ヒンデンブルク広場の骨組みだけになった飛行船、その真ん中にぽっかりと大きな縦穴が開けられている。
今は当初の直径30センチ程度の穴から1メートル以上の大きな穴へと拡張されていた。
「よく来てくれたわね、みんな……」
と、私たち5人を出迎えてくれたのは人見彰吾ではなく参謀班の綾原雫だった。
「しずくっ!」
気が楽になった私は大喜びで綾原に抱きつく。
「あら、どうしたの?」
彼女の胸に顔をうずめてすりすりと頬ずりをする。
「ううん、なんでもない、雫、良い匂いする……」
そして、彼女の胸に顔をうずめて深呼吸を繰り返す。
「そ、そう……?」
「うん、お花の匂いする……」
菊とかそんなやつ。
「ふふ……、ありがと、ナビー……」
と、彼女は私の両肩を抱いて引き離す。
ああ、柔らかくて、気持ちよかったのに、残念……。
「私は反対したのよ……」
と、彼女が私の頭を軽くなでながら話しだす。
「人見がどうしてもあなたにも来て欲しいって言うから仕方なく了承したけど……、気分が悪くなったらすぐに言うのよ、いい、ナビー?」
「うん?」
なんの話だろう?
首を傾げる。
「では、行きましょうか、人見が待っている……」
と、綾原が下に降ろされたロープを掴んで飛行船のデッキ部分に降りていく。
「いくぞ」
「うん」
そのあとにみんなが続く。
「ナビー、先に行って、しんがりは俺が務める」
「うん、ハル……」
と、私もロープを伝って地下デッキに降りていく。
「よいしょっと……」
そして、到着。
デッキの中は前に来たときと同じ、完全な暗闇ではなく、壁や天井に塗られた蛍光塗料のおかげで最低限の明かりは確保されている。
ただ、通路の瓦礫はあらかた脇にどかされていた。
「では、行きましょう、こっちよ」
と、綾原が全員がデッキに降りたのを確認したあとに言い、目的の場所に向かって歩きだす。
私たちは薄暗い通路を進む……。
途中、あのダンスホールの横に差しかかる。
「シャペル!」
と、私は薄いブラウンの背の高いほっそりとしたロボットを確認して、名前を呼んで大きく手を振る。
「ピポロポッポ、ピポロポッポ」
シャペルも頭を伸ばしたり縮めたりして返事をしてくれる。
その手にはコップが握られている……。
「ああ、水遣りの時間か……」
邪魔したら悪いね。
「また遊びにくるね!」
と、ダンスホールを素通りする。
「ピポロポッポ」
うん、シャペルも返事してる。
私たちは再び、薄暗い通路を進む。
すると、すぐに下に降りる階段があらわれる。
通路よりもさらに薄暗い……。
「気をつけてね、暗いから……」
綾原が先頭をきって降りていく。
私たちもそのあとに続く。
やがて、階段も終り、上の通路と同じような薄明かりに包まれた広間に到着する。
「ここは……」
私はきょろきょろと広間を見渡す。
広さは、そうね……、縦長、横幅は10メートルくらい、縦は結構奥まで続いている……。
高さも結構ある、5メートルくらい。
その天井から鎖がじゃらじゃらと幾重にも垂れ下がっている。
クレーンらしきものも見える。
「工場?」
「うん、工場っぽいね」
福井と徳永も私と同じように広間を見渡しながらつぶやく。
そして、先に進んでいくと……。
「シャペル?」
そう、壁際にシャペルと同じようなロボットがずらりと10体ほど並んでいたのだ。
「い、いや、違う……?」
こっちのシャペルは重厚……、装甲、ガードで全身が覆われている……。
「来たか……」
そのロボットの前に佇んでいた男が言葉を発し、こちらに向き直る。
それは、もちろん、銀縁メガネの頭の良さそうやつ、参謀班の班長、人見彰吾だ。
「ここは、なんなの、人見くん?」
福井が不安そうにロボットを見ながら人見に尋ねる。
「ふっ、見ての通り格納庫さ、それも兵器のな……」
彼がメガネを人差し指で直しながら笑って答える。
「へ、兵器……?」
「ああ……、だが、心配するな、重火器類は一切ない、あるのはこいつらのみだ……」
と、彼がロボットに手を添えて見上げる。
「兵器か……」
「動くのか?」
東園寺と和泉が無警戒にロボットに近づいていく。
それを見て、私たちもおそる、おそる、彼らのあと続く。
「気が早いな、和泉、その実験をするためにおまえらを呼んだのだ……」
近づいて、あらためてロボットを見ると、その大きさに圧倒される。
「おっきい……」
シャペルより一回りくらい大きい、多分、3メートル近くある。
「あーん……」
と、口を開けてロボットを見上げる。
顔のデザインは一緒かな? 赤い、丸いレンズが二つついているだけ。
「それで、前提条件だが、こいつら……、ああ、そうだな、まず名称だな、俺はこいつらにヴァーミリオンと云う名前を付けた、これからはそう呼称してくれ」
ヴァーミリオン……、銀朱?
うーん……、私にはヴァーミリオンじゃなくてベージュに見えるけど……、他になにか意味はあるのだろうかぁ……。
「前提条件だが、こいつらヴァーミリオンの動力は電気でも内燃機関でもない……、動力は魔力だ」
みんなが人見の説明を黙って聞いている。
「俺はこの実験のために、朝から5時間ほど魔力を注入し続けた……」
そういえば、くんくん、お昼もいなかったね。
昼食もとらないで、そんな事をしていたんだ……。
「じゃぁ、動かせるのか? 今?」
「ああ、和泉、やってみせよう……、みんな下がっていてくれ」
と、彼が少し下がるようにと手で促す。
十分下がったのを確認して人見がヴァーミリオンの胸に手を添える……。
すると、ヴァーミリオンの赤いレンズが光り……。
「う、動いた」
「ほ、本当に……?」
ギギギ、ガガガ……、と云うさび付いた金属同士が擦れる音を響かせてゆっくりと動きだす。
そして、ドスン、と、ほこりを巻き上げて一歩目を踏みだす。
「うお……」
「す、すごい……」
でも、いつまで経っても二歩目を踏みださない……。
「止まった?」
「失敗か?」
完全に止まった、赤いレンズの光も失われている……。
「故障してるの……?」
「残念、これが動けば色々仕事が楽になると思ったのに……」
と、福井と徳永が落胆したように言う。
「いや、故障はしていない、ただの燃料切れだ……」
人見が一歩目を踏み出したヴァーミリオンに再度近づいて答える。
「燃料切れ?」
「朝から5時間も魔力を注入してたんじゃなかったの?」
「そうだ、俺の5時間分の魔力ではこれが限界、稼働時間はせいぜい3秒ってところだ……」
使えない……、そう思わざるを得ない。
「人見くんの魔力でも3秒が限界なの?」
「じゃぁ、他のみんなでやってもたかが知れてるね」
みんなで一日がかりで魔力を注入すれば、数分は行けそうな気もするけど……。
「使えん、そんなもののためにリソースを割くわけにはいかん」
と、東園寺が総括する。
まぁ、普通に考えればそうだよね、ヴァーミリオンに魔力を注入していたら、他の事がなんにも出来なくなっちゃうよ。
「余興は終りだ、人見、本題に入れ」
と、さらに、東園寺が言う。
ほ、本題……。
やっぱりそれか……。
日本に帰るための方策だ……。
私はうつむいて顔をしかめる。
「余興? 何を言っているんだ、東園寺? これが本題だ、まだ終りではない」
と、人見が腰のナイフを引き抜く。
「人見くん?」
「な、なにをする気なの……?」
福井と徳永が後ずさる。
「ナビー……」
いつの間にか隣に来ていた綾原が私の肩をそっと抱く。
「うん?」
彼女の横顔を見上げる。
「怖いなら、目を閉じてなさい」
と、彼女は静かに言う。
「魔力とはなんだと思う……?」
綾原の横顔を見上げていると人見の声が聞こえてきたので、そちらのほうに視線を戻す。
「魔力とは、精神、人の想い……、そう勘違いしてはいないか……?」
人見がヴァーミリオンの前に立つ。
「そう勘違いしても仕方はない、俺も最初はそう思っていたからな……、だが、魔力とはそんな単純なものではなかった……、いや、もっと単純だったのかもしれないな……」
そして、彼がヴァーミリオンの胸に手の平を広げてピタリとあわせる。
「魔力とはもっと根源的なもの……、それは人の苦痛だ!!」
ドン、と、凄い音がした……。
人見がその広げた手の平の甲にナイフを突き刺したのだ。
「ひっ!?」
「え、きゃっ!?」
福井と徳永が口元を押さえて悲鳴をあげる。
「うがああ、あがああああ……」
人見の手の甲から勢いよく血が吹きでる。
「ああああ!!」
と、さらに突き刺したナイフをひねり差し込む。
な、なにをやっているんだ、こいつは!?
「ああああああ!!」
何度もナイフをひねり上げる……。
彼の手が凄まじい流血と共にぴくぴくと痙攣しはじめる。
「あああああああ!!」
そして、その突き立てたナイフを一気に引き抜く。
さらに勢いよく血が吹きでる。
「人見!?」
「大丈夫か!?」
東園寺と和泉が彼を心配して駆け寄ろうとする。
「黙って見ていろぉおお!!」
しかし、人見が血の吹きだす手を横に払い二人を制止させる。
今の動作だけでも、もの凄い量の血が飛び散った。
「うおおおおお!!」
そして、血が吹きでる手をヴァーミリオンの胸に激しく叩きつける。
“コールユーゲン波動”
そう、彼の声が聞こえた気がした……。
「なっ……」
10体のヴァーミリオンの目が赤く不気味に光りだす……。
ギギギ、ガガガ……。
そして、そのすべてが一斉に動きだす……。
「ふ、ふふふ……」
圧倒されて言葉もでない……。