傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第150話 勝兵は先ず

「ほら、ここだ、人見……」

 

 と、和泉が四つん這いでメガネを探し続ける人見に近づき、拾ったメガネを渡してあげる。

 

「あ、ああ、すまん、和泉……」

 

 人見はそれを受け取り、急いでかけて、ぱちぱちとまばたきしながら周囲を見渡す。

 

「大丈夫だ、壊れてない……」

 

 と、安堵したように言い立ち上がる。

 

「そんなことより、この子! この子の治療をして、彰吾!」

 

 私は急いで彼の元に駆け寄り、腕の中のテロベアうさぎを見せる。

 

「どれ……」

 

 うさぎを覗き込む。

 

「うーむー……」

 

 人見はうさぎの背中に突き刺さった矢を軽く触る。

 

「あうあー……」

 

 うさぎは痛かったのか、軽く身じろぎする。

 

「怪我、ひどい……?」

 

 心配になって怪我の具合を尋ねる。

 

「いや……、和泉、この子を少し押さえていてくれ」

「ああ……」

 

 と、和泉がうさぎの身体を両手で押さえる。

 

「彰吾?」

「大丈夫」

 

 と、言い、一気に矢を引き抜く。

 

「あうあー……」

 

 矢が抜けた瞬間、小さく鳴く。

 

「彰吾?」

「大丈夫、傷は浅い、というか、ほぼ無傷、皮にちょっと刺さっていただけで、血もほんの少ししか出てないよ」

「そうなの?」

「うん……、必要ないとは思うけど、念の為に止血と消毒しておくか……、アスタナ、美くしき、流れのほとりで、慈雨にその身を任せ、癒しの精霊糸(ミインテールレット)

 

 そう、彼が呪文を唱えると、その指先からふわふわとした糸が噴出す。

 それを丁寧に、わた飴みたいに指に巻いて、そのままうさぎの背中、傷口に添えて、もむように押さえる。

 

「あうあー……、あうあー……」

「大丈夫、大丈夫……」

 

 と、優しく言いながら傷口を指先でもむ。

 

「これ、密猟者たちが撃ったの、ナビー?」

 

 和泉がうさぎから抜いた矢を見ながら尋ねてくる。

 

「うん、そうだよ、それがどうしたの、ハル?」

「いや、これ……」

 

 和泉が矢先ではなく、ノック、矢を弦に番える部分である矢筈を触りながら言う。

 

「うん?」

 

 なんか、矢筈がびよーん、びよーん、とさせている……。

 

「弾力がある……、というか、柔らかい……、これじゃまともに飛ばないよ……」

 

 何度もびよーん、びよーん、させながら言う……。

 

「ああ……」

 

 そういうことか……。

 騙された。

 やつ、シャイドは一本の弓から二本の矢を時間差で放った……。

 そう思っていたけど、違った。

 実際には二本同時に矢を放っていたのだ。

 一本は通常の矢、二本目は矢筈が柔らかい速度の出にくい矢。

 その速度差を利用して、二本の矢を時間差で飛ばした。

 おそらく、矢羽にも細工がしてあり、それで別々の場所に飛ばすことが出来たのだろう。

 そんな理屈。

 だから、この子の背中に刺さった矢には威力もなく、傷も浅くて済んだ……。

 そして、テロベアうさぎを狙ったのも、私に撃ったら威力が低いのに疑問を抱かれるから、ばれないように、あえてこの子を狙った。

 決して、やつの言う、卑怯なことはぜず、手の内を見せて、正々堂々戦かおうという動機からではない。

 

「あの野郎……」

 

 あの詐欺野郎……。

 ふつふつと怒りが込み上げてくる……。

 

「よし、これで大丈夫だよ、ナビー」

 

 と、治療が終わったのか、人見が傷口から指を離す。

 

「おお! ありがとう、彰吾!」

「あうあー」

 

 私とうさぎでお礼を言う。

 

「どういたしまして」

 

 人見は軽くうさぎの頭をなでる。

 

「あうあー」

 

 おお、気持ち良さそうにしている……、人見になついたのかな? 

 

「で、これから、どうする、ナビー?」

 

 和泉が聞いてくる。

 

「当然、密猟者たちを追う」

 

 私はやつらが消えた砂丘に視線を向ける。

 

「あっちか……」

 

 と、二人も私の視線の先を見る。

 

「公彦! あなたは、そのロープを張り直して、帰りの準備をしておいて!」

 

 テロベアうさぎを使えば道はわかるけど、今はその時間さえもったいない、その間にやつらが遠くに逃げるかもしれない。

 

「ああ、わかった! 和泉、人見! ナビーフィユリナを頼むぞ!」

 

 と、東園寺が快諾してくれる。

 

「和泉」

 

 人見が背負っていた密猟者たちが持っていた剣を鞘ごと彼に投げる。

 

「すまん」

 

 と、それを受け取る。

 彼の元々の剣はロープを固定する為に地面に突き刺してある。

 なので、新しい剣が必要だったみたい。

 

「よし、行こう」

 

 と、剣を腰に差し直して言う。

 

「じゃ、行くよ」

 

 私は砂丘に向かって、先頭で歩きだす。

 

「ナビーはそのままでいいの?」

 

 和泉が私の出で立ち、片腕にはテロベアうさぎを抱き、そして、もう片方の手には敵から奪った抜き身の魔法剣が握られているのを見て言う。

 

「もちろん」

 

 と、意に介さず先を急ぐ。

 

「あうあー」

「よしよし……」

 

 その鳴き声に返事を返す。

 

「あうあー!」

「うん?」

 

 と、足を止める。

 

「こっちは虫いるの? じゃぁ、そっち?」

「あうあー……」

 

 このような感じで私はテロベアうさぎの誘導に従って砂丘を目指す。

 

「どこから降りたのかなぁ……」

 

 そして、その周辺を散策する。

 

「あった」

 

 下へ降りる階段はすぐに見つかった。

 それは、石造りの階段。

 

「ハル、彰吾、降りるよ……」

「ああ……」

「慎重にな、ナビー……」

 

 私は階段を降りだす。

 石段は広く、また砂に埋もれてはいなかった。

 

「ちゃんと整備してあるな……」

 

 それとも、頻繁に出入りしているから砂が少ないのか……。

 私は石の感触を確かめながら、慎重に階段を下っていく。

 何段下っただろう……、たぶん、30段くらい……、そのくらい下ったところで、視界が開ける。

 ドーム状の広場が視界いっぱいに広がる。

 

「ふーん……」

 

 上よりは狭いけど、それでも結構な広さに見えた。

 カツカツと階段を降りながら観察する。

 天井の高さは、20メートルくらい。

 上よりも、緑は少なく、木なども生えていなかった。

 代わりに遺跡、石の建物や石の柱、なんらかの建築物が多数あり、それが崩れ、柱は倒れ、至るところに散乱し、私たちの視界を遮る。

 

「進むのに厄介だな……」

 

 人見が幾重にも重なり倒れた石の柱を手で触りながらつぶやく。

 

「だな……」

 

 和泉も追随する。

 

「うーん……」

 

 私は斜めに倒れた石の柱を上に登っていき、周辺を見渡す。

 見渡す限り瓦礫の山……、水の枯れた水路のようなものまである……。

 

「とにかく進むもう」

 

 と、私は石の柱から飛び降りて先を急ぐ。

 

「おう」

 

 二人も私のあとに続く。

 そして、水が流れていない水路のところまでくる。

 幅は10メートルくらい。

 私は立ち止まって下を見下ろす……。

 深さも10メートル以上はあるかな……。

 

「降りて渡るか……?」

 

 和泉も私の背中越しに下を見る。

 

「降りるのは簡単でも、登るのは難しそう……」

「あれ、橋じゃないか?」

 

 と、人見が別の方角を指し示す。

 それは橋というより石の柱、それが倒れて向こう岸までの架け橋となってくれていた。

 

「密猟者たちも、あれを渡って行き来してたんだね」

 

 私は石の柱の橋に向かって駆けだす。

 

「渡るよ」

「大丈夫か、ナビー?」

「崩れないか?」

「大丈夫、大丈夫」

 

 と、二人の不安をよそに橋を渡りだす。

 距離は10メートルくらい、すぐに渡りきる。

 

「ほら、大丈夫だった! 二人も早く!」

 

 振り返り、大きく剣を振り二人も早く渡ってくるようにと急かす。

 

「お、おう……」

「すぐいく」

 

 二人も石の柱の橋に登り渡ってこようとする。

 

「こ、怖いな……、綱渡りは苦手なんだよ……」

「人見、早くしてくれ……」

 

 及び腰の人見につかえて後ろの和泉が進めない。

 

「お、押すなよ……」

 

 と、ゆっくり、すり足で進む。

 

「彰吾、早く!」

 

 私は彼を急かす。

 

「お、おう……、す、すぐに……」

 

 でも、速度は上がらない、たった10メートルの距離が長く感じる……。

 

「今だ! やれ!」

 

 人見と和泉が橋の真ん中あたりまで来たとき、そんな大声が響き渡る。

 その直後、轟音、上から大量の砂が滝のように流れ落ちてきた。

 

「なんだぁ!?」

「うおおお!?」

 

 砂の滝は和泉たちの頭上に降り注ぐ。

 

「うわあああ!」

 

 そして、砂は水のように流れ、二人を橋の上からさらい、水のない水路に流していく。

 

「ハル! 彰吾!」

 

 私は流されていく二人を追おうとする、けど、

 

「仲間の心配をしている場合じゃないだろ、嬢ちゃん」

 

 私の前に立ちはだかる人影。

 

「シャイドだったか?」

 

 浅黒い肌の、長い黒髪を無造作に束ねた男……、そう、密猟者たちの頭目だ。

 

「ひとりか……?」

 

 やつはひとりで、腕組みをしながら私の前に立ちはだかっている。

 

「いや、まぁ、そうだな……、まさか嬢ちゃんが先頭きって渡ってくるとは思わなかったからな、てっきり、取り巻き共を先に行かせて様子を見るものとばかり……、だから、あっちが本体だ。砂で流して、埋もれてもがいている嬢ちゃんを仕留める、そういう作戦、俺以外全員あっちだ。俺は先に渡ってきた雑魚共を始末するだけ、そんな手はずだったのさ」

 

 なるほど……。

 水路を流れる大量の砂を見る……。

 それでも、和泉と人見が密猟者たちに遅れを取るとは思えないけど……。

 

「そういうことだ、嬢ちゃん、予定は変わっちまったが、まぁ、やるか? ああ、勘違いするなよ、嬢ちゃんが怖くて罠を張ったわけじゃないからな、楽に仕留めたかったからだ、俺に勝てるなんて思うなよ?」

 

 シャイドがそう言い、背負っていた弓を構え、矢じりを私に向ける。

 

「あばよ、嬢ちゃん」

 

 そして、矢を放つ。

 矢が風を切り、高速で飛んでくる。

 私はその矢を手にした剣で横に払い叩き落とす。

 今度は叩き落とした矢を目で追わない……、その代わりに首を軽くひねる。

 すると、二本目の矢が私の顔の横を通過していく。

 

「ひゅう……、やっぱりばれていたか……、さすがだな、化け物の嬢ちゃん……」

 

 シャイドが弓を投げ捨て、腰に差している剣を引き抜く。

 

「こっちのほうが得意なんでね……」

 

 やつが口の端で笑う。

 

「笑える……」

 

 私も口の端で笑い、そのままやつに向かって歩きだす。

 

「おい、おい、それで戦うのかい? テロベアうさぎを抱えたままで?」

 

 本当に笑える……。

 

「ハンデだ、三下……、いいから、かかってこいよ……」


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