傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第161話 ラインオフ

 トテントテン、トントントン……、トテントテン、トントントン……。

 広場にトンカチで叩く音が響き渡る。

 ギーコギーコ、ガーガーガー……、ギーコギーコ、ガーガーガー……。

 ノコギリを引く音も聞える。

 

「ふぅ……」

 

 私は額の汗を袖で拭う。

 今は馬車作り中。

 あの詐欺貴族野郎から受注した馬車作りも佳境に差し掛かり、その作業が急ピッチで進められている。

 

「車輪のやすりがけまだかぁ!?」

「蝶番が足らない、誰か取ってきてくれ!」

「ライン詰まってぞ、早くしてしろ!」

 

 トンカチやノコギリの音だけではなく怒号も飛び交う。

 作業は完全分業でやらせている。

 車輪を作る人、ドアを作る人、ボディを組み立てる人、サスペンションを成型する人、塗装をする人、仕上げをする人、などなど……。

 別に効率化を狙って、こんなに作業を細分化しているわけではない。

 同じ物を同じように作るためだ。

 別々のチームで別々に馬車を作らせたら、全然違う馬車が出来上がってしまう。

 それを防ぐために、大勢で細かく作業を細分化して一台の馬車を作り上げる手法をとっている。

 これなら、どの馬車も全く同じ物になる。

 例えば、どの馬車の車輪も同じ人が作っているとなると、それはもう規格を統一したのと同じ意味になり、一台の馬車の車輪を見れば、他の馬車の車輪の大きさ、材料もわかり、破損、紛失したとしても、同じ物が容易に作れ、交換も可能になる。

 つまりは、アフターケアも万全ってわけだ。

 整備でも金を取る、その馬車を所有している限り、私たちに金が落ちる仕組みになっているのだ。

 頭いいよね、くんくんは……。

 

「ふぅ、よーし」

 

 ちなみに、その分業で言えば、私の役割は仕上げだ。

 

「ワックスかける! ワックスとる!」

 

 両手にタオルを持ち、左手でワックスを塗って、右手でそれを拭き取る作業をしている。

 

「ワックスかける! ワックスとる!」

 

 一回だけではなく、何回もワックスをかける。

 ピカピカにしないといけないからね。

 

「ふぅ……」

 

 すごい重労働……。

 ちょっと一息つき、広場を見渡す。

 

「これで完成だな、運ぶぞ!」

「みんな押して!」

「おう!」

 

 完成品が広場のはじっこに運ばれていく。

 

「おお……、壮観……」

 

 そこには馬車が30台以上並べられている……。

 緑色の葉っぱの上にピンクの桃のような形をした物が乗っているデザインの馬車。

 私のピーチ号より二回りくらい大きく、さらに屋根の上に付いているランタンの形も違う。

 私のは桃、こっちのはさくらんぼの形をしている。

 

「チェリー号……」

 

 そう、イタバーネ・チェリー号が正式名称、イタバネのサスペンション付きの乗り心地抜群の馬車だ。

 

「うん?」

 

 並べられているチェリー号の近くに人だかりが出来ているな。

 

「おやぁ?」

 

 その中に体格がよく背の高いやつがいる。

 さらに髪を立てているせいか、ひと際大きく見える……。

 

「おお!」

 

 あれは、私の東園寺ロボではないか! 

 その東園寺たちが集まり何かを話し合っているようだった。

 あいつ……、さぼっているな……、許せん! こらしめてやる! 

 私は東園寺のうしろから忍び寄り、そして、十分に近づいたところでダッシュ! 

 

「こらぁ! さぼってんじゃねぇぞぉ! 仕事しろぉ!」

 

 と、うしろから覆いかぶさるように飛びつく。

 

「な、なんだ、ナビーフィユリナか、やめろ!」

 

 東園寺がわざとらしく驚く。

 こいつ、私がうしろから忍び寄っていたことを知っていたくせに。

 気に入らない! 

 

「仕事しろぉ! 仕事しろぉ! 仕事しろぉ!」

 

 と、抱き着いたままじたばたしてやる。

 

「わかった、わかった、何をすればいいんだ?」

「肩車!」

 

 そう、東園寺ロボの仕事といったら肩車しかない。

 

「またか、ほら……」

 

 と、そのまましゃがんでくれる。

 

「おお!」

 

 私はよじ登り、肩車をしてもらう。

 

「立つぞ」

 

 ゆっくり立ち上がる。

 

「おお……、高い……」

 

 視界がひらける。

 

「よし、出発進行!」

 

 と、かかとで胸のあたりをトントンとする。

 ちなみに、東園寺ロボの操縦方法は、かかとでトントンすると前進、操舵は行きたいところに顔を向ける、止まるときは頭をうしろに引っ張る、以上。

 

「どこにだ……」

 

 かかとでトントンしても動きださない……。

 

「あれぇ、壊れたのかなぁ……」

 

 と、上から彼の顔を覗き込む。

 長い髪がバサーって前にたれる。

 

「見えん、見えん……」

 

 その髪を手で払う。

 

「ということが考えられる……」

 

 東園寺の視線の先からそんな声が聞えてくる。

 そういえば、みんなで集まってなにをしているんだ? 

 と、私もみんなが見ている先に視線を向ける。

 

「これを見てくれ、これは先程市場で買ったこの世界で作られたロングソードだ」

 

 話しているのは、参謀班の人見彰吾。

 

「素材は鉄」

 

 そして、彼の隣でそのロングソードを持つのは狩猟班の和泉春月。

 

「やってくれ、和泉」

「ああ」

 

 と、和泉が直立のまま、目の前にある丸太に向かって剣を振り下ろす。

 剣は、ギン、という鈍い音を立てグニャリと曲がる。

 

「このとおりだ」

 

 人見が和泉から剣を受け取り、曲がった剣をみんなに見せる。

 

「次にこれ、これも先程市場で買ったものだ」

 

 同じような剣を和泉に渡す。

 

「素材は鋼……、やってくれ、和泉」

「ああ」

 

 と、さっきと同じように剣を振り下ろす。

 今度は、ピキン、という甲高いを音を立て真っ二つに折れる。

 

「このとおりだ」

 

 また人見が剣を受け取り、真ん中から先がなくなった剣をみんなに見せる。

 

「これでは使い物にならん」

 

 と、曲がった剣と折れた剣を見ながら言う。

 

「どういうことだ? 粗悪品か?」

「いや、全部があんな感じだった」

「それは俺も以前から気になっていた、どういうことなんだ?」

 

 聴衆である管理班の久保田や神埼、狩猟班の秋葉が疑問を呈する。

 

「素材の問題でも、製鉄が未熟なわけでもない……、もっと単純な話……、これらの剣が脆い理由は……」

「ああ、浸炭してないのか」

 

 と、思わず言ってしまう。

 すると、最後尾で東園寺に肩車をしてもらっている私に視線が集まる。

 

「しんたん?」

「なにそれ?」

 

 みんなが首を傾げる。

 

「あ、ああ……、そ、そうだ、浸炭の話だ……、まさか、ナビー、キミがそれを知っているとは……」

 

 人見がうつむき人差し指でメガネを直す。

 

「なぁんだ、ナビーでも知っていることなのか……、もったいぶってなに言うのかと思ったら……」

「そんなことなら早く言えよホントに、仕事たまってんだからよ」

「で、なんなんだ、その浸炭っていうのは、もう興味ないけど」

「しかし、人見って大したことないことをさも凄ぇことのように言う天才だよな」

 

 と、酷い言われようになっている。

 

「ちょ、ちょっと、みんな聞いてくれ、大事なことなんだ……。鉄の剣は弾力があって折れ難い、しかし、その反面曲がりやすい、鋼の剣はその反対、固く曲がり難いが、衝撃に弱く折れやすい……」

 

 人見がしどろもどろに講釈を始める。

 

「そこで、その鉄の曲がりやすさ、鋼の折れやすさ、それぞれ欠点を補うために考案されたのが浸炭なんだ。知っての通り、鋼とは鉄に炭素を加えたもののことを言う。ならば、その炭素濃度を細かく変え、一本の剣の中に鉄の部分もあり、鋼の部分もある、さらには鉄と鋼の中間部分まである、そういうものが出来ないかというのが発想の出発点だった。中心部分が鉄で弾力性があり、そこから表面に向けて少しずつ炭素を配合して鋼化することによって、表面は非常に固く、内部は弾力のある、折れず、曲がらずの剣が出来上がる。浸炭を施した剣の作成に成功したら、ラグナロクソードとしてブランド化出来るかもしれない、ナビーが買ったあのブランドヤギと同じように。そうすれば外貨獲得も楽になるし、何より、我々の戦力の増強にも繋がるはずだ」

 

 なるほどね、いい案だと思うよ。

 でも、

 

「全然頭に入ってこない……」

「何言ってるかわかんない……」

「それなら勝手に進めてくれよ」

 

 誰も話を聞いていなかった。

 

「もう行こうぜ」

「そうだな、忙しいし」

「馬車作り、馬車作りっと……」

「それにしてもなんなんだよ浸炭って」

「牛タンの仲間じゃないのか?」

 

 みんながそれぞれの持ち場に帰っていく。

 

「ちょ、ちょっと、みんな待ってくれ、話はこれからなんだ!」

 

 と、人見は手を伸ばすけど、みんなはそのまま帰って行ってしまう。

 

「人見、話はわかった、その方向で進めておいてくれ、まかせる」

 

 東園寺も興味なさそうに言い、踵を返す。

 

「なんか、ごめんね、彰吾……」

 

 とりあえずくんくんに謝っておく。

 

「そ、そんなぁ……」

 

 がっくり崩れ落ちる。

 そんなことより! 

 

「東園寺ロボ! あっちだぁ!」

 

 と、私はかかとで胸のあたりをトントンして、行きたい方向に彼の顔を向けてやる。

 

「わかった、わかった、あっちだな、ナビーフィユリナ」

「今度はこっちだぁ!」

「やれやれ、こっちだな……」

「よーし! そっちだぁ!」

「そっちか、しょうがないな……」

 

 と、思う存分東園寺ロボの操縦を堪能する。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 そして、数日が過ぎ、すべての馬車が完成した。

 

「最後の一台がラインオフ!」

「納期に間に合ったぁ!」

「やれば出来るじゃないか!」

 

 喜びを爆発させる。

 広場には48台の馬車、イタバーネ・チェリー号が整然と並べられている。

 

「本当に夢のよう、明日の納車には間に合わないと思ってた……」

 

 その並べられた馬車を見て、この契約を取ってきた生活班の福井麻美が涙ぐむ。

 

「麻美さんが頑張ったからからだよ」

「そうそう、これで麻美さんの言ってた白い街道の敷設に着手出来るね」

 

 久保田と神埼が福井を元気付ける。

 

「ありがと、二人のおかげだよ、本当に。他にも大勢の人に手伝ってもらったし、感謝してもしきれないよ」

 

 と、福井が指で涙を拭う。

 彼女の言う通り、この馬車の製作には大勢の人間が関わっている。

 今もこの広場にはラグナロクの私たちだけではなく、新ナスク村の住民や居候している剣闘士たちが集まり馬車の完成を祝っている。

 100人以上は集まっているだろうか……。

 

「じゃぁさ、完成を祝って一本締めでもしないか?」

 

 久保田がそう提案する。

 

「なんだよ、一本締めって、ナスク村に人たちにもわかるのにしろよ」

 

 神埼が笑いながら言う。

 

「じゃぁ、なにがいいかなぁ……」

 

 と、久保田が腕を組み考える姿勢を取る。

 

「えいえいおー、だよ、えいえいおー!」

 

 私はそれを見て即座に提案する。

 

「えいえいおー?」

「えー?」

「意味が違くない?」

 

 とか、否定的なことを言っているけど、

 

「みんなぁ! 私がえいえいおー! って言ったら、続けてみんなもえいえいおーね!」

 

 と、新ナスク村の人や剣闘士の連中に現地の言葉で説明してやる。

 

「「「おお!」」」

 

 すぐに返事が返ってくる。

 

「じゃぁ、やるよ!」

「ええ、もう!?」

「早い、ナビー!」

 

 私はこぶしを握り締め、

 

「えいえいおー!」

 

 と、こぶしを突き上げる。

 

「「「えいえいおー!」」」

 

 すると、それに続き、みんながこぶしを突き上げ叫ぶ。

 

「えいえいおー!」

 

 一回じゃ終わらない。

 

「「「えいえいおー!」」」

「えいえいおー!」

 

 二回じゃ終わらない。

 

「「「えいえいおー!」」」

「えいえいおー!」

 

 もちろん、まだまだ続く。

 

「「「えいえいおー!」」」

「えいえいおー!」

 

 暮れなずむ夕暮れの中、その掛け声はいつまでも続くのであった。

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