Fate/next hollow 衛宮家の人々 作:powder snow
ここ最近は、とても平穏で平和な毎日が続いていると思う。
朝起きて目にする何気ない風景。朝食を作り、食べる。日々の訓練や鍛錬も欠かしていないが、ふとした瞬間に頬を撫でる風の感覚ですら優しいものに感じてしまう。
周りにはセイバーが居て、遠坂が居て、桜が、イリヤが、藤ねえが、ライダーが居る。
これは身には余る幸福なのか。何処かむず痒いような感覚を受けてしまうが……いや、これはただ単に俺が“平穏”に慣れていないだけなのだろう。
けど、言ってしまえば悪くない毎日だ。
そして今日も、いつもと変わらない平穏な一日が始まる……はずだったのだが。
日差しの麗らかな休日の午後。俺は縁側に座っているセイバーの姿を発見した。
彼女は子供のように足を揺らしながら、ひなたぼっこしてる猫のように目を細めている。
それはいい。ただ――いつものセイバーとは様子が違ったのだ。
何が違うかって? まず見た目からして全然違うのだ。彼女は白のブラウスに紺のスカートという清楚な感じの服装を気に入ってよく着ているが、目の前のセイバーは漆黒のドレスを纏っているのだ。
オーラというのだろうか、受ける雰囲気や印象も普段とは幾分違う。いつもは凛々しい中にも少女らしさが同居している感じだが、今は何と言うか……そう。王様としての威厳が前面に出ている感じだ。
言うなればオルタ。
そのセイバーが俺の存在に気付いたようだ。彼女は首を巡らせて俺を見上げる姿勢を作ると、自身の横をポンポンと軽く叩いた。
「なんだシロウではないか。どうした? そんな処に突っ立っていないで、こちらに来て座るがよい」
声音は優しげだが、どうにも逆らえない雰囲気なので、大人しく彼女の隣に座ることにした。
「隣って、ここでいいか?」
「そうではないシロウ。もっとこう、お互いの身体を寄せて座るのだ」
そう言ったセイバーがピッタリと身体をくっつけてくる。二の腕を通して彼女の体温を感じる。少しばかり、心臓の鼓動がはやくなった気がした。
「ん? 何を慌てているのだシロウ。肌を触れ合うのも初めてではあるまい」
「な、何言ってるんだセイバー。その……少し照れただけだ」
「だ・ま・れ。シロウは黙って私の側に居るだけでよい」
むう。その物言いにはいささか不満はあるが、ここで機嫌を損ねるのはあんまり良い選択じゃない。そう思った俺は仕方ないので彼女の希望通りに黙ることにした。
そんな俺の様子にセイバーは満足したのか、ゆっくりと顔を上げて、上空にある太陽を眩しそうに見つめる。
「うん。今日は――よい天気だな」
全身で光を浴びるセイバーはとても気持ち良さそうで、見ている俺も優しい気持ちになってくる。
普段とは違う金色の瞳。髪の色も少し違うし雰囲気も違う。けどやっぱりセイバーはセイバーだ。
そんなセイバーが突然俺の肩に自身の頭をそっと預けてきた。
「なっ!?」
「こら。動くでないシロウ。……そう、じっとしているのだ」
緊張のためか、再び心臓の鼓動が早くなっていく。だってこういう雰囲気にはなれていないんだ。だけど事態は更に悪化していって、セイバーは俺の背中に腕を廻し込むと、抱きつくような格好で胸に顔を埋めたのだ。
「ん……ふふっ。シロウの匂いがする」
「……っ!?」
「動くなと言ったぞ」
ああっ……これは駄目だッ!
このままの状態を保てば、色々理性が崩壊しかねない。そう思った俺は、最後の手段というか、奥の手を講じて状況の打開を計った。
「セ、セイバー! ほら、もうすぐ三時だぞ。江戸前屋の大判焼きとフルールのケーキがあるから、おやつにしよう!」
「その必要はない。今はシロウとこうしていたい」
「……」
ぎゅってされた。
ああ、神様。堤防が決壊しそうです。
……結局夕食時まで、セイバーは俺を解放してはくれなかった。
今晩の夕食のメニューはすき焼きだったのだが“私はハンバーガーがいい”という王様の願いで、結局ハンバーガーを食べることになった。もっとも、それは俺とセイバーだけなので、残りの面子は今ごろすき焼きを食べている頃だろう。
「いらっしゃいませ!」
セイバーの我侭で台所を占拠するのも忍びないので、近くにあるハンバーガーショップまで足を伸ばす。こういうファーストフード店にはあんまり寄らないので、雰囲気が新鮮に感じてしまう。
理由は単純で、金がもったいないし、何より簡単なものなら自分で作れるからだ。だけどたまにはいいだろう。
「よし。じゃあセイバー、メニューの中から食べたいものを決めてくれ。希望はあるか?」
王様はやや真剣な面持ちでメニューに視線を落としていたが、不敵に笑うや堂々とこう宣言した。
「とりあえず、端から端まで全部持ってきてもらおうか」
「……はい?」
聞き返す店員さんの目が困惑しているのがわかる。まあそりゃそうだ。普通なら冗談だと思うだろうからな。
「聞こえなかったのか? 全部だ」
「あの、ハンバーガー全部……全品ですか?」
「そうだ」
「……」
困ったような視線を俺に向けてくる店員さん。それを受けて、俺はひやかしの類じゃないという意思を相手に伝えた。
「……はい。承りました。では店内でお召し上がりでよろしいですか?」
「無論だ。食事は出来たてが一番美味しい。ここで食すとしよう。あ、マスタードは多めでな」
注文を終えた王様が、テーブル目指して歩きだす。
「シロウ、何をしている? シロウが座るのはここだ」
やや込み合う店内の中から空いているテーブルを見つけたセイバーが、自身の隣をぽんぽんと叩いた。二人なので対面に座ろうとした俺を嗜めるかたちだ。
もちろん今の彼女は王様なので、大人しく隣に座る。
「でも良かったのかセイバー? 時間、結構かかるって言ってたぞ」
「よい。運ばれてくるまでの時間は、こうしてシロウを愛でておこうと思う」
は? 愛でるってなにさ!?
「ふっふっふ。こういう時間も悪くないな」
頬杖を突いた姿勢で俺を見つめるセイバー。ただでさえ彼女は目立つというのに、今日はゴスロリ風ドレスを着ているものだから尚更目立つ。しかもカップルっぽくくっ付いて座っているので、周りの好奇の視線が痛いくらい突き刺さってくる。
この状態から俺が開放されるには、ハンバーガーの到着を待つしかない。ジャンクフードが好きなセイバーさんオルタの意識を引くものが必要なのだ。
結局、一品目が運ばれてくるまでの数分、俺は周りの視線に耐え続けなければならなかった。
“もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ”
“もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ”
運ばれてきたハンバーガーを、さも満足そうに口になさる王様。だが性質が変化してもそこはセイバー。食べ散らかすとか、そういう感じじゃなく、そこそこ上品にハンバーガーを口に運んでいる。
「どうした? シロウも食べるがよい」
「あ、ああ。じゃあひとつ貰うかな……」
並んだハンバーガーの中から無造作にひとつを選んで手に取った。そして包装紙を剥がしつつかぶりつく。途端、パンズの食感と肉の旨みが口の中に広がった。
久しぶりに食べたハンバーガーは思ったよりも美味しく感じたが、味が単調なので大量に食べようとか絶対に思わない。
“もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ”
けどセイバーは美味しそうに食べ続けている。ハンバーガーなんて普段のセイバーなら好まなそうな雑な料理に入る。でも今のセイバー自身が喜んでくれたなら十分だ。
子供のように黙々と食べ続けるセイバー。
やっぱりこういう彼女――美味しそうに頬張る姿を見ると落ち着いてしまうのは、職業病みたいなものか。
今度の夕食に特製のハンバーガーでも作ってやろう。そう思ってしまうほどには、彼女の食べる姿に魅了されてしまっていた。
「……全部、無くなっちまった」
結局、運ばれてきたハンバーガーのほとんどを彼女が分担して食事は終了。
正直言って結構痛い出費だったが、たまにはいいだろう。そう思ったのも束の間。王様は満足そうに頷いてこう呟いた。
「さあ、シロウ。次の店に行くぞ」
「……え?」
まさかハンバーガーショップを梯子する気か!?
「さあ、何をぐずぐずしている。私の隣を歩けるのはシロウだけだ」
「……」
「それとも手を引いて欲しいのか? 私は別に構わないが」
ああ、分かったよ。
こうなったら覚悟を決めて最後まで付きあってやる。
「わかった。もうハンバーガーなんて見たくないって言うまで食べさせてやる。覚悟しろよセイバー」
「よく言ったシロウ。その勝負受けて立つ!」
……勝負の結果?
そんなの聞くまでもないだろ。だって俺は、セイバーには敵わないんだから。