傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第130話 ワンイシュー

 あれから五日が過ぎた。

 辺境伯ダイロス・シャムシェイドの工作がうまくいっているのか、帝国からのリアクションは今のところ何もない。

 また、一時的に身を寄せていた他の村の人たちの立ち退きも始まり、すし詰め状態だったプラグマティッシェ・ザンクツィオンの住環境も少しずつ改善していっていた。

 そうそう、彼ら、剣闘士たちは、ちゃんと班長会議にかけて、セイレイ共々子供たちの剣術指南役として、その滞在を了承してもらっていた。

 

「こんなところかな、最近の出来事は……」

 

 と、机に向かい、ペンを片手に外の景色をボーっと眺めながら近況を考える。

 白いレースのカーテンが風に揺らされるたびに青い空が見え隠れする……。

 

「ああ……、いい風……」

 

 日差しは直接入ってこないけど、窓からほんのり暖かさが届き、時折吹く風がその暖かさをかき消していく。

 

「こら、ナビー、集中しなさい」

 

 と、教室のうしろで私の監視をしていた徳永美衣子に叱られる。

 

「はぁい……」

 

 机に視線を戻す。

 ここは、割と普通なナビーフィユリナ記念会館。

 普段は班長会議の場として使用されている広間だけど、空いた時間には、こうやって、私の授業を行う教室としても使用されている。

 

「ナビー、集中してね、今まで習ったことをよく思い出すのよ、前回みたいな失敗はしないでね」

 

 前方には私の担任の先生である綾原雫も立っている。

 

「はぁい……」

 

 机の上の紙を見る……。

 そう、今は授業ではなく、私の何度目かの学力テスト中……。

 

「ええっと、次の問題は……」

 

 なになに……。

 

「長野県の県庁所在地は長野市、山形県の県庁所在地は山形市、では、岡山県の県庁所在地は何市でしょうか?」

 

 ああ? 

 長野県は長野市……、山形県は山形市、じゃぁ、岡山県は岡山市じゃないの? 

 私は答案用紙に岡山市と書き込もうとする……、けど、途中でやめる。

 

「これ、ひっかけだ……」

 

 岡山に岡山市なんてないよ、確かあるのは倉敷市だよ……。

 

「あぶない、あぶない……」

 

 と、答案用紙にひらがなでくらしき市と書き込む。

 

「うん、かわいい字……」

 

 自分の字に満足する。

 

「さて、次、次……」

 

 次はなにかなぁ……。

 

「うさぎの耳が付いているのはうさぎ、猫の耳が付いているのは猫、では、ロバの耳が付いている人は誰でしょうか?」

 

 ああ? 

 ロバの耳が付いているのはロバでしょう? 

 私は答案用紙にロバと書き込もうとする……、けど、何かひっかかる……。

 もう一度問題を見る……。

 

「ロバの耳が付いている人は誰でしょうか……」

 

 人!? 

 

「人!?」

 

 びっくりして声に出してしまう。

 

「こら、ナビー、静かにしなさい」

 

 徳永に叱られる。

 

「はぁい……」

 

 それにしても、人って、どういう意味……? 

 うーん、わからない……、難しい、パス、パス……。

 よし、気を取り直して次! 

 なになに……。

 

「大きくなると名前が変わる出世魚というものがあります。例えば、ワカサが大きくなるとブリ、セイゴが大きくなるとスズキというように。そこで、問題です、みにくいアヒルの子が大きくなると何になるでしょうか?」

 

 魚じゃねぇのかよ……。

 でも、これはわかる。

 毎晩寝るときに夏目に絵本を読んでもらっているから。

 その中のひとつにこれがあった。

 

「美しい白鳥……っと」

 

 そう答案用意に書き込む。

 ちなみに、その絵本はすべて手作りで、女子たちが夜な夜な集まって作ってくれている。

 

「あっ」

 

 思い出した。

 さっきの問題、ロバの耳が付いている人は誰でしょうか? というやつ、あれも絵本からの出題だ。

 そして、答えは王様。

 戻って、答えを書き込む。

 

「おお……」

 

 答案用紙を見返す。

 

「気持ちいい」

 

 たっぷり50問くらいあったけど、たぶん、全問正解だと思う。

 

「終わったようね……、答え合わせは明日やります。では、明日も同じ時間に、お疲れ様でした」

「答案は私が預かっておくね」

 

 と、綾原が終了を宣言し、徳永が答案用紙を回収する。

 

「綾原先生、徳永先生、ありがとうございました!」

 

 私は急いで筆記用具を片付けて教室をあとにする。

 割と普通なナビーフィユリナ記念会館を出ると光が広がる。

 今日も晴天。

 雲ひとつない真っ青な空。

 

「それ、急げぇ!」

 

 と、私は白い石畳の上を走っていく。

 向かう先はもちろん、みんながいる牧舎。

 私は強い日差しの中、両手を広げて気持ちよく全力疾走。

 ワンピーススカートの裾から風が入り、身体を駆け上がり、ふわっと襟元から出てきて、前髪をなびかせる。

 

「気持ちいい、たぁ!」

 

 と、上機嫌で走り抜ける。

 

「おお! ナビー、今日も走ってるな!」

「転ぶなよぉ!」

 

 屋根の上で作業していた生活班の山本新一と安達一輝が私に気付いて大きな声で言う。

 

「新一! 一輝! 大丈夫だよ!」

 

 と、走りながら大きく手を振る。

 

「まぶしい!」

 

 ちょうど、太陽が彼らの頭上に来ていて、その光が直接目に入ってしまう。

 

「危ない、危ない!」

「右、右!」

 

 目がくらんで、よろけて、道を外れて草むらに飛び込みそうになる。

 

「だ、大丈夫だってば!」

 

 と、私は急いで軌道修正をして、彼らのいる建物を横切っていく。

 

「またねぇ!」

「おう!」

「またな!」

 

 お互い手を振る。

 

「よーし!」

 

 そして、加速! 

 全速力! 

 でも、牧舎に近づくにつれ、違和感を覚えるようになる。

 

「いつもと違う……」

 

 そう、いつもなら、私の存在に気付いて、子犬のクルビットが真っ先に走ってくるはずだ……。

 なのに、その気配がない……。

 

「クルビット……」

 

 違和感と共に不安まで覚えるようになる。

 何かあったのかもれない……。

 

「クルビットー!」

 

 彼の名前を叫び走る。

 

「くるぅ! くるぅ!」

 

 牧舎に近づくとクルビットの声が聞えてくる。

 それも楽しそうに遊んでいる声だ。

 

「なぁんだ、平気なんじゃない……、はぁ、はぁ……」

 

 と、走る速度を緩め、徒歩に切り替え、弾む呼吸を整える。

 

「くるぅ! くるぅ!」

 

 しかし、本当に楽しそうな声だなぁ……。

 と、私は牧柵の中を覗き込む。

 

「くるぅ! くるぅ!」

 

 青い毛の子犬クルビットが誰かの周りを嬉しそうに駆け回っている……。

 

「ど、どうしたの? これ……?」

 

 と、その人が困惑したような声を出す。

 

「すごい、ナビーにしか懐かないのに」

「クルビット、嬉しそう!」

「気に入ったみたい」

 

 そう話すのは、エシュリンとシュナンとリジェンの姉妹、私のマスコット班で通訳をやってもらっている子たちだ。

 

「くるぅ! くるぅ!」

 

 そして、クルビットが周囲を駆け回っている相手は、銀色の髪の女性、透明感のある白い肌、整った顔立ちの……、

 

「セイレイ」

 

 だった。

 

「ナビー!」

「ナビー様!」

「お姉ちゃん!」

「ファラウェイ様」

 

 と、みんなが気付いて私の名前を呼ぶ。

 

「よいしょっと……」

 

 私は牧柵の横木をくぐって中に入る。

 

「くるぅ! くるぅ!」

 

 クルビットは初めて私の存在に気付いたのか、今更ながら駆け寄ってくる。

 

「よし、よし……」

 

 しゃがんでクルビットの頭とか顔を撫で回してやる。

 

「くるぅ……、くるぅ……」

 

 うん、気持ち良さそうにしてる。

 

「それで、セイレイ、ここで何してるの?」

 

 クルビットを撫でながら、彼女の顔を見上げる。

 彼女にはファーイースト・ドランニック・コーアの子供たちの稽古とか、あの剣闘士たちの監視をお願いしていたはずなんだけどね。

 

「ナビー、怒らないでほしい、ぷーん、エシュリンが無理に連れてきた、ぷーん」

 

 私が怒っていると思ったのか、エシュリンが申し訳無さそうに日本語で話す。

 

「ふーん、エシュリンがねぇ……」

「めぇ!」

「めぇえ!」

「ぷるるぅ!」

「みーん!」

 

 クルビットを撫でていると、自分たちも撫でてって感じでシウスたちも寄ってくる。

 

「あははは、はい、はい」

 

 と、みんなを撫でてやる。

 

「通訳が不足していて、もうひとりほしいと思っていて、セイレイさんも、それほど忙しくなさそうだったから、思い切って頼んでみた、ぷーん」

 

 なるほどね……、確かに通訳は不足している。

 さらに、交易が活発になっていけば、ますます不足していくだろうし……。

 それに、シュナンとリジェンの姉妹も日本語の勉強を始めたばかり、エシュリンからしてみれば、二人に教えるのも、三人に教えるのも一緒だということだろうか……。

 うーん……。

 

「それで、セイレイ、通訳と子供たちの稽古、それに剣闘士たちの監視、それらすべての仕事をこなせるの?」

「はい、問題ないかと、剣闘士たちも分別のある大人、それほど無茶はしないと思います。それに、私が厳しく監視するよりも、彼らのリーダー、金暗色のシュタージを信用して、ある程度彼に任せたほうが円滑にことが進むような気もいたします」

「なるほどねぇ……」

 

 と、仔鹿のカチューシャを撫でながら話を聞く。

 

「ナビー? セイレイさんをマスコット班に入れてもいい、ぷーん?」

 

 エシュリンが私の顔を覗き込んでくる。

 

「まっ、二人の言い分はわかった」

 

 撫でるのやめて立ち上がり、お尻に付いた枯れ草を払う。

 

「でも、だからといって、能力のない者をマスコット班に入れるわけにはいかない。テストをしましょう、マスコット班の一員に相応しいかどうかのね」

 

 と、目をつむり、人差し指を立てて言い放つ。

 

「本当に!? やったぁ! セイレイさん、よかったね! ナビー馬鹿だから、テストもきっと簡単だよ!」

 

 エシュリンが現地の言葉で彼女に説明する……、う、うん……? あ、あれ……? な、なんか、今、すごく失礼なことを言わなかったか……? 

 

「ま、まぁ、いっか……、じゃぁ、ちょっと待ってて、テスト道具取ってくるから!」

 

 と、言い、私は牧舎のほうに駆け出していく。

 

「はい、ぷーん!」

「いってらっしゃぁい」

「はぁい!」

「いってらっしゃいませ、ファラウェイ様」

 

 と、みんなに見送られる。

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