傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第111話 叛旗

 戦争ね……。

 心情的には賛成だよ。

 あの、ラインヴァイス帝国の先帝、サテリネアス・ラインヴァイス・ザトーは始末しておいたほうがいい、あの凶悪さはいずれ大きな災いとなる。

 それに、あいつが持つ首飾り、あのヒンデンブルクのネックレスも危険、破壊するなり回収するなりしたい。

 でも、だからと言って、いきなり戦争とはならないよね……。

 交易の準備もしているし……。

 

「死んでいった家族や仲間たちのためにも、どうかお力をお貸しください!」

「いずれ、ここも攻め込まれますぞ!?」

 

 彼らは必死に私たちの説得を試みる。

 そうだね、ザトーは信用ならないね……、と、カップの水をひと口飲む。

 でも……。

 

「心中、察するに余りある……」

 

 と、東園寺が重い口を開く。

 

「だが、あなた方に手を貸すことはできない、帝国と戦火を交えるつもりは毛頭ない」

 

 きっぱりと否定する。

 

「帝国は我々にとっての貿易相手国、最低限の礼節を持って接するつもり、戦うべき相手ではない、申し訳ないがこの話は聞かなかったということで、我々も他言はいたしません、それと、すぐにとは申しませんが、怪我の具合が良くなり次第、速やかにラグナロクからの退去をお願いします……」

 

 と、交渉は終りとばかりに東園寺が席を立つ。

 そうだろうね、その判断で間違いないよ。

 

「そ、そんな、話が違うぞ!?」

「ここの方々は帝国を圧倒する力を持ち、必ずや我々に勝利をもたらす、神のような存在ではなかったのか!?」

 

 エシュリンから通訳を聞き、それでも尚食い下がる。

 

「帝国と戦いましょう、ここで戦わなければ何もかもお終いです!」

「我々もこの一戦にすべてを懸けます、帝国のやつらに目にもの見せてやります!」

 

 と、大きな声で喚き立てる。

 東園寺は立ったまま、彼らの言葉を黙って聞いている。

 

「だ、だから、このままでは、いずれ皆殺しにされる、まだ砦は出来たばかり、兵も少ない、今しかないのです……、帝国を叩くなら今なのです!」

 

 東園寺に向かって言葉を叩きつける。

 

「ほう……、帝国と戦う……? 帝国を叩く……? それは聞き捨てならないな……」

 

 それは、東園寺の口から発せられたものではなく、また、言葉も日本語ではなく、現地のものだった。

 そして、その声は、室内からではなく、扉の外から聞えた。

 

「どらぁあああああ!!」

 

 と、誰かが豪快に扉を蹴り破って入ってきた。

 

「ひっ」

 

 と、私はびっくりして身をすくめる。

 

「よお、小娘、貴様等も、話は聞かせてもらったぞ」

 

 室内に入ってきたのは……、プレートアーマーに赤いクロークを身に纏う、短く刈った金髪に日に焼けたちょっと角ばった顔をした好青年って感じの男……。

 この男は帝国軍の将校、

 

「シェイカー・グリウム」

 

 私がそう言うと、やつはにやりと笑う。

 

「なんで、帝国軍がここにいるんだ!?」

「な、なに、なんなの、この人、誰なの!?」

「おまえは、あの時の!?」

 

 みんなが一斉に叫び、立ち上がる。

 見ると、シェイカー・グリウムはひとりではなかった、その後ろにも帝国軍らしき人影が二つあり、さらにその後ろには見慣れた人影が……。

 

「山本、おまえか、おまえが帝国軍を引き入れたのか!?」

 

 東園寺の言う通り、その人影は生活班の山本新一だった。

 

「え? え? 帝国軍? いや、知らないけど、どっかの村の人だとばかり、言葉もわからないし、とりあえず、ここに連れてくればなんかわかるかなって……」

 

 と、山本は必死に言い訳をする。

 

「ちっ、話を聞かれた、生かして返すな」

「ああ、東園寺、仕方ない、俺が殺る」

 

 と、和泉が剣の柄に手をかける。

 

「待て、待て、物騒なやつらだな、野蛮人どもめ、俺たちは同盟相手ではなかったのか?」

 

 と、シェイカー・グリウムは剣を抜こうとしている東園寺たちを手で制する。

 

「なんと言っているんだ、エシュリン!?」

「戦う意思はない、仲間だ、と言っている、ぷーん」

 

 東園寺の質問にエシュリンが答える。

 

「なに、仲間、本当か!?」

「隙を作って逃げ出すつもりなんじゃないのか!?」

「おい、小娘、落ち着けと言ってやれ、話にならん……」

 

 東園寺たちの狼狽ぶりを見て、シェイカー・グリウムが呆れたような口調で言う。

 でも、普通、焦るでしょ、帝国と穏便にやり過ごせると思った矢先なんだから……。

 

「あんた、何しに来たの……?」

 

 真意を測りかねて、そう尋ねる。

 

「その前に、そいつらを落ち着かせろ、話している途中に斬りかかられたらかなわん」

 

 彼を見つめる……。

 

「わかったわ……、公彦、ハル、座って、とりあえずは戦いに来たのではないみたい、何か話があるみたい」

 

 と、東園寺たちに伝える。

 

「大丈夫か、逃げないか?」

 

 尚も和泉が疑うけど、

 

「逃げるつもりなら、最初から入って来ないから……」

 

 と、言ってあげる。

 

「座って、みんなも……」

 

 壁を背にして固まっている徳永たちにも言う。

 

「そちら様も座って……、新一、椅子とお茶を出して差し上げて」

「あ、ああ……、なんか、ごめん、俺のせいで……」

 

 と、山本が謝りながらも私の指示に従って、壁に立てかけてある椅子を出して並べてくれる。

 

「すまんな……」

 

 シェイカー・グリウムをはじめとする帝国の人間、三人が椅子に腰掛ける。

 

「それにしても、帝国に叛旗を翻す相談をしていたとはな、正直驚いたぞ……」

 

 彼が出されたお茶に口をつけて、

 

「まっず、なんだ、これ……」

 

 と、言い、顔をしかめる……。

 

「それで、私たちをどうするつもり、シェイカー・グリウムさん?」

 

 私もお茶に口をつけて尋ねる。

 うん、まずい、玉露だね、よくわかんないけど……。

 

「そう、身構えるな、我々も貴様等と思いをひとつにしている……」

「はぁ? 思いをひとつに?」

「そうだ、先帝はやりすぎた、我々の、帝国軍の反感を買った……」

 

 真っ直ぐに私の目を見て話す。

 

「殺そう、暗殺しよう、先帝サテリネアス・ラインヴァイス・ザトーを、我々も手を貸そう、どうだ、小娘、貴様等も、やるだろ?」

 

 と、私やみんなを見る。

 

「な、なんの、提案なんだ、いったい……」

「やめてよ、罠だよ、絶対……、私たちの忠誠心とかそういうのを試しているんだよ、たぶん……」

「ああ、俺もそう思う、罠だ……、戦闘になったら魔法を使わざるを得ない、それを狙っているんだよ、あのじいさんは……」

 

 みんなが顔を見合わせ、口々に言い合う。

 

「意見が割れているようだな……」

 

 と、シェイカー・グリウムの隣の席の男が言葉を発する。

 

「おそらく、暗殺成功時の自らの処遇、立場の心配をしているのだろう……」

 

 そして、その男が深々と被ったフードに手をかけ、それを後ろに下ろす。

 

「心配をするな、私が貴様等の後ろ盾になってやろう……」

 

 綺麗に整えられた黒髪とあご髭、傲慢そうな顔立ちの貴族然とした男だった。

 

「誰……?」

 

 目を細めてやつを見やる。

 

「帝国辺境伯、ダイロス・シャムシェイド閣下であらせられる」

 

 と、シェイカー・グリウムが大きな声で誇らしげに言う。

 

「きゅー、厄介な……」

 

 私は目頭を押さえる。

 

「貴様等も知っての通り、あの老人は狂っている……」

 

 ダイロス・シャムシェイドが話し出す。

 

「調査は終わっている、あのリープトヘルム砦では、昼夜を問わず、死の宴が行われている、それも、この辺りの村々の人々を使ってな……、潜入した者の話では、拷問に近い、惨たらしい殺され方をされるらしい……」

「じゃぁ、俺たちの家族も殺されたって言うのか!?」

 

 ドレンが叫び、立ち上がり。

 

「たぶんな……、まだ殺されてなくとも、いずれは殺される、生きてあの砦を出ることはない……」

「そ、そんなぁ……」

 

 と、力なく、椅子に崩れ落ちる。

 

「気の毒だが、それで終りではない、まだまだ続く、殺した分だけ、近隣の村々から補充する……、際限なくな……、あの老人はそこまでやるよ……、もちろん、貴様等も……」

 

 と、私たちを見る。

 

「つまり、それが嫌なら戦えと……?」

 

 溜息混じりに聞き返す。

 

「そうだ、このままだと、貴様等は全員死ぬ……、確実にな……」

 

 ダイロス・シャムシェイドがそう断言する。

 

「それで、私たちがザトーを暗殺して、あなたたちにはどんなメリットがあるの?」

 

 それを聞いておかなければならない。

 

「ない……、が、これは武人としての矜持である。やつは罪無き者を殺しすぎた、その治世において、100万は下るまい……、そして、その権力の座を降りて尚、殺し続けている……、見過ごすわけには行かない……」

 

 そこで言葉を切り、立ち上がる。

 

「やつの命を奪う、それが命を奪われた者への手向けだ、やつに天寿を全うされては、我々人類全体の汚点となる、やつは人の手によって殺されなくてはならないのだ」

 

 静かだけど、強く、決意を込めた口調で言う。


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