「魔導師であれば持ち運び可能な程度にまで小型化されているなど狂気の沙汰ではないか。」
ターニャは目の前の物体を忌々しげに手でたたく。厚みのある金属独特のくぐもった音がする。
鈍い金属光を放つ物体は総重量500ポンドの合衆国の新型爆弾、東部方面司令部を消滅させたものと同じものである。緊急招集した大隊を率い二発目を投下しようとしていたメアリー・スー率いる合衆国義勇魔導部隊を急襲、奪取したものである。幾度となく首狩り作戦を実行してきたターニャだからこそ辛うじて間に合い阻止し得たのだが、複数の重傷者を出すなど犠牲も少なくはなかった。
そして最大の懸念事項は、メアリーを倒しきれなかったことだ。存在Xの加護が与えられたメアリーの防殻はかつてラインの空でネームドの中隊を一撃で全滅させた空間爆撃すら耐えて見せた。自らを囮としている間にヴァイス少佐に率いさせた二個中隊によって組み立てた複合爆裂術式による攻撃は、メアリーの戦闘能力に打撃を与えることに成功したものの、逃亡を許してしまっている。
新型爆弾に寄り添っていたターニャは人の気配を感じる。魔導反応こそないものの、確実に近づいてくるそれにすかさず肩にかけていた短機関銃を向けた。
「なかなか物騒な挨拶だな、まあ、貴官らしいな。元気かねデグレチャフ中佐。」
現れたのはレルゲン准将であった。ターニャは銃口を下に向けると左手で敬礼をする。
「これは失礼いたしました。レルゲン准将閣下」
ターニャはレルゲン准将に目を合わせたまま周囲の気配を探る。一人だけのようだ。
「それが報告を受けた新型爆弾なのか?私にはとても東部方面司令部を一瞬で消滅させられるようなものには見えないのだが。」
レルゲン准将はターニャと背後に横たわる新型爆弾を見ている。
「はい、准将閣下。これこそ帝国が今次大戦に間に合わないと断念し計画を中断したあの原子爆弾、その小型版です。」
ターニャはレルゲン准将に視線を合わせつつ空いている方の手でその新型爆弾を触る。
「技術廠で開発していたものは遥かに大型のものであったはずだが、これが合衆国の技術なのかね。」
「はい、かの大国が潤沢な資金と技術を注ぎ込んで作り上げたものですよ。准将閣下。」
ターニャは会話を続ける。信頼できるはずの人物だからこそ、わずかな違和感を見逃すまいと視線を合わせ続ける。
「では、なぜここには貴官一人しかいないのかね。いかな貴官とて不用心だと思うのだが。」
ターニャは一呼吸置くと、新型爆弾を手で触りながらゆっくりと歩き始める。
「小官は待っているのです。あのメアリーという合衆国義勇軍魔導師が標的とするのは小官、そしてこの新型爆弾です。先日の戦闘で大隊戦力が実質半減した現在、あの化物のような魔導師に対峙するのは小官一人とするほうが合理的な判断といえましょう。」
ターニャはレルゲン准将のほうにゆっくりと振り返る。
険しい顔をし続けていたレルゲン准将はふうっと息を吐くと眼鏡を直し、そしてターニャに告げた。
「貴官は用心深いな。だが、安心したまえデグレチャフ中佐。合衆国義勇魔導士メアリー・スーに対する警戒は不要だ。もう、二度と現れることはない。」