傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第154話 花に風

 割と普通なナビーフィユリナ記念オアシスでの一件から数日が過ぎた。

 人見彰吾の言う、私たちの旅客機とヒンデンブルクの飛行船があの場所で空中衝突したという推論、それを裏付ける確証は得られなかった……、ということになった。

 帰還後すぐに行われた班長会議でも否定的な意見が多く、また、苦痛を魔力に変換して吸い取る赤い宝石のことも言及されていない。

 うまく、テロベアうさぎや大きなムカデと絡めて話を逸らせたと思う。

 もちろん、ヒンデンブルクの何らかの遺跡だろうということまでは隠し通せなかったけど、それでも、それほど重要視はされなかった。

 なので、暇を見て再調査し、ヒンデンブルクの魔法の武器を回収する、という程度の話で班長会議は終了した。

 まっ、私、個人としては、あの赤い宝石が魔力を吸い取って、それを何に使うか興味はあるんだけどね。

 

「うーん……、88、89、90……、魔法兵器……、人見のヴァーミリオンが撃ったみたいなレーザー……、それの凄いでっかいバージョンを撃てるとか……、91、92、93……」

 

 それだったら、夢が広がるね……。

 あと、テロベアうさぎを密猟してるやつがいないか見回りもしないといけないね……。

 

「94、95、96……」

 

 今は早朝、うっすらと東の空が白みがかってきたところ。

 

「97、98、99……」

 

 ここは、私たち狩猟班の女子が寝泊りするロッジの裏。

 

「100……、と……」

 

 日課の筋力トレーニング中。

 びっくりするくらいの細腕だからね、少しでも筋肉を付けておきたい。

 

「もう、ちょっと出来るかな……、101、102、103……」

 

 今は腕立て伏せ中。

 しかも、普通の腕立て伏せではない、足を地面に付けない、腕の力だけで身体を支えて行うプランシェという特殊な腕立て伏せをやっている。

 

「198、199、200、っと……、ふぅ……」

 

 と、私は足を地面につけて、立ち上がり、ぱんぱん、と手の平に付いた枯れ草を払う。

 

「全然、余裕」

 

 肩をこきこきと回してやる。

 

「じゃぁ、次は、ベンチプレスでもやるか」

 

 と、私はベンチに仰向けに寝転がり、バーに手をかける。

 

「今日は肩幅と同じくらいにするか……」

 

 このバーベルはみんなに作ってもらったもの、木の棒の両側に石のおもりを付けたやつ。

 50キロくらいはあると思う。

 

「はぁっ!」

 

 と、息を吐き出しバーベルを持ち上げラックアウトする。

 

「1、2、3……」

 

 バーベルを上げ下げする。

 

「98、99、100……」

 

 勢い余って100レップもしてしまった……。

 バーベルをラックに戻して上半身を起こす。

 

「うーん……」

 

 と、また肩をこきこき回す。

 

「よーし、じゃぁ、最後にドラゴン・フラッグだ!」

 

 もう一度寝転がる。

 そして、頭の後ろのベンチを両手で掴む。

 それから両足を上げ、次に腰を上げ、最後に背中を上げる。

 そう、ベンチに肩しか触れていない、そこから下は斜め45度に上げている。

 

「1、2、3……」

 

 と、今度は秒数を数える。

 

「998、999、1000……、ふぅ……」

 

 身体を下ろす。

 そして、上半身を起こし、さらに、勢いよくベンチから立ち上がる。

 

「うん、全然効かない!」

 

 超余裕。

 

「これ、あれだ、無意識のうちの魔法使っちゃってるよ」

 

 もう、全然辛くない。

 筋肉を全く使っていない。

 腕を曲げて力こぶを作る……、けど、まったく盛り上がりがない、当然、パンプアップもしていない……。

 

「くっ……、なんという細腕なの……」

 

 私は腕だけではなく、自分の身体をきょろきょろと観察する。

 そして、

 

「アブドミナル・アンド・サイ」

 

 と、両腕を頭の後ろに組み、片足を前に出し、腹筋と足の筋肉を強調するポーズをとる。

 

「肩にちっちゃいジープ乗せてんのかぁい!」

 

 これはボディビルのポーズをしたときの掛け声だ。

 

「ラットスプレット」

 

 今度は両手を腰に手を当て少し肘を前に出すポーズとる。

 背中の筋肉を強調するポーズだ。

 

「肩にちっちゃいジープ乗せてんのかぁい!」

 

 と、掛け声も忘れない。

 ちなみに、ちっちゃいジープとは、アメリカのラングラージープとかクライスラージープのことではない。

 日本のスズキジムニーのことだ。

 ジムニーはジープミニの略で、直訳するとちっちゃいジープになる。

 

「サイドチェスト」

 

 手首を掴んで、横向きのポーズをとる。

 腕の筋肉を強調するポーズだ。

 

「肩にちっちゃいジープ乗せてんのかぁい!」

 

 もちろん、掛け声も忘れない。

 

「それにしても足、細いなぁ……、ふくらはぎなんて全然ないよぉ……」

 

 ポージングを止め、ワンピーススカートの裾をつまんで足を見る。

 

「うーん……」

 

 そのままくるくる回ってみる。

 

「よーし!」

 

 両手をいっぱいに広げてくるくる回る。

 長い髪も広がり一緒に回る。

 

「今度は逆回転!」

 

 広がった髪を巻き取るように逆回転! 

 さらに、逆回転! 

 巻かれた髪が開放され、広がっていく。

 

「ふふふ、楽しくなってきた!」

 

 私は夢中でくるくる交互に回る。

 

「ナビー、朝ご飯の準備始めるよぉ」

「いくよ、ナビーちゃん」

「ナビー、ぷーん!」

 

 狩猟班のロッジから夏目翼たちが出てきた。

 

「はぁい!」

 

 と、私はみんなのあとを追いかける。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 朝ごはんのメニューは、ごろごろおっきな野菜が入ったスープと黒パン、それと目玉焼きだ。

 

「おなかすいたぁ!」

 

 私は自分のカトラリーセットからスプーンとフォークを取り出し、

 

「いただきまぁす!」

 

 と、フォークを逆手に持ち、スープに入っているごろごろとしたじゃがいもに突き刺し、口元まで運んでいく。

 

「あーん」

 

 それを、下からはむはむと食べていく。

 

「あーん」

 

 黒パンはバターを付けていただく。

 

「あーん」

 

 ついでに目玉焼きも乗せる。

 

「ちゅー、ちゅー」

 

 スープはスプーンにすくってちゅーちゅーする。

 

「ほら、ナビー、お口のまわりについてるよ」

 

 と、夏目がナプキンで口のまわりを拭いてくれる。

 

「ありがと、翼、ちゅー、ちゅー」

 

 お礼を言いつつ、すぐにスープをすする作業に戻る。

 

「暦、季節的に考えれば、もう秋に入っていてもいい頃だ」

「雨が降らない、地形性降雨は観測出来るけど、前線性降雨は皆無」

 

 ちゅーちゅーしていると、そんな会話が聞えてくる。

 

「西側の山、その山を駆け登り雲となり、そこで雨を降らし、ルビコン川に流れ込む」

「西側からの風ってことは、偏西風?」

「偏西風が湿潤な風ってことは考えられないから、ハドレー循環じゃないの?」

「ハドレー循環だったら東寄りの風だ」

「じゃぁ、フェレル循環? 緯度的におかしくない?」

「この季節なら普通にサブハイだろ?」

「サブハイは南風だ」

 

 そんな小難しい話をするのは、もちろん、人見たち参謀班の連中をおいて他にはいない。

 

「あいつら、またよからぬことを企んでいるなぁ……、ちゅー、ちゅー……」

 

 ちゅーちゅーしながら聞き耳を立てる。

 

「一つ忘れている、対流性降雨の可能性もある」

「まさか? それじゃ辻褄が合わない、それなら、ここでも、夕立があってもいいはずだ」

 

 と、南条大河と青山悠生が話す。

 

「山を越えるだけの力がないということも考えられる……」

「それだけの上昇気流を生むには、それなりの水源……、海のようなものが必要だと思うけど?」

 

 南条の言葉に海老名唯が口を挟む。

 

「南西方面に海がある……」

 

 南条がぽつりと言う。

 

「距離は?」

「南条の仮説が正しければ、100キロは超えない、それ以内だ」

「こんな感じかな?」

 

 人見彰吾の言葉を聞き、綾原雫が地図におこす。

 

「そうだな、途中の地形に500メートルを超える山や丘はない、豊かな森林が広がっているはずだ」

「こうね?」

 

 綾原が地図を書き足す。

 

「西側の山は他より高いけど、それでも、山頂ら辺に木が生えてるな、森林限界ってどのくらいになるんだ?」

「2000メートル以上だと思うよ?」

「高いな、1000メートルくらいだと思ってた」

「北海道でも1500メートルはあるよ」

「それよりも、北側だな、どうしてそっちに砂漠があるんだ? しかもあんな広大な?」

 

 最後の言葉は青山によるもの。

 

「先日、割と普通なナビーフィユリナ記念オアシスに行った折に感じたことだが……」

 

 それに対して人見が口を開く。

 

「砂漠という割には日差しが弱く、また、気温も低いように感じた」

「意外ね、砂漠なのに?」

「そうだ、そして、喉が痛くなるほどの乾燥、また、ひんやりとした北風も吹いていた……」

 

 参謀班の面々が神妙な面持ちで人見を見つめる。

 

「高緯度の砂漠化、さっきの南条の仮説の通り、南西方面に海があるとしたら、海隔度は小さい、すべての状況があの場所での砂漠化を否定するが……、一点だけ、砂漠化する可能性が残されている、それは、砂漠の北側に海があり、そして、その海には……」

「寒流ね?」

「そうか、寒流だ!」

「それだったら、砂漠化する!」

「その考えが抜け落ちていたわ!」

 

 ガタガタッ、と、参謀班の面々が興奮気味に立ち上がる。

 

「その仮定が正しければ、海までの距離も割り出せる……、つまり、150キロから200キロ程度になる」

「おお……」

「計算が合う……」

 

 人見の言葉に参謀班の面々が得心する。

 

「なら、東西に伸びる海岸線は相当長いものになる。長くなければ、この付近まで寒流が流れ込み、冷たい風が吹き、また、風向きも東寄りになるはずだから」

 

 綾原は補足する。

 

「寒流の影響を受けなくなる海岸線の長さはどのくらいになる?」

「最低500キロ……」

 

 人見が静かに答える。

 

「つまり、こんな感じのマップになる……」

 

 綾原が地図におこしてみんなに見せる。

 

「おお……」

「凄い、予想通り……」

「マジか、こんなことって……」

 

 参謀班の面々が息を飲む。

 そういえば、こいつら、やたらと縮尺の小さな地図を持っていたよな、現地人でも持ってないような……。

 もしかして、こうやって、気候とか風向きから地形を割り出していたの? 

 

「な、なんて、やつらなんだ……」

 

 小さくつぶやく。

 

「東に400キロ……、その地点は確実に陸地だな……」

「人見の言う通り、そこに東京があり、そして、そこに何かがある……」

「手がかりがあるかもしない……」

 

 ああ、そういうことか……。

 こいつら、なんだかんだ言って、日本に帰る手段を模索しているんだ。

 まっ、何をしても妨害するけどね。

 と、私は残りのスープを飲み干し席を立つ。

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