「フィユたん……」
私は風になびくバスタオルを見て忌々しくつぶやく。
ここは、居住区の裏、女子たちの洗濯物干し場。
シーツとかタオルとか衣類とかが干してある。
その中の一枚、くまのイラストが描かれたバスタオルがひらひらと風になびいている。
あのバスタオルは昨日、あの虫の巣にあったもので、小鹿のカチューシャをくるんで運ぶために持ってきた。
「フィユたん」
もう一度溜息混じりにその名を口ずさむ。
バスタオルのくまのイラストの下に黄色の刺繍でそうはっきり書かれている。
幸い、あの虫の巣があった場所の周辺は立ち入り禁止になり、フィユたんの他の荷物が発見される可能性は低くなったけど、それでも、あのバスタオルだけでも問題。
昨日、あれから綾原たちに色々詮索された。
別に私がハイジャック犯の武地京哉と疑っての事ではないと思うけど、私の過去について色々な質問がなされた。
思い返してみても、失敗したと思う。
一切の個人情報は話していないけど、普通におかしいって思われたに違いない。
だって、色んな知識があるのに、自分、フィユリナ・ファラウェイに関する記憶だけがすっぽり抜け落ちているんだから。
海老名が首を傾げていたね、記憶喪失ってこういうものだったっけ? って。
「はぁ……」
まずい。
私の過去を詮索させないためにも、あのバスタオルは発見されてはいけないものだったんだ……。
「まぁ、しょうがない、嘘をつき通すしかない」
と、私はバスタオルを横目にそこを通り過ぎ、表の石畳の道に出る。
「カチューシャ、元気にしてるかなぁ」
少し、機嫌を直して、新しい仲間、小鹿のカチューシャを思い浮かべる。
「それにしても、みーん、って鳴き声かわいいよね」
強い陽射しの中、足早に牧舎を目指す。
「うん?」
中央広場の真ん中に誰かいるぞぉ?
石畳に座り込んで何かしている。
こちらから見て後ろ向き、大きな背中と、色の抜けかけた赤い髪……。
そう、それは誰がどう見ても、東園寺公彦、その人だった。
「あいつ、この炎天下の中、何してるんだ?」
帽子も被らないでなんかやってる。
「ははーん……」
きっと、悪巧みしてるんだなぁ。
今日の私は機嫌が悪い。
運がなかったな、東園寺……。
「よし、こらしめてやる!」
と、私は足音を立てないように走りだす。
そして、彼の背中にむかって思いっきりジャンプ!
「ハロハロハー!!」
と、飛びついて、彼の耳元で大きな声を出す。
「耳が痛い、ナビーフィユリナ」
東園寺が顔をしかめて私をみる。
「なにやっているの、公彦、帽子も被らないで」
と、私が被っていた麦わら帽子を彼に被せてやる。
「やめろ、やめろ、前が見えん」
彼はその麦わら帽子を再度私の頭に乗せる。
「で、なにこれ?」
と、私は彼の背中に抱きつきながら、肩越しに石畳に広げられた紙を見る。
「ああ、塹壕と石垣の配置予定図だ」
「ふーん」
紙には地図が書かれており、ラグナロク広場を取り囲むように、塹壕と石垣が点線で書かれていた。
「穴がないか……」
と、東園寺が地図を見ながらつぶやく。
「ああ、そうね……」
アドバイスしてやろうかと思ったけど、
「あ、そうだ、カチューシャ!」
私にはまだやるべき事がある!
と、そのまま立ち上がり、麦わら帽子を被り直す。
「またね、公彦、頑張ってね!」
そして、牧舎に向かって走りだす。
「おう……」
彼は私を見もしないで軽く手を振る。
「ふふふ……」
かかったな、東園寺……。
中央広場から出て、調理室の横を過ぎ、さらに食料品倉庫を過ぎたあたりで横道に入り建物の裏に出る。
「とりゃぁ!」
そして、全速力で走って、中央広場を回りこんで、居住区の入り口のとこまで行く。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息を整えつつ、東園寺のうしろから忍び寄る。
「ふふふ……」
ダッシュ!
「ハロハロハー!!」
と、うしろから飛びついて、耳元で大きな声で言ってやる。
「耳が痛い、ナビーフィユリナ」
東園寺が顔をしかめて私を見る。
「なにやっているの、公彦、帽子も被らないで」
と、私が被っていた麦わら帽子を彼に被せてやる。
「やめろ、やめろ、前が見えん……?」
彼はその麦わら帽子を再度私の頭に乗せるようとするけど、途中でその手を止め、私の顔をまじまじと見つめる。
「うん? どうしたの、公彦? それより、なにこれ?」
と、私は彼の背中に抱きつきながら、肩越しに石畳に広げられた紙を見る。
「あ、ああ……、塹壕と石垣の配置予定図だ……」
「ふーん」
さっき見た地図をさっきと同じように覗き込む。
「穴がありそうね……」
東園寺がさっきの台詞を言わないので、私が代わりに言ってやる。
「そ、そうだな……」
「そうねぇ……」
アドバイスするふりをして、
「あ、そうだ、カチューシャ!」
と、彼の背中をはなして立ち上がり、麦わら帽子を被りなおす。
「またね、公彦、頑張ってね!」
そして、牧舎に向かって走りだす。
「お、おう……」
と、今度は私を見て、生返事をする。
「ふふふ……」
三回目いくよ!
楽しくなってきたぁ!
「とおりゃぁ!!」
もう、全力疾走!
建物の裏、墜落した旅客機を横目に疾走する!
前髪が風に広がって、服の中にも風が駆け抜けてとっても気持ちいい!
「はぁ、はぁ、はぁ……」
で、でも、さすがに疲れてきた……。
「よし……」
そーっと、うしろから東園寺に近づいて……。
ダッシュ!
「ハロハロハー!!」
と、うしろから飛びついて、耳元で大きな声で言ってやる。
「ま、またか、ナビーフィユリナ、いい加減にしろ……」
彼は顔をしかめて私を見る。
「はぁ、はぁ、また? 何の話? それより、なにやっているの、公彦、帽子も被らないで、はぁ、はぁ」
と、私が被っていた麦わら帽子を彼に被せてやる。
「な、何度目だ、いったい……」
彼はその麦わら帽子を再度私の頭に乗せる。
「はぁ、はぁ……、うん? どうしたの、公彦? それより、なにこれ?」
と、私は彼の背中に抱きつきながら、肩越しに石畳に広げられた紙を見る。
「あ、ああ……、塹壕と石垣の配置予定図だ……」
「ふーん、はぁ、はぁ」
さっき見た地図をさっきと同じように覗き込む。
「穴がありそうね……、はぁ、はぁ……」
「そ、そうだな……」
「はぁ、はぁ、そうねぇ……」
アドバイスするふりをして、
「あ、そ、そうだ、カチューシャ!」
と、彼の背中を押すようにして立ち上がり、麦わら帽子を被りなおす。
「またね、公彦、頑張ってね!」
そして、牧舎に向かって走りだす。
「あ、ああ……」
彼は何か言いたさそうな顔をしながらも、軽く手を振って見送ってくれる。
「ふふふ……」
無限ループって怖いよね。
もう、やめられなくなってきた!
全速力で食料品倉庫から曲がって裏手に出る。
「とおおりゃああ!!」
と、麦わら帽子が風で飛ばされないように手で押さえながら駆け抜ける。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
でも、もう息も絶え絶え……。
「も、もう少し、もう少し頑張るのよ、ナビー……」
息を整えながら表の石畳の道に出る。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
駄目だ、汗が垂れてきた。
でも!
と、最後の力を振り絞って、東園寺に向かってダッシュ!
足がもつれるけど!
「はぁ、はぁ、ハロ、ハロ、ハー!!」
と、懸命に彼の背中にダイブする。
「だ、大丈夫か、ナビーフィユリナ……?」
東園寺が心配そうな表情で私を見る。
「はぁ、はぁ、はぁ……、な、なにやっているの、公彦、帽子も被らないで、はぁ、はぁ、はぁ……」
と、震える手で被っていた麦わら帽子を彼の頭に乗せる。
「いやいや、おまえが被っていろ」
彼はその麦わら帽子を再度私の頭に乗せる。
「はぁ、はぁ、はぁ、で、で、な、なにこれ……?」
顔の汗を彼の肩で拭きながら地図も見ないで尋ねる。
「塹壕と石垣の配置予定図……」
「はぁ、はぁ、はぁ、あ、あな、ありそうね、はぁ、はぁ、はぁ……」
「そ、そうだな……」
「はぁ、はぁ、はぁ、そ、そうねぇ、はぁ、はぁ、はぁ……」
アドバイスするふりをして、
「カチュ、カチュ、カチュ!」
と、最後の力を振り絞って立ち上がる。
「ま、また、またね、公彦」
私は弱々しく彼に手を振る。
「お、おう、無理すんなよ……」
彼も手を振りかえしてくる……。
く、くそっ……。
「いい加減とめろぉ!!」
と、振り向きながらおもいっきり怒鳴ってやる。
もう、あったまきたぁ!
私は自分じゃやめられないのよ!
「あ、い、いや、なんの遊びかなぁと思って……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
私はうつむき加減で東園寺の前まで歩いていき、そのままくるっと反転して彼の膝の上に座る。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
そして、額の汗を拭いつつ呼吸を整える。
「大丈夫か、ナビーフィユリナ?」
東園寺が上から私を覗きこんでくる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
麦わら帽子をとって彼の頭に乗せる。
「いや、これはおまえが被っていろ」
「ううん、それで日影作ってて、暑いから……」
と、彼の顔を見上げながら言う。
「そうか……」
東園寺が麦わら帽子を深く被りなおして、そのつばで日影を作ってくれる。
「ナビーフィユリナ……」
そういえばさ、こいつだけ私の事をナビーフィユリナって呼ぶよね? なんでだろ?
「ねぇ、公彦、どうして、私の事をナビーフィユリナって呼ぶの? あなただけだよ、そんな呼び方するの?」
ついでに聞いちゃおう。