今回はもう1人の主人公、遊騎視点のお話です。
☆
俺には果たしたかった約束がある。
その約束は俺の根幹と言えるもので、俺を助けてくれた人に返せる唯一のものだった。
でも、その約束を果たす機会は、永遠に無くなってしまって、俺は自分のいる意味を見出すことが出来なくなった。
それでも、果たせなくなった約束を諦めることだけは出来なくて、俺には抗うことしか出来なかった。
だから、その出会いは、抗い、戦い続けることで辿り着くことが出来た、新しい運命だったのかも知れない。
そんな、辿り着いた新しい運命が、俺を温かな未来に導いてくれるきっかけだったんだと………俺はその時に確信したんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『長らくのご乗車お疲れ様でした。終点、ケルン駅前です。お忘れ物、落し物なさいませんよう、荷物棚、座席前のポケットなど今一度お確かめ下さい』
「っ………もう朝になったのか」
揺れる夜行バスの座席で、俺、結束 遊騎(ゆいつか ゆうき)は目を覚ました。
バスの窓から外を見ると、久し振りに見えるケルンの街並みに俺の心は少しだけ落ち着いた。
そもそも、俺が住み慣れたケルンから離れることになったのは、派遣会社によってケルン外の地域に飛ばされてしまったからだ。
その企業は、どうやら一般的に言うブラック企業だったらしく、そこでの勤務から色々とおかしいことが分かり、無理矢理辞めようとして揉め、結局ケルンに戻ってくるのに1ヶ月半もかかってしまった。
何とか戻ってくることは出来たが、今の俺は無職。
昔働いていた時の貯金が残っているし、借りているアパートもあるから働かなくても暮らせてはいけるのだが、だからといって働かないのも気分的に良くない。
「こっちでまともな仕事………見つかるかな?」
俺は、この街では罪人に近い。
2年前、とあるプロチームの決闘者として働いていた俺はプロ決闘者としてデュエルモンスターズの大会に出場していた。
俺は順調に勝ち上がり、準々決勝の試合が始まる直前、その事件は起きた。
控え室を出て会場に向かっている途中、通路の隅に誰かのデッキケースが落ちてあったのを発見した。
決闘者の魂であるデッキが落ちているなんてとんでもないことだと思い、俺はそのデッキケースを急いで大会の運営スタッフのところに持っていった。
するとそこで待っていたのは俺の対戦相手であった決闘者のデッキケースが盗まれていたという話だった。
………疑いは、当然のように対戦相手であった俺に向いた。
勝つ為に相手のデッキケースを奪って中身を盗み見て何食わぬ顔で戻しに来たのだと。
俺がどんなに否定しても運営スタッフは俺の話を聞いてくれず、結局その大会は出場停止。
更には後日の処分で俺をプロリーグから追放することが決定した。
同じチームのメンバーや社長は俺の無罪を訴えてくれたのだが、結局決定は変わらず、俺は仲間達に迷惑をかけない為に辞表を出した。
それからは色々な仕事を転々としているが、どんな仕事をしても長続きすることは無かった。
今までプロ決闘者としてしか生きてこなかったし、その上どうやら俺は騙されやすいらしく何回も騙されては酷い環境での労働を強いられた。
まるで、運命が足掻いている俺に全てを諦めろと言っているようで………
「………諦めることなんてできない」
自分の中で燻っている感情を必死に押し付けながら、俺はバスを降りる準備を始めた。
その約束が叶うことがないと、理解していながら。
ーーーーーーー
『ハロー‼︎ケルンの皆‼︎驚いた?皆を驚かせるためにエンタメデュエリスト、雨夜 美傘がお送りするゲリラ放送番組‼︎雨夜 美傘のデュエルステーションの時間だよ‼︎今回はプロチーム『Albtraum』について色々語って言っちゃうよ〜‼︎』
「………何というか、相変わらずだな。この街は」
街中にあるモニターから流れているのは今シーズンに活躍しているプロチームの情報のようだ。
何処にいてもデュエルを楽しめる街とかいうキャッチコピーが付いていたハズだが確かにそれは伊達じゃないかも知れない。
「アイツらも元気にしてるかな?」
思い出すのは自分が元いたプロチーム。
ここ2年は仕事のドタバタのせいであまり情報を集めていなかったが、多分アイツらなら今でも十分トップデュエリストでいるハズだ。
一緒に戦い、時に競い合ってきた仲間だからこそそこを疑う余地はない。
俺はチラリと自分の腰につけてあるデッキケースを見る。
正直に言うと久し振りに会ってみたいが、俺は今はあの場所から抜けた身だ、そう簡単に会いに行くわけには行かないだろう。
それにしても自分の心情としてデュエルの話ばかりを思い出さされるのは少し辛い。
2年前の事件以来、俺はまともにデュエルをする相手がいなかった。
デュエルが出来なかったでもしたくなかったでもない。
まぁ、それも当然のことだろう。
他人から見れば俺は他人に勝つ為にイカサマをした男なのだ。
そんな相手と好き好んでやるような奴がいるわけがない。
おかげで最近は自分1人でデッキを回すというぐらいでしかデュエルモンスターズに触れれていない。
「………また、してみたいな」
プロ決闘者だった時、いや、それよりも前からずっと心の中に残っている思い。
誰かとデュエルがしたい。
「っ………他の道を通るか」
今の心情でデュエルの話を見続けるのは避けたい。
俺が辺りを見回すとちょうど草木が生い茂る大きな公園を見つけた。
あの中なら流石にデュエルのモニターもないだろう。
そう思い逃げるように大きな公園の中に入ったところで別の方法から走ってきた誰かが俺にぶつかり、その子は倒れ込んでしまった。
その子が提げていたカバンも放り出され、中に入っていたカードが辺りに散らばってしまった。
「きゃっ‼︎」
「うおっ⁉︎大丈夫か?」
尻餅をついた子に、慌てて手を差し伸べる。
そこにいたのは制服に身を包んだ見るからにあどけない少女だった。
絹糸のように柔らかい黒髪。
その黒髪は左側頭部をサイドテールにまとめ、水色のリボンをつけている。
少女は恥ずかしかったのか少し顔を赤く染めながら俺の手を掴んだので、ゆっくりと立ち上がらせる。
「は、はい。すみません………あっ、カードが‼︎」
少女が勢いよく頭を下げ、その際に自分のカードが散らばったのが見えたようだ。
かなり派手に散らばったので流石にこれを1人で集めるのは酷だろう。
「手伝うよ、手分けして集めよう」
「あ、ありがとうございます」
少女と一緒に辺りに散らばったカードを集めていく。
とりあえず視界に入ったカードは全部拾ったハズなので少女に渡し、確認してもらう。
「これで全部かな?」
「少し待ってください………あれ⁉︎1枚足りない⁉︎」
「なんだって⁉︎」
少女が確認するとデッキの中のカードが1枚足りていなかったようだ。
俺と少女は慌てて辺りを見渡す。
しばらく探していると少し離れた木の影に飛ばされていたカードが見えたので急いで拾ってから少女に手渡した。
「これで間違いないかな?」
「あっ‼︎はい‼︎良かった………ごめんね、ハネクリボー」
少女は俺が手渡したハネクリボーのカードを胸の前でぎゅっと抱きしめた。
そんな少女の様子を見て、俺は自然と穏やかな笑みが浮かんだ。
「そのカード、大切なカードなんだな」
「あ、はい‼︎今は、その、色々あってデュエルが出来ないけど、私の大切な子、ですので‼︎」
少女の言葉に、俺は一瞬息が詰まりそうになった。
見つかったカードを抱きしめる程カードを大切にしているその少女から漏れたデュエルが出来ないという言葉。
それはどれだけの思いが込められているのか、俺には慮ることが出来なかった。
だからこそ、俺は少女を励ますように出来るだけ優しい声色で声をかける。
「………そっか。それより急いでいるようだったけど、いいのか?」
「あっ‼︎学校‼︎」
少女が慌てて時間を確認し始める。
彼女が来ているのはデュエルアカデミアの制服のハズだ。
この時間だともうすぐ授業が始まってしまうだろう。
そのことに気づいたのか少女は慌てて頭を下げてきた。
「本当にごめんなさい‼︎」
「別にいいよ。急いでるんだろ?まぁ、これからは気をつけるんだぞ」
「はい‼︎本当にすみませんでした‼︎それと、ありがとうございました‼︎」
少女が頭を深く下げるので俺がいては行きにくいだろうと思い、少女に手をひらひらと振って公園を出て行った。
「色々あってデュエルが出来ない………か」
それは、今の俺と何が違うのだろう。
そしてそれをあの年の少女が背負っているということに、どれほどの意味があるのだろう。
「………俺も、負けてられないな」
俺の中で少しだけ燻っていた思いが小さくなった気がした。
ーーーーーーー
そんな風に少しだけ軽くなった俺の心も、すぐに折れそうになっていた。
その理由は………
「だから‼︎仕事でしばらく留守にするから家賃は待ってくださいって話したじゃないですか‼︎」
「うるさいよ‼︎最初の契約書に書いてあっただろう‼︎賃料に不履行があった場合は即時契約解除ってね‼︎バイクやら荷物やらを売り払わないでやっただけありがたく思いな‼︎」
1ヶ月半いなかった間に家賃滞納のせいで自分の部屋が既に他の人の部屋になっていたからだ。
そもそも最初にこの街の外に出ないといけなくなった時に大家さんには話していたのだ。
最低でも1ヶ月はかかるからその間は家賃の支払いを待って欲しいと。
いや、そもそも今の時代に家賃を毎月手渡しないといけないのもだいぶおかしい気はするが………それを抜きにしても流石にこれはキツかった。
「ちょっと待ってくださいよ‼︎そりゃないでしょ‼︎」
「うるさいよ‼︎正直に言うとね、アンタのことはずっと気に入らなかったんだ‼︎アンタがいなくなってこちらは清々するよ‼︎」
「なっ‼︎」
「わかったらさっさと出て行きな‼︎これ以上喚くんならセキュリティに突き出すよ‼︎」
そういって取りつく島もなく俺は住んでいたアパートを追い出されてしまった。
戻ってきたばかりで無職な上に家も無くなるって………俺は抗い続けてきた運命の残酷さに、流石に心が折れそうだった。
ーーーーーーー
「はぁ〜どうすればいいんだよ………」
時刻は夕方。
帰る場所も無くなった俺はとりあえず仕事を探す為に公共職業安定所に行ってみるもあまり良さそうな仕事も見つからず、俺は今朝通った公園があった通りをトボトボとバイクを押しながら歩いていた。
とりあえずしばらくは何処かのホテルとかで暮らすことになるのは仕方がない。
だが問題はここが決闘都市ケルンであり、現在プロリーグが始まっているということである。
決闘都市ケルンは世界中のデュエルの中心になるようにという思いで作られた街だ。
そのためプロリーグが始まると様々な街からプロリーグに参加したり、あるいはプロリーグの観戦をする為に人が集まってくる。
オフの時ならまだしもプロリーグが始まったばかりのこの時期に空いているホテルがあるとは思えない。
おまけにそれでも観戦したい人達はネットカフェとかに行ったりするのでそちら方面も全滅。
おまけに例の事件があったせいでこの街での俺の印象は最悪で泊めてくれるような人はいないだろう。
元のチームメンバー達なら泊まらせてくれるかも知れないが、プロリーグで忙しい時期にそんなことで迷惑を掛けたくない。
「最悪公園で野宿か………」
冗談混じりで呟いてみるが割と洒落になっていないというか現時点で1番可能性がありそうなのがそれである。
とりあえずまだ時間はあるから行ってないホテルを探しにいけばワンチャンぐらいはあるだろうか?
野宿は勘弁して欲しいよな、と俺は何の気なしに公園の方を向いた。
すると………
「ん?」
公園の中に走り去っていく何人かの男と、その男達を必死な表情で追っている見覚えがある少女の姿が見えた。
「………」
自分の中の冷たい部分が気にするなと告げてくる。
お前は今、生きる為にやらないといけないことがあるだろうと。
あの少女がどういう状況かも分からないのにお前が行ってどうなるのかと。
今から探せばホテルが見つかるかも知れないが、あの少女を追いかけ、首を突っ込んだせいで泊まる場所すら無くなってしまったらどうするんだと。
止めろ、関わるべきじゃない、朝にぶつかっただけのただの他人じゃないかと、そんな声がこだまする。
確かにこの状況で彼女に関わったとして、彼女にとっていい方向に転がるかも分からない。
朝にほんの少し言葉を交わしただけの他人の為に何が出来るのかと思う。
それでも………
「………」
『大丈夫なのです‼︎お姉さんにドドーンとお任せなのです‼︎』
「あ〜〜〜‼︎ほっとけるわけないだろ‼︎」
過去の自分を救ってくれた言葉が頭の中に響く。
その言葉に救われた自分が、守るのではなく、守られる側だった自分が、自分と同じような状況にある人間を見捨てられる訳がない‼︎
そして何よりーーーあんな泣きそうな顔をしている人間を、結束 遊騎は見て見ぬ振りなんて出来ない‼︎
バイクを押して少女が入って行った公園の中に入る。
その公園の中で俺が目にしたのは、何人かの男を横に控えさせている男と、その男と会話し、蒼白になっている少女の姿だった。
「おい‼︎何やってるんだ‼︎」
少女を威圧している男達に声をあげながら、蒼白になっている少女の肩を押さえ、出来るだけ優しい声で話しかけながら、男達を睨みつける。
「おい、大丈夫か⁉︎何があった⁉︎おい、お前らこの子に何したんだ‼︎」
「あなたは、今朝の………」
俺の言葉が気に障ったのかリーダー格であろう男が面白くなさそうに口を開く。
「そいつとこのカードを賭けてデュエルするってなったらそうなったんだよ」
そういって男が1枚のカードを見せる。
それは確かに今朝みた少女のデッキに入っていたカードだった。
「それはこの子のカードなんだろ⁉︎この子に返せ‼︎」
「うるせぇ‼︎そいつは戦うことから逃げようとしてんだ‼︎そんな奴には何も言う権利なんて無いんだよ‼︎それとも、そいつの代わりにアンタがデュエルすんのか?その場合、アンタのデッキも賭けて貰うがな‼︎」
「何だと?」
少女のカードだけではなく俺のカードまでも要求してくる男に、俺は心の中が熱くなっていくのを感じる。
「元々テメェは部外者なんだ‼︎覚悟もねぇ奴は引っ込んでろ‼︎」
「そうだそうだ‼︎」
「引っ込んでろ部外者‼︎」
そういって男は俺を威嚇し、取り巻き達からも野次が飛ぶ。
その言葉は確かに的を射ている。
俺と少女の関係は今朝ぶつかっただけの他人。
少女のカードだけならともかく、自分のカードがかかってまで俺がデュエルを受ける義理なんて本当はないのかも知れない。
だけど‼︎
『大丈夫なのです‼︎お姉さんにドドーンとお任せなのです‼︎』
同じ状況を助けてくれたあの人の言葉を、俺が嘘にしてしまうことだけは絶対に出来ない‼︎
俺は少女の方を振り向くともう1度優しく声をかけた。
「なぁ、俺に任せてくれないか」
「………えっ?」
俺から告げられた言葉に少女は驚きの表情を浮かべる。
「なん、で………」
何故か、その答えはもう決まっているし、知っている。
「あのカード、大切なカードなんだろ?大切なものを奪われる気持ち、俺にも分かるから」
「でも、それであなたのカードまで賭けることは………」
確かに俺のカードは少女には関係ない。
だけど、そんな関係ない俺のデュエルに自分のカードの行方を委ねてくれるのに、自分のカードも賭けないでどう信じてもらうんだ。
「君のカードを俺に賭けて貰うんだ。それぐらいの覚悟はいるだろ」
そして何より、朝に聞いた彼女の言葉。
「それに、君は今戦えないんだろ?」
その言葉に少女は俯く。
それは苦しいことなのだろう。
悔しいことなのだろう。
ならば、俺に出来ることはただ1つ。
「なら、戦えない君の代わりに、俺が戦う。任せてくれ」
彼女の思いも背負い、このデュエルに望むことだけだ‼︎
「いいぜ。負けたら俺のデッキも賭ける。その条件で俺とデュエルだ」
「………テメェ、正気か?」
その条件を呑んでくるとは思わなかったのだろう。
理解出来ないものを見るような目で男は俺を見てくる。
だが、そんな目がどうしたというのか。
そのような目はこれまで生きてきた中で何度だって体験している‼︎
俺はデュエルディスクを起動させながら力強く答える。
「勿論正気だ。さぁ、やろうぜ。この子のカード、返して貰うぞ‼︎」
「ハッ‼︎ヒーロー気取りが‼︎そんな奴が俺様に、空閑 騨に勝てるかよ‼︎名乗れ、ヒーロー気取り‼︎」
苛立った顔でこちらを睨みつける男。
俺の名前は名乗る程の名でもないどころか名乗ると疎まれる名前だろう。
昔はともかく、今の俺にヒーローなんてものは名乗れない。
だから名だけは答えてやるよ。
「………遊騎だ」
「遊騎だと………その名は………何処かで………」
俺の名前ぐらいは聞いたことがあるのだろうだからといって正直に名乗ってやるいわれもない。
「ヒーロー気取りだろうがどうでもいい。戦えないこの子の代わりに俺は戦う‼︎行くぞ‼︎」
「っ‼︎吠えるじゃねぇか‼︎そこまで言うなら俺様を倒して見ろ‼︎」
『決闘‼︎』
俺には果たしたかった約束がある。
その約束を俺には果たすことは出来なかったけど………その約束を受け継ぐことは出来るのかも知れない。
止まっていた俺の時間が、動き出す音がした。
次回はようやくデュエルパート。
というかまだ2話(別視点なだけなので実質1話)なのにこんなテンションで大丈夫なんでしょうか?
うむむ。