傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第147話 慈雨飛泉

 かすかな風が吹き、さらさらと細かな砂を舞い上がらせる。

 さらさら、さらさら、と、それまであった足跡などの痕跡をかき消していく。

 石畳に薄く砂が乗っただけの場所と虫共が潜む、深い砂場との境界がわからなくなる。

 

「うーん……」

 

 と、足で砂を払って石畳の床を露出させる……。

 

「うーん……」

 

 それを慎重に繰り返し、先に進んでみる。

 石畳から足を踏み外し、虫共がいる砂場に落ちたら命はない……。

 慎重に、慎重に歩を進める。

 

「ふぅ……」

 

 と、30メートルほど進んで一呼吸つき、額の汗を手の甲で拭う。

 

「どのくらい来たかなぁ……」

 

 背後を振り返る。

 さらさら、さらさら、と、かすかな風が砂を舞い上がらせ、その砂が私が足で払って作った道の上に降り積もり、石畳を見えなくする。

 

「……」

 

 道が消えてる……。

 

「ど、どうしよう……」

 

 いや、このまま進むしかないか。

 密猟者がまだまだいるみたいしだし、そいつらをなんとかしないといけない。

 私はまた前を向いて足で砂を払って石畳の道を露出させていく。

 

「あうあー」

「あうあー」

「あうあー」

 

 と、私の後方からそんな鳴き声が聞えてくる。

 

「うん?」

 

 再度、振り返る。

 

「あうあー」

「あうあー」

「あうあー」

 

 よちよち、よろよろとふらつきながらテロベアうさぎたちが私のあとを追ってきていた。

 

「ああ……、きちゃ駄目だよ、どこに密猟者たちがいるかわからないんだから……」

 

 と、私はしゃがんで、彼らの頭を撫でる。

 

「あうあー……」

「あうあー……」

「あうあー……」

 

 すると、うさぎたちは気持ち良さそうに目を細める。

 

「ふふっ……」

 

 と、彼らを見て口元をほころばせる。

 

「あうあー!」

「あうあー!」

「あうあー!」

 

 あ、いっぱい来た。

 

「順番にね……」

 

 うさぎたちの頭を順番に撫でてあげる。

 

「あうあー!」

「あうあー!」

「あうあー!」

 

 まだまだいっぱいくる! 

 

「うん?」

 

 でも、よく見ると、色んなルートでやってくるなぁ……。

 

「あうあー……」

「あうあー……」

「あうあー……」

 

 足元のうさぎを撫でながらそのルートを確認する。

 

「無秩序ではない……」

 

 ちゃんと、虫共がいる底無しの砂場ではなく、薄く砂に覆われた石畳の道を選んで歩いているように見える。

 

「うーん……」

「あうあー?」

 

 近くにいたうさぎの顔を見つめる。

 

「もしかして、あなたたちって道が見えるの?」

「あうあー?」

「よし!」

 

 と、その子を抱きかかえ上げる。

 

「大丈夫だよ、何もしないよ、大人しくしててねぇ……」

「あうあー?」

 

 うさぎはきょとんした眼差しで私を見上げる。

 

「よし、よし」

 

 そして、そのまま歩きだし、適当に辺りを散策する。

 

「あうあー!」

 

 その時、胸に抱いたうさぎが大きな声を出す。

 

「お?」

「あうあー!」

 

 うん、やっぱりだ。

 この子たち、ちゃんと道を覚えているんだ。

 

「こっちが虫共のいる砂場ね……、じゃぁ、あっちは?」

 

 と、私は方向転換して、別の方向に歩いていく。

 

「あうあー!」

 

 すぐに反応がある。

 

「うーん……、駄目か……」

 

 また別の方向に歩く。

 

「あうあー!」

 

 また大きな声を出す。

 

「うーん……」

 

 案外、石畳の道は細いのかもしれない……。

 

「あ、そうだ」

 

 一応、本当にあっているか確かめる。

 と、私は、うさぎが鳴いた場所に足を踏み入れようとする。

 

「あうあー!」

 

 うさぎは止めようとする。

 

「大丈夫だよぉ、ちょっと確かめるだけだからねぇ……」

 

 と、慎重に足を踏み入れる。

 

「うーん……」

 

 足を左右に振って、砂を払う。

 

「うーん……」

 

 さらに、足を砂の中に差し入れる。

 

「ふ、深い……」

 

 明らかに石畳がある場所とは違う、深く、底が知れない……。

 この深さ、ぞっとするな……。

 

「あうあー! あうあー!」

 

 うさぎが腕の中で暴れる。

 

「うん?」

 

 と、私は砂の中から足を引き上げようとする。

 その途中、砂がもこもこと盛り上がり、その下で何かがうごめく。

 

「ひっ!?」

 

 急いで足を引っ込める。

 

「あうあー! あうあー!」

 

 周囲に砂を撒き散らし、黒々した巨大な虫が地中から飛び出してくる。

 

「ひぃいい!」

 

 私は驚いて後ろに転倒するように尻餅を付いてしまう。

 それが功を奏したのか、虫は私の足を素通りして、ガチンッ、という音を響かせて空を噛む。

 

「あうあー!」

「あうあー!」

「あうあー!」

 

 それを見た、他のうさぎたちがこちらに駆け寄ってくる。

 すると、虫共はすぐさま退散、辺りに静寂が戻る。

 

「び、びっくりしたぁ……」

 

 と、尻餅をついたまま一息つく。

 

「あうあー……」

 

 腕の中のうさぎが身じろぎする。

 

「あ、ごめんね、痛かった?」

 

 身体を強張らせたせいか腕に力が入りすぎていたみたい。

 

「あうあー……」

 

 大人しくなる。

 

「それにしても……」

 

 と、私は立ち上がり、少し先にある砂丘に目を向ける。

 砂丘といっても、高さは2、3メートルくらいしかない。

 

「ただの砂丘かと思ったけど、違うね……」

 

 風に吹かれて、その砂が飛ばされ、ところどころグレーやブラウンのレンガがあらわになっていた。

 

「何らかの遺跡だね」

 

 私はそちらのほうに歩いていく。

 

「大丈夫?」

 

 腕の中のうさぎに安全かと尋ねる。

 

「あうあー……」

 

 小さく、大丈夫だよ、という感じで鳴く。

 

「そっか、ありがと……」

 

 そう返事を返す。

 

「おい、止まれ」

 

 声がした。

 

「うん?」

 

 野太い男の声、現地の言葉。

 砂丘、砂に覆われた遺跡の向こう側から聞えた。

 

「だから、止まれって言ってんだろ」

 

 考えるべくもなく、その声の主は密猟者の誰かだろう。

 私はその警告を無視して歩き続ける。

 

「どうした、セスト?」

 

 もう一人、別の声がした。

 

「いや、女の子……、こっちにやってくる……」

「女の子? そういえばアストカートたちはどうした? 騒ぎ声が聞えたようだが?」

「わからん、誰もいない」

「まさか、道から落ちて食われてってことはないよな?」

「そんなマヌケな話あるかよ……」

 

 密猟者たち、二人の会話が続く。

 その会話の内容から、どうやら彼らは私とさっきの密猟者たちとのいざこざを知らないようだった。

 つまり、騒ぎを聞きつけて駆けつけたところ……。

 私は視線を落とし、彼らに向かって歩を進める。

 

「だから、止まれって!」

 

 大きな声を出す。

 

「そんな大きな声出さないでよ、ちょっと迷子になっただけなんだから……」

 

 子供のふりをして近づいていく。

 

「迷子? こんなところでか?」

「うん、はぐれちゃった……」

 

 油断しているところを殺る……。

 

「旅の、者か……?」

「まさか……」

 

 二人が怪訝そうな声で言う。

 砂丘を回り込む。

 すると、密猟者たち、二人の姿が見えるようになる。

 ブラウンの、よくなめした艶やかな皮革の服。

 腰には剣を帯び、背中には槍と弓。

 剣とは逆の胴にはじゃらじゃらとした鎖、その鎖に繋がれ、吊るされているのはうさぎたちの死骸。

 さらには、皮を剥いだのだろう、血の付いた毛皮も何枚かぶら下げている。

 ひどいことを……。

 

「あうあー……」

 

 それを見た私の腕の中にいるうさぎが怯えたように小さく鳴く。

 

「大丈夫だよ、怖くないからね」

 

 と、小声で言ってあげる。

 

「女の子……、本当に迷子か……?」

 

 密猟者が困惑したような表情で言う。

 

「そうよ、道を教えてほしいの」

 

 笑顔で答える。

 

「うそを言うなよ……、じゃぁ、その持っている剣はなんなんだよ……?」

「あっ」

 

 そう言われて自分の右手を見る。

 その手には密猟者から奪った剣、ヒンデンブルクの魔法の剣が握られていた。

 

「軽すぎて持っていること忘れてた」

 

 私は軽く笑い、魔法の剣を振り回す。

 

「なんで、おまえがそれを持っているんだよ、それはアストカートの剣だぞ!?」

「アストカートや他の奴らはどうした!?」

 

 密猟者たち叫び、剣の柄に手をかける。

 

「もう遅い」

 

 距離は十分に詰めた。

 私は剣を振り回しつつ、順手から逆手に持ち替え、そのまま投げやりの要領で奴らに向かって投げつける。

 

「うっ!?」

「えっ!?」

 

 私の行動は意外だったのだろう、その動きが止まる。

 私の投げた剣は左に逸れ、砂を巻き上げて地面に突き刺さる。

 

「なっ!?」

「どういう……?」

 

 奴ら二人が地面に突き刺さった剣を凝視する。

 相手が刃物を持っていると、それで攻撃をしてくると思い込んで目が離せなくなっちゃうんだよね。

 その隙に私はもう動いている……。

 一歩、二歩目……、そして、飛ぶ。

 

「セスト、前!」

「なにっ!?」

 

 視線を前に戻す。

 奴が私を視界に捉えたときにはもう目の前。

 スライスバック。

 いわゆる下方に沈み込む前方宙返り。

 右足を前に出し、そのまま奴の脳天目掛けてかかとを振り下ろす。

 

「うっ!?」

 

 反射的に腕を出して頭を庇おうとする。

 これも想定済み。

 狙いはそこじゃねぇんだよ。

 頭を庇った腕に当る直前に足をコンパクトに畳んでスルーする。

 直後にガツンとかかとに衝撃が伝わる。

 

「あぐっ!?」

 

 かかとは奴の鎖骨にヒット、粉々に粉砕する。

 そして、次。

 シャンデル。

 いわゆる上方に浮き上がる後方宙返り。

 奴の鎖骨を足場とした後方宙返りだ。

 足はコンパクトに畳んだまま、それを後方宙返り中に伸ばし、奴の顎を強烈に蹴り上げる。

 

「ぐぉっ!」

 

 顎を蹴られた奴もまた宙を舞い、私と同じように後方宙返り、一回転して地面に叩きつけられる。

 

「まず一人」

 

 と、私は着地し、手を伸ばす。

 そこにあるのは、剣の柄。

 そう、私がさっき投げた剣だ。

 計算してこの場に着地した。

 剣を引き抜き立ち上がる。

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