「ハッ! 追いついてみな!」
百夜が駆ける。
背後から迫る無数の敵。その全てが彼の持つ物を狙わんと殺到する。
今の彼に武器は無い。否、武器など不要だ。
そういった趣向を凝らす事もまた、ルーチンワークを避けるための工夫である。
「っと」
左右から迫る相手を、難なく往なしさらに本陣へ斬り込む。
狙うは最奥。距離はまだ遠く、蔓延る守り手が視界に映る。
額に滲む汗、瞬時にも迫る無垢の敵。
――それがどうした。ただ出来る事をするだけ。
今までそうして生きて来た。だから、そうして生きていく。
そのためにも、この戦いには勝たねばならない。
「こいつで終わらせる!」
百夜が加速する。
終止符を打つ。例え何がどうであろうと、誰が敵であろうと。終わらせる。
「いっけぇっ!」
その言葉と共に百夜は勢いよく足を蹴り上げ、それと共に白い球がゴールネットへと突き刺さった。
「おう、坊主どもー。またなー」
先ほどまでサッカーをしていた少年達に別れを告げ、百夜は公園のベンチへと向かう。
そこでは、片手に飲み物を持ちながら雅がのんびりとしていた。珍しく、常備しているはずのノートパソコンを彼女が使っていない。
「……楽しそうだったね」
「たりめぇだろ。コイントス無しの遊びなんて、楽しくて堪らねぇさ」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
百夜の身体能力は圧倒的であるが、彼なりにセーブをしているのだろう。そうでもなければ今頃、ボールの中身は一つ残らず空気と混ざり合っているはずだ。
閑話休題。
既に太陽は高く昇っており、街には半袖の人々が汗を垂らしながら歩き廻っている。
そんな最中でも二人は長袖を羽織っており、額には汗一つすら浮かんでいない。
百夜の方は体質であるが、雅の方はと言うと対熱服らしく真夏に出歩いても汗一つ掻かないと言う代物である。ちなみにセルフメイドである。
「で、今日は何の用事なんだ。雅」
「うん、取引をしたからその受け取りに来ただけ」
「……取引だぁ?」
いつの間に、と問いたいところだが肝心の少女は踵を返してスタスタと歩き始めている。
どうせすぐにわかるのだ。ならば考えていても無駄なだけだろう。
彼女の後を追うようにして、彼は息を吐きつつ歩き出した。
アンイーヴンの事務所で、ギルバは何本目かも分からぬ煙草を口に加えモニターを眺めていた。
その傍らには開けられた缶ビールが散乱しており、清潔とは遠く離れた有様と成り果てている。
「……ちっ」
彼女はモニターを閉じると、玄関へ視線を向けて舌打ちする。
嫌悪感と苛立ちを隠そうともせず、彼女は忌々しくそこを睨みつけた。
「入るならとっとと入ってこい、阿呆」
「……」
玄関には黒髪の少女が一人、立っていた。
体つきは幼く、見た目もまだ全うな教育を終えているとも言い難い。
僅かな瞳が恐怖を現していたが、彼女の体はそれを容易く抑えつけている。
「久しぶり、姉さん」
「……あぁ、久しぶりだな、マドカ。そして帰れ。茶など出す暇は無い」
少女の手にぶら下がる袋。その中には大量の缶ビールと煙草が詰め込まれている。
「気が変わった。茶番なら付き合うぞ」
「……」
あまりの掌返しの早さに、僅かな間を呆気に取られて少女はようやく動き出した。
「久しぶり、姉さん」
「つまみが無い、やり直せ」
「……あれ?」
「で、本当に来るのか? ……あ、すいません。コーラ、大盛りで一つ」
「うん、そう連絡した。……ちなみにここセルフサービス」
二人がいたのはアットクルーズと呼ばれる喫茶店である。彼女曰く、木の葉を隠すなら森の中と言う事らしい。
その意味がまだ分からないが、百夜はもう何杯目かになる炭酸を飲み干していた。
「……今、メールが来た。そろそろ合流すると思う」
「へぇー。まぁ、退屈しない奴だと楽なんだが」
「失礼、貴方が依頼主の八坂雅さんでよろしいかしら?」
ふと見れば、二人組の女が傍にいた。
その内の一人に、百夜は見覚えがある。忘れもしない。
痛烈に、そして苛烈に、激烈に殺し合った相手を忘れる事など、在り得ない。
「よぉ、やっぱ生きてやがったか。オータム」
「ハッ、減らず口は変わんねぇな。百夜」
視線が交錯し、双方に僅かな笑みが零れる。
「止めなさい、オータム。今日は戦いに来た訳じゃないわ」
「止めて、百夜。今日は戦いじゃない」
雅の言葉に、百夜はスコールを見る。
つまり今回の取引相手とは――。
「お望みの物をお持ちしたわ、雅。さぁ、会合と行きましょうか」
アットクルーズの未来はどっちだ。