「……あー、眠い」
深夜、丁度終電の電車の中で百夜は大きく欠伸をした。誰もいない空席のスペースを数個空けた右側には、任務の同行者である巻紙礼子と言う女が足を組んで退屈そうにしていた。
依頼内容はごく単純で、ハワイへ行き軍用型IS『銀の福音』を強奪すると言うものである。受諾者はギルバであり、受けた動機は金回りがいいと言う何とも言えない理由であった。
「……」
加え煙草をした巻紙に対し、百夜は舌打ちで嫌悪感を露わにする。いくら電車に二人しか乗っていないからとはいえ、マナーも何もあったものじゃない。
既に多くの人間が眠りについている頃で、今から時間が動き出す者は極僅かであろう。
どうしてこうなった、と途方もない感想を抱きながら百夜は今回の任務のあらすじを振り返った。
休日――丁度朝方に依頼の話が舞い込んできたのだ。無論百夜としてはせっかくの休日が潰れると言う悪態極まる物であった。
「……ほう、百夜。今回の依頼は少しばかり手間がかかるぞ」
「あ?」
ディスプレイを見て不敵に笑んだギルバの姿に、百夜は銃の整備を止めて彼女を見る。彼と言えば雅に自身が使っている銃の機構を説明している最中であった。
ちなみにスペースはビリヤード台の上であり、そこには分解された銃のパーツが組み立てられる時をまだかまだかと待っている。
「依頼場所はハワイだ」
「……バカンスとしちゃ、最適だな」
どうせ内容はロクでもねぇんだろうよ、と呟いて百夜はビリヤード台の淵へと腰を載せる。
「あぁ、内容は軍用機IS『銀の福音』の強奪だ」
「――」
瞬間、百夜は目を細めた。それを見て、ギルバも頷く。雅もやや遅れてその真意を悟る。
「クライアントは?」
「巻紙礼子と言う女だな。今日の夜にこちら側に迎えに来るそうだ」
「……夜、ね」
また今度な、と言って百夜は銃を瞬時に組み上げて完成させる。スライドを手動で引けば、逞しい金属音を鳴らしてくれるその銃を、百夜は頼もしい相棒だと認識している。
黒いコートの内側に銃を吊り下げて、指ぬきグローブを手に嵌めた。
「少しばかり、ウォーミングアップしてくる。時間までには帰るさ」
そして帰宅し、再び任務へ行くべく電車で直行と言う訳である。
時刻は既に日付が変わったばかりであり、そこから目的地であるハワイへ向かうには少なくとも数日はかかると百夜は踏んでいた。
「……」
車内は静寂で満たされていて、乗客は百夜と巻紙礼子の二人だけ。見れば乗務員の姿すらない。灼熱の空気がちりちりと肌を焼く。それは環境によるモノではなく、心が感じ取る幻想である。
既に百夜はどういう事であるか感づいていた。今回の依頼の真意を見抜いていた。
電車が揺れる。吊り皮が揺れる。
百夜の姿勢は変わらない。面倒臭そうに足を組み、頬杖をつく。右手は座席の上に置かれ、指がテンポよくシートを叩く。
巻紙礼子もまた同様に足を組んで退屈そうにしていた。頬杖をついて、煙草を口にしながらただじっと窓の外を見ている。
――黒
それは刹那の闇であった。
電車の電灯が何の原因か、壊れ始めてきている。やがてそれが息絶える時までそう近くは無い。
それでも二人は変わらない。ただ同じ体勢で、来るべき時を待ち受ける。
――黒
瞬間、二人の姿が一変する。
百夜の右手には拳銃が握られ、その側頭部にはインカムが姿を現している。
巻紙礼子は八本の装甲脚を持つISを展開しており、その両手にはライフルが握られていた。
互いの持つ矛先は、対になって向けられている。視線など一切合わせておらず、放たれるであろう銃口だけが、互いを見つめていた。
――黒――白
発砲。
百夜が跳ねる。黒いコートを翻し、宙返りながら背後へと跳躍し着地する。その両手には再び拳銃が握られており、背中には大剣が備えられていた。
巻紙礼子が操るISはまるで蛸のような外見をしており、八本の装甲脚の先端にはククリと銃口が備えられている。
「おいおい、随分なご挨拶だな。おはようにはまだ早いぜ?」
「はっ、関係ねぇだろ。んなのはよ。私もテメェもこっち側のヤツなんだからよ!」
『えぇ、その通りよ。紅裂百夜』
女の声がインカムから聞こえた。一瞬で傍受であると判断し、思わず身構える。だが雅の手腕ならば問題は無いと言う確信が、どこか心を落ち着けてくれた。
『ほう、久しぶりだなスコール。噂は聞いていたぞ。ただのガキが、ここまでデカくなるか』
『お久しぶりです、ギルバ』
どうやらスコールと言う女とギルバは顔見知りであるらしい。しかしそんな事などどうでもよかった。
百夜の指先は既に引鉄へとかかっている。後は指を絞れば、再度その銃口から弾丸が吐き出されるだろう。
『しかし偽装依頼にしては手口が雑だな、亡国機業。私が教えた手段はこんな軽率かつ煩雑では無かったと思うが』
『えぇ、貴方を前にして私達が情報戦で勝とうなど無意味ですから。ですが私はどうしても貴方に会いたかった』
『……言ってみろ、元より私の蒔いた種だ』
『亡国機業に戻ってきてください。貴方の居場所はまだ守っています。貴方がいなくては変わらない。貴方がいなくては世界を変えられない』
僅かな沈黙の後、ギルバの溜め息が聞こえた。彼女は呆れたように苦笑する。
『残念だ。お前は理解しているとどこかで信じていたんだがな』
『……』
『世界は変わらん、変わるのは人の心だ。――あの時から、そう何度も教えてきたはずだが』
『――分かりました。ならば』
「うるせぇよ」
百夜の言葉が、二人の会話を遮る。彼の声音には僅かな苛立ちが込められていた。
銃を指先で回しながら、滾る何かを抑えきれないような声で彼は語る。
「ぐだぐだ言ってないでさっさと来やがれ」
銃が構えられる。百夜の眼光は鋭利な刃物の如く。唸りに混ざった笑い声が車内に反響する。
そうして彼は顔を挙げて、今回対峙するISを睨みつけた。
「――飽きちまうだろうが」
瞬間、巻紙礼子が笑う。
彼女もまた胸の高鳴りを感じながらも、それを爆発させることが出来ず溜め続けていたのだ。残留を重ねたそれは、最早獣に近い。
「……最高だ、最高だ最高だ最高だよクソガキッ! あぁ、やろうぜ! ここで、今ここで、、今この場所で、最高の潰し合いとしゃれ込もうぜ!」
二人の持つ銃口が互いの命を捉える。双方の口元は笑っていた。心は滴っていた。体は熱を保ち、それを内部で渦巻かせながらずっと来るべき時を待ち続けていた。
『だそうだ、スコール。もういいだろう。既に言葉など意味を為さない』
『わかりました。――オータム、やりなさい。貴方の好きなように、貴方の望むがままに、貴方の魂が吼えるがままに』
「おう、当たり前だスコール! 今回ばかりはリミッターなんざ邪魔なだけだ!」
オータムの操るISが高らかな金属音を立てる。装甲脚が起動し、八本がそれぞれ独立した動きを取るべく稼働を開始する。
『百夜、遠慮はいらん。いつも通りだ、世界を変えたつもりになってる阿呆共に現実を見せてやれ』
「おう、真っ向からぶっ潰してやるよ! さぁ、さぁさぁさぁやろうぜ亡国機業!」
百夜は両手の拳銃をしまい、背中の大剣を抜き放つ。片手で構え、その切っ先をオータムへと向けた。
彼の操る大剣の刀身が鏡写しとなって、二人を写す。
そうしてまた一つ、世界に喧嘩を売る戦いが幕を開けた。