傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第159話 鏡心明智

 しとしとと雨が降る。

 

「いつ以来だろう……」

 

 窓の外のどんよりとした雲を見上げる。

 いつも晴れ渡るラグナロクに於いて雨は非常に珍しい。

 これまでに二、三回くらいしか経験がない。

 曇ることすら稀だった。

 私たちのロッジには雨どいもなく、ぽたり、ぽたり、と、水がしたたり落ち、その下に小さな水溜りを作る。

 

「それより、早くやっちゃおう」

 

 と、私は取り込んだばかりの洗濯物を仕分けして畳み始める。

 

「フィユたん、フィユたん、と……」

 

 私のタオルには全部、フィユたん、と、刺繍がしてある。

 それは、お節介な生活班の連中がしてくれたもの。

 ご両親にそう呼ばれてたんでしょ? とか言ってやってくれた。

 

「これもフィユたん、あれもフィユたん……」

 

 と、バスタオルやフェイスタオル、下着類を畳んでいく。

 

「あーあ……、雨だねぇ……」

「そうだねぇ……」

 

 窓のそばで外を眺めている笹雪めぐみと雨宮ひらりの会話が聞えてくる。

 

「今日は仕事休みかなぁ……」

「そうかもねぇ……」

 

 洗濯物を畳みながら彼女らのうしろ姿を見る。

 

「あれ? 今の、水野と小野寺、二人、手繋いでなかった?」

 

 笹雪が外を歩く女性班の水野若菜と小野寺風子を見ながら言う。

 

「そう? そうは見えなかったけど」

 

 雨宮が否定する。

 

「そっか……、手繋いでなかったか……、あー、駄目、みんな百合に見えきた……」

「百合しかいない世界か……、裏切りのない優しい世界になりそうね……」

 

 ちょっとしんみりする。

 

「あっ? 神埼と久保田、今のは絶対手繋いでたでしょ?」

 

 笹雪が外を歩く管理班の神埼竜翔と久保田洋平を見ながら言う。

 

「んー? いや、繋いでないよ」

 

 またもや雨宮が否定する。

 

「はずれか……、あー、駄目、みんなBLに見えてきた……」

「BLしかいない世界か……、争いのない平和な世界になりそうね……」

 

 なんの話をしてるんだ、こいつらは……。

 

「よし!」

 

 と、畳んだ物を抱えて部屋の隅に行く。

 ここには私の私物が置いてある。

 

「よいしょっと……」

 

 そして、一番大きな荷物、赤いアタッシュケースを引っ張り出して、パチンパチンとロックを外してフタ開ける。

 このアタッシュケースはタンス代わり、旅客機の荷物の中から適当に選んで私用にもらってきたものだ。

 丁寧にタオルや下着類を仕舞ってフタを閉じて、パチンパチンしてまた同じ場所に戻す。

 

「終わってしまった……」

 

 窓の外を見る。

 まだしとしと雨が降っている……。

 うーん……、やることがない……。

 どうしようかなぁ……、牧舎のほうに行ってみようかなぁ……、

 

「あ……」

 

 赤いアタッシュケースの横にある物に目が留まる。

 

「これで遊んでみようかな……」

 

 それを手に取ってみる。

 

「おお……、精巧に出来てる……」

 

 それは小さな家、縦横高さ、それぞれ50センチくらいの模型の家だ。

 

「なんだっけ、これ……、そうそう、シルベスタファミリーだ」

 

 いわゆるドールハウスセットというやつ。

 これも旅客機の荷物の中にあった。

 たぶん、誰かのお土産。

 部屋の中央に置いて、その前にぺたりと座る。

 そして、ドールハウスセットを真ん中からパカって開けると……、

 

「おお……」

 

 中が全部見えるようになる。

 家具と階段とか、さらに暖炉とかまで精巧に作ってある……。

 

「これが、パステル猫のお父さん、こっちが、パステル猫のお母さん、そして、これが、パステル猫の女の子、私っと」

 

 と、かわいらしい猫の顔をした小さなお人形を取り出し家の前に並べる。

 そして、てくてく歩かせてみる。

 

「えへへ……」

 

 かわいい……。

 あ、家の中に車も詰め込んである、取り出さなきゃ……。

 それは赤いオープンカー。

 ボンネットのところにはベンツっぽいエンブレムが付いている……。

 

「これ、赤坂サニーじゃん!」

 

 もう大喜び。

 うん、昔乗ってた、バブルの頃の話ね、190Eとかそんなやつ。

 あと六本木カローラにも乗ってたよ、ベンベってやつ。

 

「じゃぁ、今日はみんなでドライブにでも行こうか?」

 

 と、パステル猫のお父さんをてくてく歩かせながら言う。

 

「それならお弁当も持っていきましょうね」

「ドライブ、お弁当、やったぁ!」

 

 パステル猫のお母さんと女の子を左右に揺らしながら言う。

 お? 家の中にもう一体お人形があるぞぉ? 

 私はそれを取り出す。

 たぶん、パステル猫の男の子……、でも、色が青く先の三体の白とは異なる……。

 

「こ、これは……、かく、かく、かく……、い、いや、これは隣の家の、そう、兵藤くんだ、そうに違いない……」

 

 女の子を男の子のところまでてくてく歩かせて……、

 

「兵藤くん、一緒にドライブに行きませんか?」

 

 と、彼を誘う。

 

「ああ?」

 

 兵藤くんが嫌そうに答る。

 

「兵藤くん?」

 

 顔を近づけると……、男の子は突然、手をどんと突き出してきた。

 いわゆる壁ドンだ。

 

「ひっ!」

 

 女の子は悲鳴を上げる。

 

「あたってる! あたってる! 顔にあたってるから!」

 

 そう、男の子の壁ドンは女の子の顎を綺麗に打ち抜いていたのだ。

 

「あててんだよ」

 

 しかし、男の子は冷静にそう返す。

 

「そ、そっか、あててんのか……、なら、しょうがない……」

 

 女の子は頬の辺りをさする。

 

「兵藤くん、ドライブに行きませんか?」

「ああ、いいよ」

 

 男の子はぶっきらぼうに言う。

 

「お父さん! 兵藤くんも!」

 

 と、二人をてくてく走らせて赤坂サニーにほうに向かわせる。

 

「わかった! 早く乗れ!」

「はぁい!」

 

 みんなを車に乗せる。

 

「いくぞ!」

「おお!」

 

 車を動かしはじめる。

 

「おらおら!」

 

 お父さんの運転は荒い、普段は優しいのにハンドルを握ると性格が変わってしまう。

 

「ぷっぷー! どかんかいボケ! 轢き殺すぞタコ! ぷっぷー!」

 

 クラクションを鳴らしながら赤坂サニーは進む。

 

「よく見ておけよ、これが名古屋走りだ!」

 

 と、じぐざぐに車を走らせる。

 ちなみに、名古屋走りとは右折レーンや左折レーンを使って前の車を抜くことを言う。

 

「おらおら! ぷっぷー! ぷっぷー! どかんかいボケ! 轢き殺すぞタコ! ぷっぷー! ぷっぷー!」

 

 すると、車がパコンと家の壁に接触する。

 

「あ……、ぶつけちゃった、板金7万円コースだね……」

「パパのお給料がぁ……」

「ぶつけたものはしょうがない、ここでランチにしようか!」

「はぁい!」

 

 と、みんなを車から降ろす。

 

「今日のお昼はなぁに、お母さん?」

「ふわふわパンケーキよ、みんなで作りましょうね」

 

 と、車のトランクからフライパンとか皿とかを取り出す。

 

「焼きましょう」

「はぁい!」

 

 女の子にフライパンを持たせて調理をさせる。

 

「焼けたかなぁ?」

 

 と、言い、フライパンにパンケーキを乗せる。

 

「できた!」

 

 お皿に移して、その上にホイップクリームとイチゴを乗せ、横にフォークとナイフを置く。

 それを全員分繰り返してできあがり! 

 

「できたよぉ」

 

 と、みんなの前にお皿を並べる。

 

「おいしそう!」

「うまそうだな!」

「料理上手だな、将来いいお嫁さんになるよ」

 

 みんなが私を褒めてくれる。

 

「えへへ」

 

 ちょっと照れてしまう。

 

「では、いただきます!」

「いただきます!」

 

 と、みんなを少しずつ動かしていただきますを言わせる。

 

「どう?」

 

 最後に女の子を動かしておいしいかどうか尋ねる。

 

「う……」

「うーん……」

「あー……」

 

 みんなの反応はいまいち……。

 

「ナビー、砂糖と塩、間違っただろ?」

 

 兵藤くんが言う。

 

「ええ!?」

 

 と、女の子にパンケーキを食べさせる。

 

「しょ、しょっぱい……」

 

 そう、砂糖と塩を間違えていたのだ。

 

「ナビー、味見はしたの?」

 

 お母さんに問いただされる。

 

「し、してない……」

「料理がへたなのが問題じゃないのよ、自分で作った料理を味見もしないで人に出すのが問題なの、料理がへたのは全然いいのよ、むしろかわいいくらい、でもね、それと味見をしないのは別、塩と砂糖を間違えて気付かないで出すようなのは人間的、人格的、道徳的に問題がある。最低でも自分が食べられるものを出さなければいけないのよ」

 

 長々と説教されるナビーなのであった。

 

「ああ? うるせぇよ、いいから食え」

 

 でも、ナビーは反抗期、お母さんの口の中に無理矢理パンケーキをねじ込む。

 

「うぐ、うぐ!」

「どうだ、まいったか!?」

 

 ぐりぐり詰め込む。

 

「まいった、まいった!」

 

 お母さんがタップする。

 

「次から言葉遣いには気をつけるんだな」

 

 と、お母さんを解放する。

 

「ふふふ……」

 

 超楽しい。

 そのとき、部屋の中に光が差し込む。

 

「おお?」

 

 顔を上げ、窓の外に視線を向ける。

 

「ナビーちゃん、晴れてきたよ」

「雨も上がったね」

 

 笹雪と雨宮が言う。

 

「おお! ホントに!?」

 

 と、私は大喜びで立ち上がり、窓際まで走っていく。

 

「ホントだぁ……」

 

 雨は上がり、雲と雲の間から日の光が差し込む。

 幾本もの光の筋、薄明光線が地上に降り注ぐ。

 

「綺麗だね、こういうのなんて言うんだっけ…?」

「ゴッドレイだったかな……」

「レンプラント光線とも言うね……」

「日本語では薄明光線だよ」

 

 小さな窓から狩猟班の女子三人、笹雪、雨宮、夏目とともに日が差し始めた空を見上げる。

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