Fate/next hollow 衛宮家の人々 作:powder snow
アインツベルンの深い森の中に佇んでいる。
辺りは一面朝霧に包まれていて、視界は最悪の状態だ。加えて肌寒く感じるくらいの気温が、言い様のない不安感を煽ってくる。
この場に足を踏み入れる者。訪れる者を拒むかのような圧迫感。森の中にいながら鳥のさえずりさえ聞こてこない魔の森。
アインツベルンの森は常に静寂に満たされている。もし好奇心で足を踏み入れた者がいたとしたら、自らの命を持ってその代償を支払うことになるだろう。
――そう、普段ならば。
「シロウ! 勝利は我等の手にっ!」
俺の隣で、セイバーがぐっと拳を力強く握り締めている。
今回の事の発端は、イリヤから関係者宛てに送られた一通の手紙だった。
『こんばんわー! みんな元気? わたしがいない間にシロウと仲良くしてる?
え? してる? うんうん、良きかな、良きかな。
――殺すわ。
それじゃあ、新しいお城が完成したので、みんなで遊びに来てね!
……フフフ、無事に辿り着けるのならの話しだけど。
PS、先着一組のマスター&サーヴァント様には、アインツベルンが総力をあげて素敵なプレゼントをご用意しております。
奮ってご参加ください』
「……はあ」
思わず溜息が零れてしまう。
この場に来ている俺が言うのも何だが、あいつらも相当に暇なんだろうか?
視線を辺りに飛ばせば、幾組ものマスターとサーヴァントの姿を捉えることが出来た。
仕方ない。気は進まないが、一応選手? を紹介しておくことにしよう。
まず一組目は、何故だか優勝候補に目されている【衛宮士郎&セイバーチーム】
言わずもがな俺のチームである。
半ばセイバーに引きずられる形での参戦となった。
「シロウ! こうして戦いに身を投じたのなら私達は勝利しなければなりません。私のマスターに敗北は許しませんから」
フフフと不適に笑うセイバーさん。
どうやらセイバーは殺る気満々のご様子で、先ほどから拳を握りこんでは自身に気合を注入している。勝負事になると“一番”でないと気が済まないのは、彼女の最大の短所だろう。
「……そう言ってもなセイバー。周りを見てみろ。ハッキリ言って強敵揃いだぞ」
「安心してくださいシロウ。勝算がなければ私が作ります。此度の戦、必ず勝ちましょう!」
どうやら負けるという選択肢はセイバーの中に存在しないようだ。こうなってくると俺にも無様な真似は許されない。万一、俺の所為で負けでもしたら後でどんな目に遭わされるか……。
いかん。不吉な考えはよそう。
ここは三国志に出てくる天才軍師の如く、冷静に敵チームを分析するのだ。
という訳で次のチームに目線を移してみる。その先にいたのは【遠坂凛&アーチャーチーム】だ。
……ここは普通に手強そうなチームだな。何と言っても戦力的にバランスが良い。俺達のチームは接近戦に特化しているが、遠坂のチームは遠近どちらもこなせるしな。加えてマスターとサーヴァントの仲も良好……のはずだ。
「アーチャー、調子の程はどうかしら?」
「良好だ、マスター。それよりも凛。周りは一癖も二癖もある変態どもだ。油断はするなよ?」
「もちろんよ。完膚無きまでに完全に絶対勝利をものにしてみせるわ!」
何やら視線の先で遠坂が叫んでいる。あれは勝利の雄たけびというやつだろうか。
まあ、とにかく油断のならないチームであることは確かだ。
――と、アーチャーが俺の視線に気付いたようだ。
奴は俺を真っ向から見据えると、まるで哀れんだような嘆息を吐きながら肩を竦めて見せる。
無駄な足掻きをしているなと言わんばかりの態度である。
正直、アイツにだけは負けたくないっ。
「……」
だがここは一旦心を落ち着ける場面だろう。今は相手の戦力を分析し、状況を把握するのが先だ。
俺は深呼吸しつつ赤いアイツを視線から外すと、次のチームへと目線を移した。
次のチームは【間桐桜&ライダー】である。
ここは……う~ん、桜には悪いけど比較的安全牌なチームだと思う。ライダーは手強いし、マスターとサーヴァントの仲は随一と言っていいほど良好だけど、総合力という点で考えれば、やはり他組よりも見劣りしてしまうのは否めない。
それに桜はやさしいし、戦いには向いてないんだ。うん。
「サクラ、今日は優勝を狙うのですか?」
「もちろんよ、ライダー。姉さ……赤いチームには絶対負けたくないもの。先輩以外のチームは絶対排除の方向でいきましょう。ウフフ、今日はとても楽しくなりそうね」
「サ、サクラ? いつもより、その、気合が入っていますね……」
「ええ。黒地に赤色のストライプが入った戦闘服を着たいくらい」
……遠坂に似た邪悪な笑みを桜が浮かべているような気がするのは……たぶん気のせいだろう。このままだと見てはいけないものを見てしまいそうなので、次のチームに視線を移すことにする。
次は【葛木宗一郎&キャスターチーム】である。
ここはキャスターのやる気次第で強弱がつきそうなチームではある。葛木先生はたぶんマイペースを貫くと思うし、キャスターがどう補助するかが重要になってくるはずだ。
ただ相手は神代の魔術師。どんな奥の手を持っているか想像すら出来ない。
ここは他チームとのぶつかり合いを見守るのが吉か……。
「宗一郎様、宗一郎様。こうして森の中に佇んでいると、なんだかピクニックに来たみたいですわね」
「ああ。ここは空気が綺麗だからな」
「そうですわねぇ。ああ、宗一郎様と一緒に森を散策出来るなんて、なんと風情があって素晴らしい光景なのでしょう。……メディアは幸せでございます!」
ほわほわとまるでハートを飛ばすようにして、キャスターが葛木先生の周りを舞っている。
きっとキャスターには葛木先生しか見えてないんだろう。
もしかしたら一番の安全牌はこのチームなのかもしれない。心の中でキャスターチームの優先順位を下げながら、俺は最後のチームに目を移してみた。
最後のチーム、それは【カレン・オルテンシア&ランサーチーム】である。
ここはキャスターチーム以上に読めないチームで、非情に不気味だ。
ランサーはまだ分かりやすいんだけど、マスターであるカレンが曲者で行動が読めないのだ。マスターとサーヴァントの仲も良いのか悪いのかいまいち不明だし。
但し、戦闘力の面だとかなり上位に入るのは間違いないから、正面切って闘うのはあまり好ましくないだろう。
「ランサー。私達に負けは許されません。“面子”というものがあります」
「あぁ? 別に楽しく殺れるなら、それでいいんじゃねえのか?」
「もう一度だけ言いますランサー。私達には負けは許されないのです。聞こえましたか? 聞こえましたね? ならさっさと返事をしなさい」
「……わ、わかったって。そう睨むなよ。要は勝てば文句ない訳だろ? 俺に任せときなって」
「今の言葉、しっかりと胸に刻みました。違えた時は覚悟してください。良いですねランサー」
何を喋っているのかここまで聞こえないけど、何故だかむしょうにランサーが可哀想になってきた。だけど俺も今日は容赦出来ないんだ。
だって俺も負けると大変な目に遭うんだから。
「皆さん、集まりましたね? 用意のほどはよろしいですか?」
イリヤ付きのメイドさん、セラがぱんぱんと手を叩いている。
それを受けて、みんながゾロゾロと一箇所に集まって来た。
「ルールは簡単です。日暮れまでにアインツベルンの城にたどり着く。たったそれだけです。皆さんで協力するも良し、蹴落とすも良し。ただしアインツベルンが総力をあげて用意した豪華商品を受け取れるのは一組のマスター&サーヴァント様だけです。それを努々お忘れにならぬように」
セラの瞳が怪しく光る。
その光は挑戦的に俺を見据えていた。
「では始めさせて頂きます。私は先にお城へ戻らせていただきますが、皆様はくれぐれも“お気をつけて”お越しくださいませ」
軽く一礼してから、セラは近くに止めてあったベンツに乗り込んだ。そして、そのまま走り去る……かと思いきや、おもむろにバックして俺の手前で車を止めた。
そして音もなく車窓が開かれる。
「…………」
しばらくは何事もなく時が過ぎた。
これは……俺に覗き込めという意思表示だろうか?
仕方ないので、俺は車窓に向かって身を乗り出すことにした。
「あ、シロウ。こんにちは。ぐーてんたーく」
「おう! リズも居たんだな。こんにちはリズ。ぐーてんたーく」
車内にはセラの他にリズ――リーゼリットも居た。
彼女もイリヤ付きのメイドさんである。
「エミヤ様、リーゼリットが感化されますので、あまりお話にならないように」
不機嫌そうに眉根を寄せたセラが俺をきつく睨みつける。
本当にセラには嫌われてるなぁ……。
「……で、何か用があるんだろ?」
「いえいえ、用というほどのものでは。ただエミヤ様に忠告をと思いまして」
「忠告だって?」
「はい。エミヤ様は……何故だか、何・故・だ・かっ! 大変に不思議ですが! お嬢様のお気に入りですので。万一のことがあってはお嬢様に叱られてしまいます」
フフフと微笑むメイド。しかし瞳の奥はまったく笑っていなかった。
「……」
「コホン。これから向かう道は決して平坦なものではありません。単刀直入に申しますが、怪我をしたくなかったら早々に棄権なさいませエミヤ様」
「棄権しろだって?」
「はい。最悪の場合死ぬ可能性すらあります。エミヤ様だってまだ死にたくはありませんでしょう?」
セラの声が氷柱のように尖り、俺を突き刺してくる。だけどそんなことは出来ないんだよ。例えどんなに危険な道のりでも乗り越えてゴールするしか選択肢はない。
「良く聞けセラ。道が平坦だろうが平坦じゃなかろうが棄権は出来ない。どんな障害が待ちうけていようと俺はイリヤの元に辿り着くだけだ」
しっかりとセラの目を見据えて答える。
豪快に啖呵を切ったのは、決してセイバーのお仕置きが怖いとかそんな理由じゃない。
……怖いとかじゃないぞ。
「……そうですか。ではエミヤ様、今の言葉が大言壮語にならないように、見事お嬢様の元に辿り着いてごらんなさいませ」
不敵に笑ってから、セラがゆっくりとベンツを走らせる。
俺はその車を見送りながら、どうか無事に辿り着けますようにと心の中で神様に祈った。
そういう経緯で、五組十人が深いアインツベルンの森を進み歩く。
未だ争い合うチームは出ていない。各チームとも様子見といったところだろうか。
それにセラの口ぶりから、この先に“何か”が仕掛けられているのは確かだろう。サーヴァント達はその機微を肌で感じているのかもしれない。
誰もが幾分緊張した面持ちだ。
「――成程な。おい衛宮士郎、あれを見ろ」
どれくらい歩いてきたのか。突然アーチャーが遥か前方を指差した。
何があるのかと目を凝らしてみる。俺も奴程ではないが遠見が出来るのだ。
……ふむふむ、なるほど。
アレが第一の難関という訳か。本当ならかなり厄介な相手なんだが……ここには十人分の戦力がある。
俺はアーチャーに目配せして歩みを止めた。
「みんな、ちょっと集まってくれ」
周りを見渡しながら声をかける。その声を受けて訝しげにキャスターが近寄ってきた。
「どうしたの、坊や?」
質問には答えずに黙って前方を指差した。キャスターは短く呪を唱えてから目を凝らすと“あぁなるほどね”と頷いた。
程なく、他のみんなも集まって来たので、俺はみんなに事情と目的を話すことにした。
……しばしの沈黙。
各々がマスターとサーヴァントで相談を開始している。しかし最終的には皆も俺の案に賛成してくれた。
「シロウ。その作戦は騎士道には反しますが、あの相手に限って言えばその限りではないでしょう。ええ、ここは全力でやらせてもらいます」
セイバーも力強く頷いてくれる。
奴の人徳のなさに多少の同情は感じるが……これも日頃の行いが悪いと諦めてもらおう。
俺達は一致団結して第一の難関に挑むことになった。
「そこまでだ、雑種。そこで止まれ」
俺達を待ち受けるようにして黄金のサーヴァント――英雄王ギルガメッシュが立ち塞がった。
奴はいつか見た黄金の鎧を身に纏い、悠然と腕を組み佇んでいる。
「ほう、仲良くここまで来るとはな。まあ、雑種には群れるのが似合っている」
奴は王が民を見下すような尊大さを滲ませながら、順々に俺たちを見据えていく。
「しかし余興に付き合うつもりでここまで来たのだが、これは存外に楽しめるかもしれんな」
俺達を値踏みしながら息巻く英雄王。それに対してセイバーがずいっと一歩を踏み出した。
「英雄王。そこから立ち去るということは出来ませんか?」
「騎士王。それは出来ぬ相談だ。我はこのゲームにおける“ラスボス”だからな。セイバー以外の雑種にはここで倒れて貰うことにした」
王が宣下するように、ギルガメッシュが悠然と右腕を天に掲げる。
――ここに在るのは人類最古の英雄王。彼の元にはあらゆる宝具の原点を収めた蔵があったという。
栄華を極め、繁栄の限りを尽くした古代バビロニア王国。その宝物殿の扉が、今、開かれる。
途端に奴の背後の空間が歪んだ。
王の財宝――ゲート・オブ・バビロン。
文字通り空間を越えて幾つもの宝具が現れ、俺達を威嚇するように空中で静止する。
「交渉決裂……ですか」
セイバーの呟きが俺の耳に届いてくる。
アイツ相手の交渉に希望など持っていなかったが、予想通り決裂してしまった。しかしこれで何の遠慮もなく叩きのめせるというものだ。
まず俺が英雄王の前に出る。
「フェイカーか。まさか“また”あの技で我を倒せるとでも思っているのではあるまいな? ――はっ! 笑わせるな雑種。例えお前とアーチャーが組んだとて今の我を倒すことは敵わぬぞ。もし我を倒したくば、あの時の三倍は持ってこいっ!」
自身満々な英雄王。だけど……。
「うん、だから三倍持ってきた」
「な……に?」
僅かに、英雄王がたじろぐ。
「ギルガメッシュ、貴方には遠慮など必要ありませんね?」
「……騎士王、いつから二刀流になったのだ……?」
英雄王の言う通り、セイバーは両手に聖剣を持っていた。
「これはエクスカリバーとカリバーン。カリバーンはシロウに投影していただきました。今回はアヴァロンも全開で行かせていただきます」
英雄王の頬を一滴の汗が伝う。
「よぉし、こんなもんでいいだろう。もう十分だ」
ランサーの言葉に振り返れば、足元には幾本ものゲイボルクが。
「これだけあれば、気がねなく投げボルク大会を開けるだろう、ランサー?」
言わずもがな、アーチャーの投影品である。
「……フンっ! それがどうした? 幾ら集まろうと所詮は雑種。我が本気になれば…………なっ!?」
突然、英雄王が驚いたように眉根を寄せ顔を歪めた。
「流石は英雄王ですね。私の魔眼を受けても石化しないとは。ですが“重圧”はかけさせていただきました。これで行動にかなりの制約がかかるはずです」
ライダーが天馬を駆りながら魔眼の重圧をギルガメッシュに放っている。手には騎英の手綱。いつでも白光となって英雄王に突っ込む準備は万端である。
最後にキャスターがゆらりと現れた。
「私の“強化”の魔術を全員にかけさせて貰ったわ。さすがの英雄王もこの人数相手ではどうしようもないでしょう?」
すっと、キャスターが右手を翳す。
「貴方には返さなくてはいけない借りがありますからね。ここでキッチリと三倍返しをさせて貰うわ」
――ギルガメッシュは強い。
それこそ一対一で勝てるサーヴァントはおそらく存在しないだろう。だけど五対一ならどうだ? 更にはサーヴァント全員にマスターのバックアップが付いている。
俺とアーチャーの投影もある。
ここまでやっても誰も卑怯だとか、心を痛めないのは流石は英雄王と誉めるところだろうか。
……ギルガメッシュ。お前は敵を作りすぎだ。
「ギルガメッシュ。戻ったら、お仕置きです」
カレンが静かに十字を切った。
「………………」
「いくぞ、英雄王――武器の貯蔵は充分か?」
セイバーが聖剣を、アーチャーが弓を、ランサーが魔槍を、ライダーが天馬を、キャスターが魔術を――
ここに、サーヴァント戦史上に残る激闘が幕を開けた。
英雄王は強かった。性格は最悪だがその力に偽りなしというところだ。だけど稀代の五人のサーヴァント相手に魔眼の重圧まで受けていては勝負にならない。
哀れ、英雄王はアインツベルンの森に露と消えてしまった。
しかし俺達の戦いは始まったばかり。
目指すアインツベルンの城は、未だ遥か先にあるのだった。