Fate/next hollow 衛宮家の人々   作:powder snow

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第六話

 ざぶーんで遊び倒した後、ライダーの提案を受けた俺たちは、揃って新都にある一軒の居酒屋までやって来ていた。

 

「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」

 

 衛宮の家では滅多に外食なんてしないから、居酒屋で食事をするなんて久しぶりだ。

 それに今回はセイバーとライダーと一緒である。俺は酒を飲めないけど、きっと彼女達は結構飲めるんじゃないかな。なんてったってサーヴァントだし。

 

「こちらへどうぞー」

 

 威勢の良い店員さんに案内されて、店の奥にあるテーブル席へと向かう。ピークを迎えるには早い時間帯だったが、店内は割と混雑していて、休日のパワーを思い知る。

 

「へえ。結構、流行ってるな。こういう雰囲気は好きだ」 

 

 歩きながら辺りを見回していると、珍しい人物を発見してしまった。彼女はカウンターに腰掛け、一人寂しそうにグラスを傾けている。予想外の光景を見て、思わず立ち止まり注視してしまう。そうこうしているうちに、相手も俺達のことに気付いたようだ。

 

「あら? 坊やじゃないの。こんな所で会うなんて珍しいこともあるものね」

 

 青を基調としたラフな格好の若奥様。

 そう、キャスターだった。

 

「そういうキャスターこそこんな所で何やってるんだ? 葛木先生は一緒じゃないのか?」

「宗一郎様は本日は宿直で戻って来られません……」

 

 しゅんと寂しそうに目を伏せて、キャスターが項垂れる。それから改めて俺達に視線を向けてきた。

 

「今日は貴方達三人だけなの? あの野蛮な魔術師は一緒じゃないのかしら?」

「魔術師って……遠坂のことか? 遠坂ならここには居ないぜ。俺達三人だけだ」

「そう。なら一緒に飲みましょうよ。一人で飲んでいてもつまらないもの」

 

 思わぬキャスターの言葉にセイバーが気色ばんだ。

 

「キャスター、貴方は私達と同席したいと言うのですかっ?」

「別に良いじゃないの。奢ってくれとか言わないわよ。それに人数が多い方が楽しいお酒が飲めると思うし」

「それはそうですが……」

 

 セイバーがチラっとライダーを見る。そのライダーは特に気にした風でもなく事態の推移を見守っていた。対するキャスターの方は、早くもグラスを持って移動する体勢である。

 

「まあ……別に困ることでもないし。いいよ、一緒に飲もうキャスター」

「当然ね」

 

 こうして、キャスターを加えて四人になった俺達の酒盛りが始まった。

 

 

「では、この冷酒を頂きます。口当たりが好きなので」

「あら日本酒? ライダーは結構いける口なのね」

「それなりには。キャスターはどうします? 同じ物にしますか?」

「そうね。それならグラスを二つ貰いましょうか」

 

 メニューから一本の日本酒を選んだライダーにキャスターが便乗する。しかしキャスターとライダーが日本酒とは、外見からは想像つかないもんだ。てっきり洋酒専門だと思っていたけど。

 特にキャスターなんかは。

 そうして注文を決めたライダーが、対面に座るセイバーにメニューを手渡した。ちなみに席順は俺とセイバーが隣同士で、対面にライダーとキャスターというかたちだ。

 

「セイバーは何を頼みますか?」

「そうですね。私はこちらにあるワインを頂こうかと。色合いが気に入りました」

 

 どうやらセイバーは赤ワインを選んだみたいだ。やや嬉しそうな表情でメニューの写真を指差している。

 やっぱり結構飲めるんだろうなあ。

 

「それで、坊やはどうするの?」

「俺は飲めないから……烏龍茶で」

「あら、お子様ね」

 

 キャスターが呆れ顔で嘆息してくれた。

 ほっといてくれ。

 

「じゃあ、飲み物が運ばれてくるまでに食う物を選んでおこう」

 

 宣言してからテーブルにメニューを広げた。

 四人が顔を突き合わせながらメニューを眺める光景は若干シュールではあるが、居酒屋の風物詩といっても良い。まあ定番メニューはほっといても誰かが頼むだろうから、折角だし自分が作れないような品を頼んでみるか。

 はてさて、珍しい一品はあるだろうかと色々眺めていたら、隣に座っているセイバーがクイクイと袖を引いてきた。

 

「シロウ、この明石焼きというのは、どのような食べ物なのですか?」

「ん、ああ。これは……タコ焼きの親戚みたいなもんだ。言ってみればダシで食うタコ焼きだな」

「……タコですか。この可愛い丸っこい中にはあの魔魚が入っているのですね……」

 

 どうも写真を見て明石焼きに興味を抱いたみたいだが、タコと聞いてセイバーが消沈してしまう。

 

「そういえば、セイバーはタコが苦手でしたね。ではこの“タコわさ”などは絶対無理な部類に入りますか」

「あらあら。セイバーはタコが駄目なの?」

「……ええ。大抵の物は食せるのですが、あの魔魚だけはどうにも……」

 

 よほど過去に嫌な思い出があるのだろう。

 セイバーがここまで苦手にする食材ってタコくらいだもんな。

 

「でも、知らなければ食えるところを見ると、純粋に味が駄目って訳じゃないんだよなぁ……」

 

 “向こう”の人には苦手な人が多いらしいけど、キャスターはどうなんだろう? 

 気になったので聞いてみることにした。

 

「そういやキャスターにも苦手な食べ物ってあるのか?」

「もちろん、あるわよ」

 

 あっさりと答えるキャスター。

 

「まあ簡単に手に入る物じゃないし、ここで出てくることはないでしょう」

「そっか。じゃあ葛木先生にもあるのかな?」

「宗一郎様は……何でも食べてくださるわね」

 

 嬉しいのか、悲しいのか。ちょっと読めない表情で視線を逸らすキャスター。

 最近ではキャスターの料理の腕はそこそこ上がっていて、それなりに色々作れるようにはなっていた。当初を思えば格段の進歩と言えよう。

 一応料理の師匠としては、キャスターの為にも葛木先生に美味いと言わせてやりたい。そうだな。今度時間を作ってみっちりと教えてやるとしよう。料理を教えている最中は、意外に素直なんだよな若奥様。

 そんなことを考えている間に、店員さんが飲み物をテーブルまで運んできてくれた。

 

「お待たせしました。ではご注文をどうぞっ」

 

 各々が銘々に注文していく。やっぱりみんな飲む気満々だなぁと注文した品からそう判断した。俺は飲まないからその分腹が膨れるものでも頼もうか。

 それから暫し、店員さんが注文を受けて戻っていく。それを見届けてからみんながグラスを掲げた。

 

「じゃあ、カンパイしましょうか」

 

 キャスターが音頭を取る。この乾杯の為に“一杯”付き合いたくもあるが、飲めないものは仕方がない。

 俺達はグラスを打ちあってから杯を傾けていった。

 

 ★☆ 酩酊レベル 1 ☆★

 

「ねえ坊や。二杯目からでも付き合いなさいな」

「さっき飲めないっていったろ」

「それでも男なの、坊や?」

「あのなキャスター。男とか関係なくて、俺はまだ飲めない年齢なんだって」

「法律とかいうやつ? でも坊やは魔術師でしょう? 年齢を基準とした決まり事なんて無視しちゃいなさい」

「そういう訳にもいかないんだよ。お店にも迷惑がかかるし」

「……ふん。つまらないのね」

 

 キャスターがそっぽを向きながら杯を傾ける。さっきからこの奥様、ライダーと二人でかっぱっかっぱ杯を空けまくっている。サーヴァントって技や魔術だけじゃなく、酒を飲むことに関しても人外なのだろうか。

 

「キャスター。シロウの代わりに私が付き合いますから、それで許してあげて欲しい」

「言うわね、セイバー。いいわ。今日はとことん付き合って貰うから。ほら、杯が空いてるわよ?」    

 

 セイバーのグラスを指差しながら、不敵にキャスターが微笑む。それを受けてセイバーがメニューを取り出した。

 

「そうですね。まずはワインを制覇するとしましょう」

 

 次に頼むワインの選別を開始するセイバー。だけどちょっと待て。セイバーは“まずは”って言ったよな。

 チラッと横からメニューを盗み見る。そこには結構な数のワインが写真と共にプリントされていて、写真のない品まで合わせるとかなりの数になる。

 それを全部制覇してから次にいく気ですかセイバーさんはっ!

 ……まあ、育ちが違うんだろうな。外国では酒を水みたいに飲むって言うし。だがキャスターもライダーも“負けて”はいなかった。

 

「じゃあ、私達も“まずは”日本酒を制覇しましょうか。良いかしら、ライダー?」

「望むところですキャスター。冷酒は口当たりが良いので飲みやすいですしね」

「それじゃ、纏めて頼んじゃいましょう」

 

 キャスターが軽く手を振って店員さんを呼ぶ。その仕草は何処となく気品と優雅さを感じさせた。なんというか、元々は王女様だってのも頷ける気がした。

 しかし飲む気満々ですね、皆さん。

 とりあえず俺の役目は、みんなが羽目を外し過ぎないように見守る係りだな、うん。

 素面な俺は、勝手に自分で自分に任命することにした。

 

 ★☆ 酩酊レベル 2 ☆★

 

「ふう、良い気持ち」

 

 キャスターがほんのり頬を紅く染めながら、次々に杯を重ねていく。それに張り合うかたちで、ライダーとセイバーも杯をかっぱかっぱと空けていった。

 これは全員藤ねえ以上のウワバミじゃないだろうか。噂では遠坂も結構いける口らしいが彼女達には及ばないだろう。

 

「今日は良い酒ですね。ほわほわと良い気分です」

 

 ライダーもうっとりと目を細めている。

 

「ふむ、ふむ。やはり微妙に違いますね。飲み比べるとわかりやすい」

 

 セイバーがコクコクと可愛らしく喉を鳴らしながら、ワインを嗜んでいる。とても穏やかな表情だ。

 正直言えば、酒の飲めない俺には酒を飲んで気持ち良くなるって感覚がいまいち理解できていない。けどこうして色々話しながら席を同じにするのは楽しいもんだ。

 こうしていると、いつか衛宮の家でみんなを集めて大宴会をやってみてもいいかもしれないなと思ってしまう。アサシンは動けないから無理だけど、サーヴァント連中を集めて……ん? バーサーカーは酒を飲んだりするのだろうか?

 そもそも家の中に入れないような気がするが……まあ、やったらやったで色々と大変なことが起きそうだけど。

 そんな事を考えていると、ライダーがセイバーに何やら耳うちし合っているのが目に入った。

 

(セイバー。こうして見るとキャスターも随分丸くなったとは思いませんか? )

(そうですね。個人的に苦い思い出はありますが、確かに以前よりも角が取れた感じがします。……年の功でしょうか? )

(年の功……それもあるのでしょうが、やはり夫の存在が大きいのでしょうね )

 

 ヒソヒソと話している二人。声が小さいので今いち内容が掴めない。だけどキャスターは突然ギロリと二人を睨み付けるや、バンッ! とおしぼりでテーブルを叩いた。

 

「ちょっと、聞こえてるわよっ二人共! 伊達にこの耳は尖ってるわけじゃないの。大体人の年齢の事を言えるほど貴方達も“若く”ないでしょうに」

 

 ピシッっと三人の間の空間に亀裂が走った音がする。ひんやりと周りの空気が冷めていく感覚……。

 ちょっとやばい展開なのではないだろうか?

 俺の警報ランプが激しく明滅しているぞ。何だかよくわからないがここで年齢の話は危険な気がするのだ。

 

「ま、待て。そういう話しは此処ではなしにしよう。ほら! チーズの盛り合わせが来たぞ。み、みんなで食べようじゃないか……」

 

 ドンと皿を中央に置く。 

 何とか注意を逸らせたらと三人の様子を伺うが、誰も皿に注意を注いでいない。

 沈黙――重苦しい空気がテーブルを包み込む。その中で次に声を発したのはキャスターだった。

 

「……そうね。年齢の話はやめましょう。セイバーだってこの外見だけど実際は……」

「キャスター。それ以上言ったら聖剣を抜きますよ?」

 

 フフフと、含み笑いをしながら睨み合う二人。

 美女が睨み合う光景というのは非常に迫力がある。それはもうヤクザ屋さんが睨み合っているほうが何倍も可愛く見えるくらいに。隣にいる俺的にはちょっと……いや、かなり怖かった。

 そんな俺を見かねたのか、ライダーが間に割って入ってくれた。

 

「今のは話を振った私が浅慮でしたね。水に流すために改めて皆で乾杯といきませんか?」

 

 そう言ったライダーが杯を掲げる。

 

「……そうね。折角の一席だものね。楽しいお酒を飲みましょう」

 

 キャスターも杯を手に取った。

 

「同感です。私も浅慮でしたね。改めて親睦を深めるとしましょう」

 

 三つのグラスが甲高い音を奏でる。酒宴はまだまだ続きそうだった。

 

 ★☆ 酩酊レベル 3 ☆★

 

「シロウ、私もそう聡いほうではありませんが、貴方のそれは常軌を逸している。……シロウ、ちょっと聞いていますかシロウっ?」  

  

 絡むような口調でまくし立てるセイバーの目は、完全に据わっていた。

 あれからかなりの量を飲んでいるから無理ないと言えば無理のないのだが……セイバーって絡み酒なのだろうか。さっきからやたらと俺に絡んでくるのだ。

 

「セイバーの言う通りですね。士郎のソレは鈍感だとか、そんなレベルじゃない気がします。貴方はもっと他人の気持ちを慮るということを覚えてください」

 

 ライダーの顔もかなり赤くなっている。既に彼女は日本酒ゾーンは通り過ぎ、矛先を洋酒ゾーンへと向けていた。でも冷酒ってかなり“くる”んじゃなかったかな? ライダーは大丈夫なんだろうか。

 そう思ってみたものの俺に出来ることはなど何もない。羽目を外さないように見守る係りは、いつの間にか何処かに放りなげられてそのままになっている。

 俺なんてお腹も一杯になったし、後はソフトドリンクをちびちび飲んでいるだけ。対する彼女達は、その手が止まる気配がまったくない。

 セイバーはワインを制し、カクテルを制し、如何にも度数の高そうな洋酒を飲んでいる。

 

「はあ、シロウ(士郎)は人の心がわからない……」

 

 セイバーとライダー。二人して盛大に溜息を吐いてくれる。

 いやいや、今溜息を吐きたいのはこっちだったりするんだけど……。

 ふとキャスターに目を転じれば、彼女はあまり表情を変えずにグイグイと飲みつづけている。セイバーやライダーでさえ酔ってきているのに、キャスターはまだまだ余力が残っていそうだ。

 

「キャスター、かなり酒に強いんだな」

「私は、ある程度のアルコールは魔術で中和できるから」

 

 反則技を使っていた。

 

「シロウ」

 

 セイバーに背中を突付かれた。

 

「な、なにかなセイバー?」

「シロウは、ライダーと随分楽しそうに稽古するのですね」

 

 拗ねたように唇を尖らせて、据わった目でじーっと見据えてくるセイバー。

 それ、何時の話ですかセイバーさん。というかちょっと酔いすぎです。

 

「確かに士郎との稽古は楽しかったですね。これからは私とも稽古をしましょうか。ねえ、し・ろ・う?」

 

 溶けるような甘い声でライダーが囁く。妖艶な仕草と相まってその破壊力は満点。ドキンと心臓が高鳴った。

 こ、この展開は、精神衛生上大変よろしくないっ!

 

「シロウっ、こんな蛇女の言うことなど聞く必要はありませんっ。その分私がきっちり、ええ、もうきっちりと、稽古を付けてあげますからっ!」

「セイバー。あの時にも言いましたが士郎にも選ぶ権利があります。ねぇ士郎も私と稽古したいですよね? 士郎は私と稽古をしてくれますか?」

 

 蠱惑的に微笑みながら、ライダーが潤んだ瞳を向けてくる。本当に溶けてしまいそうな甘い声を添えながら。

 

「え……と、その……俺は……」

「じー」

 

 答えに窮する俺を、セイバーが睨んでくる。例えるなら活火山が爆発寸前で耐えているような感じだろうか。 

 彼女の視線がチクチクと俺を刺激する。仕方ないのでこの窮地を脱出する術はないかと、俺はあたりに視線を飛ばし模索した。そして俺の視線が、まだ酩酊していないだろうキャスターを捉えた。

 

「き、キャスター、助けてくれっ!」

 

 助けを求めてキャスターを振り仰ぐ。でも神代の魔女は、美味しそうにイカフライを口にしながら冷めた目を向けてきた。

 

「自業自得よ、坊や。一人で頑張りなさい」

「キャスターっ! し、死んだら化けて出てやるぞっ!」

「その時は、私の使い魔にしてあげるわ」

 

 ひらひらと手を振って店員さんを呼び止めるキャスター。

 何をするのかと思いきや新しい酒を注文している。どうやら本気で俺のことなど眼中にないみたいだ。

 俺……生きてこの店を出れるんだろうか。

 しかし、そんな俺の心配を他所に、セイバーの矛先はライダーへと向かっていた。

 

「だいたいライダーもライダーですっ! 貴方には桜が居るでしょう? 私のシロウを取らないで頂きたい」

「本音が出ましたね、セイバー。士郎は物ではありません。そこは士郎の意思次第ではないですか? そうですよねぇ、士郎~?」

 

 すまないライダー。今は、話を振られても何もできない……。

 

「くっ、これだけ言ってもわからないのですかっ!」

 

 セイバーが拳を握り締めて震えている。

 

「こ、このっ――わからず屋っ!」

「なっ!!」

 

 思わず声が出た。

 睨み合っていたセイバーが手刀を振りかざし、何とそのままライダーの脳天に向けて振り下ろしたのだ。

 そんなセイバーの一撃は、ものの見事にライダーの脳天に炸裂する。

 

「だ、大丈夫か、ライダー?」 

 

 ライダーは両手で頭を抑えながら、驚いたようにセイバーを見据え――

 

「ね、姉さま……」

 

 何てことを口にした。

 はい? 姉さま? セイバーがライダーの? なんでさ?

 

「このっ! このっ! 反省しなさいっ!」

 

 ペシペシと容赦のないセイバーの攻撃が続いていく。ライダーはその攻撃を両腕で庇いながら、か細い声で何故か謝り倒している。

 

「ご、ごめんなさい姉さまっ。私が悪かったんです……。全部私が悪いんですぅ~。ですから、もう、叩かないで……」

 

 あのライダーが目に涙を浮かべながら“ごめんなさい”してる光景は想像を絶する破壊力を持っている。何と表現すればいいのか、とても可愛くて……じゃなく、ナデナデしてあげたいような……じゃなくて!

 というかこれは一体どういうことなのか。一人で考えてもまったく見当がつかない訳で、ここは何でも知ってそうなキャスターを頼ることにした。

 

「キャスター、これって一体……」

「確かメデューサにはステンノとエウリュアレという二人の姉がいたはずよ。酔っ払って勘違いしているんじゃないの。トラウマでもあるのかしらね」

 

 ライダーの姉さん……というくらいだから、さぞ妖艶な美女なのだろうが……。セイバーはどっちかっていうと妹だよなぁ。

 そんなことを考えている間にライダーはどんどん小さくなっていく。

 

「姉さまっ、姉さまっ、申し訳ございませぇぇぇん……わ、私が、悪いんですぅ。許してくださぁい……」

 

 そして最後には、すんすん泣きながら椅子の上で猫のように丸くなってしまった。

 こういうライダーの姿は初めて見た気がする。いつも燐としてスキがなく完成された大人の女性として振舞っているライダー。今の姿はそんな何時ものライダーの面影なんてまったくない。そのあまりの落差にとんでもなく愛らしいと思ってしまった。

 椅子の上で丸くなり「姉さまぁ……」なんて口にするライダーは、お持ち帰りしたいくらいである。

 そんなライダーの姿に満足したのか、セイバーは「悪は滅びました」と、グラスを手に取り一気に呷っていた。

 どうやら、まだもう少しだけ、酒宴は続きそうだった……。

 

 ★☆ 酩酊レベル MAX ☆★

 

 依然としてライダーは、椅子の上で猫よろしく丸くなっている。セイバーとキャスターはというと、何とまだ飲み続けていた。二人共この小さな身体の何処に入っていくのだろうか。

 不思議に思ってキャスター、セイバーと順番に視線を移す。すると、セイバーがじっと俺を見つめているのに気付いた。

 どうしたんだろうか。かなり真剣な表情だ。

 

「ん、セイバー。どうかしたか?」

 

 声をかけるも彼女は答えない。しばらくはお互いを見つめあうだけの時間が過ぎていく。

 そして、ぽつりと彼女が小さく口にした。

 

「シロウ。シロウは私の気持ちなど知っているくせに、何故こうも邪険に扱うのか……」

「え?」

 

 予想外とうか、セイバーが何を思って言っているのか、さっぱりわからない。

 

「じ、邪険になんて扱ってないだろ。俺は……セイバーは大切にしてる……」

「なら、何故、ライダーも大切にするのですか? 昨日も、そして今日も。貴方はライダーと一緒になって楽しそうに笑って……いた」

 

 すっと、セイバーが視線を外す。

 

「シロウがやさしいのは知っています。ですが、時にそのやさしさが私には辛い……」

 

 寂しそうな彼女の姿が胸を打つ。

 だけど――

 

「セイバー……でも、それは」

「シロウ、貴方は私の気持ちがわからないのですか?」

 

 セイバーが真摯な瞳で俺を見据える。真っ直ぐに、碧色の瞳が俺を貫くほどに。

 お酒のせいなのか、頬は朱色に染まっている。唇をきゅっと噛みながらも肩は小さく震えていて、子猫が母猫に縋るような弱々しい気配さえ漂っていた。

 あの強いセイバーが。こんなにも儚げで。

 キャスターはそんな俺達をどこか愉しげに見つめている。

 

「セイバー……俺、俺は――」

 

 ガタンッと椅子の倒れる音がする。セイバーが力いっぱいに立ち上がった為に椅子が後方に倒れたのだ。

 彼女は一度だけ、きつく、きつく瞳を閉じてから、改めて俺を見つめて――――それから視線を“周り”へと飛ばす。

 続き彼女は、店内全てに響き渡るほどの大きな声で叫んだ。

 

『――皆に聞いて頂きたいっ!』

 

 大勢の客が、忙しく働いているスタッフが、それぞれ何事かとこちらに注目し始める。

 一瞬、店内がしーんと静まり返った。

 

『私は宣言するっ!』

 

 燐とした声は店内の全域によく通り、酔っていても漂う気品は隠せず、王が説く演説のように響き渡る。

 セイバーは店内全ての注目を一身に浴びていて――

 

「セ、セイバー、何やってんだよっ」

 

 俺の声など完全に無視。

 彼女は一同を見回して、更に大仰に手を振り降ろしてこう宣言した。

 

『――私、アルトリア・ペンドラゴンは、ここにいるエミヤシロウを愛しているっ!!』

 

 俺を指差しながら大声で叫ぶ彼女。

 

「なぁっっっっ!! セ、セ、セイバー、突然何言い出すんだっ!!」

 

 静寂に包まれていた店内から、一気に喝采が巻き起こる。ヒューヒューと口笛が、クスクスと含み笑いが。あははと爆笑が。

 もう、色々な歓声と嵐のような野次が次々とひっきりなしに飛んでくる。

 酔ってないのに顔が真っ赤になってるのがはっきりわかった。

 

『誰よりも! この私が! シロウを愛しているっ! 皆、聞いてくれたか? 私は彼を愛しているのだっ!』

 

 尚もセイバーは大声で捲くし立てている。

 店内の興奮は最高潮。そして俺は血圧が上がりすぎて瀕死寸前。

 

「お、落ち着けってセイバーっ。よ、酔ってんのかっ?!」

 

 知らず立ち上がっていた。彼女はそんな俺をまっすぐ見据えて

 

「シロウ――貴方を、愛している」

 

 思考は完全にストップ。しばらく動くことも出来なかった。

 それでも、時間と共に店内が落ち着きを取り戻していく。それを受けて何とか俺も動き出すことが出来た。

 

「…………い、いいから、一度座れっ!」

 

 彼女の両肩に手を置いて、無理やり椅子に座らせる。セイバーは大人しく椅子に座るも、すぐに俺に向かって身を乗り出して来た。

 そして、鼻がぶつかる程に顔を近づけて……

 

「シロウ、キスしてください」

 

 ふたたび心臓の鼓動が爆発寸前まで駆け上がる。

 

「なっ、何言って……セイバー……」

「……シロウ」  

 

 彼女が唇を近づけてくる。

 震える唇が互いに触れようとして……そのまま彼女は倒れ込むようにして俺の肩に頭を預けた。

 

「え……? セイバー?」

 

 すうすうと微かな寝息が聞こえてくる。

 

「あらあら。どうやら寝ちゃったようね。面白かったのに」

 

 ここに来てやっとキャスターが口を挟んできた。奴は残念そうに溜息を吐いている。

 大人しいと思っていたが、やっぱりこの状況を楽しんでいやがったのか。

 

「セイバーもライダーも眠っちゃったようね。良い時間だわ。そろそろお開きにしましょう」

 

 そのキャスターが、伝票を手に取りながら立ち上がる。

 

「えっ、キャスター?」

「とても珍しいものも見れたし、ここは私が持つわ。セイバーとライダーのあんな姿なんて、例え金塊を積んでも見れないでしょう。その代わり坊やは二人のことを頼むわね」

 

 言いながらキャスターはさっさとレジへ向かってしまう。残された俺は、椅子で丸くなるライダーと、身体を預けるようにして眠るセイバーを、少しの間だけそっと眺めていた。

 

「じゃあね、坊や。気を付けて帰りなさい」

 

 外はすっかり暗くなっている。バスももう運行していない時間帯だ。

 

「ありがとうキャスター。今日は楽しかった」

「それは、お互い様ね」

 

 キャスターが少し微笑んだ気がした。

 彼女はゆっくりと星を仰いで、そして手も振らずに去って行く。

 

「うっしゃっ」

 

 声を出して気合を入れ、両腕に力を込める。俺は背負うような格好で、左側にセイバー、右側にライダーを抱えていた。

 月明かりの下、彼女達の寝息を聞きながらゆっくりと衛宮の家に向かう。

 正直、大変な一日だった。でも胸を張ってこう言える。今日は、とても楽しかったと。

     

 

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