薄暗い狭い道をひとり歩く。
「ふふん」
鼻歌を口ずさむ。
背中には竹で編んだ大きな籠を背負い、手にはさっき拾った小枝が握られている。
「ふふん」
と、口ずさみながら、手にした小枝で道にはみ出した雑草を払い除ける。
「ふふん」
「くるぅ!」
ひとりじゃなかった子犬のクルビットもいた。
ふわふわとした毛並みの子犬。
色は青、水色とまではいかないくらいの薄めの青。
その彼がご機嫌に尻尾をふりふりしながら私の隣を歩いている。
「ふふ……」
その姿を見て口元をほころばせる。
「ふふん」
そして、また鼻歌を口ずさんで道の先を見る。
ここはラグナロクからだいぶ南のほうに来たところ。
ルビコン川を越えて、市場であるプラグマティッシェ・ザンクツィオンや新ナスク村を越えて、さらに、南のほうに進んだところ。
1キロくらいは来ただろうか。
この細く暗い道は、幹線道路であるラグナロクからヘルファイア・パスへと伸びる広い道とは違う、少し東側に枝分かれした小道になっている。
あっちはいわゆる国道、カルデラと外界とを繋ぐ、行商人たちが行き来する道。
こっちはここの住人しか使わない生活道路。
「くるぅ!」
道の先に光を確認してクルビットが元気よく走りだす。
「ああ!? ずるい、クルビット!」
と、私も彼のあとを追って駆けだす。
「くるぅ!」
「まてぇ、クルビット!」
頭の麦わら帽子を飛ばされないように手で押さえながら走る。
そして、暗い道は終わり、光溢れる広場に出る。
「着いた!」
青い空が見える。
「くるぅ!」
広場といっても、完全に木が伐採されているわけではない。
等間隔に針葉樹が生えている。
その針葉樹たちは綺麗に枝打ちされ、さらに、その幹の皮が剥がされ、削られ、そこに瓶がくくりつけられている。
「溜まったかなぁ……」
この瓶は数日前に私が設置したもの。
中には……。
「おお……」
樹液が溜まっている。
そう、松脂だ。
「よし、よし……」
と、私は背負っていた籠を下ろし、中からヘラを取り出す。
そして、そのヘラを使って松脂を集めて、木にくくりつけられている瓶の中に入れていく。
「おっけ」
松脂を集め終わったら瓶を木から取り外し蓋をして籠の中に入れる。
次にナイフを取り出し、木を削っていく。
一部松脂が固まり樹液の分泌が止まっているから、再度ナイフで削って樹液を出すようにしてやる。
がりがりと削る。
樹液の流れを考えて溝を作っていく。
「よし」
削り終わったら籠の中から新しい瓶を取り出して、さっきと同じように木にくくりつけてセットする。
「ふぅ……、一本終わりっと」
こんな感じの作業。
多分、木は50本くらいある。
でも、全部は交換しない。
松脂の溜まり具合を見ながら交換する。
松脂は貴重。
その用途は多岐に渡る。
弓の弦や剣の柄に塗る滑り止めに有用だし、虫除けにもなる。
そして、なにより、照明用として使える。
特に室内用。
室内で薪なんて燃やしてられない。
そんなことしたらすすだらけになってしまう。
交易でローソクのようなものを購入してみたけど、匂いが酷かった、あんなの使ってられない、服に匂いが付いてしまう。
多分、動物の油を使っていると思われる。
なので、室内での照明はこの松脂しかないという結論に至った。
松脂自体匂いはあるけど、それほど不快というわけでもない。
植物だからね。
「くるぅ、くるぅ!」
「よし、よし、ひとりで遊んでてね……」
と、はしゃぐクルビットを横目に作業を続ける。
そう、そう、松脂の用途でひとつ忘れてはいけないのは、そのワックスとして効果。
木材を保護し綺麗な艶を出す。
私たちはあの詐欺貴族野郎に騙され大量の馬車を作ることになっていた。
その製作には大量の松脂を必要とする。
「ふぅ……」
額の汗を拭う。
ざっと、1時間は作業した。
「20本くらいやったかなぁ……」
と、籠の中の瓶を数える。
「うん、このくらいでいいや」
ここだけじゃなくて、色々な場所でやっており、みんなで手分けして採取しているから、私ひとりだけが頑張る必要はない。
「うんしょっと……」
と、籠を背負う。
「クルビット、帰るよ!」
そして、子犬のクルビットを呼ぶ。
「くるぅ!」
でも、来ない……。
「くるぅ!」
逆に私を呼んでいるような感じで、森の奥と私の顔を交互に見ている。
「どうしたの、クルビット……」
と、彼の元に歩いていく。
「くるぅ!」
クルビットが森の奥を見ている……。
「どうしたの……、鹿か何かでもいたの……?」
と、私も暗い森の奥を目を凝らして覗き込む。
「うーん……?」
かーん、かーん、かーん、という音が聞えてくるなあぁ……。
いや、最初から気付いていたけど、キツツキかなんかの仕業だと思い込んでいた……。
こっちの世界にキツツキがいるかなんてわからないのに……。
かーん、かーん、かーん、と、リズムを刻む。
「なんだぁ……?」
気になる、確かめよう。
「クルビット、行くよ」
「くるぅ!」
と、私とクルビットは森の中に分け入っていく。
「こっちかなぁ……」
「くるぅ!」
音のするほうに向かう。
「あっちかなぁ……」
「くるぅ!」
1キロほど進むと、森の奥にうっすらとした光が見えてくる。
森を抜ける。
光が溢れる。
「まぶしい……」
と、麦わら帽子を手で押さえながら空を見上げる。
そこは、ひらけた草原。
「そっちに倒すぞ!」
「枝は全部落としておけよ、あとで面倒だから!」
「いらねぇものは全部剥いでおけ!」
そして、木を切り倒して、丸太を作る人々……。
「太さは揃えておけよ!」
「乾燥が終わってねぇのはこっちだ!」
「そっちに積み上げておけ!」
テキパキと作業している。
数は10人くらい。
「あんたら……」
見覚えのあるやつらだ。
私は広場を見渡しながら、彼らのところに歩いていく。
100メートルはないだろうけど、それでも、相当な広さ、相当な本数の木を伐採したことがうかがい知れる。
「あっ!? チビの女神さま!」
真ん中で指示を出しているやつが私の顔を見るなりそう言い放ちやがった。
「いらしてたんですか、チビの女神さま!?」
誰がチビの女神さまだ……、一応、143センチあるから……。
というか、誰だっけ、こいつ……?
その顔は精悍、刀傷が何本かあり、首は太く、身体もよく鍛え上げられている。
「あんたは……」
あれだ。
「ヴァーゾっす、紅魔の騎獣ヴァーゾっす」
自己紹介してニカッと笑う。
そう、リープトヘルム砦から連れ帰った剣闘士のひとりだ。
それにしても、紅魔ね……、確かに赤っぽい髪の色をしているか……。
彼の顔をちらりと見る。
「で、ヴァーゾ、これは何の騒ぎなの?」
と、改めて広場を見渡す。
広場には大量の丸太が至るところに山済みされていて、その丸太の加工を他の剣闘士たちがしていた。
「あ、いや、その、馬車作りに必要な木の伐採を……、それと、家作ったり、焚き木用の木とかちょっとだけ……」
ヴァーゾがばつが悪そうに頭をかきながらぼそりと言う。
「誰の指示で?」
木の伐採は和泉の指示で行われており、その木の種類、成育状況、場所を見ながら慎重に切る木を選定していた。
なので、こんな無秩序に一箇所を切り尽くす指示を彼が出すとは考えづらい。
「えーっと……」
「誰?」
「しゅ、シュタージさんが……」
シュタージか……。
金暗色のシュタージ、彼ら剣闘士たちのリーダー的存在だ。
「で、その彼は?」
と、シュタージの姿を探す。
「いや、来てないっす」
「じゃぁ、村にいるの?」
「はい、村で馬車作ってるはずっす、俺たちはチビの女神さまたちに見つからないように森の奥に行って木を伐採してこいって」
なるほど……。
馬車の材料か……。
和泉がうるさくて木の伐採が進んでないのも事実なんだよね。
「あの、チビの女神さま……?」
どうしたものかと思案していると、ヴァーゾがおそるおそる言ってくる。
「黙ってこんなことをしたのをお怒りで……?」
「ううん、別に」
「よかった……」
と、ヴァーゾが胸を撫で下ろす。
「あと、ハルには私から言っておくよ、もっと近場で木の伐採をしていいかって。みんなもこんな奥地まで来て作業するの大変でしょ?」
2キロ以上は奥に入ってきているし、運搬も大変だと思う。
「ほ、ホントっすか、やったぞ、みんな!」
「「「おお!」」」
と、他の剣闘士たちも大喜び。
「こんなものか、じゃぁ、帰るか……、クルビット、帰るよ!」
「くるぅ!」
私が呼ぶと子犬のクルビットが駆け寄ってくる。
「あ、チビの女神さま、乗って行きませんか?」
「俺たちも帰るっす」
「村までお送りします」
と、剣闘士たちが言ってくる。
「うーん?」
見ると、そこには数本の丸太が積み上げられていた。
それをロープで結び、前後を台車に乗せて車のようにしてある。
「おお! 車だ!」
長さは10メートルくらいあるけど車だ!
私は大喜びで丸太の車に飛び乗る。
「クルビットもおいで!」
丸太にまたがり、両手を広げてクルビットを呼ぶ。
「くるぅ!」
と、私の胸の中に飛び込む。
「よーし、じゃぁ、ライドオーン!」
村の方角を指し示し大きな声で言う。
「らいどん?」
「なんすか、らいどんって……?」
剣闘士たちが首を傾げる。
「らいどんじゃなくて、ライドオンよ」
レッツゴーより、もっと砕けた感じの表現。
軍隊だと、こっちのほうをよく使う。
「私たちの国の言葉で出発進行って意味よ」
人差し指を立てて自慢げに説明してあげる。
「チビの女神さまの国の言葉っすか!」
「かっこいい、ライドオン!」
「らいどん!」
「ライドオン!」
「俺たちのかけ声にしようぜ!」
「いいね、ライドオン!」
と、大盛り上がり。
「よーし、じゃぁ、ライドオーン!」
今度こそ、出発進行!
「「「ライドオーン!」」」
みんなのかけ声とともに、丸太の車がゆっくりと動きだす。