傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第106話 花知るばかり

 あの帝国との会談から一週間。

 まだ多少の忙しさは残るものの、普段通りの生活を取り戻しつつあった。

 私は真っ青な大空を見上げる。

 

「良い天気」

 

 口元をほころばせる。

 

「きゃっ」

 

 と、突風に麦わら帽子が飛ばされないように手で押さえる。

 

「よーし」

 

 草原の中を歩く。

 

「くるぅ、くるぅ!」

「待っててねぇ、クルビット……」

 

 私を急かすように、じゃれてくる子犬のクルビットをなだめながら進む。

 

「ふぅ……」

 

 優しい風が吹く草原の真ん中には、骨組みだけになった飛行船が見える。

 そう、ここはヒンデンブルク広場。

 直径200メートルくらいの穏やかな草原……。

 遠くには仔ヤギのシウスやチャフ、仔馬のウェルロット、仔鹿のカチューシャ、そして、その傍らには和泉春月やエシュリン、さらにはナスク村の子供たち、シュナンとリジェンの姉妹、それとシエランの姿も見える。

 今日はみんなでヒンデンブルク広場に放牧に来ていた。

 そうそう、和泉の怪我はほぼ治り、いつでも班長に復帰出来るまでに回復していた。

 あと、人見だけど、彼もまだ班長には復帰していない、怪我は治ったけど、まだ謹慎しているという自己申告があったからだ。

 彼なりに反省中らしい。

 私としては早く班長に復帰してほしいんだけどね、彼がいないと、班長会議がまとまらない。

 

「くるぅ、くるぅ!」

「待って、待って、もう少し離れてから」

 

 この辺かなぁ、と、周囲を見渡す。

 みんなから少し離れたところに、ぽつんとしゃがんでいる夏目翼の姿がある……、そして、その近くには大きな鳥篭……。

 しゃがんでいる夏目の前にはひよこが三羽……、そう、今日はピップたちひよこも連れてきていた。

 いつも鳥篭の中で仲間はずれだったからね、みんなと一緒がいいよね。

 遠目からでも、ピップたちが羽をぱたぱたとさせて、とてもはしゃいでいるのが見てとれた。

 

「うん、嬉しそう、よかった」

「くるぅ、くるぅ!」

 

 こっちもおおはしゃぎ。

 

「よし、じゃぁ……」

 

 と、私は手にした黄色のフリスビーを構える。

 

「そぉれぇ、取ってこぉい!」

 

 そして、大空に向かって思いっきり投げる。

 

「くるぅ!」

 

 と、クルビットが全速力でフリスビーを追いかける。

 解き放たれたフリスビーが晴天の青空の中を飛翔する。

 

「ああ、なんて良い日なんだろ……」

 

 思わず、そんなつぶやきが漏れてしまう。

 

「こんな日が、いつまでも続くといいな……」

 

 心底そう思う。

 

「くるぅ!」

 

 と、クルビットがフリスビーをジャンピングキャッチ。

 

「おお……」

 

 今、2メートルくらい飛んだよね……。

 

「くるぅ、くるぅ」

 

 と、彼が上機嫌で帰ってくる。

 

「よし、よし、おまえはきっとすごい大物になるぞ……」

 

 戻ってきたクルビットの顔を両手で撫でてやる。

 そして、その咥えたフリスビーを受け取り、

 

「そぉれぇ!」

 

 と、再度、大空に投げる。

 

「くるぅ!」

 

 それをクルビットが大喜びで追いかける。

 そして、またジャンピングキャッチ! 

 

「ナイス! クルビット!」

 

 私は歓声を上げる。

 そんなことを何度か繰り返しているうちに……、

 

「うーん……」

 

 骨組みだけになった飛行船の近くまで来ていた。

 

「よし、シャペルにも会って来よう!」

「くるぅ!」

 

 シャペルは飛行船のダンスホールにいるロボット、たぶん、お手伝いロボットだと思う。

 その彼は誰もいなくなったダンスホールで今も働いている……。

 まぁ、お花の世話をしてるだけなんだけどね。

 

「シャペルに会ってくるねぇ!」

 

 と、シウスたちの面倒を見ている和泉たちに大声でそのことを告げる。

 

「おう! 中には誰もいないから、格納庫とか変な部屋に入るなよ!」

 

 和泉がそう返事を返してくれる。

 

「わかったぁ!」

 

 と、大きく手を振り返す。

 

「じゃぁ、いこ、クルビット!」

「くるぅ!」

 

 私たちは入り口から中に入る。

 入り口はスロープ状になっていて、かなりの急勾配、45度くらいはある。

 それを下まで張られたロープを手すりがわりにして慎重に降りていく。

 

「クルビット、滑らないようにね……」

「くるぅ」

 

 でも、それも長いことではない、10メートルも下れば、平坦な通路に出ることが出来る。

 

「よし」

 

 と、ロープを放して、手についた砂埃をパンパンと払う。

 そして、あらためて通路の中を見渡す。

 そこは完全な暗闇ではなく、壁や天井に塗られた蛍光塗料のおかげで最低限の明かりは確保されている。

 辺りはうっすらと青い……。

 手触りの良い、木製の手すりを伝い、目的の場所を目指す。

 今思ったけど、これ、蛍光塗料じゃないね、魔法だ、それにより壁とかが光っているんだ。

 そして、これは照明のためだけじゃない、設備の保護にも使われている。

 すべすべ、ぴかぴかの手すりに指を這わせる……。

 うん、まるで新品だ。

 と、そんなことを考えている間に目的地に到着。

 

「シャペルー、遊びにきたよー!」

「くるぅ!」

 

 両手を広げてダンスホールに駆け込む。

 ダンスホールはお世辞にも綺麗とは言えない。

 屋根が一部破損してわずかに空が見え、そこから砂や泥、雨水などが中に入ってきていたからだ。

 でも、そのおかげだろう、草花の種もダンスホールまで入り込み、そこで芽吹き、小さな花を咲かせることが出来たのは……。

 

「ピポロポッポ」

 

 ギーギー言いながらブラウンのロボットが近づいてくる。

 

「シャペルー!」

「くるぅ!」

 

 と、ロボットの胸に飛び込む。

 

「ピポロポッポ、ピポロポッポ」

 

 シャペルも頭をくるくる回して喜んでいる。

 そして、カメラのレンズのような赤い目が私を捉える。

 

「ピポ……」

 

 彼が窮屈そうに腕を伸ばす……。

 

「うん?」

 

 と、シャペルから身体を離す。

 

「ピポ……」

 

 そして、なにやら私に渡そうとする。

 

「あら……」

 

 その手にあったのは、小さな白い花……。

 そう、ここで育ったお花だ。

 

「ありがとう」

 

 それを受け取る……。

 それは、小さな、小さな、鈴のような形をしたお花……。

 こんなに弱々しくても、このほとんど光の届かない場所で育った逞しい子なんだよ、強い子なんだよ。

 しんみりする。

 そのまま、その場にぺたんと女の子座りして、お花を眺める。

 

「いいね……」

 

 大事に育てたんだなぁ、と思う。

 

「ピポロポッポ」

 

 そして、シャペルも私のすぐ横に座る。

 

「くるぅ……」

 

 もちろん、クルビットも。

 

「よし!」

 

 と、そのまま寝転がって、シャペルの膝を枕代わりにする。

 

「クルビットもおいで」

 

 そして、クルビットを私のお腹の横に座らせて腕で抱く。

 

「くるぅ……」

 

 伏せをするような感じで大人しくしてくれる。

 

「ふん、ふん♪」

 

 と、シャペルに膝枕をしてもらいながら、指でお花を回して、それを眺める。

 薄暗い場所だけど、真ん中に一筋の光が差し込み、それがまぶしいくらい明るくて、そして、その光の中に私の持つのと同じようなお花が十数輪ほど咲いている……。

 シャペルはずっと一人で、ここで何十年もあの花たちの世話をしてきた……。

 寂しくなかっただろうか……。

 

「何かお話しようか?」

 

 下からシャペルを見上げながら言う。

 

「ピポ……」

 

 と、シャペルも同意してくれる。

 

「そっか……、そうだなぁ、じゃ……」

 

 ちょっと考える。

 

「よし、じゃぁ……、私ね、ちょっと前まで、ドジっ子プレイを心がけてたんだよね、だって、そのほうが少女らしいでしょ? だから、わざと転んでみたり、食べ物をぽろぽろこぼしてみたりしてんだよね……、でもさぁ、それをやればやるほど、みんなが私のことを子供扱い、というか、赤ちゃん扱いするようになったんだよね……、でちゅかぁ、とか言って……、なんか、それが癪に障ってさ……、だから、もうそれはやめようと思ったの……」

 

 お花をくるくる回しながら話し続ける。

 

「でも、やめるにしても、ドジっ子プレイに代わる何かがほしい……、そこで、思いついたのが……、ツンデレ! すごいでしょ? 私、天才!」

 

 と、足をバタバタさせる。

 

「そして、作戦スタート! まず手始めに近くにいた佐野に言ってやったのよ、ば、馬鹿、勘違いしないでよね、あなたの顔を不細工なのは私のせいじゃないんだからねっ! って、でも、あいつ、それ、ツンデレじゃない、ただの悪口、とか言いやがったんだよ! 何が違うのかわからないけどこれも練習だと思って、さらに、その隣にいた秋葉にも言ってやったんだよ、ば、馬鹿、勘違いしないでよね、これはちょっと多く取りすぎただけなんだからねっ! って、私の嫌いな食べ物を全部、秋葉の皿に移してやったんだよね、そしたら、あいつ、ポツリと、嫌いなだけなんだろ、って言うの! バレてたの!」

 

 私はクルビットを抱きしめたり、足をバタバタさせながら夢中で話し続ける。

 

「よーし、最後はハルだぁ、と思って、やつに言ってやったんだよね、ば、馬鹿、勘違いしないでよね、ハルは優しくて、かっこいいだけなんだからねっ! って、そしたらみんなが、デレデレじゃねぇか! って、ツッコミ入れやがるんだよね、そして大笑い! もう! って!」

 

 そんな感じでシャペルに向かって話し続ける。

 

「だから、言ってやったのよ! それは私の耳だ! ってね、そしたら、もう大爆笑! みんなで笑い転げたの!」

 

 30分くらい話してたかな……。

 

「ねぇ、シャペル……?」

 

 そして、一通り話しが終わったあと、彼を見上げる。

 

「気になっていたんだけど、あなたのその胸に刻まれた線……、何かの暗号文だよね……?」

 

 そう、シャペルのボディ、胸の部分に短い縦線がズラッと横に並んでいる。

 それは、まるで、横に長いバーコードのようだった。

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