「――かてぇなぁ!」
斬撃と共に強烈な手応えを感じる。しかし見ればそれほど深く斬り込めた状態ではない。それは一重に対峙するISの装甲が異常に硬いからである。
そのくせ、あちこち動き回るのだから性質が悪い。
銃で牽制するか、先日にジャックから受け取った槍を使うか――秒間の判断で、彼は後者を選択し体内から槍を取り出そうとした時、上に引っ張られた。
「危ないから下がってろ!」
「あぁ!?」
見ればIS操縦者の少年、織斑一夏が百夜の手を掴んで上空へと持ち上げていた。
凰鈴音と呼ばれている少女はもう一機の乱入してきたISを空中で相手取っている。
「鈴、そいつの相手を頼む! 俺はこの人を――」
チャキと甲高い金属音がする。一夏が見れば、百夜が銃を彼の額へと突き付けていた。
それからほんの一秒。反射的な速度で一夏が首をズラし、額を貫こうとした弾丸を回避する。
「何すんだよ!」
「次は当てるぜ。――手を放しやがれ」
再び甲高い音が響き、銃口が一夏の額を捉える。
余りにも理不尽な百夜の行動に一夏は眩暈を覚えた。だがそれも仕方がない事である。一体、どこの誰がISと生身で交戦する者がいると思えようか。
彼が先ほどISと交戦した光景を彼は見ていない。もしもそれさえ見ていれば何か策は浮かんだかもしれないが、その闘争に澄んだ眼を見透かすには彼はまだまだ未熟だった。
彼とてまだ少年である。冷静な思考をするには感情が強すぎた。客観的に見ると言う視点が足らなかった。
「お前、分かってるのか!? 俺達が助けないとお前が――」
「死ぬんだろ。ハッ、そんな事はとうの分かり切ってるんだよ。だからオレはここにいる。死ぬ時はさっぱり死ねばいい。そいつは自然の摂理だ。恥じゃない」
「違う! 何もわかってない! 死ぬなんてそんな事は」
「――おい」
瞬間、一夏は強烈な悪寒を覚えた。
百夜の冷たい眼差しが、彼を捉えている。それには殺意と重圧が込められていた。
「
そして百夜は一夏の腹部に強烈な蹴りを入れて、無理やり手を外させおまけとばかりにその額へ弾丸を撃ち込んだ。シールドのおかげで一夏は仰け反るだけだったが、その衝撃は間違いなく痛みを訴えている違いない。
だが百夜にとってそんな事は些細な問題ですらなかった。
「――また邪魔すんなら、今度はコイツでぶった切るぜ。その機体ごとな」
大剣を親指で示し、ニヤリと笑う。百夜は再び地表へと着地した。槍を取り出し右手で回しながら構える。
先ほどまで彼と交戦していたISは、その姿を視認すると真っ先に突っ込んでいった。
「……相も変わらず派手にやってるな。百夜」
煙草を吹かしながらギルバは雅が持つパソコン越しに戦闘の光景を眺める。彼女達はIS学園の放送室を占拠しており、内部から強靭なセキリュティを掛けているため力尽くでの破壊でない限り決してこじ開ける事は叶わないだろう。ちなみにセキリュティの実行は雅である。
ギルバは椅子に腰かけたまま、言葉を紡ぐ。それは疑問を問いかけるような目だった。紅裂百夜と言う存在を見定めるかのような目だった。
「戦いこそが人間の本能――いつかお前は私にそう言った。命の削り合い、遍歴全てを賭け存続を掛けた、この世で最も無意味で無価値で、だが生きる上で決して避けられないコイントス。
そう、お前は語ったな。“だからオレは反逆者だ”と」
ギルバの言葉に雅は口を挟まない。そういった気遣いが出来るのも、雅の美点である。
モニター越しに笑う百夜の姿に、ギルバは少しだけ目を落とす。それはギルバと言う女では無く、本来の彼女だった。その名で生まれ、そして自身が仕出かした罪滅ぼしのために名を捨てた者だった。
「確かにそうだろうよ。その様を見れば人はお前を反逆者だと言う。表の世界に犇めくルールを悉く打ち破るお前を、他のヤツらは化け物だと言うだろう。だが私にはそうは見えない。理念も目的も意思も無く、ただ自分自身を守るためにがむしゃらに武器を振り回している子供にしか見えん。
なぁ、百夜――」
百夜が槍を振るう。それはISが放つ腕と何度も激突する。
第三者からすればウエイトは余りにも百夜が不利だ。だと言うのに彼は決して後退しない。前しか見えない。
「――奪った居場所で眠るのが、そんなにも怖いか。他人の記憶を顧みるのが、そんなにも不安か。人としての夢を見るのが、そんなにも悪いのか。
ならば何故お前だけが、必死に足掻き続けている。お前はお前の人生を、何のために生きる」
彼女の言葉に紫煙と共に大気の中へと静かに溶けて行った。
その長く美しい黒髪が、艶めきながら微かに揺れる。
槍を二つに分割させる。穂先のワイヤーは確実にISを捉えた。それは決して獲物を逃しはしない。
全身をバネのように使い、一気に上空へ跳躍し二本の内の一本を体内へしまう。背中に構えた大剣を空いた手で握りしめた。槍のワイヤーを回収し、その加速でさらに落下速度を推進させる。そしてそれを追うように、ISもまた体へ巻き付いたワイヤーを引きはがし地面へと押し付けた。
「ハッ、ハハハッ」
ISが腕を振りかぶる。百夜は既に大剣を振りかぶっている。
二つの力が激突し、再度大きく大気を揺るがす。強烈な振動を全身の筋肉で押さえつけながら、百夜は残った槍を口に加え、後方へ大きく跳躍した。
瞬間、ISの背後よりミサイルポッドが口を開き、そこから六発のミサイルが出現し百夜を狙おうと迫りくる。
着地と共に両手に拳銃を展開。抜き撃ちの要領で連射しミサイルを撃墜すべくトリガーを連射――だが、ミサイルの速度が速い。
そしてISはあろうことか、そのミサイルを追い越し百夜へその拳を振り上げた。
「――ィッ!」
突破口は無し。ISを避けようとすればミサイルの爆風に直撃し、ミサイルを避けようとすれば間違いなくISの拳に粉砕される。逃げ道はどこにも無い。
「そう来たかい」
百夜が選んだのは対抗だった。持っていた拳銃をコートの中へとしまい込む。地面に埋まった短槍のワイヤーを強引に引っ張り出しそこから、副産物としてついてきた巨大な岩をミサイルに激突させ相殺。そして彼は四肢に装甲を展開する。
銀色のアームガードとレガース。それらを展開した百夜は何の迷いも躊躇いも無く、右手の拳を振りかぶる。左足を勢いよく踏み込む。その衝撃で踏み抜かれた地面が割れる。
「くれてやるよッ!」
百夜とISの拳が再度激突し、両者の立っていた地面が陥没する。
そのまま拳合わせの鍔迫り合いとなり、百夜は歯を食いしばりそして笑いながらISを見る。
「――やっぱこれがいいよなぁ! 空中なんぞじゃ、踏ん張りがねぇよな! 地べたでの殴り合いが一番だよなぁ!」
そしてあろうことか、百夜はISの拳を押し込んだ。彼はISとの力比べに挑むつもりなのだ。
ギシギシとISの腕が軋みを挙げる。それは理不尽な断末魔に等しかった。
百夜の力がISの力を上回りつつある。率直に言うならば、百夜の持つパワーがISを凌駕するという事だ。
「――――――――!!!」
言葉にならぬ唸り声を挙げる。それは人の声に非ず。最早獣が挙げる金切り声に等しい。
大気だけではなく、地面や床、壁全てを大きく振動させその存在をより深くする。聞く者の大方を恐怖させ尻すぼみさせる程の大音響がアリーナへと響く。
そして百夜が大きく踏み込んだ時、彼の拳と拮抗していたISの腕は無残にも押し潰されていった。
「……」
アリーナの外壁に立っていたジャックは、先ほど百夜が吼えた声音に歓喜していた。思わず彼自身も吼えたくなるほどの感情の波に攫われるところだった。
「――素敵だ。やはり君は、俺と同じ」
恍惚とした笑みを隠そうともせず、ジャックはISと交戦する百夜を見下ろす。
「好きなように生き、好きなように死ぬ。それこそが人間の本質だ。そうだとは思わないか百夜。君はその体現者だ」
外壁の床に腰掛けて、ジャックは改めて百夜を見る。彼は笑いながら戦っている。吹き荒れる瓦礫の破片を掻い潜りISと激突を何度も繰り返している。
童のように、何度も何度も、ただ只管にそれを繰り返し続けていた。
「讃歌だ。闘争の音色こそ、人々の子守唄。死に行く者達への行進。いつかそれを――君と共に奏でよう。俺達にはその自由と義務がある。
俺達は反逆者だ。全てを破壊出来る――そうだろう?」