傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第160話 ルクアーノとレイリー

 白いレースのカーテンが風に揺らされ、そのたびに青い空が見え隠れする……。

 

「いい風……」

 

 日差しは直接入ってこないけど、窓からほんのり暖かさが届き、時折吹く風がその暖かさをかき消し、そのあとには微かな植物たちの香りを残していく……。

 

「いい匂い……」

 

 また、大きくカーテンが揺れる。

 風が室内に入ってきた。

 入り込んだ風は室内を遊びまわり、さらにはいたずらまでしていく。

 

「あっ」

 

 風に持っていかれないように、机の上の紙を手で押さえる。

 

「いたずらっこめ」

 

 と、見えない風に対して叱ってやる。

 風は大人しくなる。

 

「ふふっ」

 

 反省したみたい。

 

「ナビー、集中ね」

 

 教室のうしろで私の監視をしていた徳永美衣子に注意される。

 

「はぁい」

 

 机に視線を戻す。

 ここは、割と普通なナビーフィユリナ記念会館。

 普段は班長会議の場として使用されているけど、空いた時間には、こうやって、私の授業を行う教室としても使用されていた。

 

「授業の内容を思い出して、ナビー、あなたなら出来るわ」

 

 前方には私の担任の先生である綾原雫も立っている。

 

「はぁい……」

 

 机の上の紙を見る……。

 そう、今は授業ではなく、私の学力テスト中……。

 

「ええっと、次の問題は……」

 

 なになに……。

 

「インターネットなどでよく見られる、WWW、という記号は何を表しているでしょうか?」

 

 笑いでしょ? 

 嘲笑ってやつ、草いっぱい、草まみれ、大草原、ってやつ。

 私は答案用紙に、笑い、と、書き込む。

 

「よし、次!」

 

 なになに……。

 

「お外の気温は-6度、お家の中は+6度。では、お外とお家の温度差は何度になるでしょうか?」

 

 10度でしょ。

 簡単すぎて笑ってしまった。

 私は答案用紙に10度と書き込む。

 

「よし、次!」

 

 なになに……。

 

「次の漢字はなんて読むでしょうか? 鑑識」

 

 漢字の問題か……。

 なんだっけ、これ、見たことあるな……。

 

「に……、に……」

 

 にしこり? 

 そうだよ、にしこりだよ。

 私は答案用紙ににしこりと書き込む。

 

「いいね、調子出てきた!」

 

 よし、次! 

 なになに……。

 

「ある日の朝食時、年老いた夫婦が朝ごはんを食べていました。静かな食事風景……、しかし、その静寂は突然破られる……。夫人が立ち上がり、自分の椅子を持ち上げ目の前の夫に向かって渾身の力で殴りつけたのだ。さて、ここで問題です。どうして夫人は夫を椅子で殴りつけたのでしょうか?」

 

 ……。

 も、もう一度あの人に会いたかったから……? 

 って、これ、サイコパステストじゃないか! 

 な、なぜ、こんな問題を……。

 ちらりと前に立つ綾原の顔を見る。

 私の視線に気付いて彼女がこちらを見る。

 私はすぐに視線をそらす。

 冷や汗が出る……。

 もしかして、疑ってる? 私がハイジャック犯なんじゃないかって……。

 いや、疑われるようなことは何もしてないよ、たぶん……。

 詮索はあとだ。

 とりあえず、この問題を処理する。

 一番駄目な答えは、テーブルが重たかったから、だ。

 それ以外で、私らしい、ナビーらしい答えはなんだ……。

 

「あっ、そうか!」

「こら、ナビー、静かにやりなさい」

 

 と、うしろの徳永に怒られる。

 

「はぁい……」

 

 再度、問題用紙を見る。

 これ、あれだ、お砂糖とお塩を間違えたから、が、答えだ。

 サイコパステストは考えすぎ、たぶん、この前の、私が遊んでたドールハウスセットの内容を見て作った問題だ。

 笹雪か雨宮か、それか夏目が綾原に話したんだと思う。

 そうに違いない。

 なぁんだ、安心した。

 疑われてない。

 私は答案用紙にお砂糖とお塩を間違えたから、と、書き込む。

 

「ふふん」

 

 上機嫌。

 すべての欄が埋まった答案用紙を眺める。

 全問正解間違いなし! 

 

「終わったようね……、答え合わせは明日やります。では、明日も同じ時間に。よく頑張りましたね」

「答案は私が預かっておくね」

 

 と、綾原が終了を宣言し、徳永が答案用紙を回収する。

 

「綾原先生、徳永先生、ありがとうございました!」

 

 私は急いで筆記用具を片付けて教室をあとにする。

 割と普通なナビーフィユリナ記念会館を出ると光が広がる。

 今日は晴天。

 雲ひとつない真っ青な空。

 

「それぇ、急げぇ!」

 

 と、私は白い石畳の上を走っていく。

 向かう先はもちろん、みんながいる牧舎。

 私は強い日差しの中、両手を広げて気持ちよく全力疾走する。

 ワンピーススカートの裾から風が入り、身体を駆け上がり、ふわっと襟元から出てきて、前髪をなびかせる。

 

「気持ちいい!」

 

 超ご機嫌! 

 

「おお! ナビー、今日も元気がいいな!」

「相変わらずかわいいな! 大きくなったら結婚しような、絶対だぞ!」

 

 と、前から歩いてくるのは、管理班の神埼竜翔と久保田洋平だった。

 

「洋平! 竜翔!」

 

 二人はのこぎりや金鎚など、様々な工具をいっぱい抱えている。

 

「これから仕事!? 馬車作りに行くの!?」

 

 と、彼らの横を走り抜けながら大きな声で尋ねる。

 

「おう、これからだ!」

「ナビーも一緒にどうだ!?」

 

 そう、返事を返ってくる。

 

「わかったぁ! こっちが終わったら手伝いにいくね!」

 

 と、二人に大きく手を振りながらそのまま走り抜ける。

 牧舎までもう少し、お出迎えはなし。

 最近は、私の気配を感じても、子犬のクルビットは駆け寄ってこない。

 別に病気なわけでも、ましてや私を嫌いになったわけでもない。

 

「くるぅ!」

 

 彼の声が聞えてくる。

 

「くるぅ! くるぅ!」

 

 牧柵の中を走り回る子犬の姿……、いや、もう子犬とは呼べないかもしれない、それくらい成長している。

 

「くるぅ!」

 

 その彼が牧柵の中で元気に走り回り、子ヤギや子馬たちが柵の外に出ないか見張ってくれていた。

 

「クルビットそっちお願い」

「くるぅ!」

 

 その他にも、もうひとつ人影があった。

 

「いっぱいお食べ」

「ぴよ、ぴよ!」

「ぴよっぴぃ!」

「ぴよぉ!」

 

 しゃがんでひよこたちの食事を見守っているのは、黒髪のかわいらしい女の子、シュナンだ。

 彼女はエシュリンが通訳として連れて来た姉妹の姉のほうで、暇なときは通訳だけではなく、こうやって牧舎に来て彼らの面倒も見てもらっていた。

 

「とぉお!」

 

 私は走る勢いそのままに牧柵の上を華麗に飛び越える。

 

「10点!」

 

 そして、着地、ビシッ決める。

 

「ナビー様!」

「くるぅ!」

 

 シュナンもクルビットも私を見て大喜び。

 

「くるぅ!」

 

 私の周囲を走り回る。

 

「よしよし……」

 

 と、クルビットの頭を撫でながらシュナンのところに歩いていく。

 

「ナビー様」

「なにか問題はなかった?」

 

 私は彼女の隣にしゃがみ、同じようにひよこたちを眺めながら尋ねる。

 

「問題ないです。ピップもスカークもアルフレッドも食欲旺盛でとても元気です」

 

 と、笑顔をつくる。

 

「ぴよ、ぴよ!」

「ぴよっぴぃ!」

「ぴよぉ!」

 

 確かに、ひよこたちが我先にとエサをついばんでいる。

 

「そう、よかった……、ぴよぴよ……」

 

 と、人差し指でひよこたちの頭を撫でる。

 

「あ! クルビット、逃げようとしてる!」

 

 シュナンが遠くを見て叫ぶ。

 

「くるぅ!」

 

 クルビットがものすごい速さで走っていく。

 

「もう立派な牧羊犬ね……」

 

 その姿に頼もしさを感じる。

 

「くるぅ!」

 

 立ち上がり、彼の向かう先を見る。

 子ヤギ二頭が牧柵の下の土を前足で掘っている。

 

「穴を掘って逃げようとしているの……?」

「ええ、油断してるとああやって逃げようとするんです」

 

 と、私の疑問にシュナンが答えてくれる。

 

「くるぅ!」

 

 クルビットが追い付き、子ヤギ二頭を牧柵のそばから遠ざける。

 

「めぇえ」

「めぇぇ」

 

 その子ヤギたちの毛色は白地に黒のまらだ模様。

 ちょうど乳牛みたいな感じの毛並みになっている。

 そう、その二頭は真っ白な毛並みの子ヤギ、シウスとチャフではない。

 

「めぇ」

「めぇえ」

 

 シウスとチャフは真ん中で草をはんでいる。

 

「めぇえ」

「めぇぇ」

 

 あの子たちは新しい仲間。

 

「クルビット、連れてきて!」

 

 と、大きく声をかける。

 

「くるぅ!」

「めぇえ!」

「めぇぇ!」

 

 クルビットが子ヤギたちのおしりを鼻先でつついてこちらに誘導する。

 あの子たちはシウスたちみたいな孤児ではない。

 市場プラグマティッシェ・ザンクツィオンに来ていた商人が売っていた、いわゆるブランドヤギというやつだ。

 売れなければ、この場で捌いてBBQにするとか言っていたから、かわいそうになって大枚はたいて買った。

 うん、すごく高かった。

 二頭が私の前までやってくる。

 

「めぇえ……」

「めぇぇ……」

 

 不安そうに私の顔を見上げる。

 

「ふふふ……」

 

 ブランドヤギ……。

 ブランドってのがまたいい……。

 

「大丈夫だよぉ……、ふふふ……」

 

 と、しゃがみ、二頭と視線を合わせる。

 

「めぇえ」

「めぇぇ」

「よしよし」

 

 二頭を抱き寄せて頬ずりしてやる。

 

「おお……、毛並みまで上質だぁ……」

 

 そして、すごくいい匂い。

 すりすり、すりすり。

 

「気持ちいい……」

 

 少し顔を離す。

 

「白と黒のまだら模様もなんか物珍しくていいし……」

 

 いやぁ、ホントいい買い物したなぁ……。

 

「めぇえ」

「めぇぇ」

「よしよし」

 

 また頭を抱き寄せて頬ずりする。

 

「名前、どうしましょう? 決まりましたか、ナビー様?」

 

 と、シュナンが尋ねてくる。

 

「うーん」

 

 頬ずりしながら考える。

 最初はフランカーとフルバックにしようと思ってたんだけど、よくよく見たら、この子たち、男の子と女の子なんだよね。

 つがいにしろってことなんだろうけど。

 男の子のフランカーはかっこいいけど、女の子のフルバックはかわいそう。

 

「うーん」

 

 すりすり……。

 

「名前がないと、なんて呼んだらいいのか、とても不便です……」

「うーん……」

 

 すりすり……。

 フランカーとフルバックはセットなんだよ、だから、フルバックが使えないとなるとフランカーもなくなる。

 

「じゃぁ、男の子のほうがルクアーノ、女の子のほうをレイリーにしよう」

 

 それぞれの顔を見ながら命名する。

 

「ルクアーノにレイリー……、いい名前ですね」

 

 ルクアーノとレイリーは元同僚、あいつら、あの世で元気にしてるかなぁ。

 

「よし、ルクアーノとレイリーもごはん食べておいで」

 

 と、二頭を解放する。

 

「めぇえ」

「めぇぇ」

 

 よちよちとシウスとチャフが草をはんでいるところ歩いていく。

 

「シウス、チャフ! 仲良くするんだよ!」

「めぇ!」

「めぇえ!」

 

 と、彼らも元気よく返事をしてくれる。

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