先帝サテリネアス・ラインヴァイス・ザトーが魔法を使った。
それは私たちと同種の魔法なのか、それとも違うのか……。
いや、おそらくは同種のものだろう。
それは、やつが持つ、魔法のネックレス及び赤く光る剣、その二つがヒンデンブルクの魔法具であることからもわかる。
それらが同種なのに、魔法だけが別種などということは考え辛い。
砂をキュッ、と、踏み込み、振り返り、闘技場の中央にいるザトーに向き直る。
「ふぉっふぉっふぉ、これを見ても驚かんようじゃのう? 小娘にとっては普通のことじゃったかのう?」
ザトーが首にかけている魔法のネックレスの元の所有者、50年前にいたという女剣闘士、そいつが魔法を使っていて、それをやつが見様見真似でやっている、という可能性が一番高いか……。
私はザトーに向かいながら、足元の砂を見ながら思案を巡らす。
「ふぉっふぉっふぉ、それとも、驚きすぎて、声も出ないのかのう? どっちなのじゃ、小娘?」
そもそも、なぜ、その女剣闘士が魔法を使っていたのか?
そいつはヒンデブルクの生き残りだったんじゃないのか?
なら、ザトーが唱えた呪文が、ヒンデンブルクの言葉の正式な発音になるんじゃないのか?
「どうした、小娘……、何か話せ、寂しいではないか……」
疑問は尽きない……、どうする、ザトーを殺さないで、情報を引き出すか?
「うーん……」
と、額に手を当てて目を閉じる。
ザトーが唱えた呪文……、なんて言った……? ドース、イース、モース、チース? そんな感じだったけど、はっきり憶えていない……。
「「「わあああああああ!!」」」
「「「おおおおおおおお!!」」」
と、上から聞える怒号が大きくなり、時折天井から埃が降ってくる。
「ふぉっふぉっふぉ、随分元気が良いようじゃのう、小娘をぶち殺したあと、皆殺しにしてやるわい」
ザトーが天井を見上げながら楽しそうに話す。
でも、こいつは生かしておく気にはならないなぁ……。
辺境伯ダイロス・シャムシェイドがザトーはその治世において100万の人間を虐殺したとか言ってたけど、為政者なんてそんなもの、よくあることだから……。
私が気に入らないのは、あのかわいそうな剣闘士、ボルベン・サンパイオについてのみ。
私はね、部下を大事にしない上官が死ぬほど嫌いなのよ、上官というのは、部下がその実力を十分に発揮出来るように力を尽くすもの。
それが出来ない上官に生きる資格はない。
「ザトー、おまえに生きる資格はねぇんだよ……」
こいつは殺す。
顔を上げ、力強く足を踏み出す。
一歩、一歩、歩くたびに砂煙が上がる。
「ほほう……、それが小娘、貴様の本気か……、ただ、歩くその姿に背筋が凍りついたぞ……」
やつが目を見開き私を見る。
互いの距離は5メートルにまで詰まった。
「ドース! イース! アース! ボース! ベース! ダース! ビース! ニース!」
やつが再度呪文を唱えた。
「ドーーーーーーーン!!」
ザトーが5メートルの距離をコンマ数秒で詰めてきた。
その蹴り足で砂煙が舞う前にやつは私の目の前に迫る。
「小娘ぇええええ!!」
と、やつは剣ではなく、その反対の腕を伸ばし、手の平を大きく広げて、私の顔を鷲づかみにしようとする。
このタイミングでサトーの後方で勢いよく砂煙が舞うのが視界に入る。
「うじゃらぁああああ!!」
やつの手が私の顔面に迫る。
私はそれを身体を横向きにしてかわす。
ザトーが私の目の前を通過していく……、やつが横目で私の顔を見る……。
私はそこから、さらに4分の1回転して、最初の段階から完全にうしろ向きになる動きをする。
同時に、肩に担いでいたドラゴン・プレッシャーも一緒に回転して、ちょうどよく、通過していくザトーの後頭部にゴツン、と、ヒットする。
「あぢゃあああああああ!?」
後頭部を殴られ、さらに加速の付いたザトーは止まれず、砂の上を万歳しながらダイブしていく。
そして、盛大に砂煙を上げ、石垣に激突する。
「あ、ごめんな、今のはわざとじゃないんだ、事故なんだ、あはっ」
笑ってしまう。
「あが、あが、あが……」
ザトーは石垣に激突した額ではなく、ドラゴン・プレッシャーに殴られた後頭部をしきりにさすっている。
「あで、いで、おで……、こっこっこっこ……」
やつが石垣に手をかけ、それを支えにふらふらと立ち上がろうとする。
「こっこっこっこ……」
「なんだよ、こっこっこっこって、ちゃんとしゃべれよ、じじい」
さらに嘲笑してやる。
「ぐお、ぐお、小娘……、このわしに対して、なんたる無礼……、許さん……、断じて許さん……、うおおおおおおおおお!!」
と、ザトーが腰を深く落とし、雄叫びを上げる。
「ドース! イース! アース! ボース! ベース! ダース! ビース! ニース!」
そして、呪文を唱える。
「またかよ……」
呆れて笑ってやる。
「ドーーーーーーーン!!」
そして、やつが地を蹴る。
砂煙が上がるよりも早く、私に肉薄する。
「ひょんひょん、ひょんひょんって虫かよ、てめぇは……」
ここではじめて肩に担いだドラゴン・プレッシャーを振るう。
横一線。
それはやつに向けたものではない。
剣筋は水平ではなく、下段、地面に向けたもの。
ドラゴン・プレッシャーは真横に砂の地面を切裂く。
「これが置き撃ちだ、じいぃ、サンド・カーテン・オープン」
大剣に切り払われた衝撃により、地面から砂のカーテンが舞い上がる。
「ぐおっ!?」
ザトーが砂のカーテンに勢いよく飛び込んでくる。
「ぐおぉ、ぐおぉ!?」
やつがなんか言っているけど、ここからが勝負。
互いに砂のカーテンに遮られて、その姿を見ることが出来なくなった。
条件は五分、純粋な読み合いに移行する……。
私は姿勢を低く、ドラゴン・プレッシャーを構える。
「心の強さが試される」
後方に引くのは論外、三流のやることだ。
左右どちらかに迂回し、相手のサイド、またはバックを取ろうとするのは二流。
一流ならば上に飛び、相手の頭上を取ろうとするはず。
和泉もそうするだろう……、ザトーも一流ならばそうする……。
でもね、そこから、さらに上があるのよ、超一流ならば……。
「0地点突破」
私は地面を蹴り、まっすぐ砂のカーテンの中に飛び込んでいく。
この砂のカーテンの向こうからおまえがやってきたら褒めてやるよ……。
私は腕で目をガードしながら突入する。
サンドイエロー一色、そこには誰もいない……。
そうだろうよ、おまえは今、私の頭上を飛んでいる頃だろうよ。
そして、砂のカーテンを突破。
即座に振り返る。
そこから再度、間髪入れずに地面を蹴り、もと来た場所に向かって飛ぶ。
「うおお? いない、小娘はどこじゃあああ!?」
砂のカーテンが晴れ、空から降ってきたザトーの姿が見えた。
「くそおおおお!?」
やつが赤く光る剣を振り回しながら周囲を見渡し、最後に後方を確認する。
「小娘ぇええええ!?」
自分に向かう私を発見して、驚愕の声を上げる。
「うおおおおおお、ドース! イース! アース! ボース! ベース!」
「遅い」
ドラゴン・プレッシャーを振り下ろす。
肩口からザトーを切裂く、でも、手ごたえは浅い、やつがうしろに転倒するように回避したからだ。
「ダース! ビース! ニース! ドーーーーーーーン!!」
呪文が完成し、激しく地面を蹴る。
「甘い」
おまえは最初の0地点突破で私との読み合いに負けてんだよ。
持ち手を入れ替え、さらに一歩踏み込み、左の手の平で柄頭を押さえ、そのままドラゴン・プレッシャーをもう一回転させる。
「うぎゃああああ!?」
後方上空に飛んで逃げようとしたザトーを叩き落とす。
「ハエだな、おまえは」
二発入れたけど、ヒンデンブルクのネックレスのおかげだろう、致命には至っていない。
「じゃぁな、ザトー」
両手に持ち替え、三発目を食らわす。
ドンッ、と、踏み足が砂煙を舞い上がらせ、ドラゴン・プレッシャーがザトー肩口から切裂く。
「あがあああああああ!!」
勢い余って、ザトーがくるくると回転しながら飛んで行く。
「硬てぇ……」
たぶん、あれでも死んでない……。
改めてヒンデンブルクのネックレスの高性能さに驚かされる。
「ごぶふっ」
仰向けに横たわるザトーが大量吐血する。
生きてはいるけど、あれではもう戦えないだろう……。
私はドラゴン・プレッシャーを肩に担いでやつに向かい歩きだす。
「ごふ、ごふ……」
吐血しながらも必死に起き上がろうとする。
「げふ、げふ……、ひゅー、ひゅー……」
でも、起き上がれない、そのまま大の字に倒れて天井を見上げる。