傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第137話 藍

 奈良の山奥……。

 どうしてそれがわかったの? 

 私はハイジャック犯の武地京哉だから、コックピットで最後まで、レーダーやナビゲーション・ビーコン、さらには慣性航法装置で墜落直前まで旅客機の位置を確認していたから、墜落した場所の大よその見当はつく。

 でも、ただの乗客である人見彰吾にそれを知る術はない。

 

「ここは、奈良、なの……?」

 

 困惑した表情で福井が言う。

 

「そうだ、ここは奈良県南部の山奥だ。もっとも、別次元のだがな……」

 

 奈良県南部……、なぜ、そこまで特定できる……。

 

「そもそも、どうして、次元を挟んで惑星同士がぴったり重なっていると思ったの?」

 

 福井が続けて質問する。

 

「それはさっきも説明した通り、恒星や惑星、太陽の動き、暦でわかる。ここは宇宙の中で、ぴったり地球と重なるポイントだ」

「じゃぁ、ここから東へ進むと東京に着いちゃうの?」

「ああ、この惑星のその場所には東京はないだろうがな……、俺の考えが正しければ、東京は無くともそこになにかあるはずだ……」

 

 と、人見が地図の端、東京の位置を銀色の指示棒でトントンと叩く。

 

「人見、話が見えん、順序立てて説明してくれ」

 

 東園寺が口を開く。

 

「まず、そこが東京で、ここが奈良だという根拠を示してくれ」

 

 私が一番知りたいことを彼が質問してくれる。

 

「簡単なことさ、ヒンデンブルクの飛行船、それの飛行経路を見ればわかる。それによると、あの飛行船は東京を飛び立ち、台湾に向かっていた。もちろん、別次元の別の惑星の話だがな……。で、飛行船はその途中、奈良の山奥で墜落している。つまり、この場所だ」

 

 東京から台湾に向かっていた……。

 私たちの旅客機も同じだな、台湾に向かっていた……。

 私はカップのお茶を覗き込みながら考え込む。

 

「我々の飛行機は北海道から南下、そして、ヒンデンブルクの飛行船は東進……、その二つが衝突するポイントが奈良県南部になる……」

「衝突?」

「ああ、俺の考えではなんらかの原因で我々の飛行機とヒンデンブルクの飛行船が次元を越えて空中衝突した。その衝撃でその二機はこの惑星に飛ばされた……、時間すら超越してな……」

 

 荒唐無稽だな。

 そもそも、私たちの旅客機は南下していない、大阪に向かって北上していた。

 それに、墜落の原因は衝突ではなく、ミサイルによる撃墜だ。

 ちょっと安心した、かなり適当で、想像の域を脱していない。

 答えまでは程遠い……。

 私はお茶をひと口飲む。

 

「まずっ」

 

 と、顔をしかめ、カップのお茶を覗き込む……。

 

「うーん……」

 

 みろり色のお茶を見る。

 

「エメラルド・トライアングル……」

 

 ふと、そんな言葉を思い出した。

 東京から台湾……、台湾からグアム……、グアムから東京……、三点を繋いだ巨大な三角形、その線上をエメラルド・トライアングルという……。

 戦闘機乗りなら誰も知っている……、バミューダ・トライアングルと並ぶ魔の海域、魔の空域……、古来より航空機や船舶が行方不明になるとして有名だ……。

 

「ぷっ……、オカルト……」

 

 クスリと笑い、残ったお茶を飲み干す。

 

「まずっ」

 

 と、カップをテーブルに戻す。

 

「我々の飛行機とヒンデンブルクの飛行船が空中衝突したという根拠は?」

 

 東園寺も半信半疑なのだろう、疑いの目を人見に向ける。

 

「飛行船の後方上部が激しく破損し、また墜落したにも関わらず、胴体下部は無傷、我々の飛行機と状況が酷似している。さらに、墜落した場所もほぼ同じ、1キロ程度しか離れていない」

「それだけでは根拠に乏しい」

「そうだな……、なら、これを見てくれ……」

 

 と、人見が別の紙を広げる。

 

「これは?」

「我々の飛行機のイラストだ」

 

 そこに描かれているのは旅客機。

 後方天井部分の破損状況が克明に描かれている。

 

「そして、これが、ヒンデンブルクの飛行船のイラストだ」

 

 もう一枚の紙を広げる。

 こっちも旅客機と同じ、後方天井部分の破損状況が描かれている。

 

「この二枚を合わせて見ると……」

 

 人見が二枚の紙を重ねて、ランタンの明かりに照らし透かして見せる。

 

「あっ……」

「ぴったり……」

 

 そう、パズルのピースのように、互いの破損した箇所がぴたりとはまる。

 

「衝突……、いや、正確に言うのなら重なった。そして、重なった部分が消失……、重ならなかった部分はこの世界に飛ばされる……」

「なるほど……」

 

 東園寺は感心したように言うけど、私は有り得ないと思ってしまう。

 イラストだからいくらでも工作できるよ、あとでちゃんと確認しておいたほうがいい。

 

「ちょっと待って、消失? じゃぁ、他の乗客や先生や乗務員さんたちは消えてしまったっていうわけ?」

「そういうことになるな」

 

 徳永の質問に人見が即答する。

 

「そ、そんな……、消失……」

 

 と、徳永が息を飲む。

 

「とりあえず、現在判明しているのはここまでだ。我々の飛行機とヒンデンブルクの飛行船がここに墜落したのは偶然ではないと言いたかった」

「そして、我々が地球に生還する糸口もそこにあると言うのだな?」

「そうだ、東園寺、もう一度、空中で衝突させれば、或いは……」

 

 その言葉にみんなが沈黙する。

 重なった部分が消失するとか聞いたあとでは返答に窮する。

 

「それは現実的ではないな……、根本的なこと、つまり、どうして別次元の二つの乗り物が空中で衝突したのか? さらに、どういう理屈、どういう物理現象でここに飛ばされたのか? それらを解き明かさない限り、もう一度空中衝突をさせようなどということには同意できない、危険だ」

 

 東園寺がみんなが考えている、不安に思っているだろうことを代弁する。

 

「もちろん、この俺とて、すぐに実行しようとは思わないさ……、空中衝突させ、重なりによる消失を免れても、元の世界、地球に帰還できる保証はどこにもない、もしかすると、今度はどこかの惑星ではなく、宇宙空間に放り出されるかもしれない……」

「そうだ、人見、危険な賭けはしない、それがここのルールだ」

 

 東園寺が静かに言う。

 

「でも、ちゃんと調べて、ちゃんと実験すれば地球に、日本に帰れるかもしれないってことだよね? すごい進展だよね」

 

 と、徳永が目を輝かせて言うけど、私はそんな楽観はしない。

 たぶん、人見の考察は間違っている。

 そんな単純な事象じゃないよ、これは……。

 と、私は旅客機と飛行船のイラストを重ねてランタンの明かりにかざして透かし見る。

 うーん……。

 気持ちいいくらいぴったり……。

 

「そこで、提案なんだが……」

 

 と、人見が銀縁メガネを人差し指で直しながら口を開く。

 

「なんだ?」

「東京に行きたい」

「東京?」

「そうだ、東京だ、この世界の東京の位置に行きたい。日本の首都、そして、ヒンデンブルクの飛行船が出航した都市……、ならば、この世界のそこにもなにかあるかもしない……、いや、俺の考えが正しければ、必ず、そこになにかあるはずだ」

「距離は……」

 

 東園寺が地図を見る。

 

「片道400キロ、往復で800キロだ」

「遠いな……、何日かかる……?」

「二週間の行程だ」

 

 と、人見が答える。

 

「却下よ、私たちは馬車作りで忙しいんだから……、そんなのに人員を割いてほしくない」

 

 福井が即座に否定する。

 

「そうだな、福井、二週間もラグナロクを空けるというのは現実的ではないな……、ならば、ヴァーミリオンをもう一度使う、あれならば数時間で飛んで行ける」

 

 と、人見が手の平をみんなに見せる。

 

「人見……」

「人見くん……」

 

 その手には痛々しいナイフによる傷跡があった。

 もう一度ナイフをその手に突き立てて、ヴァーミリオンに魔力を注入するという意味だろう。

 

「それも却下だ、人見、自傷行為は禁止だ、何回言えばわかる……」

 

 東園寺が溜息をつき、お茶をひと口飲む。

 

「そう言うと思ったよ……」

 

 と、人見が手を下ろす。

 

「ならば……、最後の手段で……」

 

 彼が私の顔を見て、

 

「ナビー、キミのお友達のロボット、シャペルと言ったか? あれをもう一度貸してもらえないかな?」

 

 と、言い、軽く微笑みかける。

 ああ、最初からシャペルが狙いだったのか……。

 

「却下」

 

 でも、その手には乗らず即座に却下してやる。

 

「な、なぜ?」

 

 意外だったのか、表情を曇らせる。

 なんていうか、日頃の言動からもわかるように、人見彰吾は日本に帰りたくないはずなんだよね。

 それが、急に帰り方がわかった、とか、その方法を確かめたい、とか、もう違和感しかないから。

 絶対、よからぬことを企んでるよ、この男は。

 

「シャペルはそんなに飛べない、たぶん、200キロくらいしか飛べない」

 

 と、適当に言う。

 

 でも、これには根拠はないわけではない、この前のリープトヘルム砦までの片道が50キロ、そして、上空で2時間くらい旋回……、それで墜落した。

 そこから推測すると、航続距離は約200キロ程度となる。

 

「それだけ飛べれば十分だよ、ナビー」

 

 人見が笑い優しい口調で言う。

 

「うん? だって、東京まで片道400キロでしょ? シャペルは200キロしか飛べないかから」

 

 と、私は首を傾げる。

 

「ふっ、誰も東京まで行くなんて言ってないよ」

「はぁ?」

 

 いや、言ったろ。

 

「シャペルに連れて行ってほしい場所は、ここから北東に60キロ、我々の飛行機とヒンデンブルクの飛行船が空中衝突した場所だ」

 

 今度は不敵な笑みを浮かべる。

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