傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第116話 セイレイ

 辺りは静かになり、見張り台の周囲から人の気配が消える。

 遥か上空、見張り台の上からは秋葉蒼によるスリングショットによる風切り音が時折響く。

 よく考えて見ると……、下から敵兵が殺到しても、秋葉なら見張り台から飛び降りて逃げることも可能だよね……。

 と、見張り台を見上げる。

 

「うん、無駄なことをした……」

 

 ここはもういい、本来の作戦に戻る。

 私の目的は先帝サテリネアス・ラインヴァイス・ザトーの暗殺唯一つ。

 やつを倒してヒンデンブルクのネックレスを回収すること。

 とりあえず……。

 

「たぁ!」

 

 と、ドラゴン・プレッシャーを振い、見張り台の扉を叩き斬る。

 鉄製の扉は真っ二つになり、周囲の石壁とともに奥に倒れて砂煙を上げる。

 

「下に降りる階段は……、ある……」

 

 当然だよね、建物内からも行けるはずだよ。

 でなければ不便。

 私は見張り台の中に入り、秋葉のいる上層ではなく、その反対の下層へと向かい階段を駆け下りていく。

 壁にかけてあるランプの灯りが私の影を作り、それをゆらゆらと揺らす。

 やがて、下に降りる階段はなくなり、広い通路に出る。

 ぴちゃり、ぴちゃり、と、水の滴る音が聞えてくる。

 

「地下か……」

 

 石畳の床も濡れている。

 

「うーん……」

 

 人の気配もなく、無警戒に天井や壁などを観察しながら歩く。

 なんだろうなぁ、ここ……、ランプの他には天井や壁など吊り下げられた錆び付いた鎖が幾本も見える。

 

「禍々しい拷問器具みたい……」

 

 それが私の感想。

 

「うう、うう……」

「あ、ああ、ああ……」

 

 なんか、小さくてよく聞き取れないけど、各部屋からうめき声みたいなのがするんだけど……。

 ゾッとする。

 

「うん、ここ違う、ザトーはいない、ここは牢屋とか拷問部屋とか、そんな類のところだよ」

 

 と、私は探索を止め、振り返り、そのまま元来た通路を戻ろうとする。

 でも、せっかく来たんだから……。

 

「たぁ!」

 

 と、扉の一つをドラゴン・プレッシャーで叩き斬る。

 一応、牢屋か拷問部屋か、それとも別の何かなのか、それを確かめてからにしよう。

 

「誰かいる?」

 

 一声かけてから中に入る。

 中にはランプなどの照明器具は一切ない。

 開け放たれた入り口から明かりが差し込むのみ。

 床は石畳ではない、もちろん木でもない……、素材は鉄……、格子状になっている鉄の床、グレーチングになっている……。

 そのグレーチング、鉄格子の下からは水の流れるような音も聞えてくる……。

 

「なんだ、ここ……」

 

 私は目を凝らして鉄格子の下を見ようとする。

 でも、真っ暗で何も見えない……。

 

「うーん……」

 

 諦めて顔を上げる。

 そして、正面を見る。

 

「おや……」

 

 そこには鎖に繋がれ壁にもたれ掛かるように座る人の姿があった。

 座るというより、半分寝ているような状態、たぶん、鎖が短くてそれ以上横になれないんだと思う。

 それよりも、その人物に見覚えがあった。

 

「おまえ……」

 

 ぼさぼさの長い銀髪、ぼろぼろのベージュ色の服、でも、肌は透きとおるように白い……、とても美しい女性だということがそれだけでわかる。

 

「笑わせんなよ」

 

 クスリと笑ってしまう。

 私の声を聞き、その女性がうっすらと目を開ける。

 鋭く、切れ長の目が私を視界に捉える。

 

「おまえ、皆殺しのジョルカだろ? なにやってんだ、こんなところで?」

 

 そう、それは、あの和泉春月と熱戦を繰り広げた剣闘士、皆殺しのジョルカだった。

 

「あ……」

 

 私を視認して、わずかにうめく。

 

「ああ……」

 

 今度は身をよじり、繋がれた鎖がじゃらじゃらと音を立てる。

 

「ああ、水か……」

 

 と、私は背負いっていた白クマのリュックサックを下ろし、中から水の入ったペットボトルを取り出す。

 

「飲めるか?」

 

 そして、蓋を開けて彼女の口元に運ぶ。

 

「あ、あ、あ……」

 

 と、ジョルカに水を飲ませる。

 

「あんまり一気に飲むなよ、口の中を湿らす程度にな……」

 

 少しずつ飲ませる。

 

「こんなものか……」

 

 ペットボトルに蓋をして白クマのリュックサックに片付ける。

 

「ありがとう……、生き返った……」

 

 ジョルカが小さくお礼を言う。

 

「それで、おまえほどの優秀な剣闘士がこんなところで何やってるの? まさか、懲罰?」

 

 白クマのリュックサックを背負いながら尋ねる。

 

「ここが懲罰房に見えるのか……、そんな生易しいところではないよ、ここは……、死ぬまでここに繋がれ、死んだら下に流される、そんな場所さ……」

 

 鉄格子の下の水の流れる音を聞く。

 

「ふーん……、もったいないね……、おまえほどの剣闘士が……、よいしょっと……」

 

 白クマのリュックサックを背負い直す。

 

「いや、ただの廃棄だ……、もう戦うつもりなどない、疲れた……、今まで100人以上と戦った……、もう嫌だ……、私は、もう、誰とも戦いたくない、無意味な戦闘なんて、もう、したくない……」

 

 ジョルカがうなだれる。

 

「ふーん……」

 

 彼女を見下ろす。

 

「水をくれたついでに、もうひとつ我侭を言っていいかな……?」

「うん? なぁに?」

「その大剣が欲しい、その大剣を私の首に突き立ててもらえないかな……?」

 

 殺せってことか……。

 

「頼む……」

 

 消え入りそうな声でお願いをする。

 かわいそうだな……。

 私は壁に立てかけて置いたドラゴン・プレッシャーを手に取り構える。

 

「ありがとう……」

 

 それをちらりと見たジョルカがお礼を言う。

 そして、ドラゴン・プレッシャーを振り下ろし、ジャリン、ジャリン、と、ジョルカを繋ぐ鎖を切ってやる。

 すると、支えを失った彼女はその場に崩れ落ちる。

 

「く……」

 

 ジョルカは手で支え、なんとか起き上がろうとする。

 

「逃げろと言うのか……、お優しい限りで……、あの男と同じだな、殺してくれたほうが何倍も楽なのに……、私は剣闘士以外の生き方を知らない……、その剣闘士を止めた今、同時に生きる意味も失った……、同情は無意味よ……」

 

 鉄格子は滑りやすく、支えた手が滑り、額から鉄格子の上に倒れる。

 

「く……」

 

 それでも、もう一度手で支え身体を起こそうとする。

 

「生きる意味ね……」

 

 ドラゴン・プレッシャーを彼女の首元に当て、そこから少し手首を返し、剣の腹を頬に当て、そのまま顔を私のほうに向かせる。

 彼女が真っ直ぐ私を見上げる。

 鷹のような鋭い目、でも、綺麗な澄んだブルーの瞳をしている……、救いを求める目だな、私にはそう感じた。

 

「おまえに生きる意味をくれてやる……、これからは私のためだけに生きろ、何も考えるな、私のためだけに戦え、死ぬときも、私のためだけに死ね、おまえが生きる戦場も、死に場所も、そのすべてを私がくれてやる」

 

 彼女の目からポロリと涙が零れ落ちる。

 おまえが求めているものはそれだろ? おまえが望むものをくれてやる。

 

「御意……、仰せのままに……」

 

 そう言い、目を閉じるとさらにポロポロと涙が零れ落ちる。

 こんなものか……。

 ドラゴン・プレッシャーを引き、そのまま肩に担ぐ。

 彼女は目を閉じ、両手を胸の前で固く握り、静かに涙を流す。

 

「それにしても……」

 

 と、涙を流す彼女を見る。

 これって、もしかして、和泉がやるべき仕事だったんじゃないのかな……。

 もし、私より先に和泉がここに来ていたら、すごい感動的な再会になっていたよね……。

 たぶん、色々ドラマが始まってたよ……、命を懸けて戦った仲なんだから、和泉なんて再戦を誓っていたし……。

 ああ、やばい、とっちゃったかも……、和泉に恨まれる……。

 と、ドラゴン・プレッシャーの峰を肩の上でポンポンしながら考える。

 

「主よ、御名は……」

 

 思案していると彼女が私の名前を聞いてくる。

 

「ナビーフィユリナ・ファラウェイ、その名を胸に刻め」

 

 すっと、目を細めて言ってやる。

 

「御意……」

 

 彼女が力強くうなずく。

 

「ジョルカ……」

「はい、ファラウェイ様……」

「皆殺しのジョルカ……、縁起が悪いな……、名を変えよう」

「はい……、なんといたしましょう……」

「うーん」

 

 ちょっと考える。

 

「セイレイ」

 

 銀色の髪が精霊みたいに綺麗だから。

 

「今日から、セイレイ、と、名乗れ」

「御意……」

 

 彼女に名を授ける。

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