Fate/next hollow 衛宮家の人々   作:powder snow

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第八話

 学校からの帰り道、俺は制服姿のまま深山の商店街を散策していた。

 辺りには俺と同じ学生服姿の男女や主婦、それにお菓子を手に持って駆け回る子供達なんかの姿が見える。最近、新都に大きなデパートが出来たというのに、マウント深山商店街はそこそこの賑わいを見せていた。

 

「そういや、買い置きしていたお茶菓子が底を尽きかけていたな。ちょうど良い。適当に見繕って帰るか」

 

 衛宮の家では三時のおやつや食後のデザートを楽しみにしている人物が複数居るので、お茶菓子が切れる事は惨事に繋がってしまう。そういう時は決まって俺に被害が及ぶので、対策を怠るわけにはいかないのだ。

 

「特売でもやってると助かるんだが」 

 

 そう考えながらスーパーに行こうかと足を止めた時、ふと視界の隅に見覚えのある学生服を捉えた。

 あれは――桜だな。

 一体何をしているのか、桜は遠目にじーと一軒の出店を眺めているようだ。出店と言ってもいわゆる車を使った移動販売的なやつで、そんなに大きなものじゃない。

 看板を確認すると「出張クレープ屋さん」と書いてあった。見た目にも雰囲気は華やかで、美味しそうな甘い香りが食欲を刺激してくれる。

 これは桜でなくとも足を止めてしまいそうだ。

 

「おーい、桜ぁー!」

 

 声をかけつつ桜の元まで駆け寄って行く。

 

「あ、先輩。偶然ですね、こんなところで会うなんて」

「まったくだ。普段は帰宅時間が合わないからな。今日は部活は休みか?」

「はい。テスト前なので、今日からお休みなんです」

 

 朗らかに笑って答える彼女。桜は普段からしっかり勉強してそうだから、テストなんてのはお茶の子さいさいなんだろう。俺にとってもテストは他人事じゃないが……まあ、いつも通り一夜漬けで頑張るさ。

 でもテスト前にもかかわらず桜は夕食を作ってくれたりするし、何とかその労をねぎらってやりたいんだけど。

 

「うーん、何とか足りる……か」 

 

 財布の中身を確認する。

 給料日まで日数はあるけど、まあ大丈夫だろう。

 

「桜、ちょっと待っててくれ」

 

 そう声を掛けてから、俺は駆け足でクレープ屋さんに向かった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 女性の店員さんが明るく迎えてくれる。

 

「えと……何かオススメとかあるかな?」

「おすすめですか? そうですねー」

 

 チラっと俺の肩越しに桜の姿を確認する店員さん。彼女は少し考えてから、メニューに人差し指を添えて

 

「ブルーベリー&チーズケーキ生クリームなど如何でしょうか。ベイクドチーズケーキと生クリームの相性が抜群で、女性に人気のある一品なんですよ」  

「確かにうまそうだ。じゃあ、それ二つください」

「ありがとうございます!」 

 

 程なくクレープが完成し、俺はそれを受け取ってから桜の元に戻った。

 

「ほら、桜」

「……え? 先輩、これって?」

 

 無造作に差し出されたクレープを、キョトンとした表情で見つめる桜。

 

「いや、ちょうど甘い物が食いたかったんだ。でも男一人でクレープなんて格好つかないだろ? 悪いけど付き合ってくれ」

 

 そう言いながらクレープを半ば無理やり桜に手渡した。当の彼女は困ったような、それでいて嬉しいような微妙な表情を浮かべていたが、やおら笑顔になると 

 

「ふふっ。仕方ないですね! 先輩が食べたいのなら仕方ないですから付き合ってあげます」

 

 はにかみながらも、両手でクレープを持って微笑む。こういう笑顔が見れるのならクレープの一つや二つ安いものだ。

 桜は生クリームをぺろっと一舐めして

 

「先輩、ありがとうございます」

 

 と、囁くように呟いた。

 

 

 そんな感じで、商店街をクレープを食べながら並んで歩く。こうして歩いていると、傍目にはデートしているように見えるんだろうか。それとも仲の良い兄弟ってところか。

 チラっと横目で桜を見てみた。彼女は両手でクレープを持ったまま“はむはむ”と上品に口までクレープを運んでは、幸せそうに頬を緩めている。こうして見ていると年頃の普通の女の子だ。

 でも桜の年頃で、あれだけ家事全般をこなせる女の子も最近だと珍しいんじゃないかな。頼りっきりって訳じゃないけど、もう少し俺も頑張らないと。

 そう心の中で思う。

 

「桜ってさ、絶対良いお嫁さんになるな」

「……なッ! せ、先輩……突然、なにを……?」

 

 驚いたのか、桜がケホケホと咽ている。

 

「いや、桜って料理も掃除も洗濯も、家事全般が得意だろ? だからそう思ったんだけど」

「ぉ、お嫁さんだなんて……先輩、その、私……まだ、はやいと思います。ですけど、せ、先輩がそう考えてくれているなら……私としても前向きに……考えても……良いかなぁって。“俺のお嫁さんになってくれ”とか言われたりしたら……って、は、恥ずかしい……」

「……あれ?」

 

 気が付けば桜は随分と後方にいた。何やら頬を赤く染めながら、いやいやと頭を振りつつ忘我の彼方にいる雰囲気である。

 俺なにか変なこととか言ったっけ?

 踵を返して桜の元へ戻ろうとした時、背中から俺を呼ぶ声がかけられた。

 

「よう、衛宮じゃないか」

 

 振り返って見れば、紙袋を手にした慎二がにやにやと笑いながら立っていた。

 

「何だ、慎二じゃないか。どうしたんだよ、こんなところで」

「いやあ、ここで衛宮に会えるなんて丁度良いな。ほら、例のやつ手に入れてきたぜ」

 

 そう言って慎二がにやけながら紙袋を掲げた。

 例のやつ? 

 はて? 俺、慎二に何か頼んだっけ?

 記憶を探るが、思い出せない……………………ってっ!

 あああああああああああああああっっ!?

 天啓のように、脳裏の中に浮かび上がる一つの懸案事項。でも“アレ”は冗談で言い合っていただけで……まさか慎二の奴、本気にで手に入れてきたのか?!

 

「どうした衛宮、嬉しくないのか? 苦労したんだぜ、手に入れるの」

「いや、嬉しくない訳じゃないけど……ここでその話しはマズイぞ、慎二っ!」

 

 激しくうろたえてしまう俺。だけど慎二はそんな俺の背中をバンバンと叩きつつ、気軽に肩を組んでくる。

 

「心配するなって。ちゃんと注文通りの金髪ロリも入ってるからさ。あと黒髪ツインテール? 凛とした小柄な女の子なんて中々見つからなくてさぁ」

「し、慎二……その話しは後日学校でしよう。とにかく今はマズイんだって!」

「何言ってんだ衛宮。別に困ることなんか何もないだ……ろ?」

 

 明確な殺気。背中から血も凍るような殺気が浴びせられている。その気配を慎二も感じ取ったのだろう。

 俺達はほとんど同時に振り返った。

 

「あらぁ兄さん。金髪ロリって何のお話しですか? 何やら先輩にも関わりがありそうですけど?」

 

 それは、とてもとても冷たい目線だった。桜さんは冷え切った絶対零度の視線で俺と慎二を貫いている。

 

「さ、桜……!? いたのか、お前……?」

「ええ。さっきからいましたよ兄さん。――兄さんは、なにを怯えているんですか?」

 

 一歩、二歩と後ずさる慎二。

 いやいや。待て待て。まさか俺だけ残して逃げようなどと考えていないだろうな?

 

「べ、別に怯えてなんていないさ。ああ、そうだ衛宮! 急用……そう、急用を思い出したから“アレ”の話しはまた今度な!」

 

 さっと踵を返す慎二。

 そしてそのまま走り出そうとして――妹の出す低い声によって足を止められた。

 

「――待って兄さん。アレって何のことかしら? その手に持っている紙袋はなぁに?」

 

 桜がじぃーっと慎二の紙袋を見つめている。中身を確認したわけじゃないけど、俺の予想通りなら“アレ”は開けてはならないパンドラの箱のはす。

 

「こ、これは……参考書さ! ほら、テスト前だろ? え、衛宮と勉強しようと思ってさ。なあ衛宮っ!」

 

 嘘を見抜くような桜の視線にたじろぎながらも、慎二が俺に話を振ってくる。

 

「へぇ。勉強に使う参考書。参考書ねぇ。――先輩? 兄さんの話は“本当”ですか?」

 

 悪魔(さくらさん)の魔手、もとい追求が俺にまで及ぶ。

 慎二め、余計な一言を……。 

 

「えっと、それは……」 

「答えて、先輩」

 

 ちなみに桜さん。表情は笑顔なんだけど目は一ミリたりとも笑ってはいません。

 

「…………まあ本当だよ桜。二人で勉強しようと思って前もって慎二に頼んでおいたんだ。ほら、俺たちはクラスも一緒だろ?」

 

 背に腹は換えられない。ここは嘘も方便と思って貫き通すのみ。

 

「そうですか。先輩がそう仰るなら“そう”なんでしょうね。でももう一度だけ確認させてください。嘘なんて吐いてないわよね、兄さん? 先輩もそうですよね?」

「も、もちろんだ桜! 俺が桜に嘘を吐くわけないじゃないか。誓って嘘は吐いていない」

「そうだぞ。少しは兄を信用しろ、桜」

 

 桜は俺と慎二を交互に見つめて、やがてほうっと大きな溜息を吐いた。

 

「はい、そこまで仰るなら信用します」

 

 ほっと胸を撫で下ろす。これで危機はどっかの彼方に去った。まあ後で慎二にきつく言い含めておかなければいけないが。だが俺の考えはそもそも甘かったのだ。

 それを桜の次の行動で思い知る。

 

「でも一応中身は確認しないとね、先輩!」

 

 にっこり微笑む俺の後輩。

 待て桜。それは非常に困る。だがそう声をかける暇もなく、桜が手を振り下ろした瞬間――

 

「なッ、何ぃっ?!」

 

 慎二の手にある紙袋が何やら鎖のような物で破かれていた。

 続けてドサドサと地面に落ちる良い子は見てはいけない雑誌の群れ。その中から桜が一冊を拾い上げてパラパラと中身を鑑賞なさっている。

 果たして、ここは針のむしろか血の池か。

 目の前で可愛い後輩にエ○本を鑑賞されるという居た堪れなさは地獄以上。結局桜は一通りの中身をご覧になってから、俺と慎二に向けて、柔らかい視線を投げて寄越す。

 

「そうですか。でも先輩も兄さんも年頃の男の子なのだから、こういう本を読むのはわかります。変に隠そうとするから勘ぐったじゃないですか」

 

 どうやら桜は、思ったよりも理解ある娘だったようだ。

 

「そ、そうだよな! そうだそうだ。別に変じゃない。健全な男子なら当たり前だ。な、衛宮!」

「……ごめんな桜。悪気があったわけじゃないんだ」

 

 ここは慎二と二人で平謝り。

 何とか最悪の事態は切り抜けたかと思いきや……。

 

「でも“嘘”はいけないですよね先輩。確か誓って嘘じゃないって言いましたよね? 私――――はっきりと覚えてます」

 

 あれ? 桜……さん? 

 背中が何か……く…ろ…い……です……よ?

 

「悪い、衛宮、後は任せたっ!」

 

 ダッシュで逃亡をかまそうとした慎二を慌てて右手で捕まえる。

 

「一人だけ逃げようとしても無駄だぞ、慎二。ここは大人しく一緒に怒られろ!」

「怒られるだけで済むと思ってるのか衛宮?! お前は命の危険を感じてないのか?!」

「感じてるっ。感じてるからこそお前一人だけ逃がしはしないっ!」

「それが親友に対する態度かよ!? その手を離せ、衛宮!」

「だれが親友だよ!? 見捨てて逃げようとしたじゃないか!」 

 

 商店街の真ん中で掴み合いながら暴れる男が二人。だけど世間の体裁なんて気にしていられる状況じゃなかった。

 

「いい加減にしてください。私、ちょっぴり怒ってるんですよ?」

「う、うわあああああ……!!」 

 

 黒い影が、黒いタコのような影が……オレタチニムカッテ――

 

 

「ただいま…………」

 

 倒れ込むようにして衛宮家の玄関を開く。続けて廊下からパタパタと足音が。

 誰かが迎えに出てくれたか。

 

「おかえりなさい、シロ……ウ。大丈夫ですかシロウ? その……顔色が大変よろしくない」

 

 セイバーが心配そうに俺を覗きこんでくる。それを見て自分が生きていることを実感する。

 ああ、生きてるって素晴らしい。

 

「……な、何とか生きてる、じゃなくて大丈夫だ。それよりセイバー。今日は……稽古……出来そうにない……ごめんな」

「い、いえ。それは構わないのですが……シロウ、直ぐに床の用意をしますので休んでください」

 

 セイバーの気遣いはありがたい。でも、いま寝たらきっと朝まで起きれない。

 

「ありがとう、セイバー。でも俺には使命があるんだ……」

「え? し、使命ですか?」

「ああ。大事な大事な使命が……な」

 

 這うようにして台所に向かう。

 今日の夕食は桜の好きな料理フルコースを作らないといけないのだ。

 包丁を握る手が微かに震えている。それでも俺は、彼女を満足させる料理を作らなければっ!

 気力を総動員して夕食を作りつづける。果たして、完成した夕食は近年まれに見る傑作となった。

 これなら桜も満足してくれるに違いない。

 俺は……そこで、やっと意識を放り投げることが許された……ガクッ。

 ちなみに翌日、慎二は学校を欠席したと付け加えておこう。     

 

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