百夜が全力を以て振り抜いた大剣は、装甲脚の内の数本を斬り落とした。だがそんな事は既に想定の範囲内。寧ろ、斬りおとせただけでも良しだ。空振るよりも断然いい。
その結果を視認するや否や再び大剣を返すように斬り払い、彼は背後へ跳躍する。無論、それは攻撃のための移動であり、防御など一切含まれていない。ただ攻めるだけの布石だ。それが彼の戦闘スタイルである。
大剣を背中へ納め、拳銃を直感で構える。だが銃口の先にアラクネはいない。幾度となく周囲へ銃口を向けながら注意を払う。しかし何もない。
「……」
見ればドアがあったところには風穴が空けられており、そこから外へ出たらしい。周囲への警戒を研ぎ澄ませたまま、静かに辺りへ意識を定める。――――物音が聞こえた。何かがいる。どこかへいる。近くに、すぐに近くに。濃密な死の気配を纏いながら、潜んでいる。
電車の音が混ざり合うせいか聞き取りにくい。それも時間が経てば自然と除外されてくる。
『ヒントをあげましょうか?』
インカムから聞こえるスコールの声。どうやら今回は相手側のオペレーターも煽って来るらしい。
それは無謀か挑戦か。否、ただの遊び心である。――そこで百夜は違和感を覚えた。まるで世界全てが錯覚するかのような幻覚が彼を襲う。
僅かして、スコールの声が聞こえた瞬間、百夜は既に動き出していた。
『貴方がいる場所はもう、蜘蛛の巣の中よ?』
「――ッ!」
左右の窓――外部からの同時銃撃。次々と破砕される硝子の破片が百夜の姿を映す。
背後へさらに跳ぶ。体を翻し、幾度となく倒立後転を繰り返す。火線の間を縫うようにして避ける。頬を弾丸が掠めた。
重力に喧嘩を売るかのような動きで、回避を続けている最中笑っているギルバの声が聞こえた。彼を信頼しているからこそ生まれる余裕。彼と生きて来たからこそ為し得る平穏。
それが再び何かを掴み取る。
『重ねてヒントだ百夜。今その場で、左右から同時に攻めるにはどこが適している?』
瞬間、脳裏が未来を予測する。拳銃をコート内に収納し、背中の大剣へ手を掛ける。
狙うは頭上。彼の持つ怪力から繰り出されるその一撃は何一つ違う事無く車内の天井を両断するだろう。そのつもりである。車体がどうなろうと知った事ではない。ここは戦場だ、ならば其処を生きる者に利用される意味がある。
頭上から天井をぶち抜いてオータムが姿を現す。その両手が握っていたのはククリと呼ばれるブレードであった。それは鋭く煌めき、彼らの姿を刀身に映す。
二人の斬撃が交錯し、車内へ異常な金属音を響かせる。二人の視線が交わる。――途端、再びその世界は加速する。
大剣を背中へ。両手には分割した槍を握りしめる。オータムもまた再生した装甲脚にククリを握らせた。その数計、十本。
『そら来るぞ』
絶え間なく繰り出される斬撃を全て往なす。顔を動かし、槍で弾き、グローブで逸らし、レガースで蹴る。回避と迎撃を何度も繰り返す。まるで拳で殴り合っているかのようだ。
秒間十発以上の剣戟。百夜にとっては造作も無い。両手の短槍でククリを遮り、左右から迫る双撃は、回り蹴りで装甲脚ごと蹴り飛ばす。
火花が散る。影が動く。内部を破壊された電車は既に暴走を開始しており、まもなく予測不能の領域へ加速しようとしていた。
「楽しい、ここまで楽しいのは久しぶりだ!」
「一人で勝手に逝くんじゃねぇぞ、クソ女ァ!」
響く剣戟は笑い声に掻き消される。白い闇に照らされて、二人の表情が露わになる。
それは三日月の如く深い笑みだった。奈落のような、深淵のような、底なしを感じさせるほどの深い笑みだった。
『貴方達、ひょっとして仲がいいんじゃない?』
『奇遇だな、スコール。こっちもそう思ってきた』
百夜が両手の槍を投擲し、左右の壁へと鏃を突き刺す。彼の目的を察しようと思考が働き掛けたが、追撃がそれを許さない。彼の行動が、思考を遮る。その先を予測させない。
大剣を手に取り、オータムをアラクネごと斬り殴るべく彼女の脳天へ狙いを定めた。
“――チィッ!”
アラクネを動かそうとした時、何かが機体へ引っかかり動きを阻害する。それが何であるのか、今度こそオータムは答えに辿り着いた。
先ほどの剣戟で、何故百夜がわざわざ槍を分割して超近接戦闘へ持ちこんだのか。それは装甲脚に対抗するためではない。
ただ単純にオータムの装甲脚を鏃のワイヤーで絡め取っただけなのだ。そしてそれが十分な量に達したからこそ、百夜は投擲した。
無論、それは彼の戦略では無く雅が作り上げた作戦である。彼女の音声は亡国機業が傍受している電波とは異なる種類であるため、一切知られる事が無いのだ。
「終わりだ。じゃあな、蛸女。互いに汚ねぇ首引っさげて地獄でまたやり合おうぜ」
百夜の両手が大剣の柄を握りしめる。ギチギチと音を立てながら、彼は笑った。それに吊られるようにオータムもまた笑う。
「誰が、終わりだって?」
刹那、大剣が弾き飛ばされて背後の天井へと突き刺さる。
――たったそれだけだ。
「蜘蛛の糸はよ、そう簡単にきれねぇ」
オータムの背後、百夜が斬り捨てた装甲脚の残骸が硝煙を挙げていた。遠隔操作による銃撃――否、それだけで大剣は弾き飛ばせない。
ポタリと何が垂れる。真紅の赤い液体が百夜の腕を伝い体幹へと伝っていく。
銃撃によって飛ばされたククリが百夜の腕を貫通し、続けざまに発砲された弾丸が大剣を弾いたのだ。
ワイヤーを引きちぎり、オータムはククリを百夜へ向ける。その際に彼女の四肢が数か所、斬り裂かれ真紅が迸った。
しかし彼女にとってはどうでもいい事である。度外視に値する領域である。
「じゃあな、クソガキ。地獄で会おうぜ」
足元への銃撃。百夜の膝を弾丸が撃ち抜く。避ける行為を妨害するためだ。両腕はククリによって貫通されているため俊敏には動かせない。
両腕をかろうじて眼前で合わせてガードの体勢を取るが、銃撃が彼の両肩を撃ち抜く。力なく垂れ下がる両腕。再度血が溢れ、その都度痛みが彼を刺激する。
投げられたククリ。それらは綺麗な軌道を描く。幾度となく螺旋の如く回転し、大気を闇を殺意を悉く裂いた。彼の心臓と眉間へ直撃し深く突き刺さる。鋭利なそれは彼の心臓と脳へ到達する。
そのまま彼は流されるがままに床へと倒れた。――死、それは紛れなく彼女にとっての殺である。
『あっけないわね』
「おうよ、まぁ存外楽しめたぜ。出来ればもうちょいやりたかったが……早く仕留めすぎたか」
オータムはハイパーセンサーを解除し、首の骨を鳴らす。彼女からすれば久々に動く事が出来た任務である。出来ればもう少し戦いたかったが、都合が都合であるため仕方がない。
紅裂百夜は仕留めた。これで後は彼の仲間がどう出るかだが――。
『くっ、くくくっ』
笑い声が聞こえた。女の笑い声。
それはギルバの声であった。まるで滑稽な劇を見ているかのような声音である。
『何がおかしいんですか?』
『お前達は実に馬鹿者、大馬鹿者だ。それがおかしくて堪らない。お前達は何と戦っていた? お前達は何を見ていた?
何度も何度も童歌のように言い続けたはずだぞ――自分が知っている知識を全てに当て嵌めるな。これだから非常識に惑わされる、これだから馬鹿者は一向に絶えない。まぁ、いい。いずれ分かる、すぐに分かる、今分かる。お前達が敵に回したのは、言葉通り非常識の存在だとな!』
再び笑い声が響く。
何度も何度も耳に鬱陶しい程の嘲笑が木霊する。
その笑い声に何かが混ざった。明らかに異なる何かが混ざった。
途端、二本の短槍が動き出しオータムの背後へと回転しながら戻っていく。まるで――主がそこに立っているかのように。
「誰が、仕留めたって?」
オータムは振り返る。
――立っていた。
修羅が、鬼が、羅刹がそこにいた。ソレは何度も笑いながら、悠然と立っていた。人に非ざる気配を充満と漂わせていた。
それは手にした短槍をコートの中へとしまい込み、首の骨を鳴らしてから彼女へ人差し指を突き付けた。
「よう、地獄から蜘蛛の糸を伝って来てやったぜ、オータム。そら、待ち望んでた通りの再会だ」
百夜が大剣を天井から抜き取る。彼の手にはククリが刺さったままだが、その腕は直前とは違って、手際よく動いていた。
「俺とお前、ここは地獄でここは戦場、互いに持つは刃が煌めく得物と来た。死を乗り越えての再会だぜ? ロマンチックだと思わねぇか」
瞬間、オータムの装甲脚が再度ククリを握りしめる。
彼女は笑っていた。強く、深く、かつてない程に笑っていた。
「――あぁ、いいぜ百夜。死ぬまで引き裂いてやる。斬って、裂いて、潰して、貫いて――何が何でも殺してやるよ。どこだ、どこを仕留めれば死にやがる? 首か、頭か、腹か、胸か――全部か?」
百夜が大剣を背中へ直し、眉間と心臓に突き刺さっていたククリを引き抜く。
彼は笑いながらククリを弄ぶ。その動きに澱みは無い。寧ろ、彼にとってはこれからが本調子だとでもいうのだろうか。
「殺れば死ぬさ」
二人が得物を構える。互いに血を流しながら、足元を真紅に染めながら、ただ笑う。
生死の天秤がどちらに傾くかなど考えなくていい。ただ斬るだけだ、ただ撃つだけだ、ただ潰すだけだ。
目の前に立ちはだかると言うのならば、理由も意義も目的も必要ない。
「――ク、クハハッ」
「――ヒ、ヒハハッ」
瞬間、二人は同じ得物を手にして、同じ動きで、眼前を屠るべく跳びかかる。その動きはまるで野獣同士が殺し合うかのような、絵面に見えた。
――血の宴は明けず、夜の光は彼らを照らす。
――祈りは要らず、許しは要らず、礼儀は要らず。
――それは死であり生であり、それは無であり有であり。
――亡霊と幻影は、加速する揺り籠の中で酔い続ける。
――彼らの闇は未だ明けず、彼らの光は未だ沈まず。
――世界は彼らに怯えながら、安寧の時を待ち続けるだろう。