あれから一週間が過ぎた。
ナスク村の人たちには予定通り、身寄りがあり、尚且つ健康な人から順次出て行ってもらっている。
それでも、なかなか退去が進まない。
たぶん、ここ一週間で出て行ってもらえた人数は30人にも満たないと思う。
つまり、ここ、ラグナロクには、まだ130人以上の人たちが残っている計算になる。
それも、身寄りのない、老人や子供、女性が中心。
ここからは、持久戦になると思われる。
とりあえず彼らには、市場、プラグマティッシェ・ザンクツィオンで生活をしてもらっている。
なんとか、テント、屋根のある場所は全員分確保したとはいえ、依然として不便、不自由は感じていると思う。
でも、仕方ない……、福井とかが一緒に生活するのは怖いって言うから……。
あと、食料……、これは意外となんとかなっている。
村長さんたちが他の村の村長さんに援助を要請したり、私たちに交易相手を紹介してくれたりと、かなりの分の食料をそこから調達可能になっていた。
それでも、足らない分は森から調達するのだけれど、あんまり捕りすぎると和泉が怒るんだよね、森を大事にしろって……、あいつはエルフかっつうの……。
こんなものかなぁ、ここ一週間であったの……。
私は机に向かい、ペンを片手に外の景色をボーっと眺めながら近況を考える。
白いレースのカーテンが風に揺らされるたびに青い空が見え隠れする……。
「ああ……、いい風……」
日差しは直接入ってこないけど、窓からほんのり暖かさが届き、時折吹く風がその暖かさをかき消していく。
「こら、ナビー、まじめにやりなさい」
と、教室のうしろで私の監視をしていた徳永美衣子に叱られる。
「はぁい……」
机に視線を戻す。
ここは、割と普通なナビーフィユリナ記念会館。
普段は班長会議の場として使用されているけど、空いた時間には、こうやって、私の授業を行う教室としても使用されていた。
「ナビー、集中してね、今まで習ったことをよく思い出すのよ」
前方には私の担任の先生である綾原雫も立っている。
「はぁい……」
机の上の紙を見る……。
そう、今は授業ではなく、私の学力テスト中……。
「ええっと、次の問題は……」
なになに……。
「ジャワ島にいた原人はジャワ原人、では、北京にいた原人はなに原人でしょうか?」
ぺ、北京……、原人……、かな……?
あ、いや、こんな簡単な問題あるわけない、きっと、ひっかけだ……。
でも、原人って、あとなにがあるんだ? P○原人しか知らないぞ?
「お? 待てよ……、ジャワ島でジャワ原人……、じゃぁ、北京なら……、北京島原人……? おお……、それだ……」
と、答案用紙に北京島原人と書き込む。
よし、よし……、次、次……。
「日本語で小船、スペイン語でバッテラ、イタリア語でバルケッタ、では、オージローはなんて言うでしょうか?」
……。
オージロー……?
だれ……?
ひどいな、これ……、見当もつかない……。
パス、次、次……。
「ロシア革命の立役者、ソビエト連邦建国の父、ウラジーミル・レーニン、本当はなんにん?」
本当はなんにん……?
本当はって、最初からひとりじゃないの……?
「うーん……」
あ、影武者か……、な、なら……。
「ふ、ふたり……、かな……?」
答案用紙にふたりと書き込む。
よし、次、次!
「なになに……、ニワトリはコケコッコ、では、犯人の前で転んでしまったお巡りさんはなんて言うでしょうか?」
コケコップ!
おお……、これは一発でわかった……。
答案用紙にコケコップと書き込む。
と、いった感じで、私は次々と問題を解いていく。
「終わったぁ、疲れたぁ!」
と、思いっきり背伸びをする。
たっぷり50問くらいあった。
「終りね……、答え合わせは明日やります。では、また同じ時間に、お疲れ様でした」
「答案は私が預かっておくね」
と、綾原が終了を宣言し、徳永が答案用紙を回収する。
「綾原先生、徳永先生、ありがとうございました!」
私は急いで筆記用具を片付けて教室をあとにする。
割と普通なナビーフィユリナ記念会館を出ると光が広がる。
今日も晴天。
雲ひとつない真っ青な空。
「急げぇ!」
と、私は白い石畳の上を走っていく。
向かう先はもちろん、みんながいる牧舎。
私は強い日差しの中、両手を広げて気持ちよく全力疾走。
「お、ナビー、今日も元気がいいな!」
「相変わらずかわいいな、ナビー、転ぶなよ!」
と、屋根の上に登って作業をしている生活班の二人、佐々木智一と安達一輝が大きな声で叫ぶ。
「大丈夫だよ、二人も屋根から落ちないでね!」
私も大きな声で、大きく手を振り返して答える。
彼らが作業をしている建物を過ぎると、すぐに牧舎が見えてくる。
そして、すぐに到着。
「お、来たか、ナビー」
「準備は出来ているよ」
「くるぅ!」
と、牧舎の前に待機していた狩猟班のみんなと、クルビットが出迎えてくれる。
「おまたせ!」
今日はシウスたちの世話でここに来たわけではない。
「ぷるるぅ!」
「ウェルロット!」
私は白い仔馬、ウェルロットの頭を抱いて、優しく頬ずりをする。
「じゃぁ、すぐに乗る?」
「紙もいっぱい入れておいたよ」
と、狩猟班の笹雪めぐみと雨宮ひらりが言う。
「おお……」
ウェルロットのうしろにはピンク色のちっちゃい馬車が連結されている。
高さ、幅、ともに1メートルくらい、長さは車輪も入れても2メートルくらい、桃の形をしていて、そのてっぺんにはこれまた可愛らしい、ちっちゃいランタンが取り付けられている馬車。
そう、これは、割と普通なナビーフィユリナ記念ピーチ号、私の専用の馬車となる。
「えへへ……」
ウェルロットの額に頬をすりすりしながら、うっとりと馬車を眺める。
今日はこれから、馬車に乗って、プラグマティッシェ・ザンクツィオンに視察にいく。
視察と言っても、別に何かを見たいわけではなく、単に、馬車の慣らし運転のために出向く。
長い時間走らせないとサスペンションやその他の金具が錆びたり、木製の車輪が歪んだりするから、それを防ぐための定期的なメンテナンス走行となる。
「ちょっと、距離あるけど、我慢してね」
と、ひと撫でしてから顔を放し、馬車に向かう。
「どうぞ、ナビー」
夏目翼が笑顔で馬車の扉を開けてくれる。
「ありがとう!」
私は大喜びで狭い入り口から中に入っていく。
入り口の広さは、だいたい、高さ50センチ、横幅30センチくらいかなぁ……。
もぞもぞ、もぞもぞ、と身体をねじ込むにように中に入っていく。
馬車の中には細切れになった新聞紙が大量に詰め込まれており、それが外にこぼれないように慎重にかき分けて進む。
「ぶはぁ!」
と、窓から顔を出して、大きく息を吐き出す。
ついでに、頭についた新聞紙をぶるぶるしてふるい落とす。
「わぁ! かわいい!」
「天使よ、これが天使よ!」
それを見た笹雪と雨宮が歓声を上げる。
「じゃぁ、いこっか、ナビー」
御者役である和泉春月が言う。
「うん、出発進行!」
と、私は小窓から拳を突き上げる。
馬車はのろのろと走りだす。
「おお……、余裕の音だ、馬力が違う」
ウェルロットが馬車を引いているように見えて、実は和泉が引っぱってるだけなんだけどね。
まっ、そんなことはおかまいなしで……。
「それぇ!」
と、細切れの新聞紙をうしろをついてくる狩猟班のみんなに投げつけてやる。
「それぇ、それぇ!」
「やめて、やめて、意外と貴重なんだから、それ!」
「紙ふぶき、綺麗……」
「ナビー、もっと、もっと!」
と、みんなが様々な反応を見せる。
「仕返しだ、ナビー!」
「うわっ!」
秋葉が細切れの新聞紙を拾って投げ返してきた!
「このぉ!」
と、私も反撃!
「甘いぜ、ナビー!」
私の攻撃をかわして、ぱらぱらと新聞紙を頭に振りかける。
「くっそぉ!」
こうなったら!
「お? 逃げるのか、頭を引っ込めるのか?」
と、秋葉がからかうように言う。
「誰が逃げるか!」
と、私は小窓から身をよじりながら上半身を外に出していく。
「せ、せまい……」
小窓は本当に小さかった……。
「けど!」
頑張って、腰のあたりまで身体を外にだす。
「おお?」
「ナビーが?」
そして、身体を反転して、そのまま窓枠に座る。
「どうだ、これで手が届かないだろ!」
ちょうど、あれ、箱乗りってやつ。
いやぁ、箱乗り懐かしいなぁ、昔よくやってたよ、ベンベで。
ちなみに私が乗ってたベンベは当時六本木カローラって呼ばれてた、うん、バブル期の話しね。
「箱乗り気持ちいい」
長い金髪を風になびかせる。
「きゃあああ! ナビーちゃんがムネヲ乗りしてるよ!」
「ムネヲ以外で初めて見た、ムネヲ乗り!」
うん?
「ムネヲ乗り?」
意味がわからずに聞き返す。
「そう、ムネヲ乗り!」
「北海道では、その乗り方のことをムネヲ乗りって言うんだよ」
「ムネヲだけに許された乗り方だからムネヲ乗り」
「ムネヲだけが合法! それ以外の人がやったら逮捕!」
と、みんなが口々に説明してくれる。
「へぇ……」
そういえば、みんな北海道の人だったね。
「「「ムネヲ、ムネヲ、ムネヲ!」」」
その前に、ムネヲってだれ……。