傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第136話 天照る月

「あわ、あわ……」

 

 私は慌てて、吹き出してしまった水をハンカチで拭き取る。

 

「くっ……」

「うう……」

 

 横を見ると、綾原たちも同じようにハンカチでテーブルを拭いたり、口元を拭いたりしていた。

 それは笑うよね……、性病って……。

 彼女たちを横目に口の周りをハンカチで拭く。

 

「な、なに……? すまん、佐々木……、理解できなかった、もう一度言ってもらえないか?」

 

 東園寺が再度発言を要求する。

 

「だ、だから、山本が、その、性病をもらったらしいんだ……、なんか、膿が出るとか、そうゆうやつ……」

 

 佐々木に発言に場が凍りつく。

 

「う、膿……? ど、どこから……?」

 

 福井が声を絞り出す。

 

「え、い、いや、先っぽから?」

 

 もう駄目だろこれ……。

 

「じょじょ、じょ、状況はわかった……」

 

 珍しく東園寺が動揺しているようだった。

 

「そそ、それで、どうして、そんなことになったんだ……?」

 

 震える声でそう続ける。

 

「ああ、いや、ちょっと、二、三週間前からプラグマティッシェ・ザンクツィオンのナスク村に通っているようだったんだ、夜抜け出して……」

「そ、それで?」

「ああ、うん……、まぁ、俺たちもおかしいと思って、山本に聞いてみたんだよ、なにしに行ってんだって、そしたら、あいつは、未亡人の悩みを聞いてやっていると言うんだよ……、うそつけってな、おまえ、現地の言葉わかんないだろって、総ツッコミ……、で、さらに問い詰めたら、まぁ、そんな関係になっているとか白状したんだよ……、で、俺たちも、もうそんなことはやめろ、性病になったらどうするんだって、止めたんだよ」

「なるほど……、だが、手遅れだったというわけか……」

 

 東園寺が溜息をつく。

 

「いや、その時はまだ性病にはかかってなかったんだ」

「はぁ?」

「それからも毎日、毎日、ロッジを抜け出して通ったんだよ、ナスク村に……、俺たちも、これはヤバイと思って、力づくで止めようとしたんだよ、そしたら、あいつ大暴れで激怒してこう言ったんだよ……」

 

 佐々木がそこで言葉を切る。

 

「な、なんてだ……?」

 

 東園寺が急かす。

 

「性病が怖くて現地妻とやれるか! って……」

 

 くそっ……。

 私を笑わせにきてる……。

 

「あの時、山本、かっこよかったな……、男だった……、そこまで言うなら、と思って、俺たちも行かせたんだよ、そしたら、案の定、性病に……」

 

 沈黙……。

 笑っていいのか、真面目に答えればいいのか、みんなわからないようだった。

 

「なんなんだ、あの馬鹿は……、こんな忙しい時に、死ねばいいのに……」

 

 福井がポツリと言う。

 

「ふぅ……、それで、病状は? 悪いのか?」

 

 東園寺が目頭を押さえる。

 

「悪い、と言えば悪い……、先っぽから膿以外にも高熱を出している。でも、ナスク村の村長さんによれば、命に別状はないらしい、安静にして、薬を服用して、栄養のあるものを食べていれば、二、三週間で治るだろうって」

「わかった……、絶対安静だな……、病気が治るまで山本を隔離しておけ、またナスク村に行くことのないよう、生活班男子で責任を持って監視しておくように」

 

 そういえば、前に山本がシェイカー・グリウムたちをここに連れてきたことがあったな……、あれは彼がナスク村に行っていたからだったのか……。

 

「了解、すまん、東園寺、みんなも……」

 

 と、佐々木が退出しようとする。

 

「あ、他のみんなには内緒で頼む、山本の名誉のために」

 

 思い出したかのように、足を止めて言う。

 

「あの馬鹿に名誉とかないから……、言いふらしてやる」

 

 福井が即答する。

 

「だな……」

「うん……」

「残念だけど……」

「罰だよね……」

 

 みんなもそれに同意する。

 

「そ、そんなぁ……」

 

 と、佐々木が悲しそうな表情を見せる。

 

「冗談だから、そんなこと言えるわけないし」

 

 その表情を見て、福井がフォローする。

 

「よ、よかった……、それじゃ、俺は部屋に戻るよ」

 

 と、佐々木がドアノブに手を伸ばす。

 

「あっ」

 

 でも、彼がドアノブに触れる前にゆっくりとドアが開く。

 誰か室内に入ってきた。

 その人物は銀縁のメガネの頭の良さそうなやつ、そう、参謀班の元班長、人見彰吾だった。

 

「なんだ、まだ会議中だったのか……」

 

 と、彼が室内を見渡し言う。

 大量の書類を抱きかかえるように持ち、それをテーブルの上にどさりと置く。

 

「どうする、東園寺? 日を改めるか?」

「いや、問題ない、今終わったところだ、準備を始めてくれ」

「そうか……」

 

 と、人見がテーブルの上に置いた書類を広げ始める。

 

「うん? なに?」

「まだ会議続けるの?」

 

 福井と徳永が尋ねる。

 

「会議は終りだ。これから人見の研究成果を聞くことになっていた……、そうだな、いずれは班長会議で話し合わなければならない内容だな……、ちょうどいい、全員残って人見のプレゼンを聞こうか」

「研究?」

「プレゼン?」

「お茶、入れ直しますね……」

 

 と、このことを知っていたのか、綾原が落ち着いた口調で言い、席を立つ。

 

「どうした、佐々木? おまえもついでに聞いて行け、どうせ、暇なんだろ?」

 

 人見がドアの前に立ったままの佐々木に声をかける。

 

「あ、ああ……」

 

 と、佐々木は空いて席に座る。

 やがて、テーブルの上に大きな地図が広げられる。

 それは、見慣れない、かなり広域な、縮尺の小さな地図に見えた。

 

「うーん……」

 

 たぶん、数千キロの範囲はあると思う……。

 

「どうぞ」

 

 綾原が私の前にお茶の入ったカップを置いてくれる。

 

「ありがと……」

 

 地図を見ながらカップを手に取り、それにひと口つける。

 

「まずっ」

 

 と、カップを見て顔をしかめる。

 綾原が全員分のお茶を配り終わり、自分の席に着く。

 

「それでは、人見、始めてくれ」

 

 それを見て東園寺が指示を出す。

 人見が軽くうなずく。

 彼が大きな地図の前に立ち、それを見下ろす。

 

「ここが、ラグナロク、我々の居る場所だ……」

 

 と、地図の真ん中辺りを銀色の指示棒で指す。

 その指された場所を見る。

 ラグナロク、カルデラが小さい、米粒ほどの大きさだ。

 いったい、どんな縮尺なんだろう、いや、それより、こんな広域な地図、どうやって手に入れたんだ? おそらく、現地の人間、帝国のやつらでもこんな地図は作れないと思う。

 

「そして……」

 

 ツー、と、指示棒を右に動かしていき、地図の端で止める。

 

「ここが東京だ」

 

 と、静かに言う。

 東京? 

 彼の言葉が理解できなかった。

 

「はい?」

「東京?」

「なんの話し?」

 

 みんなも同じ、その意味が理解できない。

 

「ふっ、厳密に言えば、ここに東京があるわけではない、この場所の地球に東京があるという意味だ」

 

 軽く笑い、銀縁メガネを人差し指で直す。

 

「よ、余計意味わかんないから……」

「混乱してきた……」

 

 みんなが困惑して言う。

 

「その前に話しておかなければならないことがあるな……。先日、旧ナスク村に赴いたおり、地面からの太陽の角度を測定した。さらに、同時刻にラグナロクでも測定、その差を用いてこの惑星の大きさを割り出した……。結果は、直径、12742キロ……。そうだ、地球と全く同じ大きさだ」

 

 まだ意味がわからず、彼の話を黙って聞く。

 

「星の動き、惑星の動き、この星の公転、自転、地軸の傾き、マッデンジュリアン振動……、その他もろもろ、そのすべてが地球と同じ……。ならば、ここは地球そのものと言えるのではないだろうか? ただの平行世界、いや、別次元と表現したほうがいいのか……」

 

 ああ、理解した……、こいつ、日本に帰る方法探していて、そして、なんらかの道筋を見つけたんだ……。

 それを東園寺に報告しようとしていたんだ……。

 私は目を細めて、人見彰吾の顔を見る。

 すると、彼は私の視線を感じて、少し顔を上げ軽く微笑む。

 でも、すぐに視線を地図に戻す。

 

「そして、この惑星と地球が次元を挟んでぴったり重なっていると仮定すると、ここが東京ということになる……」

 

 地図の端を指示棒でトントンと叩く。

 

「どうして、そこが東京だとわかったの? ここラグナロクが地球で言えばどこかなのかわからなければ、東京の位置を割り出せない、ここはどこなの、地球で言えば?」

 

 思わず不機嫌そうに言ってしまう。

 

「誰かがその質問をするだろうとは思っていたが、まさかキミがするとはね、ナビー」

 

 私を見て微笑む。

 そして、口を開き、

 

「ここは、奈良の山奥だ……」

 

 と、私の目を見て言う。

 正解。

 そこが私たちの旅客機が墜落した場所。

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