……すいません、言ってみたかっただけです。
あの頃には戻らないのか、織斑氷華。
失せろ、私が信じるのは今だけだ。
「あー、ビックリした」
頭部から血を流していた百夜が何事も無かったかのように立ち上がる。窓ガラスが割れたところを見ると、どうやら狙撃にあったらしい。
常人ならば今頃脳髄を撒き散らしている頃だろうが、百夜にしてみれば石つぶてが額に直撃したも同然の威力だった。それを物語るかのように流れていた血がすぐに止まる。
『あのガキ! あのガキだ! いた、いたぞ! 殺せ!』
外から聞こえる女の声。僅かに顔を覗かせれば、ISが三機、武装して待ち構えていた。全身装甲型のため、顔は見えない。それでも殺意だけはありありと伝わって来る。
再度、弾丸の嵐が店内へと殺到する。それと同時に四人は物陰へ身を潜めていた。従業員と客はどうなったのだろうか。周囲を伺うも血飛沫は見えない。
「……なーんか聞き覚えのある声だな」
「多分、この近くでISの博覧会があったからそこで強奪されたんだと思う」
百夜が擬装用のバイザーを展開し、両手に拳銃を抜き放つ。オータムは既にアラクネを展開していて、その両手には彼を散々斬りつけたククリが握られていた。
雅の手にはノートパソコンが展開していて、既に情報が羅列されつつある。
「多分、ずっと前に貴方がやらかした相手だと思う。あの少女誘拐の時に」
「あー、あー……あー、アレか。うわー、マジかー、全部やったと思ったんだがなー」
「本当に冷静ね。貴方達」
スコールはISを展開しておらず、雅と共に脱出経路を纏めていた。
百夜達が物騒な話をしていたせいか、周囲に人影が無かったのが幸いだろう。
「スコール、例の依頼の話、興味が出た。後でまたギルバに連絡頼む」
「了解、坊や。それじゃあ今度会った時、『そいつ』の名前、教えて頂戴ね。オータム、例の場所で待ち合わせよ」
「はっ、待ち合わせなんざいらねぇ。とっとカタつけてやる」
配置に着いた百夜が物陰に腰を落とす。オータムもまた同様に、別の場所で配置についていた。
彼が指を三つ立てる。全てが折り曲げられた時、繰り広げられるのは血の舞踏だ。
店内へと殺到し続ける弾丸はまだ止まない。百夜の未来予知が、いつ弾幕が途切れるのかを嗅ぎ分けつつある。
「ったく、空気読みやがれよ」
指が二つ。
弾丸はまだ止まない。彼らの得物が咢を開く。
「変わらないな。どこでも、いつでも、強欲のように湧いて来る」
指が一つ。
弾丸の勢いが僅かに弱まる。全身に力が入る。攻守が入れ替わる合図に脳が躍動する。
「全く持ってどうしようもない連中だ。世界はまだまだ狂気に満ちている」
――ゼロ。
弾丸が、止んだ。
「行くぜ、
百夜が窓ガラスから飛び出して、疾駆と共に拳銃を構える。
アラクネがその上空から、装甲脚に付けられたマシンガンで狙う。
真夏の市街地に、弾丸が降り注ぐ。
「やぁ、久しぶり」
「――フン、今度はお前か。自称情報屋も随分暇と見える」
マドカが去った後のアンイーヴンで、ギルバは次の来訪者を睨んでいた。
既に見慣れたその姿。黒のシルクハットに黒のスーツ、黒の手袋を何無く着こなし、飄々とした態度を崩さぬ姿勢は、どう見てもただの情報屋では無い。
百夜も見抜いているのならば、ギルバとてとうの昔に気づいている。
目の前の男が、屍山血河を練り歩いた狂気その者である事など既に分かっている。
「あぁ、生憎準備も終わったところでね。今はこうして世界を見納めしているのさ」
「見納め、か。随分と偉くなったな。こそこそ隠れていた分際が」
「おや、名前を隠す事なら君も同じじゃないかい? ギルバ」
「――ほう、やはりか。仕方がない。あぁ、本当に仕方がない」
ギルバが立ち上がる。彼女のこめかみには青筋が浮かび、その口元は強く引き攣っていた。
彼は変わらない。口元に変わらぬ笑みを張り付けたまま、ギルバを見ている。
「ふむ、早すぎるが、まぁ仕方ない」
「どうせ、確信犯だろう。なら、言葉など既に意味を為さない」
ギルバは脇目も振らず歩く。
ジャックのほんの少し手前まで。
「それも我々の道理に適っている。あぁ、戦いは良い。オレ達にはそれが必要なんだ。――そうは思わないか」
「ほざくな、私はいつだって私の道を歩く。お前の用意した場所じゃない」
互いの両手など容易く届く距離。
手を伸ばせば、それは最早刃も同然。
「じゃあ、やろうか」
「あぁ、去れ。さもなくば死ね」
瞬間、凄まじい閃光が事務所内に炸裂した。
「死人が起きるなよ、大人しく眠ってろ」
ビルの屋上で、百夜は遥か下を見下ろしていた。
そこには三機のISがあちこちへ部品を散らばせて、転がっている。百夜が仕留めたのは、二機。オータムは一機だ。
既に警察が動いているようだが、残念ながら見つける事は叶わないだろう。百夜もオータムもそう容易く捕まる者ではない。
両手の拳銃をぶらりとだら下げて、彼は空を仰ぐ。
「長い夢もコイツで見納めだろ、馬鹿ども」
闘争を求めるのは自分だけでいい。
百夜にとっては戦いだけが己の全てを証明してくれる証だから。
「ま、どうせ誑かしたのはアイツだろうが」
ただの人間にISを強奪など出来るはずも無い。だとすればその背景には間違いなく協力者がいる。
百夜の脳裏に浮かぶのは、例の如くあの男だ。全てを指先で弄ぶ狂人。
「手前の顔面、綺麗にぶっとばしてやるから待ってな。イカレ野郎」
拳銃をコートにしまいこんで、百夜はビルから路地裏へ飛び降りた。
「……ちっ、足と無駄口は早いな」
ギルバの眼前で張り付いた笑みを見せていた男は、もういない。
彼女が仕留めたと思った瞬間にその場から姿を消していたからだ。追撃も考えたが、あの男なら幾重の罠を用意していたとしてもおかしくはない。
いくら危険が好きな彼女とは言えども、わざわざ敵の領地まで踏み込んでやるほどの優しさは持ち合わせていない。
「……」
ジャックの放った一撃、それはギルバとて見えなかった。避けたのは、直感だ。所謂第六感に全を預けただけ。
結局、その攻撃は分からなかったが百夜の証言と彼女の考えが歯車のようにかみ合っていく。
「……成程な、手の込んだ手品だ」
百夜に教えるか否か――そこまで考えて彼女は首を振る。百夜は千の安眠よりも一の戦闘が好きな狂人だ。闘争だけが自身の存在価値と信じて疑わない変人だ。誰よりも自分自身で歩く事を好む人間だ。
ジャックの手品など、彼はそう遠くない未来に見抜くだろう。アンイーヴンの奴隷――もとい主力である彼ならば敗北は有り得ない。
そこまで考えたところで、ギルバは椅子に座り煙草を口に加えた。
「……」
火をつけて、ニコチンをたっぷりと肺まで送り込みながら戦闘の痕を見る。百夜が寝床にしていたビリヤード台は見事に真っ二つ、パソコンのケーブルもいくつか切断されている。何より百夜がお気に入りだったジュークボックス―ただし金欠の為稼働したことは無い―はジェンガのように解体されてしまっている。
精々無事な所と言えば、電灯にソファとテーブル、マドカに自腹購入させたつまみ程度の物だ。
「……雅に掃除させるか」
百夜とギルバに整理整頓と言った概念は無い。気に入ったところに気に入った物を置くと言う何とも適当な思考だけである。
唇によって作られた隙間から、紫煙が真っ直ぐな吐息となって吐き出された。
その後、束の下に膨大な金額を請求する電話が来て彼女が再度涙目になると言う事があったが、それもまた別の話である。