傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第156話 アンダーバレルグレネード

 ガラガラ、ガラガラ、と、小気味の良い音を響かせながら、私と子犬のクルビットを乗せた丸太の車は進む。

 ここは市場プラグマティッシェ・ザンクツィオンをへと続く主街道、良く整備された広い石畳の道が続く。

 また、道の両脇には色とりどりのアラベスク模様の三角旗、いわゆるフラッグガーランドが掲げられており、それが都会的な華やかな雰囲気を演出してくれていた。

 もちろん、それらの飾りつけはすべて、新ナスク村の人たちによるものだ。

 

「いいね……、ここに来る商人たちも、ちゃんとした文明があるって安心するよね……」

 

 風にそよぐ色とりどりのフラッグガーランドを見ながらつぶやく。

 すれ違う、小太りの商人風の男が帽子を取り、私に向かって軽く会釈をする。

 

「ご機嫌よう」

 

 と、私も笑顔で会釈を返す。

 

「チビの女神さま、もうすぐっすよ」

 

 私のすぐそばで丸太を押す紅魔の騎獣ヴァーゾが言う。

 彼の言葉通り、道の先に広場が見えてくる。

 市場プラグマティッシェ・ザンクツィオンだ。

 広大な市場。

 大勢の人たちが行き来し、様々な商品を取引している。

 500人くらいはいるだろうか……。

 新ナスク村の人口は300人程度、その村の人口より遥かに多い人数が市場に集まっていることになる。

 

「活気があっていいんだけどね……」

 

 綾原は治安、和泉は動植物の乱獲、徳永は疫病……、等々、みんな様々な心配をしている……。

 商売に勤しむ彼らを横目に丸太の車は市場の真ん中を進む。

 

「ナビー、ぷーん!」

 

 と、道沿いの露店から私を呼ぶ声がした。

 

「ナビー、ぷーん!」

 

 その露店からウェーブかがった亜麻色の髪の少女が駆け寄ってくる。

 

「ナビー、大繁盛、ぷーん!」

 

 と、嬉しそうな表情で言う。

 大きなエメラルドグリーンの瞳……、白い民族衣装のようなチュニックとスカート。

 カラフルなビーズのネックレスやブレスレット類を身にまとった少女、そう、エシュリンだ。

 

「うん、なにが?」

「これ、ぷーん!」

 

 と、エシュリンが手にした物を私に見せてくれる。

 

「それは……」

 

 本だった。

 タイトルはエレノアの蜂……、そう、私たちが夜な夜な集まって一生懸命作った絵本だ。

 

「もうすぐ完売、ぷーん!」

「へぇ……」

 

 確かに、絵本が売っている露店には行列ができていた。

 本の制作も終わり、印刷から販売までは、エシュリンたち新ナスク村の人たちに任せていた。

 

「今日も終わったら、村のみんなと印刷する、ぷーん!」

 

 彼女が嬉しそうに、楽しそうに話す。

 

「姫巫女さま、在庫はどこでしょうか!?」

「包み方はこれでよろしいでしょうか!?」

 

 と、露店からエシュリンを呼ぶ声がする。

 

「おまえたち! ちょっと待ってて! ナビー、戻る、ぷーん!」

 

 エシュリンが私に手を振りながら露店に戻っていく。

 

「うん、頑張って」

 

 と、笑顔で手を振り返し、彼女を見送る。

 でも、本が売れてよかった。

 少しでも雇用を増やして、自分たちで働いて食べていけるようにしたかったからね。

 たぶん、二冊目、三冊目の絵本の製作は彼女たちに任せることになるだろう……。

 まっ、シナリオだけは綾原に頼むしかないんだけどね。

 

「チビの女神さま、発車しますね」

「あ、ごめん、行って」

 

 ガラガラと音を立てて丸太の車が動きだす。

 

「ナビー様ぁ!」

「みんなぁ、ナビー様がいたよぉ!」

 

 でも、すぐに私を見つけた子供たちが駆け寄ってくる。

 

「止めますね……」

 

 ヴァーゾが手を上げて丸太を押すのを止めさせる。

 

「ナビー様ぁ!」

「ナビー様だぁ!」

「クルビットもいる!」

 

 10人以上の人だかりができる。

 子供たちが私を見上げる。

 

「おやぁ……、お稽古かなぁ?」

 

 と、子供たちの格好、手にした木刀を見ながら尋ねる。

 

「そう! お稽古!」

「お母さんたちのお手伝いが終わったからお稽古に行くの!」

「他の子たちもみんな行ってるよ!」

「私たちは東の果ての竜騎兵団だから!」

 

 と、口々に言う。

 

「ナビー様も一緒に行こうよぉ!」

「行こうよぉ!」

 

 子供たちが私の服を引っ張る。

 

「わかった、わかった、いくから、いくから」

 

 と、私は引っ張られるがままに、丸太の車から降りる。

 

「クルビット」

 

 そして、抱いていた子犬のクルビットを地面に解放する。

 

「ヴァーゾ、私はここまででいい、行っていいよ」

「へい、チビの女神さま……、いくぞ、おめぇら!」

「「「おお!」」」

「「「ライドオーン!」」」

 

 再度、ガラガラと音を立てて丸太の車が動きだす。

 

「じゃぁ、いこいこ!」

「ナビー様、こっちだよぉ!」

「こっちだよぉ!」

 

 子供たちに連れていかれる。

 

「ナビー様、ベルゲンデン・ゴトー好きだったよね?」

「じゃ、持ってこよう!」

「こよう!」

 

 と、別の子たちが走っていく。

 ちなみに、ベルゲンデン・ゴトーとはいちご牛乳のことだ。

 

「「「1、2! 1、2! 1、2!」」」

 

 子供たちの稽古場である村外れの広場に近づくにつれ、そんな掛け声が聞えてくるようになる。

 

「「「えい、やあ! えい、やあ! えい、やあ!」」」

 

 広場では、その掛け声通り、子供たちが元気よく木刀を振っていた。

 

「みんなぁ!」

「ナビー様連れてきたよぉ!」

 

 と、一緒に広場に来た子供たちが素振りをするみんなのところへ走っていく。

 

「ええ、ほんとぉ?」

「あ、ほんとにナビー様だぁ!」

 

 子供たちが素振りを止め、一斉に私を見る。

 

「こら、途中で止めるな! 続けろ!」

「チビの女神さまがいらしたんだ、気合を入れろよ!」

 

 と、近くで素振りを見ていた大人たちから叱責が飛ぶ。

 

「あいつらは……」

 

 私はその大人たちを見ながら、いつものロッキングチェアのある場所まで歩く。

 

「剣術の基本は、きちんと構えて剣を振ることだ。剣を止めるのは死んだときだけだと心がけろ!」

「「「はい、先生!」」」

 

 子供たちを指導していたのは、蜂蜜色の髪をした剣闘士、金暗色のシュタージだった。

 

「剣を振り上げ、全体重を乗せて振り下ろせ、振り下ろしたら突きだ! 相手に反撃のチャンスを与えるな! とにかく剣を振れ、絶対に手を止めるな! それが全ての基本だ!」

「「「はい、先生!」」」

 

 こっちは、誰だったか……、そうそう、ツァーツェクの地獄グァルディオーラだ。

 

「戦闘中は距離感に気をつけろ! 相手の武器、自分の武器の長さを意識しろ! 相手の武器から遠い場所を攻撃するクセをつけるんだ、相手が武器を振り上げていたら下段から、武器を下げていたら突きだ!」

「「「はい、先生!」」」

 

 そして、あっちは紅き月のティターノだったか……。

 あの三人は剣闘士の中でも実力者、いつも偉そうにしている連中だ。

 そして、

 

「どうぞ、ファラウェイ様……」

 

 と、私のロッキングチェアを引いてくれるのは……。

 

「セイレイ……」

 

 長く艶やかな銀髪と美しく整った顔立ちの最強の剣闘士セイレイだった。

 

「ありがと、ぶらん、ぶらん」

 

 お気に入りのロッキングチェアに腰掛けぶらんぶらんする。

 

「随分本格的ね、セイレイ?」

 

 と、彼女に視線を向けながら尋ねる。

 

「はい、ファラウェイ様、子供たちも大変真面目で、シュタージたちも教え甲斐があるのだと思います」

「そうなんだ……、ぶらん、ぶらん……」

 

 ぶらんぶらんしながら子供たちの稽古を見守る。

 

「弦を引いて、狙いを定めて、弦を放す。リズムが大事だ、息を吸いながら弦を引き、一呼吸置いてから弦を放す。弦を指の腹で滑らすように放すんだ」

 

 弓の練習までやっている。

 

「素人は胸当てを忘れるなよ、場合によっちゃぁ、肋骨をおっちまうかもしれないからな。胸当てを外してやるのは一人前になってからだ」

 

 丁寧に手取り足取り教えている。

 

「戦闘訓練なんてのは穴の空いた樽に水を入れる作業と一緒だ! 毎日水を入れなければすぐに空になる! 今日やらなければ昨日の分が無駄になる! とにかく反復だ、毎日やれ!」

「「「はい、先生!」」」

「OJTに沿って教えているようね……」

 

 彼らの教え方を見ながら言う。

 

「おーじぇーてぃー?」

 

 セイレイが聞き返す。

 

「オブ・ジョイ・トイの略よ……、武器の種類にあった戦闘訓練のこと。1にやってみせる。2に説明する。3にやらせてみる。4に改善点を指摘する。そして、1に戻ってまたそれを繰り返す。そうやって身体に染み込ませていく、それがOJT」

「なるほど……、それをオブ・ジョイ・トイというのですね、勉強になります……」

 

 セイレイが感心したように言う。

 

「ナビー様ぁ! お持ちしましたぁ!」

「しましたぁ!」

 

 と、子供たちが駆け寄ってくる。

 

「おお!」

 

 手には私の大好物であるベルゲンデン・ゴトーが入ったカップが握られている。

 

「どうぞ、ナビー様……」

 

 と、カップを差し出す。

 

「ありがと」

 

 笑顔で受け取り、そして、カップに口をつける。

 

「おいしい?」

 

 と、私の顔を覗き込む子供たち……。

 

「甘くておいしい……」

 

 ほっぺに手を当てて言う。

 

「ほんとに? よかったぁ!」

「よかったぁ!」

 

 と、子供たちは大喜び。

 

「じゃぁ、お稽古行こ!」

「行こ!」

 

 みんなのところに走っていく。

 

「うん、おいしい……」

 

 その後姿を見送りながらもうひと口飲む。

 

「話の続き」

「はい、ファラウェイ様……」

「OJTももちろん大事だけど、それ以上に大事なのは師範としての力量。無理矢理やらせるのは三流、言って聞かせるのは二流……、一流の師範というのはね、生徒に自主性を芽生えさせ、やる気に火をつける者のことを言うのよ、そのことを忘れないで」

「はい、胸に刻みます……」

 

 セイレイが静かにうなずく。

 

「うん」

 

 視線を彼女から正面に戻す。

 

「強固な鎧はそれだけで重量があり、動きが鈍重になる。しかも、その防御力は絶対ではなく、隙間だらけだ。そして、守れるのは自分だけ」

 

 こっちは、あの二人、子供たちの中で最年長の男女、タジンとフェインだ。

 

「だが、盾ならば、自分だけではなく、味方も守ることができる。また、防御だけではなく、相手の攻撃を受け流し、そのまま殴りつけることだってできる。攻防一体の究極の武器、それが盾だ」

 

 その二人が身体に見合わない大きな盾を持ち講義を受けていた。

 

「よーし、盾を構えろ!」

「おお!」

「はい!」

 

 と、二人が並んで大きな盾を構える。

 

「どらぁああああ!」

 

 シュタージらが二人の盾目掛けてタックルする。

 

「ぐあ!」

「ひっ!」

 

 と、二人は吹っ飛ばされる。

 

「バランスを意識しろ、絶対に倒れるな、倒れたらおしまいだ、倒れた瞬間におまえらも仲間も全員殺されるものと思え! 死んでも倒れるな、盾を構えろ、おまえらが仲間を守るんだよ!」

「はい、先生!」

「は、はい!」

 

 二人が立ち上がり、再度大きな盾を構える。

 

「もう一回いくぞ!」

「おお!」

「お願いします!」

 

 よく頑張ってるね、感心する……。

 

「あ、そうだ、こんな戦闘訓練だけじゃつまんないでしょ?」

 

 隣に立つセイレイに話しかける。

 

「はい?」

「演習やろう、模擬戦。一対一の戦闘訓練もいいけど、戦争では多対多の戦術訓練のほうが重要だから」

 

 フォーメーションとか、戦列を組んでの連携とか。

 

「も、模擬戦ですか……」

「うん、今日にとは言わないけど、そのうちやろう!」

 

 と、私はロッキングチェアから勢いよく立ち上がる。

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