「がうっ」「ぎゃうっ」
両頬が濡れる感触と、無邪気な鳴き声で目が覚めた。カーテンを貫いて俺を照らす朝日が眩しい。
「がうっ」
目を細めつつ左を見ると、小さくて赤い体に、後方に伸びる角を持ち、鋭い牙と赤い鬣を持った生物。
「ぎゃうっ」
右を見ると、小さくて青い体に、冠のような形状の角を持った、赤い生物と酷似している青い生物がいた。
───朝起きたら、未知の生物に頰を舐められていた。
一般人なら驚愕して腰を抜かすだろうが、俺は違う。もう何度も見た光景だ。ていうか毎朝決まった時間に起こしてくれるからむしろありがたい。
それぞれの小さな前脚で俺の片目を踏む2匹の頭を撫でながら体を起こす。まだ若干の気怠さは残るが、ここで起きないと2匹が怒るので、意識を覚醒させるために顔を洗う。
その間も俺の足元をちょろちょろとする2匹だが、特にイタズラなどはしないので、放置しておく。
あ、こら。背中をよじ登るのはやめなさい。爪が食い込んで地味に痛いので、持ち上げて肩に乗せておく。すると、もう1匹が「私も」と言わんばかりに背中をよじ登る。同じように肩に乗せると、左右からおはようの耳舐めを喰らう。
甘えてくるのは良いんだけど、たまにくる甘噛みはちょっと痛いと感じる。君たち自分がモンスターって理解してるの?俺は人間なんだからもうちょっと手加減をだな。
そう言いたいが、言っても何ら効果が無いと知っているので、黙っておく。
******
ギルドの扉を開けると、朝方なのに喧騒と言ってもいいほどの賑わいに包まれていた。こんな朝早くからクエストか、頑張れ。
通りがかったハンマー使いのハンターに激励を飛ばしつつ空いている席を探していると、肩を叩かれた。誰だろうかと振り返ると、
「よっ、ケイト。今日もモテモテだな」
「クインならともかく、キングは雄なんだが。更に言うと古龍なんだが?」
「細かいことは気にするな!逆に言えば、お前は古龍に好かれるほどのなにかがあるってことだろ」
「ま、悪い気はしないよ。実際、クインたちが来てから退屈しなくなったしな」
大剣を背負った知り合いのハンターにそう返しながら空いていた席につき、しばし悩んだ後メニューを注文する。厨房へ引っ込んでいくウェイトレスの背を眺めていると、大剣使いが隣にどかっと座る。
こりゃあ静かに朝食を取るのは無理そうだな、と思い、ため息を吐きながら大剣使いを見る。
「なんで横に座るんだよ」
「良いじゃねえか。お前が普段、どんな風にその2匹と飯を食ってんのか気になってな」
「どんなって言われてもな……こんな?」
腰に提げたポーチから徐に燃石炭を取り出すと、キングとクインの表情が明るくなる。翼がパタパタと揺れて、尻尾が背中を叩く。
分かりやすいな、と苦笑いしつつも、交互に1つずつ口元に運んでやると、嬉しそうにパクッと食べる。耳元でボリボリと音が響くが、心地よいものだ。
その後もちょびちょび燃石炭をあげて、クインの番が終わった頃に料理が届いた。それを食べていると、隣の大剣使いが俺の両隣に座る2匹を見て、何度目になるか分からない感嘆の声を漏らす。
「は〜……お前、本当にすげえな。炎王龍と炎妃龍を完全に従えるなんて。しかも炎妃龍って言ったら、 知らない奴の方が多いってレベルの古龍なのに」
「従えるっていうか、勝手に懐かれただけなんだけどな。俺自身、懐かれるようなことをした覚えも無いし」
「本当、謎だよなあ。なんで冴えないお前に寄ってきたのか。……あっちぃ!」
「あ、俺のことを馬鹿にしてると感じたら攻撃するぞ、コイツら」
「それを先に言え!」
飯を食いながらそう言う俺にいきり立つ大剣使いだが、俺は悪くないと思うのは普通だろうか。キングとクインを警戒するように若干距離を取る大剣使いを見て、俺は距離を詰めた。
「ちょっ、やめろ。その2匹を俺に近づけるな。……おい!お前今小声で「やれ」って言っただろ!」
はて、なんのことやら。
慌てて席を立とうとした大剣使いの腕を掴み、動けないようにする。冷や汗を流す大剣使いに、口から炎を漏らしながら、俺の肩から降りたキングとクインが近寄り───
「なんてな、冗談だよ」
「……お前、殴るわ」
「悪い悪い。お前の反応が面白くてな、つい」
恨めしげに拳を振り上げる大剣使いに軽く謝り、残ったものを完食する。やっぱり自分で作るよりギルドの方が美味いな。そう思いながら、大剣使いに手を振ってギルドを出た。
ギルドからの帰り道。
キングが俺を呼びかけるように、小さく吠えた。
「がうっ」
「ん?どうしたキング?」
「……」
「いたっ」
どうしたんだ?しゃがんで視線を合わせると、キングに指を噛まれた。慌てて指を抜く。何故か怒っているようなので、怒りを鎮めるために頭を撫でてやる。それでも何か気に入らないのか、ムスッとしたままの表情をしている。
どうすればいいのかと困惑して、頰を掻く。キングの奥さんであるクインなら何か知っているだろうと思って聞いてみると、俺にジト目を向けた後、腰に提げたアイテムポーチをテシテシと叩いた。
「あ……」
それで思い出した。そういえば、今日あげた燃石炭はキングが9個で、クインが10個だったな。大剣使いのせいですっかり忘れてた。キングは意外にも、こういう所で厳しい。
此方をチラチラと見るキングに、思わず微笑みが漏れる。ゴソゴソとポーチを漁って、一番大きい燃石炭を取り出してキングの口元に運んでやる。
「がうっ♪」
ふぅ……。どうやらこの対応で良かったらしい。尻尾を振ってご機嫌オーラを振り撒くキングを見て、額の汗を拭った。
キングは食事が終わると必ず頭を撫でてもらうために甘えてくる。それは今回も変わらないようで、俺の手の甲に頭を擦り付けてきた。
「王」の風格などどこかに捨ててきたとしか思えないキングは、小一時間ほど撫で回すことで漸く満足してくれた。
余談だが、キングだけが撫でられるのを途中から我慢できなくなったのか、クインも混じってきて、腕が攣りそうになった。
******
「……………」
ペラ、と紙をめくる音だけが響く。
これといった趣味を持たない俺は、家に居る間は基本的に読書しかしない。たまに採取をしに行ったりもするが、それだってキングたちが要求するからだしな。アオキノコとかサシミウオとか、酷い時はリオレイアを狩りに行かされたりもした。
コーヒー片手に本を読み進めていると、不意にドアが開かれた。そちらに目を向けると、キングが駆け寄ってきてズボンを軽く噛まれて引っ張られ、クインに脛を軽く叩かれる。本を閉じて、足元にいる2匹に聞く。
「どうした?」
「がるっ」「ぎゃうっ」
「……ああ、もしかして遊びたいのか?」
どうやら正解らしく、キングが首をブンブンと縦に振り、その横でクインが静かに頷く。
……うーむ、俺は家で寛いでいる方が良いんだけど、キングたちとも遊んでやりたいという思いが強い。でも疲れるの嫌だしなあ。
……まあ、たまには運動も良いか。
俺は席を立って、冷めきったコーヒーを一気に飲み干した。
玄関で早く早くと、翼を揺らして急かしてくるキングは、とても古龍とは思えないほどの愛嬌がある。むしろ犬って言われても納得できそうだ。クインを見てみろ、翼が小刻みに揺れてるだけだぞ。
本龍に伝えれば噛みつかれそうなことを考えながら、玄関のドアを開けて外に出ると、我先にと飛び出すキング。それに追従するようにクインが走り出し、2匹仲良く並走する。やっぱり夫婦なんだよなぁ、と若干羨ましくも思う。
俺も早く結婚したいな、なんて考えながら目的地に向かって歩く。
ある程度進んだ場所で俺を待っていたキングとクインを見て、改めてペットの愛らしさを感じた。
******
「ぎゃうっ!」「がうっ」
「待て待て、とりあえず落ち着け」
「「ぎゃうっ」」
俺の言葉に、素直にお座りをする。……本格的に犬だな。
どんな遊びがいいかを考えた結果、鬼ごっこという結論が出た。運動不足を解消できて、キングたちも走り回れて嬉しいだろう。……ということで逃げる。
「俺を捕まえてみろぉ!」
「がるっ!」「ぐるっ」
急に走り出した俺を見て暫くぽかんとしていた2匹だが、すぐに再起動して俺を追いかけてくる。小さいと言ってもモンスターだからか、かなりの速さだ。
───だが、元G級ハンターに勝てるとは思わないことだな。
「ははは!遅いぞ!」
後ろ走りに切り替えてドヤ顔をすると、悔しそうな顔で必死に俺を追いかけるキングとクイン。
日が暮れるまで、鬼ごっこは続いた。