「……何だ、アイツは」
織斑千冬は管制室で口を半開きにしたまま呟いていた。彼女の目に映っていたのは、乱入してきた二機のIS。その一機と生身で交戦している少年だった。傍らにいる山田真耶も唖然とした表情で、その光景を見ている。
管制室のシステムは機能しておらず、どこからかのハッキングを受けていた。故に現在、アリーナで繰り広げられている戦闘は録画されておらず、この場にいる者だけが見る事が出来る幻想となっている。
ISはISでしか倒せない。それがいままでの常識だったはず。永らくは覆される事のない摂理のはずだった。
ならばあの少年は何と言うのか。大剣を振るい、二挺拳銃を華麗に扱うその動きは最早人の領域ではない。
今、彼はISと殴りあい、拮抗状態になっている。互いの右腕を突き出した力勝負。誰がどう見ても少年の不利にしか思えないと言うのに、彼は笑っていた。
そして笑いながら、ISの右腕を徐々に圧壊する。
「……お、織斑先生。これって報告した方がいいんでしょうか……?」
「……考えが必要だな」
千冬は脳裏で思考を纏める。今、この場を最善に済ませるには何が有効か。
そんな彼女の心に焼き付いていたのは一人の女性だった。彼女が憧れてやまなかった、ずっと成りたいと思っていた存在に。
“……姉さん”
「――取ったぜ」
潰したISの右腕を確認し、百夜は背後へ大きく跳躍し間合いを空ける。ISの右腕は間違いなく再生不可能。これ以降の戦闘では戦力として度外視になるはずだ。上空での戦闘もそろそろ終盤に近付いている事だろう。もし上での戦闘が終われば、間違いなくこの戦いにも横槍を入れられる。それは百夜が望む事でもないし、その後も彼にとっての優勢な状況になるとは言い難い。
ここらで一つ決着をつけておくべきだ。この時、百夜の脳裏によぎったのは突拍子もない考えだった。
「なぁ、アンタ。
ISは動かない。
それは聞こえているのか、それとも――。
「簡単さ。互いに一撃を繰り出せばいいだけ。オレはコイツを使うぜ。アンタはアンタの信頼できる得物を使えばいい」
百夜が背中から大剣を引き抜く。
刃先を地面へと打ち付け、背後へと勢いよく振り回す。
ISもまた左腕を地面に打ち付け、それを大きく振りかぶった。
「――気に入った」
口笛を鳴らし、百夜は大剣を肩に背負うようにして構える。
この瞬間、彼から外部の世界は完全に遮断された。彼が認識するのは、対峙するISとその周囲のみ。たったそれだけが今の彼の世界。
「コレだ、コレだコレだコレだコレだコレだ! この血の騒ぎと疼きだ! オレの全てを忘れさせてくれる! オレがオレ自身である事を教えてくれるこの感覚だ!」
跳び出す。地を弾くようにして足を踏み出した。助走をつけつつ、大剣の柄を強く握りしめる。
「――シィィィィッッッッ!!!」
唸り声を挙げる。眼前に迫る急速度で迫るISの拳。無慈悲な早さと正確さを持って繰り出された拳は、間違いなく百夜を打ち砕くだろう。
だが百夜は突然、足の動きを変える。ISの腕を掠るように外側へ重心を移動させ、そこからさらに踏ん張るようにしてズレていた体の重心を無理やり中心へと戻す。常人ならばそれだけで四肢の骨に罅が入るであろう衝撃を、彼はものともしない。
力任せに振るった斬撃。刃に触れた全てを容赦なく吹き飛ばし刻み潰すであろうその一撃はISコアを深く斬り裂きISの活動を完全に停止させた。
残心をしつつ、百夜は背後のISへ視線を配らせる。コアを深く抉られたISは身体の随所から火花を散らして、ゆっくりと倒れていく。
「良かったぜ、アンタ。人が入っていないにしちゃあ、そこらのヤツよりガッツがある。本当に勿体ねぇ」
大剣を背中に収める。これでもう後は立ち去るだけだ。上空では未だに、戦闘が繰り広げられている。
しかし、そこに首を突っ込む必要など無い。仕事は終わった。後はただ退くだけだ。
「一応聞いとくが、アレもそういう仕事か?」
『いや、対象外だ。ガキどもに任せておけ』
「オーケー、正直な話アレまでやるんだったら気が乗らねぇ。そろそろ飽きて来た」
『百夜、脱出しろ。壁を蹴って外壁に上がれ。ジャックのヤツが逃走するためのバイクを用意している』
「……ギルバと雅は?」
『何、正面から堂々と去るさ。集合場所はアンイーヴンだ。帰り道は分かるな?』
「おう、了解っと」
インカムからの通信を終え、百夜は外壁を見る。そこには黒のシルクハットが置いてあった。誰が置いたかなど、考える間でもない。
「準備がいい事で」
その外壁目がけて、百夜は大きく跳躍した。アリーナの外壁に瞬時的に着地し、足が僅かに落下するよりも先に再び壁を蹴って大きく跳躍する。
たったの二回、それだけで百夜はアリーナの淵まで到達した。
外壁の上に立ち上がり、百夜は背後を振り返る。まだ織斑一夏と凰鈴音は宙を駆るISと交戦を続けていた。
その内の一人、織斑一夏に向けて百夜は声を張り上げた。
「主役は譲ってやるよ! こんな時代に、全力でやり合えるチャンスなんて滅多に無いぜ!」
それは彼なりの激励だった。例え互いが何であろうとも、彼の心が好むような色じゃなかろうとも、その人生がどんなに違おうとも。戦士として、同じ戦いの中で生きた者として。
百夜は一夏と目を合わせる。彼は不敵に笑って一夏へと言葉を掛けた。
「――楽しみな」
そうして彼は軽く地面を蹴り、アリーナの外目掛けて落下していく。
再び強敵と会いまみえる時が来るようにと。心身のどこかで、そう思いながら。
百夜が戦闘を開始してから凡そ数分――たったそれだけの時間で、彼はISを撃破した。戦闘中の活き活きとした様子を見れば彼のストレス発散には打って付けだっただろう。近頃は彼の言う骨なしばかりを相手にしていた分、体が思う存分動かせなかったのかもしれない。
「……これで終わり、か。呆気ないな。喧嘩を売るとはこういう事か」
乾いた笑い声を挙げながら、ギルバは加えていた煙草を携帯していた灰皿へと入れる。
百夜の成果は上々。依頼主が望んでいたデータは存分に取れただろう。後はギルバの想うがままに金を要求するだけでいい。ちなみに双方同意の上なので決して脅迫ではない。
「雅、お前はどうする? ここに姉がいると聞いているが」
パソコンの電源を切り、撤収する準備を進めていた雅はふとその手を止める。現在、IS学園の生徒会長は更識楯無が勤めていると聞いていた。彼女が望もうとすれば会えるだろう。望もうとすればであるが。
雅は首を振り、パソコンを腋に抱えた。
「……いい。こっち側で私とお姉ちゃんが生きているなら、どこかで出会えるはずだから。私達はそういう世界に生きている。そうでしょう?」
「そうだな、お前も分かってきたじゃないか」
ギルバの返答に雅は頷き、全てのセキリュティを解除する。雅は空間投影ディスプレイを表示し、IS学園の関係者と会わないルートを探し始める。
ギルバは椅子から立ち上がり、放送室の窓から僅かに見える管制室にいる一人の女を見た。
彼女と同じ黒髪の女。その姿を彼女は知っている。ただぼんたりとギルバは言葉を口にした。
「変わらないな、アイツも世界も。そして私は変われない、か」
「……二人とも、少し機嫌を直して頂戴」
避難者で埋め尽くされるIS学園の入り口で、スコールはエムとオータムの不機嫌に頭を悩めていた。結局、スコールの興奮ぶりに逃走が遅れてしまい、終始まで二人に余計な苛立ちと不安を与えていたのだ。
結局何事も無かったのだから許してほしいと言うのは、スコールの思いである。だがそれを口にしてしまえば、余計に一騒動を起こす事は想像に難くない。
つまり二人が機嫌を治すまで、スコールは彼女達からの視線を受け流す事しか出来ないのである。
どうしようか、と再びスコールが思考に浸り始めた時視界の片隅にある女性の姿が映った。
黒髪の少女とそんな少女の後を追うようにして歩く一人の女性。白のワイシャツを着た黒髪の女性が煙草を口にして、悠々とIS学園の校門から出てきている。
脳裏に電撃が炸裂した。記憶の全てが鮮明に思い出され、脳が一時の間、時間を忘れた。
「……っ」
瞬間、スコールの足は動き出していた。あの女性を追うべく走り出していた。記憶を必死に手繰り、人込みに消えた彼女を見つけようとする。
スコールに疑問を問いかける二人の言葉など届かなかった。
只管、直感で追い続けてから数分――それでようやくスコールの足は止まった。
「……」
「おい、スコール! 何だって一体……」
「……いた」
「はぁ?」
「……今、ギルバがいたわ」
瞬間、二人が驚愕する。エムに至っては辺りをもう一度見渡していた。
「……姉さんが、いた?」
「えぇ、間違いないわ。この場所にいる。この地区、その周辺に間違いなくいる」
スコールは僅かに間を置いた後、二人へと振り返る。
「二人とも、この辺りで町外れの場所を探して。あの人は人込みを嫌うから、住宅地にいる訳が無いわ」
「分かった、スコールは?」
「私はジャックと連絡を取る。あの少年も多分ギルバと何か関係がある」
今度こそ居場所を掴む。
スコールはそう胸に誓う。鼓動の高鳴りを、いつか叶うはずと信じて。