百夜が女尊男卑に染まっていた街に壊滅的被害を与えてから数日後、そのニュースは瞬く間に世界中へと広がっていた。
女尊男卑の色に世間が染まってから、初めてその色が汚された大体的な事件であるからだろう。
そのニュースは日を経てた今でも、未だに燻り続けている。
「“聖域崩れ去る。世界は反逆者を許すな”か。見てみろ百夜。王様は一人だけじゃないらしい」
どこか微笑を浮かべるギルバから投げられた新聞。百夜はそれを受け取り、目で文字を適当に流す。苛立ち気味の舌打ちをし新聞を無理やり丸めて背後へと放り投げた。
投げられた新聞は綺麗な弧を描いて、部屋の片隅にあるゴミ箱へと収まる。
「ハッ、興味ねぇよ。どいつもこいつも下らない事で騒ぎやがって。息苦しい」
モニターを前にカタカタと簪―彼女は偽名としてその名を八坂雅と変えた―は現在の情勢を調べていた。
そしてその出た結果を淡々と読み上げる。
「女尊男卑団体は犯人の特定を世界中に依頼してるみたい。どこも消極的らしいけど」
「だろうよ。んな暇ごとに時間をかけてられるか」
依頼主である男はどうやらIS関係の巨大な会社に属していたようで、今度IS学園で開かれるクラスマッチトーナメントの観戦券を報酬として渡してきた。それも綺麗に三人分。
しかし彼らにIS学園を訪れる理由や目的などないため、残った観戦券をどのように処分しようかと問題が浮上している。
「おや、この間は随分な大暴れだったようで」
扉が開き、ジャックが顔を出す。彼のトレードマークとも言える黒のスーツとシルクハットは今も変わらない。いつもと違う所と言えば、巨大なアタッシュケースを所持していた。両手に嵌められた黒のグローブもまた健在である。
ニヒルな顔つきがどこか苛立ちを加速させる。
「もちろんさ。思う存分な。――さて、仕事料は頂くぜジャック」
「無論だ、きちんと用意してある」
ジャックはアタッシュケースを地面に置き、足で鍵を開ける。
中には二本の短い槍が入っていた。百夜はそれらを取り出し凝視する。
「……コイツは」
「見ての通りだよ。そいつは本来一本の槍として扱う。鏃の先端部には超精密なワイヤーが取り付けてあり、それを使用した遠隔攻撃も可能だ。
史上最強と噂のISが飛行状態と言えども、それを使用した君になら互角以上に渡り合えるだろう」
百夜は槍を何度か振りまわす。二本に分割し、一本に統合し――それらを何度も繰り返しやがて満足したように頷く。
「今回の報酬はそれで満足かな」
「パーフェクト」
いつもの流れだ。ジャックが原因となった依頼の場合、彼から報酬が支払われる。だがそれは大抵武器となって百夜の手に渡るのだ。彼が扱う二挺拳銃も、ジャックから渡された報酬である。
百夜の言葉にジャックは少しだけ笑みを浮かべ、アタッシュケースを上に蹴り上げてその手に納める。
彼はシルクハットの位置を直し、指に挟んだ数枚のチケットを見せた。
「コレはオマケだよ。IS学園で繰り広げられるクラスマッチトーナメントの観戦チケット――それもVIP限定の場だ。オークションに売り出せば掌十万は固いだろう」
「……ソレを私に見せてどうする」
「さてね」
ギルバの言葉にジャックは不敵に笑い、ギルバもまた不敵に笑う。
彼の指から投げられたチケットは三枚分が綺麗にギルバの机上へと落ちていった。
「――俺は好きなように生きて好きなように死ぬ。ただそれだけ。
本当にこの世界は生き難い。ただそれだけの事をするのが、こんなにも難しくなった」
「あぁ、そうだな。いつからお前の言う世界は変わり始めていた?」
「俺が生まれてからさ」
そういってギルバはただ立ち去った。
相変わらず雰囲気の読めない男であり、その事実に一同は溜息を吐く。
「……まぁ、顔を出してやるのも悪くないか」
その響きは百夜にも雅にも届かなかった。ギルバではなく、本来の彼女の言葉は誰にも響くことなく、ただ静かに消えていった。
彼女は煙草を口に加え、火をつける。
「さて、まずは歓迎をしてやるか」
「だな」
ギルバは雅に向けて笑みを浮かべる。
それはいつも通りの不敵な微笑で、彼女その物を体現しているかのようなモノだった。
「ようこそ。お前も今日から
それは深夜の事だった。
どうやら街は一人の襲撃者の手によって混沌の最中にあったようだ。
そんな中を一人の男が佇んでいた。黒のスーツと黒のシルクハット、そして黒のグローブ――ジャックと呼ばれた男がそこにいた。
「これはまた派手にやってるな。全く……」
表で暴れているのは紅裂百夜であり、そのおかげかジャックはすんなりとこの街に入ることが出来た。無論邪魔だった見張りは始末してきたが。
シルクハットの鍔を指先で持ち上げるようにして直し、彼は足を踏み出す。その動作ですら軽やかだった。
街中を平然と歩くその姿は飄々としていた。
彼の周囲に複数の銃口が向けられていると言うのに、どこ吹く風と言った様子で歩き続けている。
不意に止まり、ジャックはその表情に三日月のような微笑を浮かべて周囲を仰いだ。
「どうした、撃たないのか? 獲物を前にして腰が引けたか?
なら――先手必勝の正当防衛と行かせてもらおう」
瞬間、あちこちで肉の避ける音が響いた。悲鳴と銃声は一つも無く、ただその音だけが鳴る。
ちなみに本人は自分の発言が矛盾している事に気づいていない。
「――さてと、それじゃあ少々古臭くなるが、切り裂きの真似事でもしてみるかな」
ジャックが駆ける。その直後、彼の周囲に聳えていた建物すべてが瓦礫の山へと解体されていった。
アンイーヴンの事務所のソファで横になって眠る雅と、ビリヤード台の上で腕を組みながら眠る百夜の姿に、ギルバは苦笑する。
彼女は一応、この事務所の所長だ。故に情報の管理や情勢の把握は最優先事項であり、百夜と雅をサポートする以上、情報は決して欠かせない。
その最中、ギルバは自身の携帯端末がバイヴレーションを起こしている事に気が付いた。
通知名は表示されておらず、番号も無い。その異様さにギルバは目を細める。
「……誰だ。セールスなら受け取らんぞ」
『うー、あー、えーっと、篠ノ之束です……』
舌打ちをして、ギルバは自身の作業を一端中止する。
「お前か。今更何の用だ」
『そのね、氷華さんの……』
「その名で私を呼ぶな。そう――教えたはずだがな」
それは女が出したとは思えない程、ドスの利いた声だった。電話越しの震えた悲鳴にギルバは溜息を吐く。
「百夜の事か」
『うん、彼の正体を教えてほしいなぁって思いまして……』
「さあな、お前で考えろ。アイツで何であろうと、私とアイツの関係は変わらん」
『そ、それで少しお手伝いを……頼みたいなぁと』
「手伝い?」
再び電話越しに情けない悲鳴が響く。
余談ではあるが、篠ノ之束のこの様子を、彼女を知る者が見れば驚愕する事に間違いない。
世界を変えたはずの彼女がたった一人の女に怯えているなど、到底予想もできないだろう。
「……そうか、クラスマッチトーナメントに乱入者を仕掛けるつもりだな」
『は、はい。そういう事です……』
「……で」
『はい?』
再度、鋭い舌打ちをしてギルバは拳を握りしめる。
だがその口元は妖しい微笑を作り出していた。
「ウチの職員を騙して戦闘に駆り出すんだ。当然、それなりの報酬はあるだろう?」
『あの、えーっと、それはまだ……』
「あるだろう?」
『き、聞いてから相談しようかと……』
「そうだそうだ、こちらも人員が一人増えてな。それなりに今の経済状況では厳しい有様だ。後は分かるな?」
『わ、分かりました! 喜んで準備させていただきます!』
「それでいい。交渉成立だ」
不敵に笑い、ギルバは携帯端末の通話を終了する。
思わぬ報酬が入ったと、彼女は笑む。
それはある意味、悪魔のような形相だった。