遊戯王Trumpfkarte   作:ブレイドJ

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それでは、本編の始まりです。

今回は遊花視点のお話。


一章 運命の邂逅
第1話 偶然の結び目


 

私には忘れられない記憶がある。

 

その記憶はすごく優しくて、温かくて、つい、現実から目を背けて、縋ってしまいそうになる。

 

でも、その記憶の中にいる人達は、私に縋らせてなんかくれなくて、前を向いて歩いて欲しいと、願っているのがわかってしまう。

 

それでも、私は結局前に踏み出せないまま、自問自答を繰り返す。

 

そんな日々が、いつまでも続いていくハズだった。

 

だから、その出会いはきっと、運命なんかじゃなくて、神様だって予測出来なかった、本当に偶然の出会いだったんだと思う。

 

でも、そんな偶然の出会いが、私が閉ざされていた世界から踏み出すきっかけになったんだって………私は、本当にそう思ったんです。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「………ん、もう朝………ん〜〜〜」

 

軽快に鳴り響く目覚まし時計を止めながら私、栗原 遊花(くりはら ゆうか)は自分の部屋のベッドから身体を起こして伸びをする。

 

起きたばかりで寝ぼけている顔をパチパチと叩いて目を覚ます。

 

「ふわぁ………って、いけないいけない。朝ご飯とお昼のお弁当を作らないと‼︎」

 

まだ漏れそうになる欠伸を噛み殺しながら、クローゼットからこの2年で少しキツくなったデュエルアカデミアの制服を取り出し、素早く着替え、2階にある私の部屋からリビングキッチンに降りていく。

 

リビングキッチンに入ると、私はいつものように机の上に置いてある写真立てに話しかけた。

 

「お父さん、お母さん、おはよう。今日も頑張るね」

 

朝の挨拶を終えると、私は冷蔵庫の中から食材を取り出して1人分の朝ご飯を作り始めた。

 

………そう、この家には今私しか住んでいない。

 

2年前、デュエルモンスターズの大会に出ていた私を応援するために移動していた両親は、交通事故でこの世を去った。

 

その日は、プロ決闘者だったお父さんの仕事の日でもあって、お母さんはお父さんと一緒に私を応援するために、会場に私をおいて仕事終わりのお父さんを迎えに行っていた。

 

そして会場まであと少しというところで歩道に乗り込んできた車に轢かれてしまったらしい。

 

私がそのことを知ったのは、大会で優勝した後のことだ。

 

いつまでたっても現れない両親を待っているところに警察の人がやってきて、両親が事故で病院に運ばれたことを教えてもらった。

 

………私が病院に辿り着いた時には、もう全てが終わっていた。

 

正直、それからしばらくのことはあまり覚えていない。

 

気づいたら両親の葬儀が終わっていて、本当はお爺ちゃんの家に引き取られることになっていたけれど、そのためにはこの街から離れないと行けなくて………離れてしまったら、本当にお父さん達との思い出が消えちゃう気がして………

 

それから、なんとかお爺ちゃん達に納得してもらって、お友達のお母さんに様子を見に来てもらうことを条件に、私の1人暮らしは始まった。

 

当時の私はまだデュエルアカデミアに入学したての1年生で、家事をするのにも凄く苦労したけど、お友達のお母さんに教えて貰ったりすることでなんとか暮らしていけるようになった。

 

お金の方も、元々両親が私が1人立ちした時の為に貯めてくれていたお金があって、バイトとかをした甲斐もあって今のところなんとかやれている。

 

「うん、今日も美味しく出来た。それじゃあ、いただきます」

 

昔よりスムーズに作れるようになった朝食に満足しながらテーブルに移動し、朝食を食べ始める。

 

リビングに置いてある時計を見ると現在の時刻は7時35分。

 

デュエルアカデミアに行くだけならまだ余裕はあるけど、食器の片付けを考えると少し微妙かな。

 

そんなことを考えながらテレビをつける。

 

『次のニュースです。プロチーム『Trumpfkarte』の冬城 闇選手が、今シーズンでも圧倒的な実力で快進撃を見せています』

 

テレビから流れてくるのは毎日のように放送されているプロリーグの試合の話。

 

それもこの街ではそんなに珍しいことではない。

 

決闘都市『ケルン』。

 

ドイツ語で物の核を表すこの街は世界中のデュエルの中心になるようにという思いで作られた街だ。

 

とにかくデュエルが盛んな街でこの街に住んでいる人間全員にデュエルディスクが無料で支給されていたり、街中にいつでも使用可能なフリーのデュエルスペースがあったり、街中にあるモニターではいつもデュエルの大会の様子や人気のプロチームのことが放送されている。

 

この街にある企業は一件デュエルとは直接関係のない企業に見えたとしても、その従業員で構成されたデュエルチームーーーいわゆる実業団リーグが存在しており、どんな物事にも中心にはデュエルが関係している。

 

この街にいる限り、デュエルは切っても切れないものであり………今の私には、それが少しだけ辛い。

 

「っ………いけない‼︎早く食べて洗い物をしなきゃ‼︎」

 

胸の痛みを誤魔化すように私は声をあげて動き始める。

 

それがただの現実逃避だということを、理解しながら。

 

 

ーーーーーーー

 

 

「うぅ〜思ったより時間かかっちゃった。このままじゃ遅れちゃうよ〜」

 

あれから家事をしていたら思ったより時間がかかってしまったので、現在通いなれた通学路を走っていた。

 

それでもこのままいつもの道を真っ直ぐに進むなら間に合うかは微妙なところになってしまうだろう。

 

「それなら、こっちを通り抜ければ………」

 

私はいつもの通学路から外れて、大きな公園の中に入ったところで別の方法から歩いてきた誰かにぶつかり、私は尻餅をついてしまった。

 

カバンも放り出され、入っていたカードが散らばってしまう。

 

「きゃっ‼︎」

 

「うおっ⁉︎大丈夫か?」

 

尻餅をついた私に、ぶつかってしまった男性が手を差し伸べてくれる。

 

私はその手を掴んで立ち上がらせて貰った。

 

「は、はい。すみません………あっ、カードが‼︎」

 

「手伝うよ、手分けして集めよう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

男性と手分けして散らばったカードを拾っていく。

 

「これで全部かな?」

 

「少し待ってください………あれ⁉︎1枚足りない⁉︎」

 

「なんだって⁉︎」

 

デッキの中を確認すると1枚私のお気に入りのカードが足りていなかった。

 

私と男性は慌てて辺りを見渡す。

 

するとしばらくして男性が少し離れた場所に飛ばされていたカードを見つけ、急いで取ってきてくれた。

 

「これで間違いないかな?」

 

「あっ‼︎はい‼︎良かった………ごめんね、ハネクリボー」

 

私は男性が手渡してくれたカード、ハネクリボーを胸の前でぎゅっと抱きしめた。

 

そんな私の様子を見て、男性が柔らかい笑みを浮かべる。

 

「そのカード、大切なカードなんだな」

 

「あ、はい‼︎今は、その、色々あってデュエルが出来ないけど、私の大切な子、ですので‼︎」

 

「………そっか。それより急いでいるようだったけど、いいのか?」

 

「あっ‼︎学校‼︎」

 

咄嗟に変なことを口走ってしまった私に何を思ったのか、男性はとても優しい目でこちらを見ながら、声をかけてくれる。

 

私は慌てて時間を確認する。

 

このままだとこの道を通ってもぎりぎりだよ‼︎

 

「本当にごめんなさい‼︎」

 

「別にいいよ。急いでるんだろ?まぁ、これからは気をつけるんだぞ」

 

「はい‼︎本当にすみませんでした‼︎それと、ありがとうございました‼︎」

 

私は頭を深く下げると男性は手をひらひらと振って公園を出て行った。

 

それを確認してから、私は再びをデュエルアカデミアに向けて、今度は気をつけながら走って行くのだった。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

「………おはようございます」

 

なんとか予鈴前に辿り着いた。

 

小さな声で呟きながら教室の扉を潜ると、向けられるのは冷ややかな目線。

 

私はそれを極力気にしないようにしながら自分がいつも座っている教室の1番隅の席に着く。

 

デュエルアカデミア・ケルン校。

 

ケルンにあるデュエルアカデミアで小中高一貫の超マンモス校。

 

デュエルモンスターズについて学ぶための学校で、必修科目は何科目かあるが、様々なカリキュラムの中から自分が学びたい戦術や召喚方法などによって好きな授業を受けれるようになっているメジャー制度を取り入れている。

 

メジャー制度の理由はデュエルモンスターズにおける幅広い分野から学びたいものを主的に選び、自分の可能性を探りながら、実力をつけていけるようにということらしい。

 

流石はプロ決闘者を毎年何百人と生み出しているだけのことはある。

 

だからこそ、私には居場所と言えるものが無いのだけれど………

 

「栗原の奴、今日も来てるのか………」

 

「まともにデュエルもしないのに、なんで来てるのかしら?」

 

毎日のように聞こえてくる陰口に心が少し折れそうになる。

 

それでも、私はここから逃げることはできない。

 

ここはデュエルが大好きだった私のために、両親が通わせてくれた学校だから。

 

そんな暗くなる心を吹き飛ばすように、私の肩が誰かに軽く叩かれた。

 

「おはよ、遊花。今日は少し遅かったわね」

 

「あっ、桜ちゃん。えへへ、ちょっと家事をするのに時間がかかっちゃって」

 

かけられた声に私は少しホッとしながら声の主を見る。

 

そこにいたのは、キリッとしたつり目に濡れ羽色をした髪をナチュラルミディにしている少女。

 

私の唯一のお友達、宝月 桜(ほうづき さくら)ちゃんだ。

 

桜ちゃんは所謂幼馴染で、私が小さかった頃からずっと一緒にいてくれている女の子。

 

私がこの街に残る事が出来たのも、桜ちゃんが自分のお母さんに相談してくれたからで、今も私のことを気にかけてくれるとても優しい子だ。

 

「見て。栗原さん、また宝月さんにかまって貰ってる」

 

「デュエルも出来ない癖に………なんであんな奴と一緒にいるんだ?」

 

桜ちゃんと話している私を見て、また陰口が聞こえてくる。

 

その声が耳に入ったのか、桜ちゃんがその目を更につりあげながら陰口を叩いていた人達を睨む。

 

「私が誰と一緒にいようがアンタ達に関係ないでしょうが‼︎文句があるなら私に勝ってから直接言いに来なさい‼︎いつだって挑戦を受けてやるわよ‼︎」

 

「ひっ………‼︎」

 

「さ、桜ちゃん、落ち着いて」

 

「気にくわないのよ‼︎大した実力も無い癖に陰口だけは偉そうで‼︎遊花がデュエル出来るようになったらアンタ達なんか全員ぼっこぼこなんだから‼︎」

 

「そ、そんなことしないよ〜」

 

あまりの剣幕に怯えている生徒の間に入って必死に桜ちゃんを宥める。

 

………そう、実際言われていることは間違いではないのだ。

 

桜ちゃんは学年でトップ10に入る程の実力を持つ決闘者だ。

 

あまりの容赦の無さにトラウマになっている生徒がいるほど桜ちゃんは強い。

 

それに対して、私は学年最下位の劣等生。

 

両親が事故にあったあの日から、私はデュエルをすることが怖くなってしまった。

 

私が大会に出ていなければ、両親は事故に合わなかったんじゃないかなんて、そんなありもしないことが頭によぎって、デュエルをしてもそれで頭がいっぱいになって気付いたら何もできずに負けてしまう。

 

いい加減、振り切るのか、デュエルから離れるのかを考えた方がいいことは分かっている。

 

でも、あの頃の思い出が、両親と楽しくデュエルをしていた記憶と、デュエルのせいでいなくなってしまった両親の記憶が、私の動きを止めてしまう。

 

だから、私は………

 

「ほぅ、なら俺様の挑戦も受けて貰えるんだよな?」

 

そうして思考の海に沈みそうになった私の意識を引き上げるようなドスの効いた声が響いた。

 

声が聞こえた方向を見るとそこにいたのは周りに取り巻きを引き連れ、厳つい顔をしたドレッドヘアーの青年。

 

空閑 騨(くが だん)。

 

桜ちゃんと同じ学年でトップ10に入る程の実力を持つ決闘者だ。

 

性格はとても好戦的でいつも周りには取り巻きを引き連れ、自分の強さをアピールしているという噂だ。

 

そんな空閑君を見て、桜ちゃんは好戦的な表情を浮かべる。

 

「あら、誰かと思ったら空閑じゃない。こないだ私にコテンパンにやられたのを忘れたのかしら?」

 

「テメェ‼︎空閑さんに何舐めた口を………」

 

「待て、そいつの言ってることは正しい」

 

「でも、空閑さん………」

 

「勝者にはどんなことでも出来る権利がある。それが俺様の流儀であり、事実俺様は1度宝月に負けている。それは否定するな」

 

空閑君の言葉に取り巻きの人が静かになる。

 

それを確認してから改めて空閑君は桜ちゃんに話しかける。

 

「忘れちゃいねぇよ。だからこそリベンジマッチって奴をしてやるって言ってんだよ。それに、お前に勝てばそいつに文句言ってもいいんだろ?」

 

そういって私を顎で指す空閑君。

 

それを見て、桜ちゃんの雰囲気が変わる。

 

「………は?」

 

一段と低くなった桜ちゃんの声と雰囲気に辺りから悲鳴が聞こえる。

 

空閑君の隣にいる取り巻きの人とか少し泣きそうになっている。

 

正直言って私も少し怖い。

 

その雰囲気は学生が纏っていいものじゃないよ‼︎

 

完全に裏の人間が出す雰囲気だよ‼︎

 

そんな桜ちゃんの雰囲気にも気圧されず、空閑君は面白そうに笑う。

 

「俺様もそいつには少し言ってやりたいことがあってよ。ちょうどいいからテメェも一緒に潰してやるって言ってんだよ」

 

「猿山の大将風情が言ってくれるじゃない。私のことで文句を言うならまだ耐えられるけど、遊花に何かする奴は誰であろうと許さないわ。その空っぽの頭の中に絶対的な敗北を刻みつけてやる」

 

まさに一瞬即発。

 

そんな空気に思わず私は桜ちゃんに抱きついた。

 

「だ、ダメだよ‼︎桜ちゃん‼︎」

 

「離しなさい、遊花‼︎コイツは私の逆鱗に触れたの‼︎完膚なきまでに心をへし折って廃人にしてやるんだから‼︎」

 

「発想が怖すぎるよ‼︎私のことなら大丈夫だから‼︎そ、それ以上するなら私にだって考えがあるんだから‼︎」

 

「考え?」

 

「え、えーっと、えーっと、お、お昼ご飯交換してあげないよ‼︎」

 

「………え?」

 

テンパって出たそんな言葉に桜ちゃんがぽかんとした表情を浮かべる。

 

周りで様子を見ていた人達も私の発言を聞いて、この状況でその発言とかマジかよコイツって目でこちらを見ている。

 

そんな私を見て、桜ちゃんは脱力すると頭に手を当てながら雰囲気を崩した。

 

「………はぁ〜わかったわよ。空閑、さっきの発言は聞かなかったことにしてあげるわ」

 

「逃げるのか?」

 

「興が削がれたのよ。当人がこんなトンチンカンなこと言ってるし、私が怒っても仕方ないじゃない。挑戦ならまた受けてあげるから今は退きなさい。もうすぐ授業も始まるわ」

 

そういってシッシッと空閑君に向かって手を振る桜ちゃん。

 

そんな桜ちゃんの様子に向こうも毒気が抜かれたのか、舌打ちをして自分の座席に戻っていった。

 

ホッと一息を吐いた私を桜ちゃんが呆れたような表情で見る。

 

「全く、アンタって子は本当に………まぁいいわ。私も自分の席に戻るから」

 

「あ、うん。ありがとう、桜ちゃん」

 

「別にいいわよ。止めてあげたんだから、ちゃんとお昼のおかず、交換してよね」

 

そんなことを言いながら私に向かってひらひらと手を振って桜ちゃんも自分の席に戻っていった。

 

桜ちゃんがいなくなったことで周りも興味を無くしたのか、元のざわざわとした教室に戻っていった。

 

私は自分の席に座り、周りの様子を確認しながら、バレないように自分のデッキケースから1枚のカードを取り出して呟いた。

 

「私は………どうしたらいいのかな………お父さん………お母さん」

 

「………」

 

その様子を、空閑君が険しい表情で見ていたことを、私は気づくことが出来なかった。

 

 

ーーーーーーー

 

「それでは午前中の講義はここまでだ。しっかりとお昼休みを取るように」

 

そういって教室から講義をしていた先生が出て行った。

 

講義の内容をノートにまとめ、カバンに片付け、お弁当箱を取り出していると桜ちゃんが私の席に近づいてきた。

 

「ふぅ〜やっと終わったわね。遊花、お昼ご飯にしましょ」

 

「うん、一緒に食べよう」

 

そういって桜ちゃんも私の近くの席に座って昼食が入っている重箱を取り出す。

 

それを見て私は思わず苦笑してしまう。

 

「あ、相変わらず桜ちゃんのお弁当、大きいね」

 

「そう?これぐらい普通じゃない」

 

「ううん、普通は1人で重箱は食べないと思うけど………」

 

「そうかしら?あ、その唐揚げ美味しそう。貰ってもいい?」

 

「ふふっ、いいよ。代わりにそのシューマイちょうだい」

 

「勿論いいわよ。あーむ………ん〜やっぱり遊花の料理は最高ね。これなら料理人としてでも働けるわね」

 

「大袈裟だよ〜」

 

私が作った唐揚げを食べて満面の笑みを浮かべる桜ちゃんを穏やかな表情で見る。

 

しばらくお互いに交換しながら食事を続けていると、桜ちゃんが何の気なしに口を開いた。

 

「そういえばさっきの話に関係してるけど、遊花は就職、どうするの?」

 

「えっ?」

 

「えって私達ももう3年生で6月にも入って来てるのよ?そろそろ考えないとマズイじゃない」

 

桜ちゃんの言葉に思わず固まってしまう。

 

確かにそろそろ本格的に就職に向けて動き出さないとマズイだろう。

 

というより、デュエルアカデミアに入っている時点で職業なんてほとんど決まっているようなものだ。

 

それでも、私には未来を考えることが出来なかった。

 

それを誤魔化すように私は桜ちゃんに声をかける。

 

「さ、桜ちゃんは?桜ちゃんは何処か就職したいところはあるの?」

 

「私?私はやっぱり『フェアリーテイル』ね」

 

「………あ〜桜ちゃん、あの会社のブランド、大好きだもんね」

 

ファッションブランド『フェアリーテイル』。

 

専ら実業団の決闘者を抱えて活動している企業である。

 

フェミニン系のワンピースなどに定評があるブランドで、知名度はかなり高い。

 

その知名度の向上に一役買っているのは自社ブランドの服を纏ってデュエルする決闘者の存在だ。

 

社名と商品を消費者にアピールでき、観衆の中デュエルする機会も多く、アマチュアであるハズなのに、人気が普通のプロ決闘者となんら変わりはないのだ。

 

「決闘者になるのは決めてるけど、完全にプロって言うのもなんか違うのよね。それを考えると宣伝と一緒に可愛い服を着れるって言うのがいいと思うのよね」

 

「桜ちゃん可愛いし、確かにモデルさんとかやっても似合いそうだね」

 

「ふふん、それ程でもあるわ♪」

 

「そっか………実業団か………」

 

「………まぁ、実際に受けてみて受かるかは分からないし、もう少し先の話よ。でも、十分に考えてはおきたいわよね。というわけで、何かあったら相談しなさいよ?」

 

「………うん、ありがとう」

 

本当に心配そうに、それでも明るく声をかけてきてくれた桜ちゃんに、私はそう返すことしか出来なかった。

 

 

ーーーーーーー

 

 

「はぁ〜」

 

放課後、誰もいなくなった教室で1人ため息を吐き、デッキから1枚のカードを取り出して眺める。

 

桜ちゃんは用事があるとかで、今日は1人で早めに帰ってしまった。

 

でも、それはちょうど良かったかも知れない。

 

今の私の姿を見たら、きっと桜ちゃんは心配するから。

 

思い浮かぶのは今日桜ちゃんと話した就職のこと………私の未来の話。

 

デュエルアカデミアに入った頃なら………お父さん達がいた頃なら、迷うことなんてなかった。

 

私がデュエルアカデミアに入ったのは、お父さんみたいなプロ決闘者になるため。

 

お父さんみたいに、どんな逆境からでも逆転して、人々を驚かせて、楽しませる。

 

そんなプロ決闘者になりたいって、思っていた。

 

でも、今の私は、デュエルをすることすら怖くて………辛くて………

 

どうして、こうなってしまったんだろう?

 

私は………

 

「おっ‼︎いいカード持ってるじゃねぇか」

 

「っ⁉︎」

 

思考の海に沈んでいた私は突然の衝撃に現実に引き戻される。

 

何が起こったのかを確認しようとすると、私の周りに空閑君の取り巻きの人達がいて、私が持っていたカードを空閑君の取り巻きの1人が握っていた。

 

「そのカード‼︎返して‼︎」

 

「ハッ‼︎デュエルをしねぇお前にこのカードは勿体ねぇだろ‼︎このカードは貰っていくぜ‼︎」

 

「っ‼︎待って‼︎」

 

カードを持って駆け出した取り巻きの人達を追って、私も自分の荷物を纏めて走り出す。

 

だけど相手は男の子。

 

どんなに走っても中々追いつくことが出来ない。

 

しばらく追いかけていると、取り巻き達は朝通った公園に入っていくのが見えた。

 

私が公園に足を踏み入れると公園の奥には取り巻きの人からカードを受け取っている空閑君の姿が見えた。

 

「来たか………」

 

「空閑………君………その、カード、返し、て………そのカードは、お父さんの………」

 

私は息を切らしながら空閑君を見つめる。

 

そんな私を見て、空閑君は鼻を鳴らした。

 

「ハッ、いい目をしてるじゃねぇか。いつも怯えて宝月の後ろにいる時より遥かにいい目をしてんじゃねぇか。だが、タダで返すのは面白くねぇよな」

 

そういって空閑君は獰猛な笑みを浮かべる。

 

「デュエルだ、栗原。テメェが勝ったらこのカードを返してやるよ」

 

「えっ………」

 

空閑君の言葉に私の顔は蒼白になる。

 

デュエル。

 

賭けるものは………お父さんが私に託してくれた大切なカード。

 

もし、私が負けたら、また、無くなってーーー

 

私の表情が変わったのが分かったのだろう。

 

空閑君は冷めた目でこちらを見る。

 

「ハッ、デュエルするとなった途端にそのザマか。だったらこのカードはテメェのところに戻らねぇだけだ」

 

「わた、しは………」

 

私の言葉はそこで詰まり、視界が真っ黒に染まっていく。

 

怖い………デュエルをするのも………また失うのも………お父さん達が残してくれたものが………全部消えていってしまうのが。

 

そのまま私の意識が消えそうになった時ーーー

 

「おい‼︎何やってるんだ‼︎」

 

私の後ろから誰かの声が聞こえた。

 

声の主は私に近づいて肩を押さえながら、私の目を見て優しい声をかけてくれた。

 

「おい、大丈夫か⁉︎何があった⁉︎おい、お前らこの子に何したんだ‼︎」

 

「あなたは、今朝の………」

 

そこにいたのは今朝もこの公園で出会った男性だった。

 

茶髪のエアリーヘアで、とても優しい瞳をした男性。

 

その男性は空閑君達を睨みながら問い詰める。

 

それに対して空閑君も面白くなさそうに口を開く。

 

「そいつとこのカードを賭けてデュエルするってなったらそうなったんだよ」

 

「それはこの子のカードなんだろ⁉︎この子に返せ‼︎」

 

「うるせぇ‼︎そいつは戦うことから逃げようとしてんだ‼︎そんな奴には何も言う権利なんて無いんだよ‼︎それとも、そいつの代わりにアンタがデュエルすんのか?その場合、アンタのデッキも賭けて貰うがな‼︎」

 

「何だと?」

 

「元々テメェは部外者なんだ‼︎覚悟もねぇ奴は引っ込んでろ‼︎」

 

「そうだそうだ‼︎」

 

「引っ込んでろ部外者‼︎」

 

そういって空閑君は男性を威嚇し、取り巻きの人達からも野次が飛ぶ。

 

その言葉を聞いて、男性は顔を顰める。

 

当たり前だ。

 

私のカードだけならともかく、自分のカードがかかってまで彼がデュエルを受ける義理なんてない。

 

彼と私の関係なんて、今朝ぶつかっただけの他人なのだ。

 

そんな他人の為に自分のカードを賭けることなんて………そこまで考えたところで私の耳に、もう1度あの優しい声が聞こえた。

 

「なぁ、俺に任せてくれないか」

 

「………えっ?」

 

彼から告げられた優しい言葉に私は思わず耳を疑う。

 

「なん、で………」

 

「あのカード、大切なカードなんだろ?大切なものを奪われる気持ち、俺にも分かるから」

 

「でも、それであなたのカードまで賭けることは………」

 

「君のカードを俺に賭けて貰うんだ。それぐらいの覚悟はいるだろ。それに、君は今戦えないんだろ?」

 

男性の言葉に私は思わず俯いてしまう。

 

そんな私を見て、男性はさらに優しい言葉をかけてくれる。

 

「なら、戦えない君の代わりに、俺が戦う。任せてくれ」

 

そう言うと男性は空閑君に向き合った。

 

「いいぜ。負けたら俺のデッキも賭ける。その条件で俺とデュエルだ」

 

「………テメェ、正気か?」

 

その条件を呑んでくるとは思わなかったのだろう。

 

空閑君が理解出来ないものを見るような目で男性を見る。

 

それに対して男性はデュエルディスクを起動させながら力強く答える。

 

「勿論正気だ。さぁ、やろうぜ。この子のカード、返して貰うぞ‼︎」

 

「ハッ‼︎ヒーロー気取りが‼︎そんな奴が俺様に、空閑 騨に勝てるかよ‼︎名乗れ、ヒーロー気取り‼︎」

 

「………遊騎だ」

 

「遊騎だと………その名は………何処かで………」

 

「ヒーロー気取りだろうがどうでもいい。戦えないこの子の代わりに俺は戦う‼︎行くぞ‼︎」

 

「っ‼︎吠えるじゃねぇか‼︎そこまで言うなら俺様を倒して見ろ‼︎」

 

決闘( デュエル)‼︎』

 

私には、忘れられない記憶がある。

 

でも、この日のことも、きっと一生忘れることはないだろう。

 

この日、私の止まっていた時間が、ゆっくりと動き出す音が聞こえた気がした。







デュエル前で止まってしまいましたが次回はもう1人の主人公視点からのお話。

デュエルパートはすみませんが3話までお待ち下さい。
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