傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第162話 なかりけり

 日が明けて納車当日を迎える。

 澄み渡る青空の下、完成した馬車はすべて、市場プラグマティッシェ・ザンクツィオンの入り口付近に並べられてある。

 市場から伸びる道の両側には色とりどりのアラベスク模様の三角旗、フラッグガーランドが掲げられており、それがそよ風に揺らされ、華やかな雰囲気を演出してくれていた。

 

「ああ……、緊張してきた……、子爵さま、どういう反応するかしら……」

 

 と、福井麻美が緊張した面持ちで子爵さま御一行の到着を待つ。

 あの詐欺貴族野郎は私たちに馬車は作れないと思っているだろうから相当驚くだろうね。

 

「大丈夫だよ、麻美さん、こんなによく出来てるんだから、文句が出ようはずがない!」

「そうそう、ナビーの仕上げもバッチリだしな、こんなにピカピカだ!」

 

 馬車製作の主導的立場だった久保田と神埼が明るい口調で答える。

 

「おお、良い馬車ですなぁ」

「資金に余裕があれば一台欲しいところですなぁ」

「見事、その一言に尽きますなぁ」

 

 と、整然と並べられているイタバーネ・チェリー号の横を通り過ぎていく商人たちが笑顔でそう言ってくれる。

 

「な、なんて、ナビー?」

 

 現地の言葉がわからない福井が私に翻訳を求めてくる。

 

「いい馬車だって、お金があれば欲しいって」

「本当に?」

「本当だよ、あと、お見事とか言ってるよ」

「そ、そう、子爵さまも気に入って快くお金を支払ってくれればいいんだけど……」

 

 それでも自信なげに言う。

 

「暗い顔しないで、麻美さん、大丈夫だから、みんなも来てるし、それに、契約は契約なんだから、金は払わざる得ないよ」

 

 と、久保田が納車を見届けようと集まった、馬車製作に関わった人たち手で示しながら言う。

 

「そ、そうだよね、みんな頑張ってくれたからね……、うん、私、強気でいく」

「その意気、その意気」

 

 久保田が笑う。

 

「それにしても、今日全部持って帰るんだよな? 馬何頭で来るんだろ?」

「さぁ? 一応、連結用のロープは多めに用意してあるけど、そんなに何個も繋げたら危ないよな、山道とか?」

「出来れば連結は二台まで、馬24頭以上で来てくれればいいんだけど。その辺の話はしてあるの?」

「さぁ?」

 

 うしろでそんな話し声も聞える。

 

「持ってる帰るの大変だよなぁ、これ……」

 

 と、その会話を聞いて、大量に並べられている馬車をぼんやりと眺める。

 

「あっ! あれじゃないですか? 麻美ぷーん! 麻美ぷーん!」

 

 福井の隣にいる黒髪の少女シュナンが声を上げる。

 彼女には通訳として来てもらっている。

 別に私が通訳をしてもよかったけど、この契約をしたときの通訳はシュナンだったので最後までやってもらうことにした。

 一応、シュナンのそばには私がいて何かあったらすぐにフォローするつもり。

 

「やっぱりあれですよね、ね? ね? 麻美ぷーん!」

 

 と、シュナンが福井の袖を引っ張りながら興奮気味に言う。

 

「き、き、き、来た……」

 

 彼女たちの視線の先には舞い上がる砂煙が見える。

 おそらく、大人数……、数十頭の馬がこちらに向かって来ている。

 

「おお、来た、来た……」

「すげぇな、何人で来たんだ?」

「まぁ、あのくらいの人数じゃないとこれだけの台数は持って帰れないぜ」

 

 砂煙を見ながらそんな話をしている。

 やがて、その姿が見えるようになってくる。

 先頭を走るのは赤いマントをはためかせた紳士然とした細身の男。

 顎が細くその先に髭を蓄え、ギラギラとした細い目と酷薄に笑うその口元……。

 

「嫌な感じだな……」

 

 それが私の第一印象。

 

「どうどう! どうどうどう!」

 

 私たちの目の前までやってきた。

 

「し、子爵さま、お待ちしておりました」

「子爵、お待ちしておりました」

 

 福井の言葉をシュナンが即座に通訳する。

 

「出迎えご苦労! 再会を嬉しく思う!」

「また会えて光栄です、と、言っている、ぷーん」

 

 子爵の言葉を通訳する。

 

「馬を引いておけ!」

「はっ!」

 

 子爵が馬を降り、部下に手綱を渡す。

 うしろの部下たちも馬を降りる。

 30人はいるだろうか……。

 

「それではお金のほうは用意出来ましたかな、ミス福井? 大人しく支払っていただけるとは思いますが……、念の為、こんな大所帯で来てしまいました、どうかお許しを……」

 

 子爵がさらに酷薄な笑みを浮かべながら福井の元へ歩いてくる。

 

「いえ、ご契約の通り、馬車48台、すべてご用意いたしました」

 

 福井が並べられている馬車を手で指し示し、

 

「締めて1億1520万帝国タウになります。ウォキトール子爵さま」

 

 と、言い、笑みをつくる。

 子爵が凍りつく。

 

「何を言ってるんだ、この馬鹿は?」

 

 が、それも一瞬だけ、即座に言い返す。

 

「えっと……」

 

 シュナンがどう通訳していいのかわからず言葉を詰まらせてしまう。

 

「それになんだ、このガラクタは? 文明の利器もわからぬ未開の野蛮人どもが、こんなものが売り物だと本気で思っているのか? お笑い種だな」

 

 と、並べられた馬車を一台一台値踏みしながら話す。

 

「なんて言っているの、シュナン?」

「えっと……」

 

 言葉のわからない福井がシュナンに通訳を頼むけど答えられない。

 子爵が馬車の扉を開ける。

 

「うわぁ……、なんだ、これ……、くっせぇ……、何使ってんだ、いったい……、こんな物を人に売りつけるなんて、どういう精神構造してるんだ、未開の野蛮人どもの考えることはわからん……、恥という概念がないのか……」

 

 と、口元と鼻をハンカチで押さえ開けた扉をバタンと閉める。

 

「えっ……」

「なんだ、こいつ?」

「なんだよ、その態度?」

 

 言葉がわからなくても、その表情、その仕草で何を語っているかは十分に伝わる。

 

「なんだ、その顔はぁ? 礼儀もわきまえぬ、未開の野蛮人どもがぁああ!!」

 

 逆に怪訝そうな顔をした福井たちが子爵に怒鳴られる。

 

「なんなんだよ……」

「なんて言ってんだよ……?」

「どういう意味なんだ?」

 

 それでも言葉がわからずに困惑する。

 

「えーい!、兵隊ども! こんなもの壊してしまえ! いい、構わん、見るに耐えない! 壊せ、壊せ、全部壊せぇ!」

「へい、閣下」

「かしこまりました、ウォキトール卿」

 

 と、子爵の指示の下、うしろで控えていた屈強な兵士たちが馬車の並べられているほうに向かう。

 

「な、なにをする気なの?」

 

 意味のわからない福井が不安そうにつぶやく。

 

「おらぁ!」

「どやぁ!」

「うはぁ!」

 

 そして、兵士たちが並べられている馬車に手をかける。

 

「な、なにをするんだ!?」

「や、やめろ!」

 

 ドアや車輪を引きちぎり、それを私たちのほうに投げつける。

 

「きゃぁ!」

「あ、危ない!」

「な、なんてことを!?」

 

 馬車の一部だった木材が次々投げつけられる。

 

「やめろこの野郎!」

「俺らが一ヶ月以上かけて作った大事な商品なんだぞ!?」

「もう我慢できん!」

 

 頭に血を登らせた久保田たちが殴りかかろうとする。

 

「ぼ、暴力は駄目よ!」

「ちょっと待ってみんな!」

 

 それを福井たちが止める。

 

「麻美さん!?」

「どうして!?」

 

 と、久保田たちが不満の声を上げるけど、

 

「おらぁ!」

「どやぁ!」

「うはぁ!」

 

 やつらはお構いなしに馬車を壊し続ける。

 

「くそ! 意外と頑丈だな、なにかハンマーはないか!?」

「俺の馬に斧が積んである、持ってくる!」

 

 釘を極力使わない組み木工法により作られた馬車は頑丈でやつらも破壊するのに手こずっているようだった。

 

「かてぇ! かてぇ!」

 

 と、やつらの一人が馬車に足をかけ、剥がれかけた板を引きちぎろうとする。

 

「やめてください!」

 

 だが、そこで、ひとりの少女が男の背中にしがみつき止めに入る。

 

「な、なんだ!?」

「やめてください!」

 

 そう、それは通訳のシュナンだった。

 

「みんなで一生懸命作った馬車なんです! 壊さないでください!」

 

 必死に叫び、男にしがみつく。

 思えば、自分の通訳がつたないせいでこうなったと責任を感じていたのだろう。

 彼女は暇さえあれば馬車作りの手伝いをしていた。

 

「やめてください!」

「この野郎、放せ、馬鹿野郎!」

 

 と、男が身をよじり、背中にしがみついているシュナンの襟首を掴み、強引に引き剥がし放り投げる。

 

「きゃっ!」

 

 シュナンが尻餅をつく。

 

「シュナン!?」

「だ、大丈夫!?」

 

 みんなが彼女に駆け寄ろうとする。

 

「なんだ、この薄汚いガキは……」

 

 しかし、シュナンが尻餅をついた場所はウォキトール子爵の目の前だった。

 

「この世から消えてなくなれ、薄汚いガキがぁあ!」

 

 やつが足を振り上げる。

 

「シュナン!」

「逃げて!」

「誰か助けて!」

 

 みんながそう叫ぶけど間に合わない。

 私を除いて。

 

「なっ……?」

 

 子爵が驚きの声を上げる。

 

「子供に暴力ふるうの、やめてもらえないかな?」

 

 やつのシュナンを蹴ろうとした足、その足のすねに私の足が踏みつけるように乗っている。

 まっすぐにやつの顔を見上げる。

 

「ぐぬぬ……」

 

 やつが力を込める。

 だが、微動だにしない。

 

「うぐぐ……」

 

 やつが諦め、足を下ろそうとする、そのタイミングで私の足も下ろす。

 

「う……?」

 

 しかも、やつの下ろした足のかかとと私のかかとをぶつけるように。

 

「離れろ」

 

 そして、そのまま、やつの肩を軽く押してやる。

 

「うおっ、うおっ、うおっ?」

 

 と、子爵がバランスを崩し、ぐるぐると腕を回転させながら、5歩、6歩と後退していく。

 

「シュナン、大丈夫!?」

「怪我はない!?」

 

 福井たちが駆けつけ、シュナンを抱き起こす。

 

「だ、大丈夫、ぷーん」

 

 幸いにも怪我はないようだった。

 

「おまえらも向こうに行け」

 

 馬車を破壊していた兵士たちに鋭く言う。

 

「閣下……」

「ウォキトール卿……」

 

 兵士たちが子爵の周りに集まる。

 

「小娘……」

 

 やつが私を睨みつける。

 だが、そんなものは意に介さない、逆に睨み返す。


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