「……へぇ、悪の組織にしては意外とまともだな」
スコールが取引に提示した条件は無論、金である。
雅が注文していたのは特別な金属で作られた部品らしく、亡国機業のような組織しか所有は考えられない程らしい。
存外、交渉はすんなりと進み雅の手には彼女から渡された物がアタッシュケースとなって入っている。
「ハン、ビジネスに善悪なんてねぇ。数字だけが全てなんだよ、百夜」
「その善悪とやらが無いから、テロ組織になる訳だ。なぁ、オータム」
雅とスコールは常識にのっとった交渉ではあるが、百夜とオータムは別である。
言葉によるノーガードの殴り合いだ。ちなみにそれが影響してか、彼らの周囲の席に人はいない。
ちなみにそんな彼らの手綱を握るはずの二人は既に、その役目を放棄している。
「……で、それだけじゃねぇだろ。たかだが取引なんぞのために直接会いに来たってのは。お前ら、何を企んでる?」
百夜の言葉に、スコールは薄く微笑んだ。
敵意も何も感じさせないその仕草に、百夜は警戒を示す。
「そうね、貴方に興味があったの。紅裂百夜君」
「……つまり、
「そこに関しては追及しないわ。キリが無いから」
スコールが両肘を机上へと乗せる。
瞬間、彼女の雰囲気が変わった。交渉人そのものだった空気が一気に濃密な物へと変わる。
つまり、この時より眼前にいるのは亡国機業としてのスコール・ミューゼルなのだ。
「貴方は何のために生きるの?」
その台詞はまず、間違いなく誰かの受け売りだろう。
とある一人の男が脳裏に浮かび、それを銃殺してから百夜はスコールを見る。とりあえずアイツは一片死ね。
「生きるためさ。生きるために生きる。それが当然だ」
「……なら、貴方の戦う理由もそれ?」
「そいつが、オレの責任だ」
「――まだあるだろう」
オータムの言葉に、百夜が口角を吊り上げる。まるでその言葉を待ち望んでいたかのような端正な笑みを溢しながら、彼は頭を傾けた。
「それだけでテメェがあんだけ嗤う訳がねぇ。首輪のある鳥に空を飛べるかよ」
「……ワリィがそこまで話を踏み込んで来るならVIPコースだ。手厚い待遇が待ってるぜ?」
僅かに火薬の香りが漂う。それと共に、鉄と硫黄の香りも仄かに混じる。
百夜のコートの下に、拳銃が姿を現したのだ。
つまり、彼の台詞はハッタリでもなければ冗談でもない。
「……最後の質問よ。貴方はどういった時に生きると感じる?」
彼女の言葉に、百夜は小さく笑う。人の極みに迫りつつある彼の微笑は、スコールですら悪寒を感じる程、透き通る殺意を持っていた。
「んなの、一言で言えるかよ。……そうだな、説法って訳でもねぇが。まぁ、いいだろ」
百夜が手に出したのは、二枚のコインである。メタリックカラーで、表裏の存在するどこにでも売られている物だ。
「人生ってのは単純だ。突き詰めて言えば、コイントス。いつもいつも毎度同じように投げられている。表が出りゃ、また今度。裏が出りゃ、あの世行き」
彼が一枚を親指に乗せた。そのまま何のためらいもなく天井目掛けて軽く指ではじく。
「まず戦い抜きの日常で一枚。こいつで表にならねぇと話にならん」
弾かれて、一枚出たのは表。
それを机の上に置いて、彼は二枚目のコインを弾く。
「そしてコイツがオレ達の生きる世界。突き詰めて言えば生きるか死ぬか。単純極まりないだろ?」
落ちて来たコインを、彼は再び親指で弾く。
「オレはよ、別に殺すとか死なせるとかそんな事はどうでもいいんだ。どうせ、死ぬ時は死ぬ。そん時はさっぱり死ねばいい」
「未練や後悔は?」
「死ねば消えるさ」
百夜の言葉に、スコールは呆気に取られオータムは妖しく笑う。
コインが落ちて、表が面を出す。
二枚とも表。彼なりに言うならば大当たり。
「……分からないわ。生きるために生きる。それなら、どうして死ぬ事を受け入れられるの?」
「生きる事がオレにとって駆ける事。だから、それしか頭にねぇ。だから、眼前に敵がいるならぶった斬る。死ぬ事はオレにとって足が止まるだけだ。足の止め方なんてオレは知らねぇ」
「そう。……似てるわね、オータムと」
百夜の目が僅かに縮む。
瞬間、彼はスコール・ミューゼルと言う女の本質を見た。彼女の秘密を垣間見た。
彼女は、死生観に自分を含めずオータムだけを示した。――ならば、それが指す事は一つしかない。
「スコール……アンタ、
「っ!」
「ちげぇぞ、どっちかと言うと
「やめて! ち、違うわよ!」
「って事は――」
「私は指揮役なの! 実働はオータムなの!」
顔を真っ赤にして、否定するスコールに対して百夜とオータムが次々と
ちなみに雅は完全に傍観し切っていた。
“なにこれ、面白い”
「……ぐすっ」
「全く、どいつもこいつも口に合わん。次からは吟味してこい」
マドカは半泣きであった。眦には年相応の涙をためて、濁流の如く迫ったギルバからの要求に耐えきったのだ。
ちなみに出費は全て、彼女の財産からである。ギルバは一銭も出していない。その癖、文句を付けるのだから性質が悪い。
「あぁ、後お前達の考えなら読めている。どうせ私の足止めを頼まれたんだろう。その隙に二人へ、お前達の要件を済ませるべく接触した。……まぁ、ウチの連中も手心を加えてるかもしれんがな」
「……」
「図星か。分かりやすいな、お前達は」
マドカは思う。
彼女は、時折人間なのかと。見た目はスコールやオータムと変わりない歳であると言うのに、その知識や考え方は熟練の領域だ。選ばれた者だけがたどり着ける極致だ。
本当に彼女は、何者なのかと。
「どうせ、お前も用が終わるまで合流は出来まい。暇潰しにはならんが、待ち惚けにはなるだろうよ」
「……いいわよ、もうそれで。どうせ私は売れ残りよ」
深いため息を溢しながら、スコールは一冊の封筒を取り出しテーブルの上に置いた。
百夜が横目で視線を送ると、雅が頷いてその封筒を受け取る。
「貴方達に接触したのは、取引のため。先ほど渡したのは前払い。仕事終わりの後払いもあるわ」
「……景気がいいな」
「だって……少なかったら、貴方の上司に何言われるか」
「あー……」
脳裏によぎるのは、三日月の笑みを顔に張り付けた女の姿。
百夜を指先一つでこき扱う彼女の事だ。きっと、彼女達にも何か手品を仕込んだのだろう。
「で、内容は?」
「えぇ……。IS学園の文化祭潜入と、織斑一夏のISである『白式』の強奪に付き合ってほしいの」
「……おいおい、白式はそこまで脅威じゃねぇぞ。戦いぶりは見たが、機体はビーキーな癖に操縦者が素人だ。放っておいても、害はねぇだろ」
「そのビーキーだからこそ、危険なのよ。熟練者が扱えば、瞬く間に無害は有害と化して、人類へ牙を向くでしょうね。多くの人達は、何一つ抵抗できず、無残に散って行く」
「……人類種の天敵になりうる者は早めに潰す、か。話を変えて悪いが、オレはそう呼ぶに相応しいヤツに心当たりがある」
スコールの目が変わる。話す者から聞く者へ。その切り替えの早さが交渉のコツなのだろう。
彼女へ向けて、彼はその者の事を口にする。
「そいつは冷静沈着ではあるが、確信犯的な破滅思想かつこの上ない自己中心的思考の持ち主だ。面白ければ生かし、つまらなければ殺す。見ていたいなら手を加え、飽きたなら殺す。
そいつは選んで殺す事を否定する。人間は死体の上に生きている。だから死者になるのが当然と考えている。だから、そいつは鼻歌を歌いながら青空を生きる人々を指先で殺す。
そいつは人の可能性を否定する。人間を滅ぼすのは人間自身、それが必然と考えている。だから、殺す。人である自身すらも否定する。だから自身の死すら厭わない。例え倒れようとも、迷う事無く立ち上がる。
そいつは秩序を否定する。敵が誰であろうと、敵であるのならば殺す。例え過去に協働した事がある奴でも、秩序を否定するためなら殺す。世界を敵に回そうとも、そいつは容易く生き残る。そしてまた人類の出血へと向かう」
脳裏によぎる男の姿。それは百夜が思う其の全てだ。
来る日も来る日も、それを繰り返し続けている。
彷徨う亡霊のように、またどこかへと飛び上がる。
「――そいつの名前は」
百夜が指を上げて、その名を口にしようとする。
その途端、一筋の弾丸が窓ガラスを貫いて彼の頭部へと直撃した。