食料品倉庫は調理室の隣にある。
建物の中はそれなりに広い。
また、倉庫は魔法の力で冷却してあり、外と比べて20℃以上は低くなっていた。
「うう……、寒い……」
私はぷるぷると震え、二の腕をさする。
「お肉はなに使う?」
「野菜はこれでいいよね?」
「パスタになに入れる?」
と、お昼が近いせいか、生活班の女子たちがしきりに出入りしてくる。
基本的に食事の準備は生活班女子の仕事だけど、他の班の子も調理の時間になれば、自分たちの作業を中断して調理室に手伝いにやってきていた。
「ナビー、お願い」
「あ、うん……」
と、私はエプロンのジャガイモを手に取り、大きさごとに、それぞれのバスケットに仕分けしていく。
「これで、全部っと……」
すぐに仕分けは終わる。
「寒い!」
「くるぅ……」
「うん? クルビットも寒いの?」
と、クルビットを抱え上げて、胸に抱く。
「寒いねぇ」
「くるぅ……」
顔をすりすりする。
「それじゃ、私はこのまま調理室に入るから、ナビーはクルビットを牧舎に戻していらっしゃい」
「はぁい!」
と、私は食料品倉庫をあとにする。
このあと、シウスたちの放牧を終りにして牧舎に戻して、それから、エシュリンを連れてきて、中央広場でお皿とかの配膳の仕事をする。
「ああ、陽射しが強いからパラソルの準備もしておいたほうがいいね……」
と、空を見上げながらつぶやく。
「いそがし、いそがし……」
クルビットを抱いたまま、駆け足で牧舎を目指す。
男子たちは今、ルビコン川の橋作りや市場の建設で大忙し、その上、作業も大詰めで力仕事がメイン。
相当お腹を空かせているはず。
「急がなきゃ……」
と、思ったら、暇そうにしている男子もいた。
その人は牧柵の外からぼんやりとシウスたちを見ている……。
そう、それは、銀縁メガネの頭の良さそうなやつ、くんくんだった。
「彰吾……?」
と、小さく声をかける。
「ああ、ナビー、いないと思ったら、クルビットの散歩に行っていたのか」
彼は私の顔を見るなり笑顔をつくりそう言う。
「うん、まぁ、そんなとこ……、さっ、クルビット……」
と、クルビットを地面に下ろして、柵の戸を開け中に入るようにとお尻を押す。
「くるぅ……」
遊び足りないのか嫌がる……。
「クルビット……」
ぽんぽんとお尻を軽く叩く。
「くるぅ……」
と、しぶしぶ中に入っていく。
「よし」
戸を閉めてパンパンと手を叩く。
「エシュリン、放牧はおしまいね! みんなを牧舎の中に入れて!」
そして、大声で彼女にお願いする。
「わかった、ぷーん!」
と、エシュリンがみんなを牧舎の中に連れて行く。
「忙しそうだね?」
人見がその作業を見守りながら尋ねてくる。
「うん、まぁね、このあと、すぐにお昼の準備をしなくちゃいけない」
「そうか……」
「彰吾は暇そうね? 手、まだ痛むの?」
私は彼に向き直り、包帯の巻かれた手を見ながら聞く。
「痛まない、と、言ったらうそになるが、仕事が出来ないほどではない……、が、参謀班のメンバーが今は休んでろってうるさいんでね、仕方なくこうやって時間を潰していたってわけだ」
「ふーん……」
と、顔を近づけて、彼の手を見る。
昨日と違って血は滲んでない、ちゃんと新しい包帯に取り替えてある。
「それにしても、びっくりしたよ、何を思ってこんな事したの?」
と、手をつんつんしてみる。
「あぐっ!?」
びくっとなる。
やっぱり相当痛いんじゃん。
さらにつんつんする。
「ひっ!」
と、人見が手を庇う。
「ふふ……」
彼の顔を見る。
なんか、ひきつっている。
「で、どうして、こんな事したの?」
あらためて彼に尋ねる。
「いや、もちろん、あのヴァーミリオンの性能に興味があったのは事実だが、それ以上にけじめをつけたかった」
と、包帯の巻かれた手を見ながら人見が話す。
「けじめ?」
「ああ、けじめだ、俺はみんなの命を危険にさらした」
「そうなの?」
「そうだ、知っての通り、現地人は魔法のネックレスの性能を知ってしまった、やつらはさらにそれを欲しがるだろう、取引に応じてくれている間はいいが、もし、やつらが力づくで来たら厄介だ、やつらだけなら撃退も可能だが、近隣の村々すべてで襲いかかってきたら終りだ……」
ふーん……。
一応は理解しているみたいね。
彼らは文明水準が低い、それほど建設的な思考は期待できない。
金の卵を産む鶏みたいになりそうなんだよね。
で、将来、おとぎ話になったりして、金の卵じゃなくて、魔法のネックレスで。
うん、それはそれで面白い。
「うかつだった……」
彼が苦々しく包帯の巻かれた手を見る。
「これは、そのけじめだ……、そして、ラグナロクの防衛力強化も急がなければならない……、あの飛行船を調査して日本に帰る方法を探している場合ではない……」
なるほどね……。
これは使える……。
「そうね、彰吾、生き残る事が先決よ、生きてさえいれば、いずれは日本に帰れる、まず、私たちが考える事はどうやって生き残るかよ、生きてさえいれば、どんな大怪我でもかすり傷、あとからいくらでもリカバー出来る、それだけは忘れないで」
「生きてさえいれば、どんな大怪我でもかすり傷、か……、いい言葉だな、肝に銘じておこう……」
「うん」
と、私は大きくうなずく。
「ナビー、終わった、ぷーん!」
エシュリンがやってきた。
「よし、じゃぁ、次はお昼の準備よ、いこ!」
「はい、ぷーん!」
「じゃぁね、彰吾!」
「ああ、またあとで」
と、私とエシュリンは中央広場のほうに走って行く。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、準備も終り、みんなで昼食をとる。
日差しが強いので、各テーブルの上にはちゃんとパラソルが設置してある。
「今日のメニューは……」
私はテーブルに並べられた料理を吟味する。
まずは、パン、猪肉の燻製と葉物野菜が挟まったやつ。
次に定番の野菜たっぷりのポトフ。
そして、最後にパスタ!
「おいしそう……」
小麦粉をこねて適当に麺状にしただけとは思えない……。
じゃぁ、さっそくパスタから……。
私はお箸を手に取りパスタから食べ始める……。
「む……」
つるつるしてる……。
「むむ……」
箸で掴んでもすぐに落ちてしまう。
「くっ……」
最近思ったけど、この身体って不器用なんだよね。
不器用とも違うか……。
簡単に言えば、利き手がないって印象。
両手とも左手って感じの使用感。
「おいしい……」
あきらめてスプーンでポトフをすする。
そして、箸の先でジャガイモを刺して、そのまま口に運ぶ。
パンも箸の先に刺してむしゃむしゃ……。
そして、パスタも刺して……。
「くぅ……」
駄目だ、食べられない……。
なんで、フォークじゃないのよ、箸なんて使えないよ……。
夏目とかに箸の持ち方がどうとかよく指導されるけど、私はフォークがいいのよ……。
皿を持って、直接お口に流し込む!
「こら、ナビー、はしたないわよ」
と、夏目に注意される。
「はぁい……」
皿をテーブルの上に戻す。
そして、また、箸でパスタを掴もうと悪戦苦闘する。
「ははは、ナビーは箸の使い方がヘタだなぁ」
秋葉蒼に笑われた。
「こうだよ、ナビー」
さらに、和泉春月も箸を閉じたり開いたりしながら言う。
「こう……?」
と、和泉の真似して箸を閉じたり開いたりする。
「そうそう、うまいうまい」
よし。
その調子でパスタを掴もうとする。
でも、するすると落ちていく……。
くっそぉ!
「もう、しょうがないなぁ、ナビーも……、食べさせてあげるよ」
と、秋葉が椅子を近づけて、私の箸を奪い取る。
「ほら、ナビー、口を開けて」
秋葉がパスタを掴んで私の口に近づける。
「え、ええ……?」
「ほら、はやく」
満面の笑みで言う。
「あ、あーん……」
しょうがないので、口を開ける。
すると、パスタが口の中に入れられる。
うん?
おお?
ちゅるちゅるとパスタをすする。
「お、おいしい!」
ちゃんとしたパスタだ!
これって、ソースは普通のカルボナーラだよね、缶詰かなんかで残っていたのかな?
「だろ、ほら……」
と、また秋葉がパスタを口の近くに運んでくれる。
「ありがとう!」
大喜びでパスタに食いつく。
ちゅるちゅる。
うまうま。
「次々!」
催促する。
「ほら……」
と、なぜか、パスタの位置がどんどん上にあがっていく。
私は立ち上がって、パスタを下からちゅるちゅるすする。
「今度はさ、この一本を噛まないで飲み込んでごらん」
「う、うん? わ、わかった……」
と、秋葉の指図通りにパスタを下から飲み込んでいく。
おお、のどごしがいい……。
ちゅるちゅる、ごくごく……。
と、飲み込んでいたら、パスタがどんどん上にあがっていく……。
私は背伸びして飲み込もうとする……。
けど、もうこれ以上届かない……。
「ほら、ナビー、もう少し、口を開けてごらん」
「あ、あーん……」
口を開けたまま固まる。
「おお、ちゃんと飲み込んでる……」
「すごい、こうなってるんだ……」
と、秋葉と和泉が私の口の中を覗き込む。
な、なにをやってるんだ、こいつら……。
「おこっ?」
ああ!?
パスタを引っ張られた!
「おげ、おげ、おここ……」
どんどんパスタが引き抜かれていく。
や、やめ、やめて!
「おこ、おこ、おこここっ!?」
もう涙目。
ぎゅっと手を握って耐える。
「おお、それでも飲み込もうとしてるよ……」
「すごいな、閉じたり、開いたり……」
な、なにこれ、なんの遊びなの!?
それでも、頑張ってパスタを飲み込もうとする。
「お? 負けないぞ?」
と、秋葉が椅子の上に乗ってさらにパスタを引っ張りあげる。
「おこ、おこ、おけ、おけ、おごごっ!?」
やばい、これ!
秋葉に釣り上げられる魚の気持ちがわかったよ!
「こら、男子、食べ物で遊ばないの」
「そうだよ、みんなで一生懸命作ったんだから」
と、笹雪と雨宮に注意される。
「あ、ごめん……」
秋葉が手を緩める。
チャンス!
と、私はパスタをちゅるちゅる吸って、ごくんと飲み込む。
「あ……」
「へへん」
おいしかった。
いやぁ、しかし、楽しい食べ方だなぁ。
と、私はパスタを指でつまんで、先を見つけて、そこから噛まずにちゅるちゅると飲み込んでいく。
おお……、おいしいというより、気持ちいい……。
こう、上からたらして飲み込んでいく感じ……。
で、途中で引っ張ると……。
「おこっ」
や、やばいよ、これ!
「ああ!? ナビーが変な食べ方おぼえちゃったよ!!」
「どうするの、男子たち!?」
と、こんな感じで楽しい昼食会は続くのであった。