傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第108話 その色としも

 あのヒンデンブルクの事件から一週間。

 そして、帝国との交易開始まであと二週間に迫ったある日のこと。

 今日も快晴、空は真っ青。

 そうそう、交易の開始に伴い、細かな取り決めが必要とのことで、明後日、帝国の交渉役として、あの新しいほうのマジョーライがこちらに訪問することが決まったらしい。

 いや、新しいほうかどうかはわからない、古いほうが顔に包帯ぐるぐる巻いてやってきたら、それはそれで笑える。

 笑えないか……。

 そのような理由で、今、急ピッチで会談場所の建設が行われている。

 場所はもちろん、市場、プラグマティッシェ・ザンクツィオン。

 帝国の人間にラグナロク広場の大破した旅客機を見せるわけにはいかないからね。

 ガラガラ、ジャラジャ、と、音を立てて馬車は砂利道を進む。

 

「ウェルロット、大丈夫、疲れてない?」

 

 と、小窓からちょこんと顔を出して、馬車を引いてくれているウェルロットに声をかける。

 

「ぷるるぅ」

 

 そう、今は割と普通なナビーフィユリナ記念ピーチ号の中だ。

 これから、プラグマティッシェ・ザンクツィオンや新市場などの視察に向かう途上にある。

 もちろん、それは口実で、馬車のメンテナンス走行と、食料の買出しが主目的で、視察はついででしかない。

 

「大丈夫だよ、これでも力持ちだから、もう少しスピードを出してもいいくらい」

 

 と、御者役である和泉春月が笑顔で答える。

 

「ならいいんだけど……」

 

 ラグナロク広場からルビコン川に向かう道は砂利道で、途中まではなだらかな上り坂、そして、川に近づくと下り坂に変わる。

 その下り坂は結構な勾配で1%程度の傾斜があると思われる。

 ちなみに1%の傾斜とは、100メートル進んだら、その1%、1メートル高さが変わる坂道のことを言う。

 そう考えると、結構な下り坂だということがわかるはず。

 ガラガラ、ジャラジャ、と、坂道に入り、自然とその速度が上がっていく。

 

「ハル、やっぱり、速度落として、ウェルロットだとジャックナイフしちゃうと思うから」

「わかった、どう、どう……」

 

 と、和泉が馬車の速度を落とす。

 

「ジャックナイフ? なにそれ?」

 

 馬車のうしろを歩いている秋葉蒼が質問を投げかけてくる。

 

「馬と荷車が真ん中でくの字に折れ曲がる現象のことだよ。坂道などで前の馬より後ろの荷車のほうが速くなっちゃうと起こる。で、くの字に折れ曲がる瞬間、馬には強烈な横Gがかかる、たぶん、ウェルロットの足はそれには耐えられない、折れると思う」

「へぇ……、そんなのあるんだぁ……」

 

 と、秋葉は感心したように言う。

 馬車の走る音がジャラジャラからガラガラに変わる。

 ルビコン川に近づき、道が砂利道から石畳の道に変わったのだ。

 ガラガラ、ガラガラと、木製の車輪が小気味いい音を立てる。

 そして、ルビコン川に到着、その川に架かるブリッジ・オブ・エンパイアを渡る……、そのときに涼しげな風が私たちの前を横切る……。

 そっと目を閉じ、風に前髪を遊ばせる……。

 

「いい風……」

 

 思わずほころぶ。

 

「わぁあああ!」

「ナビー様!」

「みんなナビー様来たよ!」

「紙ふぶき、紙ふぶき!」

 

 そして、橋を渡りきったあたりで、ナスク村の子たちが駆け寄ってきて歓声を上げる。

 ちなみに、ここでの彼らの集落も前と同じナスク村と呼ぶことにした。

 なので、この子たちは、ナスク村の子供たち、ということになる。

 

「よーし!」

 

 いつも通り、馬車の中にある、細切れの新聞紙を一掴みし、

 

「そぉれぇ!」

 

 と、後ろを走る子供たちの上に投げる。

 すると、風に舞い上がり、綺麗な紙ふぶきとなる。

 

「わぁあああ!」

「きれい!」

「すごぉい!」

 

 子供たちが歓声を上げる。

 

「それ、それぇ!」

 

 と、私は細切れの新聞紙を投げ続ける。

 

「わぁあああ!」

「もっとぉ!」

「雪みたい!」

 

 子供たちは大喜び。

 そんなことをしている間に馬車は、ギーギー、という音を立てて止まる。

 

「着いたよ、ナビー」

「どうぞ」

 

 と、夏目翼が馬車のドアを開けてくれる。

 

「ありがとう!」

 

 私は転がり落ちるように、狭いドアから外に出る。

 

「わぁああ、ナビー様だぁ!」

「ナビー様、ナビー様!」

 

 子供たちが駆け寄ってくる。

 

「こら、こら、そんなにはしゃがないの! そこ、走りまわらない、転んじゃうから!」

 

 と、子供たちを注意する。

 

「もう、立派なお姉ちゃんだね」

 

 笹雪めぐみが私をからかうように言う。

 

「もう、めぐみったらぁ」

 

 と、私は少し頬を膨らませる。

 

「ああ、疲れた、これから買出しかぁ……」

 

 笹雪の後ろにいた雨宮ひらりが愚痴をこぼす。

 ちなみに、さらにその後ろには佐野獏人の姿も見える。

 そう、今日も狩猟班のみんなと来ている。

 

「立派になって来たねぇ、ここも……」

 

 雨宮が少し背伸びをしたあとにしみじみと話す。

 

「そうだねぇ……」

 

 笹雪が雨宮と同じ方向を見ながら返す。

 私も彼女らが見ているほうを見る。

 ここ、プラグマティッシェ・ザンクツィオンも随分と大きくなった。

 形は初期の円形状とは違い、三角形に近い形をしている。

 それは、最初の市場の南側、ルビコン川とは反対側に太い道路を通し、その両側に同じような円形状の広場を二つ設置したからだ。

 大きさは、一辺が100メートル以上はあるだろうか、かなり広大な広場に成長していた。

 

「そういえば、唯が言っていたけど、私たちがここに来てから、今日でちょうど4ヶ月になるらしいよ?」

 

 笹雪が言う唯とは参謀班の海老名唯のことだ。

 参謀班にはカレンダー、曜日や祝祭日の管理もしてもらっている。

 

「へぇ、まだ4ヶ月なんだぁ……、もう、何年も、ここにいる感じがするよ……」

 

 雨宮がそれに対して感想を述べる。

 

「そうなの! たったの4ヶ月なのよ! それなのに私たちの発展具合と言ったら! 4ヶ月でここまでくるとはね! 自分たちでもびっくりだよ!」

 

 笹雪が興奮気味に話す。

 確かにね、こいつらよく働くから……。

 と、笹雪を横目で見ながら思う。

 

「ふっ……、ホントにね、ちゃんとした街みたいになってるよ……」

 

 雨宮も軽く笑う。

 

「ねぇ、ナビーさまぁ?」

「お暇ですか、ナビーさまぁ?」

「ねぇ、ねぇ……」

 

 子供たちが私の顔を覗き込んでくる。

 

「うん?」

 

 その顔を見返す。

 

「あのね、あのね」

「ナビー様にお見せしたいものがあるの……」

 

 とか言ってくるんだけど……。

 

「ああ、プレゼントか何か? ナビーちゃん、いいよ、行っておいで」

「うん、こっちはこっちでやっておくから」

「うんじゃ、買出し行くか!」

「おう!」

 

 と、狩猟班のみんながそう言ってくれる。

 

「それじゃ、いこっか!」

「本当に? ありがとう!」

「こっちだよ、ナビー様!」

 

 私は子供たちに手を引かれながら、狩猟班のみんなとは逆方向に連れて行かれる。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 連れて行かれた先は、ナスク村の人たちの居住区、簡素な家々が立ち並ぶ一角、さらに、そこから奥に入った小さな広場。

 

「えい、やあ!」

「とお、りゃあ!」

「せい、やあ!」

 

 そこに、子供たちのかけ声がこだまする……。

 年もばらばらな子供たちが20人程はいるだろうか……、おそらく、この年代の子供たち、男女問わず、ほぼ全員がいるものと思われる。

 

「ここが子供たちの遊び場かぁ……」

 

 と、子供たちを見る。

 

「えい、やあ!」

「とお、りゃあ!」

「せい、やあ!」

 

 子供たちが木の枝から加工したと思われる木刀を一生懸命振っている。

 

「みんなぁ、ナビー様、連れてきたよぉ!」

「連れてきたよぉ!」

 

 私の手を引いていた女の子たち大きな声で言う。

 

「え、ナビー様?」

「ホントだ! ナビー様だぁ!」

「わぁああああ!」

 

 と、子供たちが素振りを止め、歓声を上げて駆け寄ってくる。

 

「来てくれたんだ、すごぉい!」

「本物だぁ!」

「わぁああああ!」

 

 あっという間に取り囲まれる……。

 

「ナビー様、見てて、見てて、強くなったんだよ!」

 

 と、小さな女の子が木刀を振り回す。

 

「うわ、やめて、やめて!」

「あたる、あたる!」

「きゃぁああ!」

 

 周りの子たちが逃げ惑う。

 

「こら、コイン」

 

 と、年長の少女に頭をコツンとされる。

 

「てへ」

 

 コインと呼ばれた子が舌を出して笑う。

 

「もう、コインたらぁ!」

「ナビー様の前だからって、はりきらないの!」

「ごめんなさぁい!」

 

 と、みんなでじゃれあっている……。

 

「で、これは、なんなの、みんなでお稽古していたの……?」

 

 そして、それを私に見せてどうするの……。

 

「えっとね」

「うんっとね」

「それはね」

 

 子供たちが大人しくなり、互いに顔を見合わせる。

 

「あたしたちねぇ」

「あれになるの」

「ナビー様の、あれ」

「なんだっけ、あれ?」

 

 と、子供たちがひそひそと話し合う……。

 

「親衛隊」

「私たちはナビー様の、女神様の親衛隊だよ」

 

 うしろの、少し離れたところいた二人組みの男女が言う。

 年の頃は、12、3歳、この集団の中では最年長の部類だと思う。

 その二人の手には他の子たちのとは違う、ちゃんとした木刀が握られている。

 

「そう、親衛隊!」

「思い出した、親衛隊だよ!」

「フェインとタジンすごい!」

「女神様の!」

 

 子供たちが盛り上がる。

 

「親衛隊? 私の? なにそれ……?」

 

 首を傾げる。

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