Fate/next hollow 衛宮家の人々   作:powder snow

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第七話

 俺は今、遠坂邸に一人で佇んでいる。何をしているかというと、実は昨日の夜にやったカードゲームで敗れ、罰ゲームの変わりに遠坂邸の掃除を仰せつかった為だ。しかし、この屋敷は広い。いざ意気込んで来てみたものの、一人ではいつ終わるかもわからない。

 ここはやはり、誰かに応援を頼むのが良策だろう。

 テクテクと歩き、電話の前まで移動する。

 ――さて、誰に応援を頼むべきなのか。

 遠坂は冬木の管理者としてやることがあるとのことで、朝早くから家を出ている。ならば衛宮邸に電話して、暇な誰かに手伝いを頼むのが一番な気がする。

 一成や慎二に頼むという案もあるが、それは他の術が全滅してからでも遅くはないだろう。

 

「じゃあ早速電話するか」 

 

 方針が決まったら即行動。

 ガチャリと、俺は受話器を手に取った。

 ――プルルルルル。プルルルルル。

 コール音が鳴り響く。果たして、誰かが電話を取った。

 

「はい」

 

 鈴を転がすような綺麗な声。女性の声だった。

 この声は……セイバーだな。

 

「あ、セイバーか。俺だけど、今時間あるかな? あったら少し手伝って欲しいことがあるんだけど」

「――ッ!?」 

 

 あれ? 返事がないぞ。

 それだけじゃなくって、何やらセイバーの息を呑む気配が受話器越しに伝わってくる。

 

「もしもーし、セイバー? 聞こえてるか?」

「……ええ、聞こえています。しかし……本当にシロウなのですか?」

「何だよ、俺の声忘れちゃったのか? 本当も何も俺は衛宮士郎だ」

「…………馬鹿な。私のシロウなら隣で寝ている」

 

 はい? セイバーさんは何を仰っているのでしょう?

 

「いや、寝てるも何も俺ここに居るし……。もしかしてセイバー、夢でも見てるんじゃないのか?」

「夢…………分かりました。貴方キャスターですね? シロウの声音を使って私を欺こうなどと。そのような姦計にかかる私ではありませんっ!」

 

 ちょっと待て。

 究極に話しが噛み合ってない気がする。

 

「待ってくれセイバー。俺は本当に衛宮士郎だ。嘘でも戯言でもない」

「まだ言いますか貴方は。良いでしょう。そこまで貴方が決着を望むのなら今から柳洞寺まで乗り込むまでです。――シロウの名を騙るとは許せる事実ではない。キャスター! 覚悟して待っていなさい!」

 

 ――プツンッ。

 ツーツーツー。

 電話はそれで切れてしまった。

 何故だろう。セイバーすっごく怒っていたけど。それに以前にも似たような経験があった気がするが……。

 

「……まあ、腹でも減ってたんだろう」 

 

 そう納得した俺は気をとり直して、もう一度電話をかけてみることにした。

 

 プルルルルル。プルルルルル。

 ――ガチャ。

 誰かが電話に出た。

 

「もしもし?」

 

 またもや女性の声。

 この落ち着いた声は……桜だな。

 

「あ、桜か。俺だ。悪いけど少し時間あるかな? あったら手伝って欲しいことがあるんだけど」

「――ッッ!?」 

  

 …………またもや返事がない。

 セイバーと同じく桜からも息を呑む気配が伝わってくる。

 

「……えっと、桜?」

「その声は…………せ、先輩ですねっ!」

「うん、そう。良かった、桜。俺がわかるんだな」

「わかりますっ! 勿論、わかりますっ!! 忘れる訳……ないじゃないですか。良かった、生きていたんですね、先輩」

 

 ――は? 

 生きてたってなにさ?

 

「それで……今、何処にいるんですか先輩? すぐに迎えに行きますから」

「ちょ、ちょっと待ってくれ桜。生きてたって……今朝も会ったろ? 何を言ってるかさっぱりわからないんだけど」

「今朝って……。もしかして先輩、記憶があやふやに? ……あれから二年ですからね。何があったって驚きません」

 

 二年?

 桜は何を言ってるんだ?

 

「大丈夫です先輩。例え記憶を失っていても全部私が思い出させてあげます。ですから今居る場所を教えてください」

「……えっと、遠坂の家だけど……」

 

 桜がはっと息を呑んだ。

 

「姉さんの家ですね……。すぐに、すぐ迎えに行きますから! 先輩、絶対にそこを絶対に動かないでくださいねっ!」

 

 ガチャンっ! 

 ツーツーツー。

 またしても電話は切れてしまった。

 ――俺は一体何処に電話をかけていたのだろうか。

 確かに家にかけたはずなんだけど。出てくれたセイバーも桜も普通じゃない感じがした。

 

「これは一人で掃除しろってことか……?」 

 

 何だか悪い予感がしたが、やっぱり一人でやるのはキツイ。

 そう思って、もう一度だけ電話をかけてみることにした。

 

 ――プルルルルル。プルルルルル。

 ガチャッ。

 誰かが電話に出た。

 

「はい、衛宮ですが」

 

 三度目も女性の声。この声は……と、遠坂っ?!

 何で? アイツは出かけていないはずなのに。

 

「もしもし? ……変ね、悪戯電話かしら?」

 

 遠坂が電話を切ろうとしている。

 ……虎穴に入らずんば虎子を得ず。ここは思い切って話しかけてみることにした。

 

「よ、よう遠坂。お前、出かけたんじゃなかったのか?」

「…………」 

 

 三度目の沈黙が俺に襲いかかってくる。

 何故にみんな黙るんだっ!?

 

「遠坂? 何とか言ってくれ。聞こえてるんだろ?」

「もう、昨日のこと怒ってるの? 遠坂だなんて。士郎と一緒になって三年経つけど、それ、久しぶりに聞いたわね」

 

 ホワイ? 何を言っているのだこの遠坂は。

 一緒になる? 誰と誰が? 三年ぶり?

 

「士郎こそどうしたのよ。こんな時間に電話かけてくるなんて。――あ、はは~ん、さては急に私の声が聞きたくなったとか」

 

 クスクスと電話の向こうで遠坂の笑っている声が聞こえる。

 何と言うか、俺を信頼しきっている声音だった。

 

「でも駄目よ。仕事は仕事。ちゃんとこなさないと。それとも何か困った事態でも起こった? 手伝いに行こうか、私?」

「……困ったことになってるし助けて欲しいこともある。けどたぶん遠坂には無理だと思う……」

「無理ってなによ? いい士郎。私は貴方が助けを求めるなら、何時だって、何処へだってすっ飛んで駆けつけるわ」  

 

 反論は許さないという意思が込められている強い口調。このあたりは実に遠坂らしい。

 だが次の遠坂の言葉は、今の俺を持ってしても完全な予想外だった。

 

「それと“また”遠坂って言った。……士郎、いつもの通り“凛”って呼んで」

「……なっ!? 何言ってんだお前っ!?」

「拗ねてるの? ほらはやく。そうじゃないと助けに行けないわ」

 

 受話器越しに遠坂の甘い声が響いてくる。

 その囁きに心が揺らいだ。

 ――凛、なんて呼んだら大変なことになるに決まってる。

 冗談を真に受けるなと怒鳴られるんだ。それとも案外普通に接してくれたりするのだろうか。

 ちょっとだけ呼んでみようかと思い生唾を飲み込む。

 いざ“凛”なんて口にしようとしても、ちょっと戸惑ってしまうから。

 

「……り、凛……」

「はい」

 

 短い受け答え。でも、それだけなのに俺の心臓はドキドキと高鳴っていく。色々な遠坂の姿が目まぐるしく脳裏にチラ付き、あらぬ想像が膨らんでいく。

 もう一度名前を呼んでみようか。そう思った時

 

「り…………」

「それじゃ、用意して向かうわね。心配しないで。すぐに助けに行ってあげるから」

 

 じゃあねっと遠坂に電話を切られた。

 俺は受話器を持ったまま、しばし呆然とその場に佇んでしまったとさ。

 

 どうも今日は日が悪いらしい。遠坂には悪いが屋敷の掃除は後日改めてということにしよう。

 それに、何だかひどく体力を消耗してしまった。今日は戻って風呂に入って、飯食って……寝よう。

 その前に、どういう顔してセイバー、桜、遠坂に会うかを考えておかねばならない。

 間抜け面を晒す前に。

   

 

 

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