵抗などまったくの無意味。
可愛らしく響いた少女の声と共に、足に巻かれた布が勢いよく巻き取られて、俺はそのまま空中に身体を釣り上げられてしまった。
「あら、こんなところで会うなんて。奇遇ですね、衛宮士郎」
「奇遇って、今、思いっきり釣り上げたじゃないかっ!」
「……はい?」
放り投げられれば地上に落ちるのは自然の理。俺は地面に這いつくばったままの姿勢で視線を上げた。そこには修道服に身を包んだ銀髪の少女がいた。
その少女は“何のことを言っているのかわかりません”っと不思議そうに首を傾げ、立ち上がろうとしている俺を眺めている。
彼女の名前はカレン・オルテンシア。
言峰に代わって、教会に派遣されて来たシスターだ。ただ普通のシスターではない。可愛らしい外見に騙されると、痛い目を見ること必定である。
「……まあいい。それで、わざわざ俺を呼び止めたんだから、何か用があるんじゃないのか?」
「呼び止めたと言うのは語弊がありますが、こうしてお会いしたのです。少し、お話しましょう衛宮士郎」
カレンは胸の前で両手を組み、真摯な瞳で俺を見つめている。その姿は敬虔なシスターそのものだった。ただ繰り返して言うが、外見に騙されると痛い目を見る。
俺的に関わりたくない人物ベスト3に入るのは間違いない逸材だ。
「悪いなカレン。今はちょっと急いでるんだ。話しならまた今度にしよう」
「――衛宮士郎。貴方はか弱い一人の少女の願いを、無碍にも断ると言うのですね」
「か弱いって、誰のこと言ってるんだ?」
「もちろん私のことです。衛宮士郎、今の言葉には大変遺憾を覚えます」
憤慨したとばかりに、カレンが睨んでくる。
……むう。女の子に睨まれるのは、客観的に見て心象があまりよろしくない。それにこうして問答している時間も惜しいのだ。この事態を打開するには……俺が折れるしかないか。
「分かった。でも、少しだけだぞ」
「ええ。私も暇ではありません。今回は貴方が急いでいたので、ちょっと邪魔してみたくなったのです」
ではこちらへと、カレンが川際にあるベンチに誘う。
だけど、ちょっと待て。今、あいつ何かとんでもない事を口走らなかったか? しかし当のカレンは、特に気にしている素振りもなく一人でスタスタと先に行ってしまった。
仕方ない。少しだけ付きあって、早くフルールへ向かうとしよう。
「………………………」
ベンチに座って十分。カレンは話し掛けるでもなく、俺が買った缶コーヒーを手に川の流れを見つめている。何をしたいのかはわからないが、このまま話をしないと先に進まない。
俺は缶コーヒーを一口飲んでから、意を決して口を開いた。
「なあカレン。俺に話があるんじゃないのか? 黙ってちゃわからないぞ」
「こういう時は殿方がリードするものでしょう。衛宮士郎、何かお話になったらどうです?」
「……話って言ってもなぁ。特に話すことなんかないし……」
「まあ、甲斐性なしの宿六みたいなことを。少し見損ないました」
宿六って……何処でそんな言葉を覚えてくるんだこの娘は。
「では僭越ながら私から。コホン。衛宮士郎。最近、何か変わった事はありましたか?」
見切りを付けたように、カレンが話題を振ってきた。
しかし変わった事か。残念ながらというか、変な出来事には事欠かない生活をしている。ついさっきも、ヘンタ――もとい、変わった人物に遭遇したばかりだ。
「そうだなぁ、変わった事といえば、さっき変な奴に会ったばっかりだな」
「変な奴?」
「ああ。そいつの唯我独尊っぷりのせいで俺は急ぐ羽目になってるんだが……まあ、見つかった俺が悪かったんだ」
あいつと遭遇するイコール災難確定だ。
「ヘンタイ、変態ですか。で、それはどのような人物なのでしょう?」
興味があるのか、カレンが俺を覗き込んでくる。仕方ないので、俺は先程起きた不幸な出来事を掻い摘んで話して聞かせた。
彼女は耳を澄ませるように聞いていて、結局最後まで口を挟むことは無かった。そして最後まで聞き終わると、すっくとベンチから立ち上がった。
「……なるほど。こんな処に居たなんて。灯台下暗しとはこのことですね」
「どうしたカレン?」
「急用が出来ました。お引止めして申し訳ありません。貴方も自分の用件に戻られるとよろしいでしょう」
それではと一礼してからカレンが去って行く。
現れるのも突然なら、去って行くのも突然だった。けど今の俺にとっては都合がいい。結構時間を浪費してしまったがまだ間に合うだろう。
俺は一気に残りのコーヒーを飲み干してから、ベンチを後にした。
新都へと掛かる大橋を駆ける。今は一分一秒が惜しい。息を切らせながら、全速力でフルールへと向かう。
だが、橋の途上で思わぬ人物に出会ってしまった。
……何を考えているのか、その人物は橋の隅っこで膝を抱えて丸くなっている。
「……し、慎二。そんなとこで何やってるんだ?」
「衛宮か……」
慎二は幽鬼のような仕草で顔だけを向けてくる。
「衛宮。お前なら……」
「……」
「なあ聞いてくれ! 僕は――」
「悪い、慎二! 俺、今メチャクチャ急いでるんだ。話しなら今度聞く」
慎二には悪いが、関っている時間がない。
俺は慎二に別れを告げて駆け出した……のだが、背後からかかった切羽詰った声に思わず立ち止まってしまった。
「衛宮っ! 待ってくれ衛宮っ! お前まで僕を見捨てるのか?」
「見捨てるって……何言ってんだ? 訳わかんないぞ」
「……最近桜は冷たいし、家でも微妙に居心地が悪いし……いや桜だけじゃなくって世間の風当たりがきついんだ。僕は……僕はね……」
「それは慎二の勘違いだろ。それにお前、そんなこと悩んでる風もなくいつも自信満々じゃないか」
「見得さ。なあ衛宮、お前だけが僕を解ってくれる。今から一緒にメシでも食いながら話を――」
「悪い。本当に急いでるんだ。メシなら今度付き合うから……じゃあなっ!」
慎二のスキを付いて駆け出す。
「待ってくれ衛宮!」
だが慎二は、ラグビー選手よろしく俺の腰にしがみついてきた。
「こ、こら放せ慎二! ほ・ん・と・う・に急いでるんだよ!」
「放さないぞ衛宮~。僕とお前は友達だろ~」
「急いでるんだって!」
ズルズルと慎二を引きずりつつも前に進む。だけど、こんなんじゃ絶対に間に合わない。
こうなったら多少乱暴だけど仕方ない。俺は力ずくで纏わり付いてくる慎二の手を引き離した。
その行為を受けて、信じられないものを見たという風に呆然となる慎二。
悪いな慎二。けど今は本当に時間がないんだ。
「死んでやるっ!」
自棄になったのか、橋の欄干に慎二が立った。
「お、おい慎二っ! 落ち着けって!」
「衛宮にまで見捨てられたら、おしまいじゃないか。絶望だっ!」
「大袈裟なこと言うな! とりあえずソコから降りろ!」
「……じゃあ、今から一緒にメシ行くか?」
「それは無理だ」
「死んでやるッッ!!」
ああ、もうっ! この忙しい時にっ!
俺は悲壮感漂う慎二に取り付くと、力づくで下に引っ張った。あいつの背中から抱きつく格好。とりあえず強引にでも引き降ろしてしまえばいい。
その後はもう知らん。
「おい、暴れるなって。慎二……!?」
「うわ……落ちる、落ちるぞ、衛宮、助けてくれっ!」
「そっちに重心かけるな。ちょっ……動くなって。じたばたするんじゃない! ええいっ……掴むな、放せ、落ちるなら一人で落ちろっ!」
「放すものか~。え~み~や~っ!」
「こら……暴れるなぁっ!! 放せぇぇぇ――っっ!」
慎二はじたばたじたばたと思いっきり暴れている。それでも俺を掴んだ手だけは絶対放すまいと力を込めていた。
必死に説得を試みるが、結局は無駄だった。
「こうなったら道ずれだ。衛宮、一緒に死のう」
「断る! 逝くなら一人で逝け…………うわぁっ!?」
そして崩壊。遂にはバランスが崩れ欄干から身体が離れた。
続いて激しい水音が辺りに炸裂する。
哀れ、俺と慎二は、二人仲良く川までダイブすることになってしまった。
「……本当に、冗談じゃないぞ」
何とか慎二を担いだまま川岸まで泳ぎきった。奴も暴れて落ち着いたのか、呆然とはしてるものの目には力が戻ってきている。
これなら放っておいても大丈夫だろう。そう思った俺は慎二を橋の袂まで送ると、別れを告げてフルールに急いだ。
「はあ……はあ……間に合ってくれよっ!!」
許される全速力で駆ける。全身はずぶ濡れのままだけど、走っているから寒さは感じない。健康には良くないんだろうけど、もう風邪を引くとかそんな事に頓着してる余裕は無かった。
何より優先しているのは時間。セイバーの為にも、俺自身の為にも、駆けて駆けて駆け抜けた。
そして、その先に見たものは。
『本日は閉店致しました。またのご来店をお待ちしております。ラ・フルール』
虚無感、虚脱感、絶望感。
空虚な思いに満たされた俺は、音もなく膝から崩れ落ちた。
……ああ、ごめんよセイバー。
淡い月の光が夜道を照らす中、傷心のままトボトボと自宅に向かって歩いていた。
本当に厄日のような一日だった。英雄王に会うまでは平穏だったのに、奴に会ったあたりから不幸が押し寄せてきた感じだ。それにセイバー怒ってるだろうなぁ。すっごく楽しみにしてたし、予定の時間なんてとっくに過ぎてるし。
何て言って謝ろう? 謝罪の言葉を考えながら歩いていると、いつの間にか衛宮邸に着いていた。
――え?
一瞬、思考が停止する。
俺の目に飛び込んで来たのは、玄関先に佇んで辺りをキョロキョロと見回しているセイバーの姿だった。
今の季節、夜になれば随分冷えてくる。それなのに何で彼女は上着も羽織らずに玄関先で立ち尽くしているのだろう。少し混乱したまま視線が彼女に固定された。そんな俺をセイバーが捉える。
彼女は、やっと見つけたとばかりにそのまま小走りに近寄って来た。
「シロウっ!」
切羽詰った声に彼女の怒気を感じた。
やっぱり怒ってるのか?
俺が悪いのはハッキリしている。こんな時間まで待たせたんだから、こっちから謝ってしかるべきだろう。そう思った瞬間、彼女が俺の胸の中に飛び込んできた。
「シロウ! 無事で良かった」
「……無事って、セイバー?」
「時間になっても貴方が戻らないので、何かあったのかと心配しました」
「……怒ってないのか?」
「もちろん怒っています。シロウ、連絡くらいはいれられたのではないですか? 本当に心配したのですよ」
怒っているという彼女は、言葉とは裏腹に笑みを浮かべていた。
「その……ごめん」
「いいえ、もう良いのです」
ほっとしたように目尻を下げる彼女を見ていたら、胸がチクリと痛んだ。だって彼女が楽しみにしていたケーキを俺は買ってこれなかったんだ。
「セイバー……その、ケーキだけど……手に入れられなかったんだ……」
はっとしたように彼女が目を見開く。しかしそれは一瞬の間だけだった。
「そうですか。それは残念です。ですがシロウが無事ならその方が私は嬉しい」
「あんなに楽しみにしてたじゃないか。なのに……俺……」
「確かに楽しみでした。ですがそれはシロウと一緒に食べるケーキが楽しみだったのです。共に過ごせる時間が楽しみだったのですよ」
彼女の笑顔はあらゆる薬に勝る俺の特効薬か。
セイバーの笑顔を見ているだけで、今日一日あった不幸な出来事が心の中から吹っ飛んでいく。
「さあシロウ。もう時間も遅い。夕飯を用意しましょう」
彼女が俺の手を引く。
「まだ食べてなかったのか?」
「はい。あ――それとも先にお風呂に入りますか? 随分と身体が冷えているようだ」
確かに塗れた衣服はまだ完全に乾いていない。だけど、そんな冷たさも彼女の温もりで帳消しだ。
「大丈夫だ。先に飯にしよう。あんまり待たせるとセイバー暴れるだろ?」
「そ、そのような事はありませんっ」
軽く唇を尖らせて彼女がそっぽを向く。
でも、手は握ったままで。
「あはは。悪かったって。じゃ、行こうか」
今度は俺が手を引く番だ。
待たせたお詫びに、とびっきりの夕食を作るとしよう。そう考えた瞬間、心も身体も軽くなったように感じた。
料理は愛情だと言うけれど、それは作り手に関しても当てはまるんじゃないか。
そんなことを考えながら、俺たちは玄関を潜った。