傭兵少女のクロニクル   作:なうさま

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第96話 剣闘士

 南条大河が気持ちを落ち着かせるように、目の前に並べられた用紙の配置を変える。

 

「すぅ……、はぁ……、すぅ……、はぁ……」

 

 と、深呼吸を繰り返しながら、用紙を動かす。

 しかし、その手はカタカタ、カタカタと小刻みに震え、激しく動揺しているのが誰の目にも明らかだった。

 

「人に、揺さぶりをかけて、動揺を誘うのが交渉の常套手段だろ、なんて言ってたくせに、自分が引っかかってどうするのよ……」

 

 そう、心の中でつぶやく。

 でも、南条って心が弱いところがあるんだよね。

 彼は頭も良く、才能豊か、運動神経抜群、総合力では班長の人見彰吾をも上回る。

 だけど、ここぞというときに弱い、心が乱れると途端に頭の回転が鈍くなり、失敗を繰り返す凡人に成り下がる。

 

「もう使えないな、あいつ……」

 

 彼の横顔を見て、そう判断する。

 

「よくも大河を潰しやがったな……」

 

 涼しい顔で書類に目を通しているアンバー・エルルムを睨みつける。

 

「それにしても埒が明かんのう……」

 

 サトーがグラスのベルゲンデン・ゴトーを飲み干す。

 

「お互い本音で話そうか……」

 

 ゴンッ、と、大きな音を立ててグラスを置く。

 

「その首飾り、なんらかの力、なんらかの超常の力が働いておる……、そう睨んでおるんじゃが……、それがなんなのか、見当もつかん……、それを教えてもらえんかのう、小娘よ……」

 

 と、言い、妖怪のようにニタァと笑う。

 

「あんた、何者? 国家なんとかの人じゃないでしょ?」

 

 やつの顔を正面に見据えて言う。

 

「ほほほ……、残念じゃったのう、わしは国家特級書士のサテリネアス・ザトーじゃよ」

「だから、さっきと役職名違うから……、おい、アンバー・エルルム、今のはダウトだよなぁ……?」

 

 と、やつに視線を送る。

 

「いや、セーフだ、そのような役職はある」

 

 私をちらっと見て答える。

 

「ちっ……」

「ふぉっふぉっふぉ……」

 

 さらに、じじいが妖怪じみた笑い方をする。

 

「少し、昔話でもしようかのう……、いや、先にあれじゃな……、あれを持ってこい!」

 

 と、サトーが大声を出す。

 その直後に奥の扉が開き、鈍色の鎧を着た大男が広間に入ってくる。

 手には巨大な棍棒が握られている。

 

「ふぉっふぉっふぉ……」

 

 と、サトーがブルーの法衣から腕を出し、まっすぐ横に伸ばす。

 

「やれ!」

 

 そう指示を飛ばす。

 

「な、なにを……」

 

 広間に入ってきた大男が棍棒を両手に持ち、それを大きく振りかぶる。

 そして、渾身の力でその腕に振り下ろす。

 

「なにっ!?」

「あっ!」

 

 と、東園寺たちが驚きの声を上げる。

 巨大な棍棒がサトーの細腕に叩きつける、その瞬間までやつはニヤけた表情で私の顔を見続けた。

 ゴキンッ、と何かが折れ、砕け散る音が響く。

 折れたのは……、棍棒のほう……。

 真っ二つに折れた棍棒は木片を散らしながら天井にぶち当たり、その後、石の床の上に落ち、乾いた音を立ててくるくると転がる。

 

「ふおーふぉっふぉっふぉー!」

 

 と、サトーがその腕を私に見せる。

 その細腕はまったくの無傷、赤くすらなっていなかった……。

 

「じじい……」

 

 なんのトリックだ……。

 視線を床に落ちた棍棒に移す。

 

「手元で折れてるな……」

 

 シラカシにも似た色合いの棍棒を観察し、そこに何らかのトリックの痕跡がないか探す。

 

「手品ではないぞ……、疑り深いやつよのう、小娘……」

 

 鈍色の鎧の大男が折れた棍棒を拾い、一礼して広間から退出していく。

 

「ふぉっふぉっふぉ、睨むな睨むな小娘……、今種明かしをしてやる……、いや、その前に昔話でもするかのう……」

 

 私はサトーの顔をじっと睨みつけ、その真意を図ろうとする。

 

「あれはもう、50年以上前になるかのう……、都では千年祭に浮かれていた頃じゃ、そうそう、先々代の皇帝が無類の剣闘士好きでのう、その時も闘技場では、毎日、何百、何千もの試合が行われ、昼夜問わず大勢の人間が殺し合っていた……」

 

 やつがそこで言葉を切り、グラスを手にしてひと口飲む。

 

「そんな中、事件が起きた……、ある闘技会に現れた女剣闘士じゃ……、そやつは極めて美しい娘であったが……、おお、思い出した、この顔じゃ、おぬし、あの娘にどことなく面影が似ているのう」

 

 と、私の顔を見て言う。

 

「冗談じゃ……、似ても似つかん顔じゃ、あの娘のほうが美しい……」

 

 サトーがまたグラスに口をつける。

 

「そう、あの娘、最後まで名前がわからなんだった……、最後の戦いは凄まじかった……、歴戦の剣闘士50人以上を相手取り、勝利目前までこぎつけた……、じゃが、そこまで、娘は力尽き崩れ落ちた……、そして、娘の首に巨大な斧が振り下ろされた……、誰もが娘の首が飛んだと思った、じゃが、飛んだのは斧のほうじゃった……、そうだ、さっきのこれと同じじゃ」

 

 と、サトーが細腕を見せる。

 

「一瞬の静寂がコロシアムを覆う……、じゃが、奇跡はそこまで、静寂のあとには凄惨な殺人ショーが繰り広げられた、娘は大勢の剣闘士たちになぶり殺されてしまったのじゃ……、さすがにそこまでは防げんかったようだ……、それを見ていたわしは不思議に思うてのう、あの娘の首に振り下ろされた斧が折れたことに……、そこで、斧を調べさせた、じゃが、正常、ひびが入っているということはなかった、なら、娘の身体に秘密があるのか? いや、なかった……、それでは何か特殊な装備か? そして、見つかった……、これじゃ……」

 

 サトーが法衣の胸元から何かを取り出す。

 それは、なんの変哲もない銀色のネックレス……、だけど、特徴的なのはペンダント部分、形はひし形で、中央には妖しく光る赤い宝石が取り付けられている。

 そう、それは……。

 

「小娘、貴様がその首からぶら下げておるものと同じじゃぁ!!」

 

 サトーが目を剥き、鬼の形相で叫ぶ。

 私は無意識に胸元のネックレスを手で触る。

 ネックレスはワンピースの中に入れてあり、外からは見えなかったはず……、透けて見えたか……、いや、それは考え辛い……、なら、この前の襲撃のときに目撃され報告された可能性がもっとも高い……。

 

「同じ物がないかと捜索を始めた……、50年じゃ、50年探し続けた、世界中をだ!! じゃが……、ついぞ見つけ出すことは叶わんかった……、諦めかけた頃じゃ、ひょっこりあらわれおった……、それが、それじゃ……」

 

 と、テーブルの上の木箱に入った魔法のネックレスを指し示す。

 

「じゃが、どうも性能が物足りない、これとは格が違う……」

 

 サトーは手に乗せたネックレスを見る。

 

「どういうことじゃ……」

 

 そして、私の顔を見る。

 私はやつが手にする魔法のネックレスを観察する。

 私のとほぼ一緒、人見たちが作った物とは一線を画す妖しさと輝き、おそらく、ヒンデンブルクのオリジナル品。

 あれは……、回収しておかなければ危険だ……。

 

「出所は……、都より遥か遠く離れた辺境の……、さらに、その奥に分け入った未開の地……」

 

 言葉を切り、千騎長アンバー・エルルムを見る。

 すると、彼が口を開く。

 

「ある村にて、超常の力を使う者があらわれたという情報が舞い込んだ……、それは、なんでも、剣から炎を出すというにわかには信じ難いものだった……」

 

 ちっ、和泉のあれだ……。

 

「そうじゃ、炎を出す……、これと同等の力を有するのならば、それくらいのことをしてもおかしくはない……、じゃが、村人をいくら締め上げてもそんな力はないと言う……、はて、ならば命懸けなら、その力を発揮するのはでないかと思い、兵どもに村を攻めさせた……、が、結果は何もなし……、じゃが、その後じゃ、そやつらがどこかに逃げて行きおった、当然追撃させた、近隣の村々に言い触れまわられたら厄介じゃからのう……、そこで、出合ったのが、おぬしらというわけじゃ……」

 

 ニタニタ笑いやがった……。

 

「おぬしらは強かった……、予想以上にな……、あれぞ、超常の力……、その力が欲しい、その秘密を知りたい……、どうじゃ、わしだけに教えてくれんかのう、小娘よ……」

 

 身を乗り出して私の顔を覗き込む。

 

「まぁ、確かに……、その首飾りは私が所持しているものと瓜二つだけど……」

 

 と、胸元からネックレスを取り出し、サトーに見せる。

 

「おお……、やはり……」

 

 やつが目を見開く。

 

「でも、これは私どもが作成した物ではなく、古代の技術で作られた一品物、そちらのも、そう……、私どものパシフィカ・マニフィカスはこれを模造したレプリカ、性能が格段に落ちるのは必然……、その性能にご不満があるのなら、残念ですが、この取り引き自体なかったことにいたしましょう、それでは……」

 

 と、私は席を立つ。

 

「みんな、帰るよ」

 

 さらに、東園寺たちにも日本語で言う。

 

「おう……」

「ナビー?」

「今片付ける……」

 

 大人しく帰してくれるとは思わないけど……、これ以上交渉しても不理になるばかり、なんらかの譲歩を引き出したい。

 

「それ、ダウトじゃのう……」

「ええ、ダウトですね……」

 

 サトーとアンバー・エルルムが言う。

 

「なに?」

 

 彼らを見る。

 

「ある女性がなんらかの祈り、なんらかの言葉を囁くと、指からクモの糸のような物が噴き出したという報告もある……」

 

 アンバー・エルルムが書類をバサッと投げてよこす。

 

「先の炎もそう、そのクモの糸もそう、おぬしらは嘘をついておる……、何を隠しておる……、それを教えろ、小娘ぇ!?」

「断る、じじい」

 

 と、やつを見下ろし言ってやる。

 

「ふぉっふぉっふぉ、そうくるかい……、なら、決闘じゃのう……、わしも無類の剣闘士好き、ちょうど決闘を見たいと思っていたところじゃ、それも、命懸けのな」

「はぁ?」

 

 やつの顔をまじまじと見る。

 

「勝ったほうが正義、勝ったほうの意見を採用する!! どうじゃ、公平じゃろう!?」

 

 サトーがテーブルを強く叩き、勢いよく立ち上がる。

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