今日も雲ひとつない晴天。
川面を走り抜けてきた風がひんやりとしていて気持ちよく、水面ではぴちゃん、ぴちゃん、と、時折小魚が飛び跳ねて、その音がいっそうの涼しさを演出していた……。
さらさらと風に揺らされる広葉樹の葉が新緑の香りを運び、同時にその葉が強い日差しから私たちを守ってくれている……。
ここは、ルビコン川。
「いい釣り日和ね……」
ぼんやりときらきらと光る川面を見ながら釣り糸を垂れる。
「みんな、悪いな、本当は俺の仕事なのに……」
と、秋葉蒼が石に腰掛けながら申し訳無さそうに話す。
彼は今昨日の怪我の影響で、包帯で腕をつった状態でいる。
そう、骨折の時にやるあれだ。
綾原が言うには、別に骨折はしていないけど、亜脱臼と重度の打撲があるそうなので、念の為の処置としてそうしているらしい。
参謀班の南条大河も同じ、骨折はしていなかった。
もう、大袈裟なんだから、驚かせないでよって話し……。
「気にするなよ、蒼、これも狩猟班の仕事だ」
「そう、そう、それに釣り嫌いじゃないよ、私」
「うん、いいよね、狩猟班のみんなでのんびり釣りってのも」
みんなが笑顔で答える。
「おっし、釣れた!」
「いいぞ、佐野、もう少しリリースを遅めにするといいぞ」
「うい」
と、秋葉のアドバイスを受けながら釣りをする。
「あーん、またエサだけ取られたぁ」
「ナビーは反応が鈍いなぁ……、こう瞬間的に手首を返すように」
「ぶー」
彼が身振り手振りで教えてくれる。
この釣り師め、と、苦々しく思いながら、幼虫を釣り針に突き刺す。
そして、また川に放り投げる。
ちょん、ちょん、としながらヒットを待つ。
でも、なかなか食いついてくれない……。
「そういえば、昨日の戦闘訓練、どうして麻美を狙ったの? そんなに人気だったの、麻美って?」
と、暇なので、そんな話題を振ってみる。
ちょっと、気になった事でもあったしね。
確かに、福井って面倒見が良くて、しっかりしている優しい子だから、それなりにファンもいるとは思うけど、でも、みんながみんな福井を好きっていうのにも違和感を覚えた。
男子3人が顔を見合わせている。
「ああ、それはね、ナビー……」
と、秋葉が話し始める。
「昨日、ここで、作戦会議をしたんだよ、みんなでさ……、それで、最後に誰の風呂を覗きたいかって話しになって、それでアンケートを取ったんだよ……」
ああ、なるほどね、それで代表して一番人気の福井麻美をターゲットにしたってわけね……。
謎が解けてすっきりした。
私は釣竿をちょん、ちょん、として魚を誘う作業に戻る。
「で、結果は、まぁ、大体均等にばらけたんだよ……、誰が人気って事もなくさ……」
うん……?
「一番人気で3人だったかな……、あとは2人とか1人って感じで。で、わかると思うけど、3人とか2人の投票があったものだから、0人って人もいたんだよ……、それで、0人ってのはかわいそうだろって話になって、再度決戦投票をすることになったんだ、0人だった人だけで……、そしたらさ、見事に福井だけがまたもや0人だったんだよね……」
はあ?
「それを見た東園寺が怒ってさ、おまえら、もっと福井を見てやれ、って、いや、おまえが言うなって話なんだけどさ……、で、なんか、盛り上がって、そのまま福井の風呂を覗きに行くぞ! て、感じで話が進んでいったんだよ」
おい……。
それは、あんまりだろ……。
私、福井の事好きだよ……。
「うん? ちょっと待って、そのアンケートって、ナビーも含まれているんだよね? 投票あったんだ?」
と、笹雪が疑問を投げかける。
「もちろん」
秋葉が断言しやがった……。
「う、うそ……、男子の中にロリコンがいる……、ロリコンがひとり混ざっている……、怖い、マジで怖い……」
まぁ、どうせ人見だろうね、あいつ私のバスタオルくんくんしてたし。
それに、これ、魔法のネックレスもくれたしね。
私は襟元からネックレスを取り出して空にかざしてみる。
「綺麗……」
シルバーでひし形のデザイン、真ん中に赤い宝石がはめ込んであるやつ……。
「それがひとりじゃないんだなぁ、めぐみ……、大物がこぞってさ……」
まだいるのか……、まぁ、どうでもいいや……。
「それで、ハルは誰のお風呂を覗きたかったの?」
と、私の話題は嫌だったので、適当に和泉に話を振ってみる。
「どうせ、翼でしょ? この二人昔から仲いいし……」
「そ、そんなぁ……」
と、夏目が恥ずかしそうに視線を逸らす。
「それが違うんだなぁ……」
「えっ!?」
夏目が驚いて秋葉を見る。
「聞いて驚くなよ、みんな……、それはな……」
「蒼ぃいいいい!?」
なんか、和泉が釣竿を放り投げて秋葉のほうに走っていった……。
「言うな、言うなぁ! 言ったら殺すぞ、蒼ぃいい!!」
と、秋葉の胸倉を両手で掴んでガクンガクン揺らしながら大きな声をだす……。
ど、どうした、和泉……。
「あ、あのいつも温厚で優しい和泉さんがキレた、しかも殺すぞって……、い、いったい、なにが……」
佐野までびっくりしているよ……。
「じょじょじょ、じょ、冗談に決まってるだろ、ハル、アンケートは誰が誰に投票したかは秘密って条件でやったんだから、い、言うわけないだろ、はははっ、や、やだなぁ、もう……」
と、秋葉が苦しい言い訳をする。
で、今のやり取りを聞きながら気付いたんだけど、私の正面、向こう岸の森の中に誰かいるんだよね……。
広葉樹の陰にと云うより、葛のような下草に隠れている……。
最初は何か動物かな、とも思ったけど、今ははっきりとわかる、あれは人間だ。
「痛い、痛い、許して、ハル!」
「許さん、蒼!」
「もう、喧嘩はやめなさいよぉ」
と、まだ秋葉と和泉がじゃれていて、それを遠巻きに見てみんなが笑っている……。
そっか、防衛陣を張ってないのか、あれは、人見とか綾原クラスじゃないと張れないんだっけ。
「ねぇ、みんな、あそこに誰かいるよ?」
しょうがないので、みんなに教えてあげる。
「え? どこ?」
「誰?」
「うん?」
みんなも視線を対岸の森のほうに向ける。
「誰かいるの?」
「どこ、ナビー?」
「ほら、あそこに、私の正面、お花咲いているとこ」
と、私はその方角を指し示す。
「あ!?」
「動いた!」
そう、茂みに隠れていた人が立ち上った。
それは女性。
ラグナロクの誰かではない、見覚えのない女性。
格好は……、白い民族衣装のようなチュニックとスカート。
色とりどりのビーズのネックレスやブレスレット類……。
髪は薄い……、栗色よりも薄い、亜麻色の髪の毛、それが長く軽くウェーブかかって、さらさらと風にそよいでいる。
その頭には花の冠。
顔は……、幼い……、ラグナロクのみんなよりも若い、でも、今の私よりは上だろう、おそらく15歳前後……。
うっすらと微笑みながら、その大きなエメラルドグリーンの瞳で私たちを見ている……。
「だ、誰……?」
「現地人……?」
「だ、だろうな……」
「あ!?」
その彼女が両手を前に広げて、敵意はありませんよって感じでこっちに歩いてきた。
「あっ!?」
「えっ!?」
そして、河原の石に躓いてトテン、と転ぶ……。
なんか、痛がっている、きゅー、きゅー、みたいな声を出して……。
しばらくして立ち上り、服についた砂埃をはらって、また、両手を前に広げてこっちに歩いてくる……。
そして、また、石に躓いて転がる……。
「きゅー、きゅー」
と、痛がる……。
「あ、あなた、大丈夫!?」
「怪我してない!?」
と、みんなが我に返って、川を渡って対岸に行こうとする。
「待って、みんな!!」
私は止めるけど、みんなはそれを無視して川の中に点在する石を足場にして対岸に渡っていく。
「くっ……」
私も急いでみんなのあとを追う。