傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

94 / 162
第94話 ベルゲンデン

 砦、建物の中は石造りのせいか、外よりも幾分かひんやりとしていた。

 カツ、カツ、カツ、と、前を歩くマジョーライの軍靴の音が石壁に反響して大きく響き渡る。

 

「こちらへ……」

 

 そして、ひとつの部屋……、会談の場だろう、大広間に通される。

 総石造り、装飾の類は一切ない、グレー一色に統一された広く寒々とした殺風景な大広間……。

 その大広間の中央には木製のテーブルが置かれ、その上にはナプキンと空のグラスが席の分だけ配置され、また、この広間には窓がなく、壁に取り付けられている燈台が周囲を照らし、テーブルの上のグラスをキラキラと輝かせていた。

 

「着席してお待ちください……」

 

 マジョーライがうやうやしく礼をして退場する。

 

「うーん……」

 

 と、私は真ん中、中央の席に座る。

 

「それじゃ、俺はここ……」

 

 南条が私と十席くらい離れた端から二番目の席に座る。

 

「それじゃ、失礼するよ……」

 

 と、和泉と東園寺が私の両側に座る。

 

「ふぅ……」

 

 一息つき、白クマのリュックサックを足元に置き、中から水の入ったペットボトルを取り出し、その蓋を開けて、コクコク、と、二口くらい飲む。

 他の三人も同じようにリュックを足元に置いて、中からメモ帳とか書類とか水とか色々取り出し、テーブルの上に並べていく。

 特に南条がすごい、何十枚もの紙を何席分にも渡って並べていく。

 

「カタルかっつうの……」

 

 内心つぶやく。

 いや、声に出たかも……。

 

「遠路はるばる、よくぞお出でくださいました」

 

 と、奥の扉から男が入ってきた。

 年齢は70歳くらい、長髪、白髪の、これまた丈の長い、法衣のような薄いブルーのローブを纏った痩せた老人。

 あ、この人、偉い人だ、と、直感的に感じ取り、私たちは立ち上がり挨拶をしようとする。

 

「いや、いや、私は千騎長ではないので、どうか楽にしておいてください」

 

 と、柔和な表情と手の仕草で私たちの動きを封じる。

 

「私は本国から派遣された国家上級書士、この会談を見届けさせていただこうと思いましてね」

 

 彼はそう言い、私の正面の席に着く。

 そして、私、東園寺、和泉の顔を見てにこやかに笑う。

 なぜ、正面、首座に座る……、この人、絶対偉い人だ……。

 

「千騎長の準備が整わないようなので、私がお相手でもしよう、そう思ってね……」

 

 私の表情を読んだのか、聞いてもいないのに、やつが答える。

 

「どういたしましたかな、お嬢さん?」

 

 優しく微笑む……。

 絶対偉い人だよなぁ、この人……、何かの探りを入れているのだろうか……。

 うーん……。

 思案を巡らす。

 

「ああ、自己紹介がまだでしたな? あ、しましたかな? いや、してませんね……」

 

 と、白い長い顎ひげを撫でる。

 この人、ボケてんのか……?

 真意をはかりかねる。

 

「私は国家高級書士の……」

「さっきとちげぇじゃねぇか!?」

 

 おっと、声に出しそうになった……、あぶない、あぶない……。

 

「え、ええ……、私は国家上級書士の……、サテリネアス・ザトー……」

 

 ああ? 

 サトー? 

 日本人か、この人? 

 落ち着け、そんなわけなかいから……。

 

「あなた方のお名前は?」

 

 サトーが笑顔を作り、私たちに自己紹介をうながしてくる。

 サトーか……、その前に、なんか言ったな、サテリネアスとか……、どういう意味だ……? 

 いまいち意味がわからない……。

 

「お嬢さんは……?」

 

 屈託のない笑顔で聞いてくる。

 うーん……、もしかして、サテリネアスって、なにかの略称なのかな? ミスターとかミスとか、または、レディースとかジェントルマンとか……。

 

「よし」

 

 胸に手をあて、

 

「私の名前は、サテリネアス・ナビー」

 

 と、笑顔で自己紹介をする。

 

「えへ」

 

 さらに顔を少しかたむける。

 

「お、おお……」

 

 よし、決まった……。

 

「ほら、みんなも自己紹介、サテリネアス・トウエンジ、サテリネアス・イズミ、サテリネアス・ナンジョウ、って……」

 

 と、小声で両脇の東園寺を肘うちしながら自己紹介をうながす。

 

「さ、サテリネアス・トウエンジだ……、よろしく頼む……」

「サテリネアス・イズミです」

「サテリネアス・ナンジョウ! イエー!」

 

 と、南条は親指を立てる。

 うん、ノリがいい、私は南条に向かって親指を立てる。

 

「サテ、サテ……、サテ……、な、なんと、奇遇な……」

「ええ、ホントに」

 

 と、私は満面の笑みで頷く。

 

「それは、めでたい! 良き日じゃ、あれを持ってまいれ、客人に振舞え!」

 

 と、サトーがパンパンと手を叩く。

 すると、奥の扉から執事風の、モーニングにも似た衣装の男が入ってくる。

 片手に盆を持ち、その上にはビンが置かれている……。

 そして、その執事風の男が私の隣に来て、

 

「ベルゲンデン・ゴトーでございます」

 

 と、言い、グラスにピンク色の飲み物を注ぐ。

 ご、ゴトー? 

 またしても、日本人の名前……、この人も日本人……、なわけないか……。

 いや、その前に、ベルゲンデン? もしかして、これって、名前? 

 と、なると、あのサトーの前に付いてたサテリネアスってのも名前だった可能性が高いな……。

 ああ……、失敗したなぁ……、変な人と思われてないかなぁ……。

 くそぉ……、通訳難しい……。

 まぁいい、次からちゃんとやればいい。

 

「ご丁寧にどうも、ナビーでございます」

 

 と、ちゃんと頭を下げて挨拶する。

 

「ほら、ほら、みんなも、ちゃんと挨拶して、東園寺でございますって……」

 

 肘うちをしてみんなに挨拶をうながす。

 

「と、東園寺でございます……」

「和泉でございます」

「南条でございます! イエー!」

 

 と、南条が親指を立てる。

 うん、ノリがいい、私は南条に向かって親指を立てる。

 

「べ、ベルゲンデン・ゴトーでございます……」

 

 執事風の男がみんなのグラスにピンク色の飲み物を注いでまわり、最後にサトーのグラスに注ぎ退出していく。

 

「では」

 

 と、サトーがグラスを掲げる。

 私たちもそれに習い、グラスを手に取り掲げる。

 

「ジャバドウ!」

 

 その言葉は知らないけど、どう見ても乾杯だと思う。

 

「乾杯!」

「「「乾杯」」」

 

 と、みんなも続く。

 サトーがグラスに口をつけたのを見て、私もひと口飲んでみる。

 

「おおっ!?」

 

 なにこれ、おいしい! 

 あまーい、イチゴ牛乳だよ! 

 コクコクと二口、三口と飲み続ける。

 

「おいしいね!」

 

 と、みんなに同意を求めるけど……。

 

「誰も飲んでない……、なぜ……」

 

 みんなは乾杯したあとすぐにテーブルにグラスを戻していた。

 

「なぜって、毒が盛られているかもしれないだろ、迂闊だぞ、ナビーフィユリナ」

「ああ、それはないよ、それがないことの証明のために、あのサトーのグラスにも同じビンから同じものを注いだのだから」

 

 少し笑って、またひと口飲む。

 

「ナビー、俺たちにとっては、毒になるかもしれないって意味もあるんだよ」

 

 と、和泉が東園寺をフォローするように言う。

 

「毒になる?」

「そう、慣れてないから、ちゃんと煮沸消毒されてない飲料水を飲むと、お腹を壊してしまうかもしれないってことだよ」

「ああ!? そういえば、翼が言ってた、持って行ったお水以外飲んじゃだめだって、お腹壊すからって! どうしよう、飲んじゃった!」

「たぶん、これは大丈夫だよ、しっかり加工されているみたいだし……」

 

 と、和泉がワインのようにグラスの中でイチゴ牛乳をまわして、最後に匂いを嗅いで見せる。

 

「そ、そうだよね……、安心した……」

 

 私も和泉の真似をしてグラスをまわし、そのままコクコクと飲む。

 

「いやぁ、おいしい! サトーさん、これ、なんて言う飲み物なんですか?」

 

 グラスを空にしたあとサトーに聞く。

 

「ベルゲンデン・ゴトーじゃよ、言わんかったかのぉ……」

「はぁ?」

 

 目が点になる。

 なんか、間違ったかも……。

 その時、バンッ、と云う大きな音とともに奥の扉が勢い良く開き、騎士風の男が大股で入ってくる。

 

「すまない、遅れた」

 

 高いクラウンと幅広いブリムの黒い帽子、赤系統のレザーメイルと黒革の艶やかなクロークとブーツ。

 容姿は……、細い目と、細い尖った顎、それにピンと張った口ひげが印象的な男。

 

「千騎長アンバー・エルルムだ」

 

 通訳をしなくても、アンバー・エルルムという単語は聞き取れたのだろう、皆が一斉に立ち上がり、挨拶しようとする。

 

「ああ、儀礼はいい、交渉の準備をしてくれ」

 

 と、先程のサトーと同じく、手で制止し、座るようにうながす。

 この対応で確信する、やはり、この砦は私たちとの会談のために造られたものではないと。

 あまりにも扱いが軽すぎる、実際その通りでも、私たちのことを、その辺の村の代表団としか思っていない。

 

「マジョーライ、任せたぞ、卿の案件だ」

 

 アンバー・エルルムのうしろに続く副官たちの中に新しいマジョーライがいた。

 

「はっ、千騎長」

 

 そして、彼は、中央、サトーの隣に座り、アンバー・エルルムはテーブルの端、ちょうど、南条の向かいあたりに座る。

 アンバー・エルルムの前には副官から出された書類があり、それを頬杖をつきながらぺらぺらとめくり、

 

「始めろ」

 

 と、書類に目を通しながら、顔も上げずに指示を出す。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。