軽装、白いレザーメイルと大振りの片手剣、バスタード・ソードを装備した和泉春月。
重装、鈍色のプレートアーマーと黒い鉄槌を装備したボルベン・サンパイオ。
この両者の間には天と地ほどの実力差がある。
和泉春月のほうが遥かに強い。
「でも……」
わかっているか、和泉……。
窮鼠猫を噛む。
ザトーの口ぶりからすると、負ければサンパイオの命はない。
それは本人もわかっているはず。
そして、自分と和泉との実力差も。
ならば、もう、やつは正々堂々、正面から和泉に向かっていくことはないだろう。
とことん卑怯な手を使う。
大昔の将棋の名人がこんなことを言っていた、強者は泥沼の中で戦う、と……。
弱者は強者を泥沼の中に引きずり込み、乱戦に持ち込み、相手のミスや動揺を誘うことにより、勝機、活路を見出そうとするもの。
常に強者は泥沼の中に引きずり込まれ、その中でもがき苦しみながら戦う。
だからこそ、さっきの一撃、肩口に振り下ろすのではなく、メイルキラー、突きで仕留めるべきだった、あれで、実力差が相手にばれてしまった。
「長い戦いになるかもしれない……」
そんな予感がする。
「サンパイオ……、わしに恥をかかせおって……、サンパイオォオオオ!?」
ザトーが口から泡を吹きながら喚き立て、手にしたグラスを思いっきり地面に叩きつける。
闘技場のサンパイオが遠目からでも萎縮したのがわかる……。
頑なにこちらを見ないようにし、じりじりと前後左右に動き回る。
かわいそうになぁ、こういう指揮官の下だと、十分に力を発揮出来ないようなぁ……。
「う、うおおおおがああああああ!!」
サンパイオが和泉の正面で雄叫びを上げて鉄槌を振り上げる。
前言撤回、この戦いはすぐに終わる。
ザトーがすべてをぶち壊した。
「うおおおおっ!! うおおおおっ!!」
サンパイオは鉄槌を振り上げながら、必死に自らを鼓舞する。
「うおおおおっ!! うおおおおっ!!」
悲壮感すら漂う……。
もし、彼が私の部下ならば、和泉にだって勝てるのに……。
「うおおおおっがあああああっ!!」
そして、その鉄槌が和泉に振り下ろされる。
和泉は静かに、高速で下からバスタード・ソードを払い上げる。
カキンッ、と、速度の割りに小さく、軽い音が響く。
和泉の剣は鉄槌にヒットと同時にそのヘッドの上を滑らせ、そのまま軌道をずらし、上から押さえつけるように、足元の地面に鉄槌を叩き付けらせる。
鉄槌が砂の地面にめり込む。
さらに、ドンッ、と、和泉がそのヘッドを足で踏みつけて、地面に固定する。
「ぐっ、あっ、ぐっ」
と、サンパイオが鉄槌を地面から引き抜こうとする。
「くっ、うっ、ぐうううあああ!」
腰を落として力を込める、その瞬間、和泉がサンパイオの顔面に回し蹴りを食らわす。
強烈な一撃により、身体が伸び上がり、そして、ヘルムが勢いよく飛んで行く。
飛ばされたヘルムは外周の石垣に当り乾いた音を立て、さらにそこを飛び越えて砂の上に落ちる。
「ううっ、あああっ」
ヘルムが取れ、サンパイオの顔が見えるようになった。
年の頃は20歳前後、短い金髪、角張った精悍な顔……、そう、どことなく、あのシェイカー・グリウムを彷彿とさせる顔だった。
「くああああっ!!」
それでも、なお、サンパイオは地面にめり込んだ鉄槌を抜こうと力を込める。
でも、そこで終り、和泉の剣が下から高速でサンパイオの首を襲う。
ヘルムを飛ばしたのはこのため、剥き出しの首を斬りつける。
「うっ……」
首は飛ばない、けど、かなり深く入った、致命傷だろう……。
サンパイオは鉄槌から手を放し、両手で切られた首の傷口を押さえる。
「うっ、うっ、うぅう……」
よろよろ、よろよろ、と、よろめく。
その間、凄まじい量の血が流れ落ち、手の隙間から噴出す。
「うわぁ……」
と、南条が顔を背ける。
「うっく、うっく……」
そして、膝をつき、和泉の顔を見て、
「ありがとう、助かった……」
と、現地の言葉で言い、そのまま地面に倒れ、動かなくなる。
砂の上に血溜まりが広がっていく……。
なんか、あと味の悪い戦いだった……、あとで和泉にサンパイオのエピソードや最後になんて言ったか教えてやろう……。
そんなことを考えながら席を立つ。
「帰るわ、胸くそ悪い……、マジョーライ、いつ条約の効力が発生するか教えて、それから、細かい内容を詰めるから、もう一度会談のセッティングを……」
「座れ、小娘……、座らんかい、小娘ぇい!!」
その怒声により、私の言葉は途中で遮られる。
「なんだと、くそじじい、やんのか?」
椅子に座るザトーを上から見下してやる。
「座れ、小娘、決闘はまだ終わっとらんわい」
「はぁ?」
と、闘技場のほうを見る。
どう見ても、サンパイオは死んでいる……、というか、すでに、他の兵士たちが闘技場内に入り、サンパイオの死体の後片付けをしていた。
「おぬしらは4人おるじゃろ……?」
「はぁ?」
ザトーに向き直る。
「だから、こっちも4人じゃ、きゃあっきゃっきゃっきゃあ!!」
と、やつは肘掛を叩いて狂ったように笑う。
「なんだと……、くそじじい……」
「4対4の勝ち抜き戦じゃ……、じゃが、そうじゃのう、わしも鬼ではない、小娘、貴様は免除してやろう、戦えんじゃろ……、3対3の勝ち抜き戦にサービスしてやる、さぁ、座れ、小娘、次の対戦じゃ!」
「ちっ……」
私は爪を噛み、椅子に座る。
「なんと言っている、ナビーフィユリナ?」
東園寺が怪訝そうな表情で聞いてくる。
「勝ち抜き戦だって、公彦、大河、あなたたちも加えた3対3の勝ち抜き戦だって……」
「な、なんだって!? そんなの一言も聞いてないぞ!?」
と、大河は言うけど、それもそうよ、たぶん、今、この場で思いついたことだと思うから。
「雲行きが怪しくなってきた……、3対3って今は言ってるけど、ハルが3人倒しても終わらない可能性が出てきた……、なんだかんだ理由をつけて、みんなが死ぬまで戦わせるつもりだと思う……」
「なんだって……」
「詮索は後回しだ」
と、東園寺が立ち上がり、
「和泉! あと二戦だ! 俺と南条とおまえ、3対3の勝ち抜き戦になった、次もある、頼むぞ!!」
と、闘技場の真ん中で事情が飲み込めずに棒立ちしている和泉に大声で説明する。
その言葉を聞いた和泉が、わかった、という感じで手を挙げ軽くうなずく。
「理解してくれたようじゃのう……、ならば、次の対戦相手は……」
ザトーが上機嫌に顎ひげを撫でながら思案を巡らす。
「あの身のこなし、只者ではありませんなぁ……、あの軽装、レザーメイルはその自信のあらわれ……、ならばこちらも、それ相応の業師をぶつける必要があるかと……」
「それはわしも考えておった……、よし……、皆殺しのジョルカを呼べぇい!!」
それを聞き、兵士が一礼して奥に走っていく。
「ほほぉ、ここで皆殺しのジョルカを……、勝負に出ましたな、陛下……」
「そうじゃ、頭でっかちな技自慢の小僧に教えてやる! 上には上がいるというこをなぁ!! ちょこまかと動き回ろうとも、その上を行くスピードと技のキレ!! やつは気付くだろう、己の器の小ささに、そして、思い知るだろう、己の未熟さをなぁ!!」
と、ザトーが血走った目で泡を吹きながら熱く語る。
それにしても、こいつら本当に剣闘士が好きなんだな……。
カツン、カツン、と、通路の奥から足音が聞えてくる。
そして、その姿をあらわす。
全身黒ずくめ、基本レザーメイルだが、一部光沢で金属も使用されている鎧だとわかる。
武器は剣、和泉のと似た形状の、片手、両手、両方いけそうなバスタード・ソード。
身長は低い……、175センチ程度の和泉と比べてもさらに低い、165センチくらいだろう。
横にも細い……、ただ、その歩く様は非常にしなやか、関節の柔らかさがそれだけでわかる。
ああ、これは強いな……、そう、直感的に感じる。
「どうじゃ、強そうには見えんじゃろ?」
と、ザトーがこちらに身を乗り出して話しかけてくる。
「じゃが、それは小娘に見る目がないからじゃ! ジョルカは強い、わしが知る剣闘士の中で五指に入るほどの実力を持つ。やつの異名、皆殺しのジョルカ、なぜ、そう呼ばれるようになったか、知っているか、小娘よ?」
「いいえ」
と、ザトーをちらりと見て答える。
「そうか、そうか、なら、教えてやろう、あれは、血のような、真っ赤な満月が出ている夜のことじゃった……、ある辺境の、小さな砦にひとりの剣士があらわれた……、その剣士はゆっくりと門に向かい、そして、無言で衛兵に斬りかかった……、その剣技はすさまじく、声を立てることなく衛兵は事切れた……、だが、やつはそれで満足しない、血を求めて砦内に潜入し、片っ端から斬り殺していったのじゃ、しかも、兵だけではなく、従者、給仕、商人、見境なくな……、やがて砦は物言わぬ死体だらけになり……、動く者は、その剣士だけになった……、そう、それをやったのは、あやつよ……、人は恐怖と畏敬の念を込めて、こう呼ぶ、皆殺しのジョルカ!! と……」
なんか、さっきも似たような話を聞いた気がするんだけど……。
「おお? 小娘、言いたいことが顔に出ておるぞい? そうじゃ、皆殺しにせよ、と、やつに命じたのはこのわしじゃ! うっきゃぁっきゃっきゃっきゃぁあああ!!」
ザトーが肘掛を叩いて狂ったように笑う。
「一流の剣闘士にはこれくらいの伝説が必要じゃて! きゃあきゃっきゃっきゃあ!」
今更だけど、こいつに殺意と嫌悪感を覚える……。